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騎士の実力

 リディアがやってきた日から一夜が明け、カイル達はいつも通りの日常を過ごしていた。


 同じ屋根の下で過ごす人が一人増えたというのに、驚くほどその生活に変化はない。

 とはいえ、考えてみたらそれも当然なのかもしれないが。


 カイル達にとって……というか、カイルにとっては、これまでは人が増えるということは世話をする相手が増えるということであった。

 それを手間とは思わないが、やることが増えることは確かであり、また必然的に触れ合う時間も多くなる。

 自身の日常が変化しないわけがないのだ。


 しかしリディアはカイルの世話になるような人物ではないし、むしろどちらかと言えばカイルの世話をする側である。

 だが前世のこともあってカイルは今更誰かの世話になるようなことはほぼないし、そもそもカイルはディック達の世話をするので手一杯だ。

 大人が増えたところで、やることが変わらず触れ合う時間も少ないとなれば、日常に変化がないのは当たり前と言えるのかもしれなかった。


 もっとも、本当に何の変化もなかったかと言えば、もちろんそんなことはない。

 あくまでも生活のリズムというか、大枠のところで変化がなかったというだけであり、食事の時間となれば共に食事をとるし、会話だってするのだ。

 日常に変化を及ぼさない程度での変化ならば十分存在していた。


 ただ、それでもその程度にしか感じないのは、あるいは無意識的に昨日と比べてしまうからなのかもしれない。

 リディアが昨日来たのは朝だったこともあり、昨日は現状の確認というか、自分達が今どのようにして過ごしているのかを確認しているため、ほぼリディアは共にいたのである。


 まあカイルはディック達の世話を行い、クレアは家事全般をするために、交互に行き来しているような感じではあったものの、逆にそのせいもあってかいつもと違った感じがしたのだ。

 あとは単純に、知らない大人が混ざっていたため、ディック達が余所行きモードというか、いつもとは比べ物にならないほどに大人しかったのもあったのかもしれない。

 おかげでと言うべきか、昨日は本当にほぼ手がかかることがなかったのだ。


 なので、昨日は割と、ああ新しく人が増えたのだなという実感があったのだが、リディアはそれで満足したのか今日はルイーズの方に行っているようで、早速いつも通りに戻ったのである。

 しかも、リディアに……というよりは知らない大人がいるということに慣れ始めたのか、ディック達も普段通りに騒ぎ始めたので、尚更いつもと変わらなかった。

 その結果、いつも以上にいつも通りだということを実感することになった、というわけである。


 いつもと違ったのは、それこそ食事時ともう一つの時ぐらいか。

 そのもう一つの時こそが、最大の変化ではあるのだが。


 そしてそれは、リディアがここに来た理由と関係していることであった。

 即ち、カイル達へと本格的な戦闘の仕方を教えに来た、ということである。

 そうしてそれをいつ教わるのかということを考えれば、導き出される答えは一つしかあるまい。


 そう、変化した時間というのは、授業の時間なのである。


 授業をする相手がリディアに変わった、というわけではない。

 より正確には、リディアにのみに変わったわけではない、と言うべきか。

 ルイーズとリディアの二人体制に変わったのだ。


 ルイーズが知識を教え、リディアが戦闘を教える。

 ちょうど今まで模擬戦を行う日だったのが、そのままリディアに教えてもらう日になったような形だ。

 なのでルイーズとリディアの授業を一日ごとに交互に受けるということになるため、形式的にはそれほど変わってはいないのだが、一つだけ明確に変わったことがある。


 それは、個人授業になった、ということだ。

 当たり前の話なのだが、教える側が二人で教わる側が二人なのだから、どちらかから二人一緒に教わる必要はないのである。

 片方がルイーズの授業を受ける日の時はもう片方はリディアの授業を受ける、ということになったのだ。


 そして実のところ、カイルは今まさにそのリディアの授業を受けているところであった。

 だから、過ごしていた、という言葉は、文字通りの意味でもあるのだ。

 いつも通りではないことを、今やっているのだから。


 昨日の授業の時間はカイル達が今までにどんなことをしてきて今はどれぐらいのことが出来るのか、ということをリディアに教える時間となっていたため、実質的にはリディアの授業が行われるのはこれが初である。

 どちらがどちらの授業を受けるかという話し合いの結果、カイルが先に受けることになったのだが……本格的に戦闘を教われるとあって、正直カイルはかなり期待していた。


 戦闘能力の上昇は、冒険をする上で必須である。

 鍛えられるのならば出来るだけ鍛えておくに越したことはなく、リディアの戦闘能力の高さに関しては疑う理由がない。


 それに少しだけで、今の自分がどこまで出来るのか、ということも興味があった。

 ギリギリとはいえ最近ではクレアとの模擬戦では勝ちを拾えるようにもなってきていたし、昨日はリディアに小細工を用いたとはいえ勝ったのだ。

 今の自分でも、手段を選ばなければそこそこ出来るのではないだろうか、とか思っていたのである。


 まあ、結果から言ってしまえば、完全に甘かったわけだが。


「っ……!」

「どうした? まさかその程度ではないだろう? もっと遠慮せずにきてもいいのだぞ?」

「こっ、の……!」


 それが挑発するための言葉だとは分かっていたが、カイルは敢えてそれに乗った。

 その場で強引に一歩を踏み込み、リディアの懐へとさらに入り込む。


 同時に鍔迫り合いのような形で押し込もうとしていた剣から僅かに力を抜き、刃を走らせ――だがその途中のことであった。

 そのまま剣を叩き込むよりも先に、横からの衝撃で吹き飛ばされたのだ。


「くっ……!」


 瞬間それが拳での殴打だと分かったのは、何度も食らっていたからである。

 反射的に逆の方向へと跳んでいたために受けた衝撃は最小限に済んでいるし、地面を転がることでさらに余計な衝撃を逃し、距離を稼ぐことも出来た。


 ここからまた仕切り直しを――


「さて――ちゃんと受けろよ?」


 しようと思った直後、咄嗟に剣を構えた。

 眼前へと盾にするように、柄を握った右手を上に、左手を添えた刃を下に向け――


「――雷光一閃」


 一瞬、意識が飛んだ。


 ただ衝撃が身体を通り抜けたということだけが分かり、意識を取り戻したのは、背中に衝撃を感じた時だ。

 視界には空が広がっており、どうやら地面に叩きつけられたらしい。

 剣は握っておらず、適当に視線を巡らせてみればすぐそこに転がっていた。


 拾って起き上がってみれば、リディアとの距離は十メートルは離れている。

 それだけ吹き飛ばされたということであり、思わず溜息が漏れた。


「はぁ……もっといけるかと思ってたが、完全に思い上がりだったな、こりゃ。駄目にも程がある……」


 自分の目で再度確認する意味も兼ねて鍛錬がてら軽く模擬戦をやってみようかとリディアから言われたのは、今から一時間は前の話だ。

 だがそれからずっと模擬戦をやり続けているのだが、早い時はそれこそ一瞬で、ある程度もっても結局は今のような感じで終わりと、その内容に大差はない。

 リディアに一太刀を浴びせるどころか、こんな感じで軽くあしらわれるような状況なのであった。


 しかも、リディアが持っているのはそこら辺に落ちていた木の棒であり、こちらは鉄の剣だ。

 にも関わらずこんな有様なのだから、昨日は相当手加減をしていたどころか、手を抜いていた程度でしかなかったということなのだろう。

 見事に勘違いしていた自分を叩きのめされた気分であり、やはり自分は所詮は凡人でしかないのだと思い知らされ続けていた。


 もっとも、旅に出てからだったら下手をすれば死んでいただろうから、今のうちに思い知れてよかったと思うべきなのかもしれないが。


「駄目って……そりゃそうだろうさ。ワタシはこれでもこの国の騎士だからね。八歳児相手に遅れを取るようでは、騎士を辞めるしかあるまいよ」


 こちらのぼやきのような声が聞こえたのか、リディアはそう言って慰めのような言葉を言ってくれるものの、それはカイルの胸にはいまいち響かなかった。

 それを言い訳にしていいとは思わなかったからだ。


 この身に宿された才が、凡人のそれでしかないということはよく分かっている。

 だがそれでも、冒険に出ようというのならば、それで納得していいわけがないのだ。


「というか、君は気付いていないようだから口にするが、一応今のはワタシの最も得意とする技なのだよ? それを昨日だけではなく今日も受け止めるとは、それだけで十分過ぎることさ」

「いや、受け止めるどころか、思いっきり吹っ飛ばされてるんだが?」

「だが傷一つないだろう? 君はどうにも自分のことを凡人などと言って卑下する癖があるようだが、凡人にはそんなこと出来ないさ」

「って言われてもなぁ……」


 自分が凡人でしかないということは、自分が一番よく分かっているのだ。

 身近にクレアという存在がいるからこそ、余計に。

 前世の記憶があるからこそ今はまだ張り合えてはいるものの、このままでは時間の経過と共に難しくなるだろうことは目に見えている。


 しかしカイルが自身のことを度々凡人とうそぶくのは、そこで諦めないためだ。

 半端に才能があると思って届かぬことに諦めるのではなく、才能に関しては諦めた上で、だから努力を重ねるしかないのだと、手を伸ばし続けるために。


 そういう意味でも、今の環境は大分恵まれていると言えた。

 これはリディアから聞いた話なのだが、この世界の普通の村人は教育などを受けられないのが普通らしい。


 王都で暮らしていたり、少し大きな街に住んでいるならば、教会で教わったりすることも出来るらしいが、それも基礎的なことだけ。

 それぞれの街で暮らしていくのに必要な知識を教わるだけであり、王都であっても週に一度、二年程度しか教えてくれないのだそうだ。


 対してカイル達は一日の時間は短いものの、それを毎日だし、既に五年目に突入している。

 さらにはリディアによれば、ルイーズの知識はかなり豊富らしい。

 あれだけの知識を有している者は王都でも限られているとか。


 そんなルイーズに毎日教えられ、今日からはリディアも加わった。

 リディアのことはまだ詳しいことは教えられていないというか教えてくれないのだが、とりあえず王国の騎士だということだけは分かっている。


 カイル達の住んでいる村がルクティス王国という国に属しているということは、ルイーズに聞いて知っていた。

 ルクティス王国に出る魔物は弱いものばかりであり、そのせいもあって兵の質はそれほどよくないということもだが……正直リディアが弱いようには思えない。


 あるいはこの世界ではリディアぐらいが標準だったりするのかもしれないが、少なくとも騎士ということはこの国の中では弱い方ではないのだろう。

 そんな相手に直接教われるのだから、やはり恵まれていた。


 とはいえ、そこにはきっと相応の理由があるのだろうが、そんなのは今更だ。

 気にならないと言えば嘘になるものの、カイルのやりたいこと、やらねばならないことは今も昔も一つしかないのである。


 故に。


「まあとりあえず、次よろしく」

「君は割と頑固だな……ま、いいさ。ワタシに出来ることは、所詮この程度だ。君のことは大体分かったことだし、次は君自身に自分のことを分かってもらおうじゃないか」

「十分に分かってるから結構だって、の!」


 変わらず手を伸ばし続け、いつか掴み取るために、カイルは再びリディアへと挑むのであった。

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