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魔法と魔術

 リディアが来て以降別々に授業を受けることとなったクレア達であるが、その恩恵をクレアは日に日に強く感じるようになっていた。

 教えられていることが確実に自分の血肉となっていることを、実感出来ていたからだ。


 そうして、今だからこそ、よく分かる。

 カイルの言っていたことは、やはり戯言だったのだ、と。


 どれだけ努力したところで、カイルに追いつける気などは微塵もしなかったからである。


 カイルはよく、どうせそのうち自分はクレアに追い抜かれる、などと言っていた。

 だがそんなことは有り得るわけがないのだ。

 カイルは何やら勘違いをしていたようだが……カイルと共に授業を受けていた時、クレアはその大半を理解出来ていなかったのだから。


 例外は戦闘に関することぐらいだろうか。

 しかしそれ以外の授業でルイーズがクレアのことを待っているように見えたのは、クレアでは理解出来ないということを確認するための時間だったのだ。


 そもそも、あの時間にクレアがあそこにいたのは、半ば以上クレアの我侭である。

 ルイーズからは参加する必要はないと言われていたからだ。


 それは、クレアの教育を諦めた、というわけではない。

 クレアの教育はその時間ではなく、夜に行われていたからだ。


 子供達の世話を日中ずっとしているためか、カイルが寝る時間はほぼ子供達のそれと同じである。

 その後に、クレアはルイーズから自分のための教育を受けていたのだ。


 実は加護の話などを聞いたのも、その時である。

 クレアにしか教えられないような話も多いため、ルイーズとしてもその方が都合がよかったのだろう。

 だからこそ、ルイーズは日中の方は参加しないでもいいと言ったのだ。


 それでもクレアが参加し続けたのは……多分意地だったのだろう。

 カイルに負けたくなかったのだ。

 負けるわけにはいかないと思っていたのである。


 だが結論から言ってしまえば、クレアはそれを諦めた。

 頭の方ではどう考えても追いつけないからだ。


 というかカイルは、国の中でも上位の研究者になるような者が学ぶような高等学院の授業内容を受けていながら、どうしてクレアが追いつけるなどと思ったのだろうか。

 カイルがその時点からまったく成長しなかったとしても、それを追い抜くということは、頭脳で国家の頂点に立つということとほぼ同義であろうに。


 とはいえ、それをカイルが嫌味などで言っていたのではない、ということは分かっている。

 当時はそう考えたこともあったが、今ではさすがに思ってはいない。


 どうせ自分が受けているのがどういうものなのかも理解していなかっただけなのだろう。

 その上で、この程度ではクレアにそのうち追い抜かれるに決まっていると、そう本気で思っていたのだ。

 カイルという少年は、そういう人物であった。


 そしてそういう人物だからこそ、クレアは諦めたのである。

 対抗しようとするにも馬鹿らしくなるだけだから。


 しかし諦めたのは、知識面だけのことでもあった。

 それは諦めたし、カイルに譲る。

 だがだかこそ、戦闘に関しては、絶対に譲れなかった。


 それは今でも変わってはいないし、そのための努力も続けている。

 半年前はカイルに追いつかれかけていたものの、リディアのおかげで今は加護の力もさらに使いこなせるようになっているのだ。

 もう負ける気はしないし……今後も負けるつもりはない。


 そんな決意にも似た想いがあったからだろう。

 目の前であの頃と同じような光景が展開されているのに、焦りがなければ、嫌にもならなかったのは。


 ただ、半年経ってもやはり相変わらずなのだなと思うだけである。


「ふーむ……じゃあやっぱり、魔法が失伝したのは確実なのか……」


 と、ふとカイルがそんな呟きを漏らしたのが聞こえ、クレアは意識を現実へと戻した。

 どうやらようやくクレアでも理解出来るレベルにまで話が戻って来たようである。


 確か最初の話は、魔法というものがかつて存在していたということと、それが廃れ今では失伝してしまったという、クレアでも知っているようなことの再確認をリディアがするだけのはずであったか。

 それがカイルが本当に失伝したのかと食いつき、そのせいで魔法が実際に使われていた頃という、大昔且つクレアがまだ習っていないような頃のことを話し始め、さらには失伝していない可能性とかを検証し始めたのだから、随分と話が脇にそれまくったものである。


 そこは勉強部屋であり、今は授業の時間であった。

 それなのにカイルとリディアとクレアがこうして共にいるのは、ルイーズが用事が出来たとかで、今日は孤児院を留守にしているからだ。

 夜には戻るとのことだが、そのため今日の授業は三人でとなったのである。

 開始早々に、いつものことなのか、二人が脱線し始めたためにクレアは蚊帳の外となってはいたわけではあるが。


 とはいえ、先に述べたようにクレアはそのことを気にしてはいない。

 クレアとしては慣れたものであるし、以前とは異なり分からない話のまま先に進んでいなかったのもある。

 あとは、知識の面ではカイルに負けても仕方がないと、開き直れたからでもあるのかもしれない。


「まあ少なくとも、現時点で復活する確率はゼロだろう。何せ仮に再現出来たところで、それが本当に魔法なのかは誰にも分からんのだからね」

「うーむ……浪漫がないなぁ」

「何故魔法が存在していれば浪漫があることになるのかが分からないが……まあ、浪漫なんてものはそんなものかね」

「いや、なんていうか、不思議な力ってあたりに浪漫を感じっていうか? クレアは分かるだろ?」

「何でこっちに振るのよ……」


 と、そんな二人を眺めていたら、こちらへと不意に話を振られた。


 理解出来るような話になったのはいいが、何故こちらを巻き込もうとするのか。

 まあおそらくは、先ほどまでは完全に置いてけぼりを食らっていたので、気を使ったのだろうが……。


「というか、アタシだって分からないわよ。そもそも魔法ってどういうものなのかってのも分からないのに」

「いや、その分からない部分こそが浪漫を感じるところだろ?」

「だろって言われても、だからアタシには分からないわよ」

「というか、分からないものに浪漫を感じるというのなら、別に魔法である必要はないんじゃないか?」

「んー、まあ確かにその通りではあるんだが、そもそも他にそんなものなんてあるのか?」

「そうだな……一応スキルや魔術なんかはそれに該当するんじゃないか?」

「……見事に脱線してた話が戻ったわね」


 リディアの言葉にクレアが関心したように呟いたのは、元々それが今回話す内容であったからだ。

 魔法と魔術とスキル。

 魔法の時点で思いっきり脱線することになっていたものの、本来その三つが今回の授業で扱うと言われていたものだったのである。


「ま、偶然だがね。だが戻せたのならばいいことだ。さて、ということでその二つについて話そうと思うが……二人はその二つについてどれぐらい知っているかね?」

「……アタシは魔術に関しては触りだけ、ってところかしらね」

「俺も多分似たようなもんだな。母さんが魔術について話してくれたのはクレアと一緒にいた頃で、しかも一日だけだったし、ここには魔術に関する本はないしな」


 本は基本的に高価なものではあるが、この家にも幾つか存在している。

 ただ、ルイーズが所有している私物であるため数は少なく、また記されている内容も限定的だ。

 授業でまだ扱っていないことが書かれている物もあるが、その分難しくもある。

 クレアにはあまり縁のないものだ。


 そもそもの話、クレアはまだ文字を読むということが得意ではないのである。

 一度見てみたことはあるのだが、クレアには本を読むという段階の時点で難しく、断念してしまった。


 それを当たり前のように読んでいるらしいカイルは相変わらずではあるのだが、どうやらその中には魔術について書かれているものはなかったようだ。

 もっとも、魔術というものがどういうものなのか、ということを考えれば当たり前なのかもしれないが。


「ふむ……まあ、予想通りといったところか。ルイーズならそうするだろうし、そう思ったからこそこの話をしようと思ったわけだが。ちなみに具体的にはどれぐらい知っているんだね?」

「といっても本当に触りだけだぞ? 魔法に似たような現象を起こせるが、使うには才能が必要で、尚且つ専用の道具が必要だが、その道具が異様に希少……とかって話だったか?」

「そうね。アタシが覚えてるのもそんなところかしら。その道具が希少なせいで知っていても知識以上のものにはならないから覚える必要はない、とか母さんは言っていたわね」

「まあさすがに加護を持つ者の方が少なくはあるものの、それでも引き合いに出される程度には魔術を実際に使える者というのは少ないからね。それが即ち魔術を扱える才能を持つ者とはならないのが、魔術ならではだが。それにしてもその口ぶりだと、魔導具という名前も知らないのか」

「魔導具……それがその専用の道具の名前か」

「ああ。というか、今クレアが口にした言葉も微妙に正確ではないんだがね」


 ルイーズの話から想像するに、魔術とはてっきり加護の力のようだと思っていたのだが、そうではないらしい。

 魔術とはあくまでもそう呼んでいるだけで、使用者が何らかの現象を起こすのではなく魔導具がその現象を起こすのだそうだ。


「つまりは魔導具を媒介にして魔術を使っているわけではなく、魔導具を使うことそのものを魔術と呼んでいる、ってことか?」

「そんなところだ。ただそれを使うには先天性の才能が必要であり、魔導具そのものが希少であることから、いつしか魔術と呼ばれるようになった、というわけさ。ちなみにだが、その才能の有無は魔導具に触ることで分かるらしい。まあワタシには才能がなかったらしいから、それがどんな感じなのかは分からないのだがね」

「……そういえば、昔母さんから唐突にこれに触ってみなさいとか言われてよく分からないものを渡されたことがあったわね」

「ああ、そういやそんなこともあったな。何か感じるかって言われて、二人とも何も感じないって言ったらそれっきりだったからすっかり忘れてたが」

「それで才がないと分かったから説明する必要を感じずにそのまま流したのだろうね。まったく彼女らしいことだよ」

「ふーむ……それにしても、そんなものが存在してたのも驚きだが、そんなものを作れるってこともまた驚きだな。希少だってことは、何か特殊で貴重なものを材料にしてるとかなのか?」

「いや、そもそも魔導具は今の技術では作り出すことは出来ない。魔導具は今のところ、古代遺跡から稀にしか発見されないものだからね」

「ほぅ……? 古代遺跡……? 初耳だな……しかも今では作り出せないのが出土するってことは、昔は今よりも進んだ文明があったってことか……?」


 それはクレアも聞いたことのない話であったが、どうやらその言葉の何かがカイルの琴線に触れたらしい。

 だがそれを制するようにリディアは肩をすくめた。


「君が古代遺跡やそこら辺の話に興味があるのは分かったが、その話はまた今度だな。その話をするとそれだけでこの時間が終わってしまいそうだからね」

「……了解、楽しみにしとく」

「そうしといてくれたまえ。まあともあれ、魔導具を使えば何もないところから水を出したり、火を出したり、人の傷を癒したりといったような、通常では有り得ないことが出来るわけだ。より厳密には、そういったことを可能とする道具を総称して魔導具といい、それを使用することをワタシ達は魔術と呼んでいる、というところだがね」

「なるほど……んー、でも興味はあるが、浪漫は感じないかなぁ。それよか古代遺跡の方が浪漫を感じるぐらいだ。クレアもそう思うだろ?」

「だからこっちに振るんじゃないっての」


 どっちにもそんなものは感じないし、何故魔法には感じて魔術に感じないのかも分からない。

 結果的には同じようなものだろうに。


 だがリディアには何となく分かったらしい。


「ふむ……自分で使うのが重要、ということかね? それなら、スキルならばカイルは浪漫を感じるのかもしれないな」

「スキル、か……その言葉を聞いた時から気にはなってたんだが、結局それってどんなものなんだ? そんなものがあるとか初耳なんだが。魔法や魔術と一緒に説明するって時点で何となくは分かるが、逆に言えば何となくしか分からんしな」

「アタシも似たようなものではあるけど、何となくアンタとは認識に差があるような気がするのよねえ……」


 だが興味があるというのならば、クレアも同じではあった。

 聞いたことがないというのも同じ。


 魔法は失われているという時点で、魔術はルイーズがろくな説明をしなかったという時点でクレアは見切っていた。

 もしも使えたのならば戦闘の役に立ちそうだが、使えるのならばルイーズがきちんと話してくれただろう。

 まともに話していないということは少なくともルイーズはクレアには使えないと判断しているということであり、ならば考えたところで意味はないのである。


 しかしその二つと一緒に並べたということは、スキルはそれらと似たような何かである可能性が高いということだ。

 否が応にも期待は高まる。


 好奇心を隠し切れないままに視線を向けると、リディアからはどことなく楽しげな顔をされた。

 そして。


「二人とも興味を持ってくれているようで何よりだ。さて、その期待を裏切らないような話になればいいのだがね」


 そのままの顔で、スキルというものの説明を始めたのであった。

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