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怒りの果て

 最後までクレアが目を逸らさなかったのは、ただの意地でしかなかった。


 どうしようもないと悟ったからこそギリギリまで耐え、隙を見せた一瞬に全てを叩き込んだものの、結局通用しなかったのである。

 ならばあとは、それぐらいしか出来ることがなかったのだ。


 それでも諦めてしまうのはどうしようもなくて、ぼんやりと最後の光景を眺める。

 未熟な勇者には、この状況を打破する手段などあるわけがなかった。


 ふと脳裏を過った人達に、心の中で謝る。

 ルイーズが色々とやっていたのは人類のためだったかもしれないけれど、自分のためでもあったことを知っていた。

 リディアは様々なことを教え、鍛えてくれたというのに、結局はろくに活かすことも出来なかった。

 村の人達のおかげで食事には困らず、また色々と助けてももらい……でも結局何も返すことが出来なかった。

 ごめんなさい、と呟く。


 弟妹達にも謝らねばならないだろう。

 自分がいなければ、こんなところに連れてこられることはなかった。

 どちらがよかったのかは分からないけれど、本来なかったことであることに違いはない。

 ごめんなさい、と呟く。


 そして、カイル。

 カイルもまた同じ。

 自分がいなければ、きっともっと自由に生きることが出来ただろうに。

 ああ、でもこれで縛る必要がなくなることを思えば、謝る必要はないのだろうか。


 そこまで考え、いやそんなことはなかったと思い直す。

 カイルには身勝手な感情から避け続けるようなことをしてしまったのだ。

 やはり謝る必要はあった。


 ……出来ればそれに関しては直接会って謝りたかったけれど、それは言ってもどうしようもないことだ。

 だから、せめて。


「……ごめん、カイル」


 伝わるわけはないけれど、ただの自己満足だけれど、クレアは最後にそう呟いて――


「いや、唐突に謝られても、何のことか分からんぞ?」

「――え?」


 直後に響いたのは、呆然と漏れた声を掻き消すような甲高い音。

 そして直前に聞こえた声が気のせいではなかったのだと示すが如く、眼前には小さな、それでも自分よりはほんの少しだけ大きな背中があった。


 誰なのかは、問うまでもない。


「……なん、で?」


 代わりとばかりの問いかけに、返ってきたのは溜息であった。


「何でも何も、そりゃお前が危なくなったら助けに来るに決まってるだろ? 一応これでもお前の兄貴みたいなもんだしな。まあそう言うわりにはギリギリにも程があるが……まあそこら辺は勘弁してくれ」


 誰が兄貴だと思ったものの、その言葉が声になることはなかった。

 何故だか視界が歪む中、クレアはただジッとその背中を見つめていた。











 何やら格好つけてみせたものの、カイルがそこに間に合ったのは完全な偶然であった。


 カイルがクレアの不在を知ったのは、リディアの剣を取り行くため孤児院へと到着した時だ。

 リディアの剣は普段ルイーズが管理している。

 だが勉強部屋に行ってみても誰もおらず、孤児院長室に行ってみたらルイーズがいて、そこでクレアが今日は授業自体を受けていないということを知ったのだ。


 ただしルイーズはクレアが何処にいるのかということまでは知らなかった。

 いつもどことなく超然としているというか、まるで未来を知っているかのような顔をすることも多いルイーズだが、さすがにキマイラの話を聞いた時は焦った顔をしたものである。


 もちろんカイルもまったく焦らなかったわけではないものの、焦ったところで意味はないことも分かっていたのだ。

 落ち着くように自分へと言い聞かせると、即座に行動を開始した。


 とはいっても、まずはリディアへと剣を届けるのが最優先だ。

 ルイーズに任せることも考えたものの、リディアの様子を見た限りでは急いだ方がよさそうだった。


 カイルはキマイラがどれだけ危険で強力な魔物であるのかを、知識としてではあるが知っている。

 リディアの実力の方は実感として知っているものの、だからこそ急ぐ必要があると分かったのだ。


 だからルイーズがリディアの剣を取り出すのを待つと、それを抱えて大急ぎでリディアのところへと戻った。

 そして簡単にリディアへと事情を話すと、ほぼそのままの勢いで森の中へと向かったのである。


 もっとも、行方を誰も知らないということは、森に行っていない可能性も十分にあった。

 ついでに言えば、既に手遅れである可能性も。


 あのキマイラは森から現れたのだ。

 既にクレアが遭遇してしまっていた可能性を否定出来るわけがなかった。


 さらに加えるならば、仮に森にいたとしても、クレアが具体的に何処にいるのかは分からない。

 そもそもキマイラはリディアが相手しているのだ。

 色々な意味で無駄に終わる可能性は小さくなかった。


 だがそれでもカイルは構わず森の中へと入っていった。

 ただの勘なのだが、クレアはここにいるし、急がなければならないとも何故か感じていたのだ。


 そうして結果的には、こうして無事間に合ったわけだが――


「……さて、どうしたものか」


 それは口の中だけで転がした言葉ではあったものの、カイルの本音であった。


 今のカイルは、キマイラの振り下ろされた前足を剣で受け止めているという状態である。

 真後ろにはクレアがいるから、下手に動くわけにはいかない。


 というか、そもそも目の前にいるのはあのキマイラなのだ。

 リディアですら自分の剣を使わなければ勝てないと判断した、上級の魔物である。

 カイルが敵うわけがなく、出来れば今すぐ逃げるべき存在だ。


 ――だがそんなつもりは毛頭なかった。


 背後のクレアへと、僅かに意識だけを向ける。

 クレアは身体中ボロボロであった。

 目の前のキマイラにやられたのだろう。

 それを許せるわけがあるまい。


「っ……何をしているキマイラ……! ガキが一匹増えただけだろうが……! さっさと殺せ……!」


 声に一瞬だけ、カイルはそっちへと視線を向けた。


 現れるはずがないキマイラに、見覚えのない男。

 あの男が今回のことの原因なのだということは、考えるまでもないことであった。


 もちろんと言うべきか、カイルは人類が魔物を使役出来ないということは知っている。

 魔族という存在のことも。


 その上で、ふと加護とは有り得ざる事を可能とする力ではなかったか、と思ったものの……どうでもいいことであった。

 このキマイラと同様だ。

 どういった事情があるのだろうと、関係はなかった。


「っ……カイル……!?」


 不意にクレアが悲鳴のような声を上げたのは、男の声に押されたように、少しずつカイルの剣がキマイラの足に押され始めたからだろうか。

 あるいは、ようやく冷静になって気付いたのかもしれない。

 カイルではこれに敵わないという事実と、カイルが両腕から血を流しているということに。


 そう、情けないことなのだが、キマイラの攻撃を受け止めた際の衝撃を、どうやら殺しきれなかったようなのである。

 剣は無事だったのだが、それにカイルの腕が耐え切れなかったのだ。

 今も腕から流れた血液が、地面へと滴り落ちている。


 しかしああ、その程度のことがどうしたというのだろうか。

 そんなことは、何の障害にも成り得ない。


 ――端的に言って、カイルはキレていた。


 クレアはただ傷つけられただけではない。

 一目見ただけで、わざと苦しめられていたのだと分かったのだ。


 それを知って平静でいられるほど、カイルは温厚ではなかった。


 そしてカイルがキマイラに勝てないというのも事実ではあるが、それもやはり何の問題もないことだ。

 だってそうだろう。

 先ほども一瞬思考を過ったことでもある。


 ――加護とは、有り得ざる事を実現とする力だ。


 なればこそ。


「何一つ問題になるようなことはないな」


 呟いたのと、キマイラがもう片方の前足を振り上げたのはほぼ同時であり――刹那、カイルもまた動いていた。


 ――至高天の加護・異界の理(偽)・熟練戦闘(偽)・剣術特級(偽):流水の構え・奥義の極(偽)。


 それは死を覚悟したあの時、今日とはまた違った形でクレアを庇った直後にしたものと、同種の動きだ。

 水が流れるが如く全ての攻撃を無効化する、中でもその秘奥に位置するスキル。

 振り下ろされたキマイラの前足を、最小限の動きで以て受け流す。


 それは加護が、スキルが使えているということであったが、何故かカイルには驚きも疑問もなかった。

 そんなものが浮かぶ余地すらもなく、カイルはそれが当然であるかのように考え、身体もその通りに動いていたのである。


 そしてその状態はそこで終わることもなかった。

 さらにあの時とは異なり、カイルの態勢は万全でもある。


 カイルの攻撃では角ウサギすら倒すのに数十を必要とするが、これまた問題はない。

 有り得ざるというだけならばそれは障害とは成り得ず、動きだけならばこれまで何百何千と繰り返してきた。


 故に。


 ――至高天の加護・異界の理(偽)・熟練戦闘(偽)・剣術特級(偽)・絶対切断(偽)・連撃(偽):一刀両断(偽)。


 一閃。

 続き振り抜いた刃は、その胴へとめり込むと、そのまま反対側へと抜けていった。


 僅かな残心の後で、一息。

 そして。


 ゆっくり態勢を戻すカイルに合わせるように、両断されたキマイラの身体が少しずつずれ、軽い地響きと共に、二つの肉塊と化したそれが地面へと転がったのであった。

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