スキル
改めて言うまでもないことだが、カイルにとってスキルという言葉は非常に馴染みの深いものだ。
前世の頃はゲームなどで幾度も耳にしたし、今世でもそうだと思われるものを使った事がある。
とはいえ、あくまでもアレは加護の力によって発現しただけなはずだ。
クレアどころかルイーズもそう判断していたし、スキルなどという言葉は今まで聞いたこともなかった。
故にこの世界にはそんなものはないのだと思っていたのだが、リディアによれば存在しているという。
そうしてそれがどういったものであるのか、ということを説明しだしたリディアの言葉に、カイルは耳を傾け――
「ふーむ……つまり結論としては、よく分からない、ってことか?」
しかし得られた情報を纏めた結果、そんな結論へと至った。
これは冗談などで言っているわけではないし、その証拠としてリディアの顔には苦笑が浮かんでいる。
実際リディアの言ったことを端的に述べてしまうならば、そういうことになってしまうのだ。
「まあ、確かにそういうことにはなるのだが……中々手厳しいね。これは君達を満足させることに失敗してしまったかな?」
「ん? いや、そんなことはないぞ? 少なくとも俺はそれなりに満足したしな」
確かに結論としてはそうなったものの、無価値だったと言っているわけではないのだ。
むしろ聞いた価値は十分にあったと言えるだろう。
リディアの言葉を借りるならば、スキルとは存在するかもしれない現象である。
たとえば、クレアは全力で地面を叩けば大穴を開けることが可能だ。
これは加護の力によるものではあるが、では加護も持たない者がそういったことを出来ないかと言えば、そんなことはない。
もちろん誰でも出来ることではないが、才能ある者が努力を続けていけば出来ることなのである。
それは一応、人の力としての延長線上にあることだ。
出来たとしても凄い程度で済むことである。
しかし、クレアがやる剣を光らせることは、普通に考えれば人には不可能だ。
単純に剣を光らせるという行為自体が出来ないし、しかもアレは本人に聞いたところによると、剣の耐久力を上げ切れ味まで上がるのだという。
剣を握っているだけでそんなことをするなど、超一流の剣士にだって出来ることではあるまい。
それは加護なのだから当然だと思うかもしれないが、そこで出てくるのがスキルだ。
スキルによってそれと同じことが、あるいは同等のことが出来るかもしれないというのである。
実際にそういった者達も存在しているのだという。
加護は持たないはずなのに、明らかに普通では出来ないことを可能とする者達が。
ただし何故そんなことが出来るのかや、どうして出来るようになったのかはよく分かっていない。
大体は魔物と戦っている時であったり訓練の最中に唐突に出来るようになるらしいが、共通点はほぼないに等しいのだ。
理由を解析しろという方が無理な話である。
下手をすれば加護と勘違いしてしまいそうでもあるが、この国にはリディアがいるためそういったことは起こりえない。
だがだからこそ、では何なのだということになり、スキルなのではないかということになったらしいが、逆に言えばそういったわけなので詳しいことはほぼ何も分かっていない状態なのだ。
ちなみに何故唐突にスキルというものが出てきたのかと言えば、その存在自体は知られていたからである。
加護ではないが、加護と似たような力を振るうことが出来るものが存在している、と。
それは、かつて神から示唆されたことであった。
前世のカイルであれば胡散臭いと思っただろうが、以前にも少し触れたように、この世界にはかつて神々が実際に存在していたのだ。
神の言葉である以上は、それが嘘であるわけがなく――
「……それにしても、ケチ臭いわよね」
「ん? 神がってことか?」
「当然でしょ。その存在のことだけは教えるけど、詳しいことは教えないとか、意地が悪すぎるじゃない」
「いや、神も意地が悪くてそんなことをしたわけではないのだがね。……いや、ある意味ではそうとも言えるのか? 何せ神が我々に全てを教えてくれなかったのは、自立を促すためだったという話だからね」
神は嘘を吐かないし、大概のことは何でも知っていた。
しかしだからこそ、神は人に乞われてもその答えを直接教えてしまうということをほぼしなかったのだそうだ。
全てを教えてしまったら、人類が神に依存し離れられなくなってしまうから、ということらしい。
人類に自立を促すためにこそ、神は人へと知識のみを与えてしまうことを拒んだのだ。
それでもスキルというものの存在を神が教えてきたのは、人が考えただけでは到達できないようなものだったからだろう、とのことである。
そうしたものに関しては、やはり全てではないものの、ある程度は教えてくれたらしい。
だが全てではなかったが故に、スキルというものの存在は分かってはいても、未だにそれが具体的にどんなもので、どうすれば使えるようになれるのかということは分かっていないのだ。
ある程度の推測は立てられるものの、確認するすべが存在しないが故に。
神が既にこの世界に存在していない以上は、当然のことだ。
とはいえ、神々がこの世界から去っていったのは人類を見捨てたからではなく、人類が神から自立したと判断したからである。
それは神々が人類を信じたからこそのことでもあったのだろうが、確かにある意味では意地悪とも言えるかもしれない。
その結果として、神が教えてくれなかったことの正答は、永遠に得られなくなってしまったのだから。
もっとも、カイルとしては神々の懸念は当然だと思うし、そんなものだろうとも思う。
むしろ少しでも教えてくれていただけ、温情があった方ではないだろうか。
まあそれはカイルが前世の記憶として、幾つかの神話などを知っているからこそ思うことでもあるのだろうが。
あれらが本当のことだったのかは分からないが、どこの神話だって大抵神というものは自分勝手な理屈で動くものだ。
人類に迷惑をかけることはなく恩恵を与えていたことを考えれば、この世界の神々はかなりマシな部類だったとすら思う。
「ま、神は便利道具じゃないからな。そんなもんだろ」
「そんなもの、なのかしらねえ……」
クレアはどことなく納得出来ないようであったが、その気持ちも理解は出来るので何も言えることはない。
納得は出来るものの、ちゃんと教えておいてくれれば、スキルが使えるようになったのかもしれないことを考えれば当然である。
それはカイルの知っているスキルとはまた別なのだろうが、何度も言っているように、力はあればあるに越したことはないのだ。
得られるのであれば、得ておきたい力であった。
「ところで、加護と見間違うような力だっていうんなら、加護と間違うようなことってもあるのか?」
「あるだろうね。ワタシは聞いたことがないが……おそらくは見極める方法がないために聞いたことがない、というだけなのだろう。加護持ち同様少ないようだからこの国では見つからなかったが、他の国では加護持ちと勘違いされていても不思議はないだろうね」
「ふむ……」
いずれ旅をする際、機会があればそういった人達の話を聞くというのも面白いかもしれないと、ふと思った。
何かの参考になるかもしれないし、そうでなくとも興味深い話が聞けそうである。
「さて……スキルに関してはこんなところなのだが、どうだね? 君が浪漫を感じるには相応しいものだったかな?」
「ああ、そういえばそういう体で話し始めたんだったか……」
普通にスキルの話が興味深くて忘れていた。
だが。
「そうだな……そういう意味で言うならば、スキルは失格だな。それ自体は興味深いが、浪漫に値するようなものじゃない」
「ふむ、そうなのか……浪漫とは難しいものだね」
「難しいものだからな」
などと訳知り顔で頷きながら、肩をすくめてみせる。
浪漫はともかくとして、十分以上に有意義な話ではあった。
この話をどう活かす事が出来るのかは、カイル次第である。
と、そんなことを考えながら、カイルはちらりとクレアの横顔を盗み見た。
まともに喋るのは結構久しぶりだし、何となく避けられているような気もしていたのだが……どうやらただの気のせいであったようだ。
偶然タイミングが悪かったとか、そういうことだったのだろう。
まあ、顔付きを見る限りではどうやらクレアも最近は充実しているようだし、何よりである。
別に競い合っているわけではないのだが……それでも、自分も負けてはいられないな、と思う。
地道にやっていく以外に出来ることはないのだが、さてどうしたものかと、カイルはこれからのことへと想いを馳せていくのであった。
リディアからスキルというものの話を聞いたことで、クレアは満足していた。
結局よく分からないものだということは確かではあるものの、使えるようになれば戦闘に役立てそうなものだったのだ。
ならばそれで十分である。
ついでに、ルイーズからこの話を聞かなかったのはこのためかと、納得もしていた。
使えるかも分からないようなよく分からないものを試すのよりも、堅実に鍛えていくべきだと考えたのだろう。
ルイーズが考えそうなことであった。
それには一理あるということは、クレアにも分かっている。
だがその上で、クレアはこのスキルというものに挑戦してみようと思っていた。
どうすればいいのかは分からないものの、得る事が出来れば確実に戦力になるのだ。
少なくともクレアにしてみれば、試さない理由こそがない。
クレアは、誰よりも強くならねばならないのだ。
一時はカイルの次でもいいのかもしれないと血迷いかけたこともあったものの、あれは気の迷いだったと今では断言することが出来る。
一対一でリディアと訓練をするようになって、よく分かった。
あるいは、思い出したと言うべきかもしれない。
そうだ、クレアはカイルに負けてそれでいいと思ってはいけないのだ。
そこには少なからぬ、自尊心がある。
カイルには負けたくないという想いがあることも認める。
しかしそれ以上に、クレアは誰にも負けてはならないのだ。
カイルだけではなく、誰にも。
それは夢ではない。
それは、義務であった。
クレアがクレアである以上、やらなければならないことであった。
クレアは、誰よりも強くならなければならないのだ。
だってそうでもしなければ、世界など救えるはずがないだろう。
正直に言えば、今回のことは少なくない恐怖があった。
カイルと共に授業を受けることで、またカイルにならば負けてもいいなどと思ってしまうかもしれないと思ったからだ。
だがそんなことはなかった。
クレアは変わらず、カイルにも負けるわけにはいかないと思っている。
おそらく、二度とこの想いが変わることはないだろう。
それを確認出来ただけでも、今回は有意義なものであった。
さらには、スキルのことまで知れたのだ。
大満足な時間であった。
ふと、夜の時間を復活させてもいいのではないだろうか、などとクレアは思う。
一対一の授業が出来るようになってからは、夜にルイーズから教わらなくなっていたからだ。
それは単純に必要がなくなったから、ではあるものの、クレアの身体を考えてのことでもあるのだろう。
どんな使命を持っていようとも、今のクレアは小さな子供なのだ。
あまり夜遅くまで起きていては、ということである。
実際あの頃の日課にカイルよりも遅れていくこととなっていたのは、単に寝坊していたからなのだ。
だから今ではそんなこともなくなり……しかし、やることを増やすということを考えれば、今のままでは明らかに足りていない。
知識の面ではカイルに負けていても問題ないと思ってはいるものの、出来るならば増やしておいた方がいいことに違いはないだろう。
とはいえ、実際にどうするかは相談の上でというところか。
一人で決められることではないし、何よりも計画は最初から全てルイーズの指示に沿って進められているのだ。
こちらにはこちらの考えと想いがあるとはいえ、あまりそこから逸脱してしまうようではまずい。
結局のところ、やらねばならないことなど、一つだけなのだから。
――世界を救う。
そのことを想い、必ず果たすのだと、クレアは二人から見えないようにひっそりと、それでも確かに、拳を握り締めるのであった。




