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熾天使たちの聖造物  作者: デン助
第二章 旅立ち
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/ 蒼海の歌姫 天空に響く調べ 中編

 風の音が聞こえて、眼が覚める。

 首を動かして窓の外を見ると、果てのない蒼穹。時折、流れていく雲の姿が見えた。

「……飛んでる、のか」

 どうやらいつの間にか離水し、フリズスキャルヴはその巨体を空に浮かべていたらしい。それどころか、航行中だ。

 いつの間に動き出したのか解らなかった。どうやら豪華客船としての顔を持つというのは伊達ではないらしい。

「これだけのデカブツ浮かすってなると、導力気になるな……んっ」

 体を起こす。痛みはまだあるが、動けないほどではない。処置の速さと治癒魔法のおかげだろう。

 腰の打撲と右足の骨折が、一晩で歩けるほどに回復した。近代魔法医学に感謝しつつ。

「こんなに治るの早かったっけ。意外と浅かったのかな」

 ゆっくり体を起こそうとして、違和感。左手が掴まれている。

 アンジェリーナがベッドに潜り込んでいたらしい。髪を解いて無防備な姿。静かな寝息。これだけの佳人が隙だらけで寝ているというのは、邪魔をしてはいけないような、言うなれば侵しがたい色香を放つ。

「……遅くまで話してたのかな」

 起こさないように気をつけながら、ベッドを降りる。

 デスクに置いておいたノート型PCの電源を点け、部屋に備え付けの端末用ケーブルを差し込む。情報ライブラリ〈ヒアデス〉へのログインを行う。

 魔法式のフォーマットをダウンロード。自分なりのアレンジをいれてプログラム走査。動作問題なし。

 ところが、これをアンサラーにインストールしようとすると、エラーが出た。

「え、なんで?」

 格闘することしばらく。出た結論。

「こいつ雷系しか使えないのか」

 以前にアンジェリーナが言っていた。単一の事象変移に特化されたモデルというのはこういうことらしい。

 朱に染まった剣身を眺める。なかなかに癖が強い。

「じゃあ雷系でオーソドックスなやつを」

 汎用性の高そうな移動系の魔法式をネットで見つけ、アンサラーに移す。エラー。

「……攻撃系のみ、ってこと?」

 そもそもアンサラーを使うこと自体が急なことだったので、最低限使えるようにしてきたというのが現状だ。さらに格闘してみたところ、内蔵されている魔法以外を後付けすることが難しいことのようだった。

 ここからアレンジしていくのが魔導器の醍醐味でもあるのだが、どうやらそうもいかないらしい。

 融通の利かなさに頭を悩ませていると、背後で起きる気配。

「んぅ……おはよう、リッチ」

 見れば、起き抜けの無防備な艶めかしさを隠そうともしないアンジェリーナ。

 伸びた首元からは下着に包まれた豊かな双丘がちらりと見えている。

 普段は切れ長の凛々しい双眸も、起きたばかりで眠気に細められてとろんとしているのは、彼としては他人に見せたくない、庇護欲をそそられる表情のひとつ。

「もう起きて平気なの?」

「ああ、昨日はありがとう。助かったよ」

 正座から横にしなだれ落ちた座り方で、アンジェリーナがあくびを手で隠しながら。

「ふぁ……どういたしまして。それで、何してるの?」

 ベッドから降りて傍らまで来る。と、背後からリチャードに抱きつく形でモニターを眺めた。

 双丘が柔らかさを主張してやまない。彼の理性が試される。

「あ、ええと、魔導器の調整を少しな。このままだと、敵わない相手が出てくるから」

 アンジェリーナが耳元に口を寄せる。寂しそうな声音。

「……戦ってほしくないって言ったら、どうする?」

「……まあ、死にかけたからな。そう言われるとは思ってた」

「……私、戦乙女ヴァルキュリアの力なんて嫌い。だってひとりぼっちだもの。でも、あなたを守ることができるから使う。それができるはずなのに、それでも届かない時がある。あなたが走り出すと、追い付けないの。

 昨日、本当に心配したんだから」

「戦わなかったら、あの子が死んでたかもしれない。俺は、それを見過ごすことができなかった」

「引き換えに自分が死んだら、なんにもならないわ」

「そうだな。だから、せめて生き延びる努力はするさ」

「……いなくならないでね。リッチ」

 彼女の不安を吐露するような艶のある静かな声に、リチャードはなにか悪い予感を感じるのだった。


 その後、安静のために半日を部屋で過ごす。

 夕刻、やがて見えてきた海洋都市を眺めて、窓に張り付くのはすっかり快復したリチャード。思わず感嘆の声があがる。

「すげぇ、デカすぎる……!」

 ブレイダブリクとは趣を異にする、高層建造物の立ち並ぶ海洋都市。

 セレーネが横から口を挟む。マリンブルーの海から差し込む暁光に眼を細めて。

「メガラニカは陸地にある都市の部分に、メガフロート・カシオペアが繋がってる海洋都市なんだ。ほら、街から大きな橋が掛けてあるでしょ」

 指をさす方向に、巨大なアーチがいくつもかかった上部構造が見える。そこを浮遊車輌フローターや導力列車、さらには輸送用導力トラックが走っていく。

 止まらない車輌の流れの先には、大陸かと見まがうばかりの超大型人工浮体構造物メガフロート

 波間に揺られるのは構造体の外側のみで、構造体そのものは緩やかな上下をするものの、比較的安定している様子だ。

 ここから見て解るのは、長大な滑走路と管制塔がある点。その向こう側にもなにかあるようだが、白く霞んで見えない。両端すらも同様に。

 視界に収まりきらないほどの規模。

「あれ、でかい船みたいなものか?」

「うーん、というよりは人工の島を浮かべてるみたいなイメージかな」

「そんなものがあるのか。ユーフォリアとは違うな」

「ところで、リッチ達は最初にどこへ行くの?」

 愛称で呼ばれたことに少し驚いたものの、セレーネの問いかけに悪戯っぽく微笑む。

「どうするかな。最近知り合った子が魅力的でね。その子に街の案内を頼みたいところなんだが、あいにく大使館にいかないといけなくてな」

「おや、それは残念。その魅力的な子が連絡先を交換したいみたいだけど、どうする?」

「そいつは是非とも。時間ができたら連絡するよ」

 互いにスマートデバイスを取り出して、操作。それを見てセレーネが少しだけ驚く。

「もう右腕大丈夫なの? 治るの早すぎない?」

「うーん、昔から治るのは早いほうでな。特異体質らしいが、よくわからん」

 後ろから声が飛ぶ。学生服に着替えたアンジェリーナだ。昨夜の汚れはすっかり消えている。

「それ、調べたけど星座の御印ゾディアック・ルーインからのフィードバックよ。あんまり過信しないで。左眼の赤みも、もしかしたらそうかもしれないわ」

「そうなのか? そういや星座の御印ゾディアック・ルーインって、いくつあるんだ? アンサラー使ってる時に〈紅の残照(アルタード・レッド)〉って頭に浮かんだんだが」

 それを聞いて、アンジェリーナが顔をしかめる。

「……浮かんだ? つまり〈繋がった〉と解釈していいのかしら」

「声が聞こえた。囁くような、不思議な声だ。〈蒼の深淵(シエル・ブルー)〉とは似てるようで違うな」

「……もしかしたら、あなたは二つの星座の御印ゾディアック・ルーインの力を呼び出して使えるかもしれないわね」

「同時に使えるってことか?」

「ううん、解らないわ。世界の外側から力を呼び込むものだから、どういった法則でこの世界に働きかけるのかが解っていないし。そもそも未解明なのよね」

 今までに使える人間がほぼほぼ確認されておらず、伝説のみが独り歩きした結果がこれだ。

 現実、リチャードもほぼ独学で星座の御印ゾディアック・ルーインから力を呼び出す方法を編み出し、古代魔法として用いている。

 その力の源泉が事実上の無限、ということだけが解っているが、果たしてこれが正しい使い方なのかどうか。

「……確か、ウェンディが言っていたな。対象の座標を基点として並行世界からエネルギー変移を呼び込むものだ、って。意味はよくわからないが」

 まったく別種のエネルギーをこの世界のそれへと変換する際の相転移反応でエーテルが発生する、というのが真相だが、実のところこれには無駄が多い。

 それはさておき。

「……ん? ということはアンサラーでも古代魔法が使える?」

「人間のあなたが使う場合は詠唱が叙事詩レベルになるけど。使えるんじゃないかしら」


 フリズスキャルヴが海洋都市の専用ドックへと着水、波間を騒がせて艦体を沈めていく。

 岸壁内部の搭乗待合室へと続く可動式搭乗橋ボーディング・ブリッジを通り、改札を抜けると、左右一列に整列した人の並びが出迎えた。

 中央にひとり。清潔感のあるスーツ姿。さらりと揺れる金髪に片目を隠した、女性とも男性ともつかぬ人物。

 顔立ちは彫刻芸術のように整っており、胸に片手を置いた姿勢に礼儀正しさが覗く。

 男女どちらともとれる容姿ながら、すらりとした体型が独特の色香を放つ人物。

「お待ちしておりました。リチャード・カルヴァン様」

 折り目正しく頭を垂れて、その人物は続きを口にする。中性的な声音。

「お初にお目にかかります、オーガスタ政府より参りました、イーグレットと申します。メガラニカへようこそおいで下さいました」

 出会いがしらにこの出迎えでは、狼狽を隠せないのも致し方あるまい。

「お、おお……失礼、ユーフォリアから来ました、リチャードです」

 軽く頭を下げる。しかし、この相手はまだ視線を戻さない。

「お噂はかねがね。先だってのユーフォリアの危機にはこちらも急いで支援の準備をさせたのですが、充分なものを用意できず歯がゆい思いをしておりました」

 そこでようやく眼が合う。あまりの美しさに悪寒さえ感じるほどの琥珀色の瞳。

 リチャードが微笑と共に右手を差し出す。

「メガラニカからの支援物資は復興に使わせていただいています。大使として感謝申し上げる」

「お構いなく。お話がお済みになりましたら、是非ともグレイウッドアカデミーへお越しいただきたい」

 ふたりの握手が交わされる。聞きなれない言葉に怪訝な表情を返して。

「……アカデミー?」

「メガラニカでの魔導技工士エンチャンターを育成するスクールです。ユーフォリアで言う将生学園ユーゲントですね」

 なるほど、見学ということかと得心し、うなずく。

「そういうことでしたら。海向こうの生徒たちから学ばせていただく機会は得難いものです。喜んで」

 はにかむような笑みを浮かべる、イーグレットと名乗る人物。

 そして、リチャードの背後に立つアンジェリーナを見つける。

 傅き、最敬礼。

「かくも気高き戦乙女ヴァルキュリアアンジェリーナ様。お初にお目にかかります」

「立っていいわよ。リッチに対して礼節を尽くした挨拶をしたから、許してあげる」

 挨拶もそこそこに先を促すアンジェリーナだが、その眼は油断せずに相手を見ている。

「光栄でございます」

 立ち上がる。視線が交錯、イーグレットが微笑む。

「建国祭の放送でお見掛けしてから、一度じかにお会いしたいと思っておりました」

「そう。そんなにおもしろかったかしら」

「決してそのような。可憐で乙女らしいお言葉が、大変胸を打ったもので」

 あちゃー、と頭を抱えるリチャード。あれはどちらかと言えば失態、いや痴態だ。

 さてどう切り抜けるものかと見ていると。

「……リッチ? 言われてるわよ」

「俺じゃねえよ?」

「違う、それを言われた感想をよ」

「そっち!?」

 自ら痴態を演じた本人が、言われた感想を求めるという破天荒な図。

 まともに応じるのも抜けた話だと思い、イーグレットに向き直る。

「よろしければ、こちらのセレーネ嬢も同行の許可をいただきたい」

 これに驚いたのはセレーネだ。とはいえ疑問の声はイーグレットのほうが早かった。

「理由をお尋ねしても?」|

「この子は暗殺者組織〈天の蛇(ニーズヘッグ)〉に狙われています。なるべく私たちの傍から離れてほしくはない」

「それはこちらの警備セキュリティと軍警によって安全を保証します。それでは足りませんか?」

 適切な回答だが、ここで譲ると主導権を握られかねない。毅然とした対応が求められる場面。

 主張を通したいなら、波風を立てないように言い方を選ぶ必要がある。

 まだ、この国が信用できるとわかったわけではないのだ。

「彼らは〈古代禁呪インデックス〉に封じられたはずの幻惑魔法を使います。それは風景に同化する性質を持ち、隠蔽率いんぺいりつが非常に高い。しかし、私の眼であれば見つけることができるのが理由です」

「なるほど。であれば、もうひとつ」

 イーグレットが双眸鋭くリチャードを見る。

「あなたがその子を守らなければならない理由を教えていただきたい」

 こちらを探っている。眼差しに何がしかの思惑が揺れるのを見て、固唾を飲むリチャード。

「……彼女には恩があります。危ないところを助けてもらったので、それを返したい」

「それだけ、でしょうか?」

 一歩、距離が近づく。奇妙な威圧感。ふわりと鼻腔をくすぐるのは香水の香りか。

 低い声音に疑惑を乗せて、イーグレットは囁いた。

「私に〈嘘〉は通じませんよ。第三王子、リチャード・ヴィルヘルム・アインファウスト」

 ぞわりと背筋を騒がせる気配。

 眼差しに昏いものを覗かせて、イーグレットは薄く笑った。

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