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刻まれた月日

 ――甲高い音が響いた。


 だがそれは剣戟によるものではない。

 硬質な何かを叩いたかのごとき音であり、甲高い中にも鈍い音が混ざっていた。

 さらにそれは一度のみでなく、二度、三度と繰り返され、重なっていく。


 そんな音を思考の片隅で意識しながら、我ながら雑な音だな、とカイルは思う。

 これが音楽であったならば、おそらくは耳にしたもの全員が顔をしかめ、ブーイングの嵐となることだろう。

 雑音の集合体でしかないものに、誰が歓声を上げるかという話である。


 なんて、そんなくだらない思考がふと頭を過るのは、余裕があるからではなかった。

 逆である。

 考えるよりも先に身体を動かさなければならないからこそ、思考だけが置き去りにされているのだ。


 まるで自動化された肉体、あるいはパターン化された行動か。

 そこに思考の挟まる余地はなく、故に思考だけは無駄にから回る。


 そして。

 それでもやはり、身体は勝手に動く。


「――しっ!」


 鋭く息を吐き出すと共に、一歩を踏み込み、右腕が振るわれた。


 再び音が響き、右腕が痺れるも、関係ないとばかりに右腕はそのまま動き続ける。

 否、実際に関係はないのだ。

 それを証明するかのように、痺れはすぐに引いていく。


 薙ぎ払いからの逆袈裟。

 激突の瞬間に一際力を込め、今までで最も大きな音がその場に響き渡った。


 眼前にあるのは、まるで大迫力の映画でも見ているかの如き光景だ。

 身体は思考とは関係なく動き、ただし意思の通りではある。


 だからこそ、連続した音はそこで一瞬途切れたのだ。


「……っ」


 瞬間目の前を横切ったのは、鋭い何かであった。

 ほんの僅かな風圧だけを顔に感じ、前髪が数本千切れ飛ぶ。

 それが何だったのかは捉えることは出来ず、だが何なのかは知っていた。


 それは、爪だ。

 視認不可能なほどの速度で放たれたそれは、鋼鉄でもバターのように斬り裂くだろう。


 連撃を一瞬止めたのは、そのためだ。

 そこに一撃を合わせてしまえば、先の比ではない痺れが腕に来るということを知っていたから。

 しかもそれはすぐには引かず、攻撃の手が緩んだところをそのままやられてしまうのである。


 忘れるわけもない。

 ついに十万の大台を超えてしまい、今度こそと張り切っていたところに叩き込まれた一撃だ。

 忘れられるわけもない。


 ついでに言えば、ここで凌げたと一瞬でも安堵してしまえば、やはり結果は変わらないということも知っている。

 その次の挑戦の時にやられたことだ。


 ――至高天の加護・異界の理・熟練戦闘・常在戦場:危険察知。


 故に身体の動きが止まったのは、本当に一瞬だけのことである。

 カイルは敢えて眼前の動きは無視すると、真横へと剣を立てた。


 直後、凄まじい衝撃が腕を襲い――だが経験済みであるが故に、問題にはならない。


 ――至高天の加護・異界の理・熟練戦闘・剣術特級:流水の構え・奥義の極。


 死角からの尻尾による薙ぎ払いを、水の如き動きで衝撃ごと受け流し、そこに待ち構えている先ほど無視した爪の振り下ろしは、これまた知っていることだ。

 知っているならば対処が出来ないわけもなく――


 ――至高天の加護・異界の理・熟練戦闘・剣術特級・連撃:一刀両断。


 再び腕が振り抜かれ、甲高い音が響いた。


 ――何故こんなことをやっているのだろうか。


 不意にそんな思考に至ったのは、あるいは漠然とではあるが、終わりというものを意識してしまったからなのかもしれない。

 今までも終わらせるという意思こそあったものの、心の底からそれが可能になると信じてはいなかった。

 だが今回こそは、いけるような気がするのだ。


 理由はないし、根拠もない。

 敢えて言うならば、10万と58回も繰り返してきた、己の死そのものか。

 そこから得られた経験という名の何かが、今回はいけると脳裏に囁いてきているのだ。


 それだけと言ってしまえばそれだけではあるが、それだけで十分でもあった。

 何せ他の誰でもない、自分自身の死だ。

 それを信じられずして何を信じられるのかと、カイルはそう思うのである。


 あとは、これまでに積み重ねてきた五年の歳月も、その一つか。

 それはあの日から流れた、月日の数。


 ――カイルがここに連れてこられてから、早くも五年の月日が流れようとしていた。


 あの日のことを、カイルは今もはっきりと思い浮かべることが出来る。

 唐突に現れたキマイラと、それを倒したかと思えばこれまた唐突に現れた龍。

 あの時に受けた様々な衝撃は、今も色あせずカイルの胸に刻まれている。


 ただ、あの後のことを、カイルは覚えていなかった。

 いや、正確に言うならば、知らないと言うべきか。

 龍の攻撃だと思われる衝撃を受け止めきれず、気絶してしまったからだ。

 気がついた時には、カイルは既にここに――龍の巣にいたのである。


 その時のことを思い出し、カイルは少しだけ口元を緩めた。

 ただしそれはどちらかと言えば失笑に近い形であり、そしてやはり身体は構わずに動いている。


 目の前にあるのは、大きく開かれた龍の口と、その奥から覗いている炎の塊。

 全力で迎え撃たねば焼け死ぬだけだと分かっているので、全力で腕を振り抜いた。


 ――至高天の加護・異界の理・熟練戦闘・剣術特級・絶対切断・怪力無双・疾風迅雷:奥義一閃。


 両断した炎の向こう側に、漆黒の鱗と夜に浮かぶ月のような瞳を見て、そういえばあの時もこんな感じだったなとふと思う。

 あの時――カイルがここで目覚め、眼前にはこの龍がいて、そして、初めて殺された時も。


 そんなことを考えながら、カイルの思考は自然とあの時へと飛んでいた。

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