古代文明と予言
月日が流れるのは本当に早いものだなと、カイルはふとそんなことを思った。
特にそう思うような何かがあったわけではない。
リディアの話を聞きながら、本当に何気なくそう思っただけのことだ。
だがそれはつまり、話に集中しきれていないということでもある。
話がつまらなかった、というわけではない。
むしろかなり興味深い内容だと言っていいだろう。
それなのに集中出来ていないのは……肩透かしを食らってしまった、というのも関係しているのかもしれない。
そんなことを思いながら耳を澄ませば、リディアの声以外にもこの場に響く音があるのが分かる。
それは屋根を叩く水滴の音――雨音であった。
一瞬だけ視線を窓の外に向けてみれば、そこには確かに雨の光景がある。
それほど酷いものではなく、また空には晴れ間も見えているためそのうち止むことは確実だが……今は降っているというのもまた事実だ。
そしてそのせいで、今日は外での鍛錬ではなく、中での座学となってしまったのであった。
今日は思い切り外で身体を動かしたい気分だったのだが……まあ、いつまでも言っていたところで仕方がないことだ。
それに今日の授業内容が興味深いものだということも本当のことなのである。
聞き逃したりしたら勿体無いと、一つ息を吐き出すと意識を切り替えた。
「――とまあ、古代文明とは、今をもって謎多き文明だということだね」
と、ちょうどそのタイミングで、キリのいいところまで話し終えたリディアが、そんな言葉と共に一呼吸を置く。
――古代文明。
それが、今回リディアが話してくれている内容なのであった。
古代文明とは、今から約千年前に存在していたとされる文明のことだ。
今よりも遥かに進んだ技術を持っていたともされ、現在では貴重な魔導具を日常的に使っていたとも言われている。
ちなみに魔法が使われていたのも、実はその頃だったのだとか。
そんな当時の遺産である建造物を古代遺跡などと呼ぶわけだが、魔法が失伝していたり、魔導具が貴重となっていたり、遺産と化してしまっているということからも分かる通り、その文明はとうに滅んでしまっている。
高度な技術を持ち魔導具などを作り出せ、魔法まで使えたというのに、何故滅んでしまったについては未だ判明してはいない。
一夜で滅んだとも言われており、今をもって謎多き文明なのだ。
そんなたった今聞かされたばかり内容を確認するように反芻し、カイルは一つ息を吐き出した。
それは何と言うか――
「うーむ……やっぱ浪漫のある話だなぁ……」
「ほぅ……? これは浪漫がある話だということになるのか。ふむ、相変わらず浪漫というのは奥が深いのだね」
ぶっちゃけ割とテキトーに言っているだけなので、そんな真面目な顔して言われても困るだが、苦笑を浮かべると敢えてそれには触れなかった。
それよりも、気になることがあったからだ。
「ところで、その一夜で滅びたっていうのは本当のことなのか? 今よりも進んだ技術を持っていたとされる文明が一夜で滅んだとか、中々考え辛いもんなんだが……」
「それに関しては、確証がないから断定されていないだけで、ほぼ事実だという話だ。何せ神が直接そう語ったというのだからね」
「ほぅ……?」
それならば確かに本当っぽいが、原因について言及していないあたり、そっちについては口を噤んでいたのだろう。
相変わらず肝心なところは口にしない神々である。
「ふーむ……それにしても、一つの文明が本当に一夜で滅んだとすると……今より技術が進んでたってのが本当なら、何らかの超技術が暴走でもしたのかね?」
パッと頭に浮かぶのは、前世で言うところの核とかそういうのだ。
文明が滅んだといっても、人類が滅んだというわけではない。
主要都市などがそういったものの暴走により消し飛べば、それまでと同じような文明の維持は難しくなるだろう。
あと考えられるのは――
「暴走は暴走でも、魔物の方か? 話を聞くところによると、今でも村とか町程度なら状況によっては滅んだりすることもあるようだし、大規模な魔物の集団に襲われたとすればありえるか?」
「いや……それは考えにくいだろう。幾つか理由はあるが、まず当時は魔王がいなかったはずだからね。当時の魔物は今よりもずっと大人しかったはずで、村程度ならばともかく、さすがに文明が滅びるほど暴れるようなことはなかったはずさ」
「……魔王?」
そこで聞き返したのは、聞き覚えのない単語であったからだ。
もちろんと言うべきか、前世も含めるのならばまた別なのだが、少なくとも今世では今まで聞いたことがなかったのである。
しかも当時ということは、今はこの世界に魔王が存在している可能性が高いということだ。
「おや、ルイーズから聞いていなかったのかね?」
「少なくとも俺は初耳だな」
「ふむ……君には直接関わりにならないと判断した……いや、以前ならともかく今はないはずだな。となると、これから教えるつもりだった、というところか? まあ、直前までは知らなくとも問題はないだろうしな……」
「……リディアさん?」
「ん、ああ、すまない。だがどこから説明したものか……まあとりあえず、君も既に察してはいるだろうが、今この世界には魔王と呼ばれる存在がいることは確かだ。厳密には、この世界に現れた、と言うべきなのだろうがね」
というのも、魔王が現れたのは今から大体九年前と、比較的最近のことらしい。
そして実は魔王が現れることによって、この世界の魔物は今のように凶暴になったとのことだ。
それ以前は危険なのは変わらなかったが、縄張りに入ったとしても魔物に危害を加えるようなまねをしなければ問題なかったことも多かったのだという。
事故のようなことで村が滅んでしまうようなことはたまにあったが、町などが滅んでしまうようなことはほぼなかったのだとか。
その事実から、魔王は魔物達の王なのではないか、などと言われているらしいが……その話をカイルは、お約束だなぁ、などと思いながら聞いていた。
さすがは異世界でファンタジーな世界といったところか。
いや、現実にその脅威が存在してしまっている以上、そんなことを言っている場合ではないのだが。
「尚、この魔王に関してだが、実は今回の話である古代文明とも無関係ではなかったりする」
「ん? それってどういうことだ? 魔王の出現に古代文明が関係してる、とか?」
「いや、そういうわけではなくだね、魔王の出現というものは、この古代文明のあった頃に予言されているのだよ。もっとも、最近までは与太話だと思われていたのだがね」
「ふむ……今ではそう思われなくなったのは、実際に魔王が現れたからか?」
「いや、与太話ではないらしいということが分かったのは、その少し前だ。今からだと大体十二、三年ほど前に、大神殿……といって分かるかね?」
「ああ。聖都のだろ?」
この世界にも教会などの宗教施設は存在している。
その総本山が、聖都だ。
様々な神を始めとした、その頂点に位置する至高天を崇め奉っている場所であり、一国にも相当する土地と影響力を有しているという話である。
厳密にはどこの国にも属しておらず、影響力を行使することはほぼないらしいが。
ともあれ、そこにある宗教施設は大神殿と呼ばれており、非常に巨大で荘厳なところであるとは聞いたことがあった。
あと知っていることといえば、確かそこには巫女と呼ばれる存在がいるはずであり――
「ふむ、そこまで知っていたか。ならば話が早いが、聖都にいる巫女は本物だ。神との交信を可能とし、神託を受け取る事が出来る。まあもっとも、今から十二、三年ほど前に初めて受け取れたらしいがね」
「今までの話しからすると、その神託ってのが?」
「うむ、魔王のことだった、という話だね」
「ふーむ……」
前世の頃であったら非常に胡散臭い話として感じていただろうが、今ではカイル自身も神の加護などというものを受けている身だ。
未だその力は使えないままではあるが、疑う理由は特になかった。
「ちなみに、具体的な内容は?」
「それはさすがに極秘とされているね。聖都が発表したのは、神託があったということと、それにより予言が本物だと確定したいうことだけさ。ただ、それによって各国は魔王への備えを行い、勇者を見つけ出し支援する準備を始めるようになったという話だがね」
「……勇者?」
これまたベタだなと思ったものの、カイルの呟きにリディアは頷いた。
何でも千年前の予言には、魔王と共にそれを打倒する存在として勇者の名が出てきたらしい。
正確には、魔王を打倒する可能性がある存在として、のようだが。
「まあその話はまた今度するとしよう。先にルイーズがしてしまうかもしれないが、何にせよそこまで行くと今回の話からは離れすぎてしまうからね。さて、では話を戻すが……どこまで話したか」
「どこまで戻すのか次第ではあるが……古代文明が何故一夜で滅んだのか、あたりか?」
「ああ、そうだったね。それで、君が魔物が原因ではないか、と言ったのだったか。まあというわけで、魔王のいない当時、魔物に滅ぼされたというのは考えにくい。当時は魔導具も十全に動いていただろうしね」
「魔導具が……? 魔導具を使って魔物を倒したり追い払ってたって意味か?」
「いや、そうではなく……ふむ、そうか。この間はそういえばこの辺のことはあまり触れなかったね。実は魔導具の中には、結界といったものを張ることのできるものがあるのだよ。魔導具の中ではおそらく最も知れ渡っているものなのだが――」
結界。
これまたカイルには割と馴染みのある言葉ではあるが、どうやらこの世界でも似たような意味で使われているようだ。
それを張ることでその効果範囲から魔物を退け、近寄らせないようにすることが可能、というものであるらしい。
「特に王都には必須であり、この魔導具を所有していることこそが建国の条件だと言っても過言ではないほどだ」
「そんなに……? 今はともかくとして、昔は魔物は大人しかったんじゃないのか?」
「それでも事故が発生する可能はゼロではなかったからね。そして国の中心である王都で万が一にもそんなことが起こってはいけないし、幸いにして結界を張ることの出来る魔導具の数はそれなりにあった。もっともそれでも、今ある国の数よりほんの少し多い程度ではあるがね」
「へー」
そんなものなのだろうかと思うものの、カイルがいまいち理解出来ていないのは、未だ魔物の脅威というものを本当の意味で知らないからだろうか。
角ウサギと戦った事があると言っても、所詮は一度だけだ。
もっと本格的に戦えるようになれば、もう少し実感を持てるようになるのかもしれない。
「尚、そういった事情により、王になるには必ずその魔導具を使える才能が必要になる。基本的にそういった才能は親から引き継ぐものではあるが、稀に引き継げないこともあり、そのせいで優秀でありながらも王になれなかったという話は過去に幾つもあるね」
「そういったことになった国は大変そうだなぁ……ちなみに今はそういった国ってあったりしないのか?」
「……ある。それも、飛び切りのがね。何せその王は、無能王とまで呼ばれ、他国にまでその名が知れ渡っているほどなのだから」
「そりゃまた逆の意味で凄そうだな……ああでも、下が優秀だから何とかなったりしてるのか?」
「ならないからこその、無能王だそうだよ」
「えぇ……それはさすがに駄目だろ。他に王位を継げる人とかいないのか?」
「子供がいたはずだが、君と同年代だったはずだ。君は君と同い年の子供に、親が無能だから王を継げと言うのかね?」
「ああ……それは無理かぁ」
気の毒だが、その国の国民にはしばらくの間頑張ってもらうしかないのだろう。
とはいえ実際のところ、国民にとってみれば必ずしも悪いことではないらしい。
「魔王が現れる以前までならばともかく、今は魔物の脅威が最も厄介だからね。特にその国は、魔王との戦いの最前線に位置している国だ。安全を確保できる事が、彼の国の王に求められる最大の資質なのさ」
「それでも限度ってもんがある気がするが……その子供以外には本当に他は無理なのか?」
「いや、実際には可能らしいのだが……彼の者の才がそれだけずば抜けているらしい」
何でも魔導具は大雑把に分けると二種類に分類され、誰が使っても効果が同じであるものと異なるものがあるようだ。
そして結界を張る魔導具に関しては、後者。
才能が乏しい者が使用すれば街一つ程度が限界でも、才ある者が使用すれば国全体を覆うことすら可能らしい。
「そしてそれは実際に起こったことでもある。彼の国は一度王都付近まで魔物に攻め込まれたらしいが、無能王が玉座につき魔導具を使った瞬間、その全てが海向こうまで一斉に弾き飛ばされたという話だからね」
「……それはさすがに大袈裟じゃ?」
「かもしれないが、無能王とまで呼ばれながらも、彼の国の国民からは英雄扱いされているというのは事実さ。ずば抜けた才があることだけは確実だろうね」
「へぇ……まあ、状況によって上の人間に求められる能力は様々ってことか。ちなみに他に凄い魔導具の使い手とかっていたりするのか?」
「そういう話となれば、魔術の使い手と言うべきだろうが……まあ、いるにはいる。一番有名なのは、やはり聖女あたりかね。何でも、とある街にどんな怪我でも無償で癒してくれる少女がいるという話だが……まあ、その話もまた今度だ」
「確かに、古代文明とは離れた話になりそうだな……じゃあ、古代文明に関係のある魔導具の話って何かあったりしないのか?」
「ふーむ……そうだね、正直分かっていないことが多いから、与太話との区別が難しいのだが……当時は、生きた人間を保存し、数百年もの間眠らせる事が出来た魔導具があった、などという話もあるね。それが本当で、現代にまで眠り続けている誰かがいるのだとしたら、大発見となることだろう。まあそういったこともあるせいで、未発見の古代遺跡が発見されたら大抵は一騒ぎ起こるわけだがね」
それはまた、浪漫のある話というか、冒険心の刺激される話であった。
そうして、やはり自分は魔王などの話よりもこういった話の方が好きなようだと、カイルは自覚する。
魔王は魔王で興味のある話ではあるのだが、そういったことは、予言にもあったという勇者などという者達がどうにかすべきことだろう。
自分が関わりになるような話ではない。
もしも関わるようなことになったとしても、それはきっと冒険者その1とかのモブとしてだ。
考える必要がないという事実に、変わりはないだろう。
何せ未だに魔物と一対一で戦ったことすらないのだから。
と、気付けばまたそんなことを考えてしまっているということに、カイルは小さく息を吐き出した。
先ほどいい今といい、ふとした拍子に明日のことと絡んで考えてしまうのは、やはりそれだけ意識してしまっているということか。
明日……そう、明日は、カイル達の九歳の誕生日だ。
そして、魔物へと再挑戦する予定となっている日でもあった。
そう、あの日から一年が経ち、ようやくカイル達は魔物と再び戦う許可を得られたのである。
しかも今度は二人一緒にではなく、一人ずつでだ。
正直なところ、自信があるとは言えない。
未だに加護の力は使えないままだし、リディアからは一本も取れないままだ。
だが無理ならばルイーズ達が許可を出すわけがないし、これまで出来る限りのことをやってきたという自負はある。
それにこの先にこそ、夢へと続く道があるのだ。
一年前そうであったように、ここで臆して立ち止まるという選択は有り得なかった。
それでも、意識しすぎてしまっているせいでちょくちょく注意散漫になってしまっていることを自覚しているからこそ今日は身体を動かしたかったのだが……さすがに自然には敵わない。
無理して外に出て風邪でも引いてしまったら元も子もないし、ここは堪えるしかないのだろう。
一年前には無理だったことが、ようやく叶うかもしれない。
そんな想いは一先ず意識の片隅へと追いやりつつ、再び意識を切り替えるために息を吐き出す。
そうして明日のことはなるべく考えないようにしながら、カイルはリディアの話へと耳を傾けるのであった。