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熾天使たちの聖造物  作者: デン助
第二章 旅立ち
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/ 蒼海の歌姫 天空に響く調べ 中編②

 メガラニカの移動は基本的にエリア導力という仕組みにより、導力バスや浮遊車輌フローターへの導力供給が道路に埋め込まれたパネルから走行中に行われるようだ。

 高層建築の狭間を縫うように張り巡らされたアウトストラーダと呼ばれる超高速専用道路が、移動や物流の要になっているとの話。

 こうした交通系へのアプローチと整備がユーフォリアよりもかなり広範囲で行われているのが、移動時間の短縮に大いに貢献している様子だ。

 政府関係者専用の浮遊車輌フローターに案内されて乗り込む。リチャード、アンジェリーナ、セレーネと後部座席に並び、その向かいにイーグレットがひとり。

 改めて見ると、不思議な印象を受ける女性とも男性とも言い切れない神秘的な人物だった。

 立ち振る舞いも、口調も、声音も、雰囲気ですらも。

 まるで万人が警戒心を抱かぬように計算されて作られている印象。

 こうしている今も、その人となりが見えてこない。

「いかがでしょう、我がメガラニカは」

 時折、車輌の窓から日差しと影が交互に差し込むなか、イーグレットが不敵に笑う。

 これに少しの緊張を隠しつつリチャードが答える。

「活気があるし、物流と産業に大きく力をいれていると聞いてましたが、自分の目で見て圧倒されましたね。あちこちに大きな工場と高層ビル群が立ち並ぶ様はユーフォリアでは見られなかった光景です。それに、まだまだ開発が進められているところが多い。あと、これは気のせいかもしれませんが……住民の顔が何かに追い立てられているような印象を受けます」

 新興工業国となれば、人手はいくらあっても足りはすまい。実際、時間に追われて生活するとなると、国民の生活の余裕が削られてその負担がかかってくる。

「正直ですね。リチャード・カルヴァン様」

「……それについてお尋ねしたい。何故、私の本名をご存じなのですか?」

「フフ……あなたはご自分のおかれた立場について、もっとよく考えたほうがよろしいでしょうね」

 一息置いて。窓の外の景色に眼をやる。

「千年帝国、正しくはアストライア帝国。世界の中心と言っても過言ではない、絶大な影響力を誇る武装国家。私の知る限り、一〇年前までは皇帝の後継者は三人とされていた。しかし、先帝の没後に後継者を決める継承戦争が起こった。

 ここまではご存じでしょう? 歴史の教科書にも載っておりますからね」

 三者三様に頷く。リチャードとてその事実に何も思わなかったわけではない。

「順当に考えるなら第一王子が継ぐはずの帝位を、第二王子を担ぐ者達が毒殺して簒奪した。まだ小さかった第三王子は国外追放され、慣れぬ土地で流行り病にかかり没した。そういう事になっております」

 イーグレットの視線がリチャードと交錯。どこか、糾弾するような色。

「……何故、ユーフォリア大使として立ち上がったのです? あなたは本来、そうしたいざこざから解放されていたはずのお立場だ。何も知らず、一介の魔導技工士として生きていれば平和だったでしょうに。

 私はそれが不思議でならず、調べさせていただきました」

 確かに、その通りなのだろう。何も考えず、何も知らないでいられれば戦う理由も国を渡る必要もなかった。

 だがそれを是とできなかった。手が届く人たちを助けるために、見て見ぬふりをできなかっただけ。

 それが、彼の手にした小さな答え。

 この広い世界で、自分が自分でいるために。

「私は、」

 言い差したリチャードの言葉を遮り、今度はアンジェリーナの声が鋭く放たれた。

「あなた、リッチの心をさわがせてどうしたいの? そんなことは今、必要な話題じゃないはずよね」

「彼が望みましたので」

「言い方に棘を感じる。やめてちょうだい」

「承知致しました。戦乙女ヴァルキュリアの仰せの通りに」

 空気が張り詰める。アンジェリーナは戦乙女という立場を特権階級のように扱われるのをことほか嫌う傾向にある。

 これではセレーネの肩身も狭かろう。おずおずと口を挟む。

「あ、あのぉ。ちょっと気になったんですけど。以前、私が歌姫ディーヴァに選ばれた時、イーグレットさんもその場にいたじゃないですか」

「ええ。覚えていますよ」

「その時、機神の話もしましたよね。あれを実際に見に行くことってできますか?」

「機神を、見たいと? あれは大深度シェルター内の永久氷棺に封じられていますので、そのような観光ついでに見る、ということはできませんよ。

 実際に、関係者以外は立ち入り禁止の条例が敷かれておりますし」

 何を馬鹿なと言わんばかりに、失笑混じりで拒否を示す。

 ただ、こちらとしてはユーフォリア内で確認された機神のこともあり、無視はできないのが実際のところだ。

 アンジェリーナが矛先を変える。

「では、あのセラフィーナという子については? 呪われた使徒(ブリュンヒルデ)と名乗っていたけれど。この国で何が起こっているの?」

 イーグレットの答える声に、何かしらの感情が覗く。

「それに関しては私共も手を焼いておりまして。是非とも戦乙女の御力をお貸しいただきたい」

 言うと、身を乗り出してアンジェリーナを見る。イーグレットの様子が明らかにリチャードやセレーネの時とは違うことをこの時に悟る。

「あの者達はアルテリアで行われていた堕天使計画フォールダウン・プロジェクトの産物です。ユーフォリアでは模造天使と呼ばれていたようですが、九柱の黒翼を持った天使が製造されました」

 反応を伺う一息の間。続けて。

「……セラフィーナはその中でも卓越した流体素適応能力エーテライト・ポジティブを有する個体でした。よって〈機神〉の担い手に選ばれたのです」

 やはり、と頷くアンジェリーナ。機神は天使アイオーンにしか動かせないことがこれで確定した。

「しかし、メガラニカの機神は彼女を受け入れなかった」

 これに驚いたのはセレーネ。

「私が聞いた話と違います」

「ええ、全てを話したわけではありませんので」

 むすっとする。どうもこのイーグレットは話す内容を人によって変えているようだ。信用に足るかどうか、まずはこちらの態度を示せということかもしれない。

「何故なら、ここの機神は――あなたの母君が乗っていたものですからね」

 そうして。

 アンジェリーナの表情が変わる。いつもの冷静で理知的な彼女の双眸がはっきりと瞠目し、体が強張ったのが空気で解った。

「五〇〇年前にアンゼリカ・ロスヴァイセにより封印が施されたものの、再び動かすために彼女の能力を解析して製造された呪われた使徒(ブリュンヒルデ)。なかでも特筆した能力を持つセラフィーナですら動かせなかった機体です」

 気色ばむアンジェリーナ。

「母さまの能力を、解析した?」

 それまで微笑みながら話していたイーグレットの顔が、変わる。

 口角をつりあげた、何かを確信した笑みに。

「そうですとも。あの子はアンゼリカ様の複製体。一〇年前に亡くなったあの方の能力を引き継いでおります。どうやら、まだ半覚醒ですけれどね」

 その瞬間、話を聞いていたリチャードの脳裏に過ぎるものがあった。

 どうやって能力を解析した? アンジェリーナの母親は何故いなくなった?

 遺体はどこにある? 何故、能力を引き継がせた?

 この先の話を聞かせてはいけない気がする。

「アンジー! 耳を貸すな!」

「――母君に、会いたいでしょう?」


    *    *    *


 一〇年と少し前。なにか理由があって、彼女が孤児院に来たということは聞いていた。

 シスターは何も教えてくれなかったし、たまに来る大人たちもはぐらかすばかりで誰もが言葉にすることを恐れていたようだった。

 ただ、孤児院に来る大人たちは皆、子供たちがどこから来たかを気にしていたように、今では思う。

 金髪の女の子で、瞳も同じ金色の子を探していると解ったのは、大人たちが話しているのをこっそり聞いた時。

 黄金の瞳。そんな子は孤児院にいない。ユーフォリア人の特徴は碧眼だ。ここにいるのはほとんどその特徴で、自分だけが黒い瞳。そのくらいの見た目の違いは、子供にしてみればちょっと珍しいくらいの意味しかなかった。

 だから、あの日まで気づかなかった。

 アンジェリーナが秘めていた翼と、その強大な力と。

 その瞳が、本来は玲瓏たる光輝を放つ黄金であったと。


    *    *    *


 恐らくは、だが。

 イーグレットはこの時、何らかの策を既に練って張り巡らせていたのだろうとリチャードはなんとなく察していた。

 大使である自分より、戦乙女であるアンジェリーナを母親という餌で思う通りに動かしてユーフォリアへの追求材料にし、追い詰めていくような未来を描いていたのだろう。

 あるいはリチャードと諍いを起こすように仕向けることで、共倒れさせてアンセムへの追求を回避し、うやむやにするような。

 どちらにしろ、まだ大人になれていない子供を唆して動かすことなど造作もない、と。

 そうした傲慢が見え隠れしていたのがこの時のイーグレットの振る舞いだ。事実、その目論見は危ないところまで手を届かせていた。


 とはいえ、そうはいかないのがこの少女の怖いところ。将来を見据えて魔導法学を専攻し、議員同士の腹黒いやりとりも後ろ暗い取引も知っており、または自身を取り巻く貴族という環境から感情に振り回されることなく、常に自分を律した行動を欠かさぬよう育てられてきた。

 アンジェリーナは常より考え方に特徴があり、それによって自らの行いが最善に近づくよう努力し続けてきた経験を持つ。

 リチャードにはこれを〈思考を一周回す〉と説明したことがあるが、彼はその意味をここで知ることになる。

 一度深く息を吐いて、いつもの理知的な眼差しを取り戻す。

「おもしろいことを言うわね、イーグレット。母さまはもういない。死者に会わせる、という意味で言っているなら、もう少し言葉を選ぶべきね」

 思惑が外れる。取り乱すことなく冷静に言葉を紡ぐ様子には微塵の動揺も見当たらない。

 さしもの政界を動かす権謀術数に長けたイーグレットもこれには臍を噛んだ。

 経歴は調べ尽くした。母親に会いたいという思いは、孤児院の出身ならどうあっても抗えぬ誘惑のはず。

 この少女を思い通りに動かすには充分な一手。

 もう一押し必要か、と言葉を重ねる。

「そうではありません。あなたの母君はまだこの世界にいるのです。ですから、」

「いないわ。天使は命を落としたらエーテルの流れに乗って世界に溶ける。墓標もないから、その場で死後の安寧を祈ることしかできない。あなたの妄言を真にうけるほど、私は子供ではないわ。

 ただ、そうね」

 少し考えるために顎に手をやる。

「その機神、もし動くのなら私が乗ってあげてもいいわよ」

「――は?」

 そう、とんでもないことを言い出して。

 この破天荒な少女は、自ら破壊の権化たる機神を操ることを選んだのだった。


「だってそうでしょう? 都市ひとつを一瞬で壊滅に追いやるほどの力よ。これが敵の手に渡る前提だから、警戒しなきゃいけない訳じゃない。しかも母さまが使っていたものなら、恐らく私でなければ動かせない」

 そうリチャードに語る彼女。確かにこちらのものにしてしまえば後顧の憂いを断てよう。

 とはいえ、そのためには様々な要素が立ちはだかる。

 イーグレットが口を挟む。

「そう仰られても困ります。第一、海底より更に深い大深度シェルターに存在するものをどうやって取りにいこうと言うのです? メンテナンス用の通路はありますが、そんなものは機神の通り道にはなり得ません」

 しかし、リチャードの意見はそれと異なる方向で、アンジェリーナの思惑を薄く察してのもの。

「アンジー、さすがに五〇〇年前の機神だ。関節や導力炉なんかはまともに動かすならメンテがいる。たぶん、専用のノウハウが必要なはずだが、これからのことを考えると、機神の力は確かに欲しい」

 そう、今後続くであろう呪われた使徒(ブリュンヒルデ)たちとの対峙を考えるなら、こちらにも機神があるに越したことはない。

 そこでアンジェリーナが眼をつけたのが、オーガスタの誇る最先端医療の応用であった。

「ナノマシン、というものが最先の医療に用いられていると聞いたわ。それ、機神のメンテナンスに使えないかしら?」

 ナノマシンとは長い年月をかけて器械技術の粋を結集し、オーガスタで近年ようやく一般公開されたものだ。

 概要としては一〇億分の一ナノシャールという非常に小さな器械や装置の総称となる。これらは分子レベルで人間の体内に入り込み、血管内の血流に乗って移動して体内診断、必要なところに薬を届けるなどの医療、病気の予兆の早期発見に役立つ、今世紀で最も革命的な発明だ。

 これは可能な限り魔法の介在を省き、精密器械の性質を磨き上げた結果、魔法と見分けがつかなくなったと言われている産物である。工業国ならではの代表的な成果と言えよう。

「よくご存知で」

 イーグレットが一瞬悔しげに顔を歪めるも、すぐ諦めの表情に変えた。

「……さすがですね、戦乙女。お見それしました。そこまで調べておられるとは」

「政治の取り引き材料になりそうなものだから目をつけておいただけよ。それに、この発想はユーフォリアに現れた機神スルトのおかげね。星座の御印ゾディアック・ルーインからのエネルギー供給を受けて動かす導力炉はスレイヴ・マルチバース式。世界の外側から無限のエネルギーを供給する、神の心臓。これをユーフォリアの技術でナノマシンに応用できれば、現代にエネルギー改革の波を起こすことができるわ。

 医療はもちろん、建築や器械整備に人の手がいらなくなる。見たところ開発途中で止まったままの工事現場も多いようだし、発展を急いだ弊害があちこちに見られる。これらを一気に改善できるとしたら? 想像してみなさい。

 導力革命に次ぐ、ナノマシン革命が始まるのよ」

 アンジェリーナが首を傾げる。

「こんなところでどうかしら。イーグレット」

 確かに言葉通り、魔法と器械の合成ミキシングにおいて、ユーフォリアの右に出る技術国家は存在しない。

「協力、してくれるわよね?」

 口辺に浮かぶ微笑。可憐な見た目とたおやかな雰囲気に騙された。イーグレットは痛感する。この少女はとんでもない食わせ者だ。

 たったこれだけの時間で、この国がかかえる慢性的な人材不足とエネルギー問題を突き止め、その改善策を材料に自らの要求を叶えようとしてくるなど。

 これでは百戦錬磨の外交官ではないか。

 本当に警戒すべきは、この少女のほうだったなど。


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