襲撃の真実
さて、というわけでリディアよ、という言葉だけで説明を終わらせようとしたルイーズのことを、さすがに一発ぶっ飛ばした方がいいんじゃないかとカイルは思った。
全てが終わったタイミングで森の中から当たり前のような顔をして現れ、クレアの治療をした後で、リディアという名の女性を掌で示しながらの状況である。
まあ普通に考えてないだろう。
そしてそう思ったのはカイルだけではないようで、都合三対の似たような感情が秘められた瞳がルイーズへと向けられた。
「……もう大体の事情は分かったでしょうし、今更説明の必要はないと思うのだけれど?」
「少なくともワタシの目には、そう思っているのはキミだけのように見えるのだがね?」
三人を代表しての言葉に、しかしそれでもルイーズは首を傾げた。
言葉にするならば、あら、そうかしら? とでもいったところか。
その姿からは相変わらず説明をする気はないように見える。
とはいえ、ルイーズは別に面倒くさがりというわけではない。
以前にも少し触れたが、ルイーズは徹底的な合理主義とでも言うべき性格をしており、極端なまでに無駄を嫌うだけだ。
必要があると思えばどれだけ面倒そうなことでも手間を惜しむことはないし、時には丁寧に説明したりもするのだが、反面必要がないと思ったり無駄だと思ったことはいっそ清々しいまでにバッサリと切り捨ててしまうのである。
今の状況もそうだ。
本人が口にした通り、既に理解しているのだから改めて説明する必要はないだろうと判断したが故なのである。
だがそこまで含めて理解出来ているとしても、それはそれ、これはこれだ。
確かに大体のところは予測出来ているとはいえ、さすがにこれだけのことをしたのだから説明する義務があるだろう。
そうやって見つめ続けていると、さすがに考えを改めたらしい。
ルイーズは、仕方ないわね、とでも言わんばかりに息を吐き出すと、問題の女性――リディアの紹介を始めた。
「そう……なら、一応改めて紹介しておこうかしら。先ほども言ったけれど、彼女の名前はリディア。あなた達に本格的な戦闘を学ばせるために、私が呼んだわ」
その言葉に、それは先ほど本人の口から聞いた、とは思いつつも、相づち代わりに頷くだけに留めた。
下手に口にしてしまえば、やっぱり必要なかったじゃないとか言われそうだからだ。
そうなれば、そのまま説明が終わってしまうだろうことも想像に難くない。
だからカイルは口を閉ざしたまま、次の言葉を待ち――しかしそれは、いつまで経っても来ることはなかった。
ルイーズのことを見やれば、考え込んだりしている様子はなく、むしろ言うべきことは終わったと言わんばかりであり――
「…………え、それだけ?」
「あら、それだけが分かれば十分だと思うのだけれど。それとも、何か他に必要な情報でもあるのかしら?」
「むしろまったく足りてないと思うんだが……」
「そうね……少なくとも、どうしてこんなことをしたのか、ってことは説明が必要だと思うけど? アタシなんて訳も分からないうちに斬られたんだから」
「まあ、最低でもその説明は必要だろうね」
クレアの言葉の方にリディアが頷き、ルイーズは首を捻りながらもそれについての説明を始めた。
「とはいえ、本当にそのままよ? リディアと戦わせたのはリディアの力を手っ取り早く示すためでしかないもの。これからどんな相手に教わるのか、ということが分かる上に、圧倒的な差を示されれば素直に教わりやすくなるでしょう?」
「……別に、最初から素直に教わるつもりだったわよ」
そう言ってクレアはそっぽを向いたものの、カイルとしては密かに同意していた。
特に、後半部分にだ。
人見知りであり、根は素直なくせに不器用なあまりあまのじゃく気質になっているクレアである。
普通にやっていたのではまず慣れるのに時間がかかっただろうが、あそこまでやっられたのであれば逆に突き抜けて素直に従えるようになるに違いない。
さすがと言うべきか、そこら辺はしっかり把握しているようだ。
とはいえ――
「不意打ちのようなことまでする必要はなかったんじゃないか? わざわざ迎えに行くなんて嘘吐いて深夜のうちに出かけてまで」
「え、あれって嘘だったの?」
「いや、この状況を見れば明らかだろ」
「あら、別に嘘ではないわよ? 本当にそのまま迎えに行ったもの」
「で、その後で森に行った、と? 俺達よりも先んじて潜んでるために」
「あー……そっか。言われてみればその通りよね……でもつまり、アンタも最初から分かってたってこと?」
「共犯者みたいな扱いにされるのは不本意なんだが……? というかリディアさんにも言ったことだが、その時点ではまだおかしいって思ってただけだしな」
この周辺は見通しがよく、迷う心配などする必要がないような場所だ。
迎えに行くにしても村の入り口にでも立っていれば十分であり、早めに待つにしても深夜からでは明らかに早すぎる。
おかしいと思うのはむしろ普通のことだろう。
「なるほど……最初とはそのことだったか。てっきりワタシが攻撃を仕掛けた時、ということかと思っていたのだが……だが確かに考えれてみれば、随分とあからさまだね」
「今回は別に不意打ちをすることを目的としたものではなく、そういった鍛錬の必要性を教えるためのものでもあったのだもの。いつ何が起こるのか分からないのだから、備えはもちろん必要だけれど、状況を正確に把握するための洞察力も必要だということがよく分かったでしょう?」
「……どうせアタシは、そういうのが足りてないわよ」
「クレアの場合は、足りないってわけじゃないと思うけどな」
ただ、クレアの性格上、向いていないというだけだ。
おそらく下手にそういったことを考えてしまえば、クレアは今度は疑心暗鬼になってしまうだろう。
そもそもこれがルイーズではなく他人であったならば、きっとクレアもおかしいと気付いたはずだ。
つまりルイーズを信じすぎてしまっているために、言葉をそのまま受け取ってしまったのである。
これを矯正するのは難しいだろうし、カイル個人としてはしなくていいだろうと思ってもいる。
だがそれを決めるのは本人であり、方針を決めるのはルイーズだ。
だからカイルはそれ以上は何も言わず、ただ肩をすくめた。
「それにしても、そんなこったろうとは思ったが、やっぱそっちに関しては今回じゃなくて別の機会に回すべきだったとは思うな。上手くいったからよかったものの、下手すりゃリディアさんに不信感抱いても不思議じゃなかっただろうに」
「ワタシもそうは言ったのだがね。生憎と――」
「だってどうせならば一緒にやってしまった方が合理的でしょう?」
「――と、言われてしまってね」
そう言って苦笑を浮かべるリディアに、カイルもまた苦笑を浮かべる。
これまた予想通りではあったのだが、あまりにも予想通り過ぎて何も言える事がなかったのだ。
そしてついでに、もう一つ分かったことがある。
「その言い方からしますと、やっぱりと言いますか、母さんって昔から誰にだってこうだったんですね」
「まあ少なくともワタシが知る限りではそうだね。っと、ああ、そうそう。先ほども言おうか迷ったのだが、そういった改まった口調は不要だよ? おそらくそれなりに長い付き合いになる……というか、ルイーズが離してくれないだろうからね。ここにだって無理やり連れてこられたようなものだし」
「……なるほど」
それは容易に想像出来るものであった。
思わずそう感じてしまい、カイルはさらに苦笑を深める。
「それは酷い言いがかりだわ。あなただって同意したことでしょうに」
「おや、知らなかったのかね? 拒否出来ない状況での同意は強制と同義なのだが」
「あら、それは初耳ね。……ところで、もう質問の方はいいのかしら?」
「ふむ……とりあえず俺はないな」
元々カイルは大体のところで予測が出来ていたのだ。
その予測通りの答えが提示された以上は、特に聞くことはない。
どうせこんなことをやった理由は、これが最も効率的だと判断したから、とかなのだろうし。
つまり後はクレア次第ということになるが――
「そうね……アタシとしては、二人の関係がどんなものなのか、ということが少し気になってるわね。……今回のことに、直接関係のあることじゃないんだけど」
「ああ……確かにそれは俺もちょっと気になってたな」
「関係、と言われても、別に変な関係とかではないわよ?」
「そりゃそうだろってか、そこで変な関係だとか言われても困るっての」
クレアがどういう意味で気になっているのかは分からないものの……おそらくはカイルと同じ理由だろう。
リディアはどう考えても、こんな辺境の場所に呼び寄せることの出来るような人物ではないからだ。
リディアの戦闘能力はつい今しがた体験したばかりだが、ほぼ間違いなくアレは本気ではなかった。
手加減されたものであり、それでもあれほどだったのだ。
まさかあれで一兵卒などと言い出すほどこの世界もぶっ飛んではいまい。
しかしルイーズはそんな相手を気軽に……かは分からないものの、ともかくこの場に呼び寄せたのだ。
どんな関係なのだろうかと思うのは当然だろう。
そんなことを考えながら、カイルは二人へと視線を向ける。
リディアはパッと見たところ、凛々しい女性といった感じだ。
肩口あたりに切りそろえられた赤い髪を無造作に流しているが、それが彼女の雰囲気によく似合っている。
鎧を着ている時点で戦う者だというのは一目で分かるが、きっと鎧を脱いでいてもそれは分かっただろう。
それぐらい佇まいに隙はなかったし、ふとした拍子に向けられる瞳からは、鋭利な刃物の如き鋭さが感じられた。
対するルイーズはといえば、武というよりは文といった雰囲気だ。
ルイーズにも鋭さというか、時折冷徹さのようなものを感じることはあるものの、それは戦う者のそれではない。
戦闘はあまり得意ではないとも言っていたし、二人の共通点がいまいち見出せなかったのだ。
それでも二人のやり取りを見ていれば、それなりに親しくはあるのだということは分かる。
だがどこでどのようにして知り合って、どういう付き合いをしていたのだろうか、ということはまるで予想もつかない。
まあ考えてみれば、カイルはそもそもルイーズが昔何をしていたのか、ということもまったく知らないわけだが。
「とはいえ、関係、と言われても……そうね、少なくとも知人ではあるのでしょうけれど」
「ワタシとしてはせめて友人と言って欲しいのだがね」
表情を変えずに僅かに首を傾げるルイーズと、そんなルイーズに苦笑を浮かべるリディア。
そんな何気ない態度の違いにも、何となく関係性が透けて見える気はするものの……過去に関しては、やはり分かりそうもない。
「まあ、細かいことは追々話していけばいいだろうさ。先ほども言ったように、それなりに長い付き合いになるだろうからね」
「……それもそうだな。って、そういえば、俺達はリディアさんの名前を聞いたが、俺達からは自己紹介もしてないな」
「あっ……そういえばそうね」
「それこそ必要ないと思うわよ? 二人のことは私が既に説明したもの」
「いや、そうかもしれんが、やっぱ初対面の相手とはちゃんと自己紹介すべきだろ」
「そうね……アタシもそう思うわ」
「ワタシも同感ではあるが、そういう意味で言えばワタシも自分の言葉で自己紹介すべきだろうね」
別にそういうつもりではなかったのだが、そうしたいと言われれば否やはない。
そういうものかしらね、とか言っているルイーズを横目に、カイル達は名を交し合う。
互いの顔には笑みがあり……ファーストコンタクトこそ誰かさんの企てのせいで散々なことになったが、この調子ならばこれから上手くやっていけそうだと。
差し出された、意外に細く、それでもしっかりした手を握り返しながら、カイルはそんなことを思っていたのであった。




