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模擬戦での初勝利

 ――甲高い音が響いた。


 瞬間両腕に重い感触が伝わり、その衝撃に押されたかのように僅かに膝が落ちる。


 だがそれは意図的なものであった。

 振り下ろされた刃の動きに合わせて剣先と共に足を引くと、そのまま上半身を回転させ、半身の形へと移行させていく。

 障害のなくなった刃が振り抜かれるが、その先には既になにもない。


 地面へとその切っ先がめり込むのと、こちらの剣が跳ね上がるのはほぼ同時。

 驚きに目を見張るその顔へと、吸い込まれるように腕を振り上げ――


「――はい、そこまでよ」


 両手を叩く音と共にその声が聞こえるか否かというところで、ピタリと止めた。


 相手の眼前且つ、前髪一本にすら触れない完璧なタイミング。

 それを心の中で自画自賛しつつ剣を引き、鞘に収めながら息を一つ吐き出す。


 そうしてそこまできたところで、ようやく実感が湧いてきた。

 自然と口元が緩み……ふと視線を感じたのはその時のことだ。


 もっとも、誰からのものであるのかなどは確認するまでもないだろうが、顔を向けてみれば案の定である。

 不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけているクレアに、カイルは肩をすくめた。


「そんな顔をされても困るっていうか、むしろ祝ってくれてもいいんじゃないか? ようやく一本取れたんだぞ?」

「自分を負かした相手を祝えるわけないでしょ……!」


 それは確かにその通りではあるが、ならばせめて喜ぶ暇ぐらいは与えて欲しいものである。

 さすがのカイルも不機嫌そうに睨まれている中で素直に喜べるほど、図太い神経はしていないのだ。


「……思いっきり口元緩んでるけど?」

「おっと……でもまあ、仕方ないだろ? 何せ二週間負け続けて、本当にようやくだったんだからな」


 早いもので、クレアとカイルが初めて模擬戦を行ってから、二週間が過ぎていた。

 この世界の一週間は前世の世界での一週間と同じなので、つまりは十四日が経ったことになる。

 その間、カイル達は毎日模擬戦を続けていた。


 厳密には、授業の中での模擬戦としては二週間前に言われた通り隔日で行っている。

 だがそれ以外にも、朝の素振りが終わってから、軽くではあるが模擬戦もするようになったのだ。


 そして今までの戦績は、カイルの全敗であった。

 クレアの運動神経が良い事も、加護の力が凄いということも分かってはいたが、予想以上に力の差があったのだ。


 最初の頃はどれだけの工夫を重ねたところで、それこそ赤子の手を捻るようにやられてしまっていた。

 むしろ最初の頃はまだクレアにも戸惑いのようなものが残っていたので、マシだったと言うべきか。

 それから一週間ほどは、本当に一方的にやられていた。


 しかしそこからさらに一週間をかけ、カイルはようやくクレアから一本取ることに成功したのであった。


「……というか、そもそもそれがおかしいのよ」

「ん? それって……何がだ?」

「アンタがアタシから二週間程度で一本を取ったことが、よ!」

「うわぁ……クレア、お前今物凄い傲慢な台詞を口にしたぞ?」

「っ……!」

「はいはい、冗談なんだからそんな睨むなって」


 とはいえ、クレアの言葉は間違ってもいない。

 確かに二週間前どころか、一週間前の時点ですらカイルはクレアにボロ負けの状態だったのだ。

 それが一本を取れるようになるなど、どう考えてもおかしい。


 もっとも、たった一つだけそれを可能にする例外が存在してはいる。

 クレアがそれを疑っているのだろうということもカイルには分かっていたが――


「……やっぱりアンタ、加護の力が使えるように」

「やっぱりとか、人聞きが悪いことを言わんでくれんかね? というか、それが正しくないってのは、お前がよく分かってるだろ?」

「それは……」


 確かにその例外とは加護のことである。


 だがそれをカイルが使えるかに関しては、また別の話だ。

 そしてその疑惑が正しいの否かは、実際に戦っており、自分で加護の力を使えるクレアが誰よりもよく分かっているはずである。

 加護の力が使えるのならば、この程度のはずがない、と。


 そう、アレから二週間以上が経つというのに、未だカイルは加護の力を使うことが出来ていないのだ。


「まあだが当然と言うべきか、お前が何故一本取られたのかってのには理由がある。今の俺じゃ普通ならお前には手も足も出ないって事実は何一つ変わってはいないんだからな」

「……何なのよ、その理由って」

「さすがにそれは秘密だ。教えたらまたボロ負けに戻るし、そういうことを考えるのも模擬戦の目的の一つだろ?」


 言いながら肩をすくめると、クレアはその言い分に納得したのか、考え込み始めた。


 一応今は授業の方の模擬戦の最中なのだが、ルイーズが何も言わないということは、それもありだということなのだろう。

 正直なところ、カイルとしては有り難い。


 何とか一本を取ったものの、大分神経をすり減らしながらだったのだ。

 まだ時間は余っているし、クレアが考えている間に一休憩出来るのならば、大分助かった。

 あるいはそれも見抜いているからこそ、ルイーズは何も言わなかったのかもしれない。


 ともあれ、この時間を有効活用しようと、カイルはその場に座った。

 身体の疲労の方はそうでもないのだが、立っているよりはこちらの方が休むのには都合がいいのだ。


 しかし休むのはいいものの、こうなるとある意味で手持ち無沙汰になってしまう。

 何となく空を見上げながら、暇つぶし代わりについ今しがた考えたことについて思考を巡らせることにした。


 即ち、自身の加護について、である。


 未だ使えないというのは既に述べた通りだが、手がかりに関しても相変わらず何一つとしてない。

 ルイーズは、模擬戦をすることで何か分かることがあればとも考えていたようだが、その思惑も見事に外れてしまったということになる。

 何故力を使えないのかは何一つ分からないということが分かった、というのが現状なのだ。


 こうなってくると実はやっぱり加護なんて持っていないのでは、という思考にもなるが、ではあの時の動きや感覚は何だったのだ、ということになってしまう。

 そもそもあれを行った本人であるカイルも、その様子を見ていたクレアやルイーズですらアレは加護だろうと言っているのだ。

 全員の意見が一致している以上は、やはり加護ということになるのだろう。

 せめて加護を与えてくれたという神自身に話を聞ければ何か分かるのかもしれないが、出来ないことを言っても仕方がないことである。


 とはいえ、それが荒唐無稽な話かと言われれば、実はそうでもない。

 少なくとも百年ほど昔には、それが可能だったし当たり前でもあったからだ。

 というか、元々加護とは、神本人から与えたということを知らされるものであったらしい。


 もっとも、それは今では不可能となってしまったことだ。

 昔それが可能だったのは、この世界で神が人と共に暮らしていたからである。

 しかし神達は今から百年ほど前に、この世界から去ってしまっていた。

 話を聞こうにも聞きようがないのである。


 尚、加護を持つ者が稀になったのは、それも関係しているらしい。

 かつてはよくいたらしく、加護について色々とよく分かっているのはそのせいもあるのだとか。


 加護が権能の一部を与えられたものだとかいうことなどはさすがに神本人から聞いたことらしいが、実際に加護の力と加護を与えた神の権能とが関係していることを突き止めたのは研究の成果だそうだ。

 たとえば闘争の神の加護であれば戦闘時に効果を発揮する類のものであるとか、豊穣の神の加護ならば作物を作る際に効果を発揮するものだとか、そういった感じだったようである。


 そういったことから、ルイーズ達はカイルの戦闘に関係のありそうな権能を持つ神の加護だと考えているようだが……カイルはそう考えてはいなかった。

 カイルの中では、やはりアレはゲームの技――スキルを再現したものだからだ。


 しかもあの時カイルは、半ば無意識のうちにそれを行っていた。

 加護で戦闘系の力を得たカイルがあの動きをしたというよりは、加護の効果によってあの動きがなされた、と考える方がしっくり来るのである。


 となれば、カイルに加護を授けた可能性が最も高くなるのは、ゲームの神あたりだろうか。

 そんなものがいるのか不明だし、そもそもこの世界にゲームというものが存在しているのかも不明なわけだが。


 カイル達の住んでいる村は、辺境も辺境にあるという本当に小さな村だ。

 総人口は五十人に満たず、そのせいもあってカイルは未だにこの世界の文明レベルを理解しているとはいいがたい。

 だが、正直おそらくそう高くはないとカイルは予測している。


 少なくとも今暮らしている村に電気はないし下水道といったものなどもない。

 いくら辺境だとはいえ、存在しているのであればそういったものが一つぐらいはあってもいいはずだろう。

 つまりは電気などがまだ誕生していない文明レベルだということだ。


 異世界であり、ファンタジーな世界であることを考えれば、代替手段を考えられなくはないが……それもまた期待薄だと思っている。

 何故ならば、確かにこの世界はファンタジーではあるものの、以前にも少し触れたように、魔法というものが存在していないからだ。


 厳密には、かつては存在していたらしいのだが、既に廃れ失われてしまっている。

 冒険には直接関係ないのでそれほどではなかったが、正直その話を最初に聞いた時はちょっとショックを受けた。

 前世の頃、似たような趣味を持つ友人が何人かいたが、そいつらであればきっと共感してくれたことだろう。


 ともあれ、そういう状況なので、ゲームというか遊戯の神などというものがいるかがまず疑問であるし、仮にいたところでカイルに加護を与えるかと言うとそれはそれで疑問になってくる。

 今のところカイルは自身に与えられた加護を、ゲームの能力を再現するような力、というようなものではないかと考えているわけだが、そんなものはカイル以外であったならば使いようがないだろう。


 権能だということは、それを神も使えるということだ。

 しかしあってもボードゲームぐらいだろうこの世界で、そんな権能をどう使うのかという話である。


 あるいは、神々の祝福とは神々がその個人に目を付けたことの証でもあり、何らかの秀でたところのある証拠でもあるらしいので、カイルが前世の記憶持ちの異世界人だと気付いた神がなんかそれっぽい加護を与えたということなのかもしれないが――


「うーん……あー、もういいわ! 考えても分かりそうにないから、次よ次! きっともう一回戦えば分かるはずだわ……!」


 と、敗因を考えていたクレアから脳筋のお手本のような言葉が飛んできたので、思わず思考を中断すると溜息を吐き出してしまった。

 考えろと言っているのに思考を放棄してどうするのか。

 この調子では敗因に気付くのは少し時間がかかりそうである。


 まあ、クレアらしいと言えばらしいのかもしれないが。

 クレアの敗因は、結局のところそういうところなのだから。


 何故カイルがクレアに勝てたのかと言えば、クレアは素直過ぎるからだ。

 その剣閃は真っ直ぐで、お手本通り過ぎるのである。

 しかもそのお手本を示したのはカイル自身だ。


 だから慣れてしまえば、対応しやすいのである。

 初動を見極めることさえ出来れば、やることそのものはそう難しいことではない。

 とはいえ、まずは慣れることが出来ればの話ではあるが。


 実はカイルはそのことには、最初から気付いていたのだ。

 だがお手本通りだとはいえ、その剣閃はあまりに鋭く早すぎたのである。

 対処法が分かっていたというのに二週間も結局かかってしまったということは、それだけの差があったということでもあり、決して褒められたことではなかった。


 それにそのことがクレアの弱点になるかと言えば、何とも言えないところだ。

 カイルが対応出来たのは、あくまでも二週間という時間があったからである。

 本当の意味での真剣勝負であったならば、圧倒的な力の差を見せ付けられた上で殺されていたに違いない。


 まあそれはカイルが弱いだけとも言えるが、クレアはまだ八歳であり、間違いなくまだまだ伸びる。

 余計なことを考えさせるよりは、このまま成長させた方がクレアのためになるのかもしれない。


 とはいえそれを考えるのはカイルの役目ではないし、カイルは一方的にやられて喜ぶような趣味は持っていないので、このやり方を変えるつもりもないが。

 もちろん、出来るならば真っ向勝負をして勝ちたいとは思っている。

 しかしそれをするには、それこそ加護の力を使えるようにでもならなければ不可能だろう。


 所詮カイルは凡人である。

 対してクレアはどう考えても特別な存在であり、そんな相手と対応に何かをしようと思うのであれば、相当の何かが必要なのだ。


 一応カイルの加護に関しては、ルイーズも色々と考えてくれているらしいが……正直なところ、それほど気にしていないというのが本音でもある。

 別に冒険をするのに必須というわけではないのだ。

 クレアに勝つということも、絶対に必要というわけでもなく――


「……ま、負け続けたいって言うんなら、それでも構わんけどな。妹分にあんま負けっぱなしだと、兄貴分としては格好もつかないしな」


 それでもやはり、力はあるに越したことはない。

 夢のためにも、それ以外のためにも。


「は? 何言ってんのよ、アンタの方が弟でしょう? アタシが圧倒的に勝ってる時点でそれは明らかじゃない」

「ほぅ? それはつまり、ここから負けまくったら自分の方が妹だってことを認めるってことだな?」

「出来るもんならやってみなさいよ……!」


 そんな軽口を叩きあいながら、構える。


 今のは一応冗談ではあるが……本音が混ざっていないと言えば嘘になるだろう。

 自分が凡人だと分かってはいても、これでもクレア達の兄貴のつもりなのだ。


 分相応にやるだけではあるが、いざ何かがあったという時に、妹に助けられるというのは何とも情けない。

 その情けない場面を、カイルは既に一度経験しているのである。

 だから次は経験しないで済むためにも、今は少しでも多くの経験が必要であった。


 あとは、必要はないものの、加護も使えたら使えたで越したことはないのだが……そこはもう自分だけではどうしようもない。

 ルイーズが考えているという何かに期待するしかないかと、カイルはそんなことを考えながら、一先ず今は目の前の相手へと集中していくのであった。

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