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唐突な襲撃

 朝露の混じる中、視線の先では、剣戟の響きがあった。

 剣を振るっているのは少年と少女であり、その背丈は低い。

 常識的に考えれば、遊んでいるのだと考えても不思議ではない状況である。


 だがそうではないということは、少し眺めていれば分かることだ。

 あるいは、見るまでもなく、音だけで分かるかもしれない。

 そこで繰り広げられているのは、下手な大人顔負けの光景であった。


 押しているのは、少女の方だ。

 鋭い剣閃が放たれる度に、轟音と共に地面へと穴が開く。

 その威力は相当なものだということが容易に察せられ、まともに食らえばただでは済むまい。


 しかもそれが連続で、途切れることなく放たれ続けるのだ。

 相対している少年は、相当な重圧を感じているに違いない。


 しかし少年が負けているわけではないのは、その地面の穴が示す通りである。

 つまり少年は、あの猛攻の中を一撃も受けてはいないのだ。

 冷静に捉え、見極め、その全てを受け流している。

 技術的な意味でならば、間違いなく少年の方が上であった。


 ただ、それでもやはり押しているのは少女で、押されているのは少年だ。

 全てを受け流しているということは、全てを受け流さざるを得ないということでもある。

 圧倒しているのであれば、そんなことをする必要はないのだ。


 おそらく少年は、ああして受け流すことで、衝撃の流れを操作しているのだろう。

 あれだけの威力を持った一撃だ。

 下手に近くで無造作に叩きつけられたら、かわしたところでその衝撃の影響を無視出来まい。


 それは確実に隙となり、いつか致命的なものとなるはずだ。

 あの少年はそれを避けるために、ああしてわざと受け流しているのである。


 かなりの度胸と技術がなければ出来ないことだし、神経を削る行為だ。

 正直意味があるかないかで言えば、あまりないが……そうまでしなければ、少年に勝ち目はないということか。


 それだけのことをしても反撃に移らないということは、単純に移れないのだろう。

 多分少年が攻撃に移るよりも、少女が次の攻撃をする方が早いのだ。


 だからこそ、少年はああして耐え続けている。

 ほんの一瞬の勝機を求めて。

 諦めずにそれを掴むために。


 それが分かるが故に、溜息を吐き出した。

 勿体無いと、素直に思う。


 だが役目は役目だ。

 傍らに置いてあった兜を手に取り、被る。

 念のために二人以外の人影がないのを確認してからゆっくり立ち上がると、背負っていた獲物を引き抜く。


 そして。


 ――調和の加護・槍術上級・武芸百般・怪力乱神・投擲:雷光一閃。


 振り被った直後、気配を殺すのを止めると共に、思い切り踏み込み、放り投げた。









 その瞬間、カイルがそれに気付く事が出来たのは、半ば以上偶然であった。


 カイルはクレアと模擬戦をやる時、ほぼクレアに動きだけに意識を集中しているが、他にまったく意識を向けていないわけではない。

 模擬戦で戦っているのは確かにクレアだけだが、これは鍛錬でもあるのだ。

 実戦を想定すればこそ、常に周囲にも気を配っておく必要がある。


 とはいえ、余所見などをしてしまえばその隙にやられてしまうのは確実であるから、周囲に意識を向けるのは一瞬だ。

 クレアの斬撃を受け、そのまま衝撃を全て流し、クレアが次撃へ移行するための初動を見せるまでの、ほんの刹那。


 カイルに十分な腕があればそこにこちらの攻撃を叩き込むのだが、現状ではそんなことをしたところで迎撃された挙句こちらの隙となってしまうだけである。

 故にもっと致命的な隙を見せるまでは、それを周囲を探るタイミングとすることで有効に活用し……カイルの視界の端にそれ(・・)が映ったのは、ちょうどその時だったのだ。


 厳密に言うならば、それが何なのかは分からなかった。

 ただ、分かったのは、こちらに飛来する何かだということだけだ。


 そしてそれで十分でもあった。

 瞬間理解したのである。

 それは最優先でどうにかしなければならないものだということが、だ。


 視界の中では既にクレアが次撃の動作に入っていたが、完全に無視した。

 理性も本能もその全てが、あっちの対処をするのが最優先だと告げていたからだ。

 最悪このままではクレアの一撃をまともに食らうことになるが、その方がマシだと判断したのである。


 そもそも、迷っている暇などはなかった。

 飛来する何かに向けて全意識を集中し、剣を盾のように構え――カイルが認識出来ていたのは、そこまでだ。


 受け流すことを考える間もなく吹き飛ばされた、ということを理解したのは、結果からの逆算であった。

 地面に叩きつけられた背。

 今までに感じたことがないほどの痺れを伝えてくる腕。

 一応受け止める……いや、直撃を避けることだけは出来たようだが、それだけだったようである。


 もっとも、上出来でもあるだろう。

 きっとああしていなければ、今頃カイルの身体にはバカでかい穴が開いていたはずだ。


 というか、腕の痺れと身体に叩きつけられた余波から考えるに、最悪上半身が千切れ飛んでいたかもしれない。

 冗談ではなく本気で、そう思う。


 だがこうして吹き飛ばされたおかげで、結果的にクレアの一撃は回避する事が出来たと、こちらは冗談と現実逃避半々ぐらいの割合で思い――響いた剣戟の音に、くだらない思考を投げ捨て、跳ね起きた。


「っ……」


 瞬間ズキリと全身が痛んだが、気にしている場合ではない。

 剣を離していなかったことを自画自賛しながら音の聞こえた方へと視線を向ければ、そこでは予想通りでありながら予想外の光景が広がっていた。


 予想通りだったのは、クレアが誰かと戦っているということ。

 予想外だったのは、そこまでの距離と戦っている相手である。


 それなりに吹き飛ばされたのだろうと思ってはいたが、まさか五十メートルほども飛ばされているとは思わなかった。

 よくこれで無事だったなと思うと同時に、あっちへと意識を集中することを選択した自分を褒める。

 これは直撃していたら、本気で上半身が千切れ飛んでいたかもしれない。


 しかしおそらくはそんなことをしでかした相手と、クレアは今戦っているのだ。

 その程度のことを予測するのは容易く……だがその相手の姿は、よくよく見てもやはり予想外であった。


 それは、全身鎧を着た何者かであった。

 そのため、分かるのは身長ぐらいであり、その他の特徴はまるで分からない。


 しかもその身長にしたって、カイルの知識からでは何かの判別をするのに役立つことはないのだ。

 成人男性より低いようにも見えるが、そもそもカイルはこの世界の平均身長というものを知らない。

 自分の知っている範囲で言えば、ルイーズよりは大きいが、村唯一の狩人でもある男よりは低いということぐらいだ。


 そんな何の役にも立たない情報以外で分かることといえば、それ(・・)は剣を使っているということか。

 だがそれを目にしたカイルは、一瞬眉根を寄せる。

 先ほど飛んできた何かは、正確に把握することは出来なかったものの、カイルの目には槍のように見えたのだ。

 しかもカイルの状況を考えれば、かなりの使い手である。


 だというのに、今は剣を使っており、しかもクレアを圧倒しているのだ。

 防戦一方、どころではない。

 直撃こそ避けているものの、攻撃を受けるたびにクレアの身体には小さくない傷が増えていく。

 このままではそう遠くないうちに倒されてしまうのは明白だ。


 否……そう遠くない、どころではなかった。

 瞬間、甲高い音が響き、何かが宙を舞う。


 それは、クレアの持っていた剣の欠片であった。


 断ち切られてしまった自身の剣を前に、呆然とするようにクレアの動きが一瞬止まる。

 そしてそれは、致命的な隙であった。


 いっそ緩慢にすら見える動きで、鎧の腕が持ち上がる。

 咄嗟に防ごうとするクレアだが……防ぐべき刃が、そこにはない。

 振り下ろされた刃を遮るものはなく、そのまま振り抜かれた。


 一瞬の、間。

 直後にクレアは、信じられないものでも見たかのように自分の身体を見下ろし――鮮血が舞った。


 赤を纏ったその顔が、何を思ったのかこちらを向く、

 口が開かれ……だが何の言葉も発されないままに、クレアは地面へと倒れ伏したのであった。

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