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熾天使たちの聖造物  作者: デン助
第二章 旅立ち
23/25

/ 蒼海の歌姫 天空に響く調べ 前編

 納得のいかない様子で飛び去っていくセラフィーナを眺めた後、アンジェリーナが振り返る。

「それで。そちらの歌姫はどういったご用向きかしら」

 その時にはすでに、セレーネは片膝をついて頭を垂れていた。

 続く声にも、張りを持たせて厳粛な響き。

戦乙女ヴァルキュリアアンジェリーナ様。お会いできて光栄です。先だってのご無礼、心よりお詫び申し上げます」

 対して、アンジェリーナは片手で払う仕草。

「そういうのいらないわ。朝と同じでいいわよ」

 すると、跳ねるように立ち上がる。

「ああ、よかった! こういうの苦手なんだよね! 堅苦しくて」

「そう。それで、何のご用?」

「……それについては、お兄さんも含めて話させてほしいかな」

 聞いて、アンジェリーナが未だ立ち上がれないリチャードの傍らに立った。

「ですって。どう、立てる?」

「……悪い、背中打っちゃって、ちょっとムリ」

「仕方ないわね、ほら」

 屈み、彼の左側から肩を貸して立たせた。血で白いワンピースが汚れるのも構わずに。

「服、汚れるよ」

「洗えばいいわ」

「あいててっ」

 踏ん張りがきかず、リチャードが体勢を崩す。アンジェリーナも多少それに引っ張られるが、慣れた様子で立て直した。

「右足の骨、折れた? 歩き方ヘンよ」

 彼の腰に手を回して、歩くのを補助する。

「ヘンとか言うか? 普通」

 シニカルな笑み。彼にしては珍しく、自嘲しているらしい。

 寄り添い合うふたりの姿を見て、セレーネが先に導力エレベータまで走った。

「先に呼んでおくね!」


「……今回は、何のために戦ったの?」

 深く問い詰めるようなことはせず、彼女はそれだけをリチャードに尋ねた。

 昼の一件から、大使としての分を弁えた行動を促したつもりだった。

 それでも彼が誰かのために動いたのなら、それでよしとするつもりで。

「……わからん。勝手に体が動いた。ただ、見過ごせなかった。

 誰かのためじゃなくて……なんていうのかな、こういうの」

「……言ってみて。聞くから」

「そうしなきゃいけないって思ったんだ。何のためでもなく」

「そう。なら、いいわ」

「いいのか。我ながら情けない、答えになってない答えだぞ」

「いいの。あなたがあなたのままだから、それでいい」

 よくわからないな、とひとり呟くリチャードを支えて歩く。

 彼女の顔は、どこか晴れやかだった。


 部屋まで戻ってくる。

 リチャードをベッドに横にならせると、アンジェリーナがぬるま湯とタオルを用意した。それらを枕元に置き、血で汚れたジャケットを脱がせ、半ばまで切り裂かれたインナーを力づくで破く。

 手慣れている。彼女のユーゲントでの成績はトップだった。衛生・医療関係の知識もしっかり頭に入っているのだろう。

「セレーネさん、リッチの服、前開きの部屋着がクローゼットにかかってるからもってきてもらっていいかしら」

 一応言い方は柔らかいが、声音には有無をいわせぬ調子が覗く。

「わかった。ガーゼと包帯はどこ?」

「そこにある私のトランクの中、消毒液もそこよ。

 リッチ、今の自分の状態わかる?」

 意識レベルの把握のためだろう。彼女の声が矢継ぎ早に飛んでくる。

 痛みに顔を歪めつつ、体を起こされながら答えた。

「ああ、わかる。切られたところが痛い」

「それ以外は?」

「背中と、あと足も痛いな。あのセラフィーナって子、容赦なかった」

天使アイオーンと戦ってその程度で済んでるのが幸運ということよ」

 するとセレーネが必要なものを手にして戻ってきており、リチャードのベッドの足元に置く。

「ここでいい? 先に体拭くよね、補助いる?」

 こちらも不思議と手慣れた様子だ。

 気にしたのか、アンジェリーナが問うた。

「あなた、医療関係にいた人?」

「ううん、衛生学科。止血とかは魔法でできるけど、直接的な医療はさわってない」

「そう。とりあえずここはいいわ。何か食べさせたいから、頼んでいいかしら」

「ゴハンだね。じゃ、食べやすいやつ作ろっか」

「一応、消化にいいものよね?」

「パンがゆが最適でしょ、こういう場合」


 一通りの処置を終えて、リチャードが再び横になったベッド脇。

 アンジェリーナが自らの魔導器、フライアを構えて引き金を弾く。

 光の粒子がリチャードに降り注いだ。

「感染症予防の魔法をかけたわ。一応、一日一回はガーゼ交換ね」

 額には汗が光る。やはり男性の体を少女ひとりで処置するのは身体的な負担が大きいのだろう。

「ああ。すまない、アンジー」

「いいのよ。法学科の試験に落ちたら医療学科にでもいこうかしらね」

「それがいいかもな。手際よかったし」

 病気の初期症状や感染症の予防には魔法による止血や免疫強化が有効であり、打撲や打ち身にも効果は認められるのだが、直接的な切創の治療に関しては未だ人体の自己治癒能力に任せるしかないのが現状だ。

 回復を早めるくらいは可能だが、すぐさま完治とはいかないのが人体の難しいところなのだろう。

 でなければ、腕や足が千切れても一瞬で治せるような事態になってしまう。

「パン粥、できたよー」

 セレーネの声。アンジェリーナがそこでふと自分の服を見ると、クローゼットを開けていつもの首周りが伸びた部屋着スウェットを取り出した。

「リッチ、少し待てる? 着替えてくるわ」

「大丈夫。自分で食べれるよ」

「……こういう時くらい、私に甘えたらいいのに」

 名残惜しそうにそう言って、アンジェリーナが姿を消す。代わりに入ってきたセレーネから器を受け取り、礼を言う。

「ありがとう。いきなりこんな世話をさせてすまなかった」

 すると、彼女が黄色の円筒帽子を取り、神妙な表情で相対した。

「いいよ。それより、話していい? 私がオーガスタの大使ってことなんだけど」

「ああ。まさか君がそうだとは思わなかったよ」

「いろいろ理由があって。本来だったら歌姫ディーヴァがやるようなことじゃないんだけど、直前で事故があったから、その人の代わりにね」

 恐らくその事故にも〈天の蛇(ニーズヘッグ)〉が関わっているかもしれない。

 会話の合間にパン粥を口に運びつつ。

「その〈歌姫ディーヴァ〉っていうのは?」

 これに驚いたのはセレーネのほう。

「し、知らないの? ボクのこと」

「ああ」

「……メガラニカの、まあ、アイドルみたいなものかな」

「へえ、アイドル。確かに、美人だものな」

「……メガラニカの人口、知ってる? お兄さん」

「え? んーと、三〇〇万人だったかな」

「桁がひとつ足りないよ」

「え、多過ぎない?」

 そのなかでアイドルとしての立ち位置を確立するのは、もしかしたら相当難しいのかもしれない、という想像をするのがリチャードの限界である。

「ダンスや歌だけで頂点に立てるほど甘い世界じゃなくてさ。色々、それこそ組織的にバックアップ受けなきゃすぐに埋もれちゃう世界なんだ」

「なるほど。そんなに競争激しいなら、スケジュールも厳しそうだが」

「もちろん。だけどそれだけじゃないんだ。ボクには〈役目〉がある」

「役目?」

「〈グラスヘイル〉に選ばれた者が、その守護と管理を司るんだよ」

「なんだい、それは」

「結晶化するエネルギー資源の源泉だよ。氷の花みたいな形をしてる。メガラニカでは一般的に利用されてるけど、エネルギーの流れを安定化させて一定の方向性を持たせるには〈歌〉が重要なんだよね」

 合点がいったようで、相槌をうつリチャード。

「そうか。それで歌姫ディーヴァって呼ばれてるんだな」 

「グラスヘイルと最も波長の合う歌声の持ち主が〈アリアドネ〉によって選ばれる。その人が歌姫ディーヴァになるんだよ」

 つまり、と続けて。

「歌姫は単なるシステムに組み込まれた部品。アリアドネの思うように動く、人形」 

「そのアリアドネってのは?」

「オーガスタの最高意思決定機関。女性のみで構成されてる。メガラニカは首都だから、特に影響力が強いね」

 そこまで話したところで、アンジェリーナが戻ってくる。

 首元が伸びすぎの部屋着スウェットを押し上げる双丘と魅惑的な脚線美を晒した姿は、初見のセレーネには驚きを隠せぬようで。

「お、お姉さん! ちょっと見せすぎ!」

「え? いつもこうだけど」

 セレーネに、本当かと視線を送られたリチャードが答える。

「なぜか室内にいると露出が増えるんだ」 

「めっちゃアピってるじゃん! お兄さんなんで平然としてるの!?」

「もう慣れた」

「贅沢すぎるっ」

 確かに、家族同然の仲とはいえ年頃の男女。しかも貴族たるスキーブラズニル家の令嬢がするには、些かはしたない恰好かもしれない。

「……おふたり、恋人同士?」

 これには相反する答えが返ってくる。

「そうよ」

「違う」

「どっち!」

 アンジェリーナがリチャードの傍ら、パン粥を受け取ってスプーンで掬うと彼の口に運ぶ。

「まあ、どちらでもいいわ。いずれ結婚するし」

 これには眉を顰めつつ、差し出されたものを口に含むリチャード。

「んっ……そんな話したっけ」

「あら。孤児院でした約束、忘れたのかしら」

「あれは時効だろ……おもちゃの指輪、まだ持ってるのか?」

「あるわよ。見せる?」

「いや、いい」

 それはともかく、とリチャードがセレーネを見やる。

「俺はアンセム・ミリオンズネイルの手がかりを探してる。オーガスタに来たのはそのためだ。ユーフォリアを見舞った災厄、あいつが手引きしてたらしくてな」

 続きを言わんとしたところをアンジェリーナが引き継ぐ。

「アンセムと手を組んでいた赤帽子の男は、オーガスタから機神スルトを受領したと言っていたの。なにか知らないかしら、大使さん」

 すると、神妙な面持ちでセレーナが頷いた。

「……あれと同じものが、メガラニカの地下に眠ってるよ」

「バカなっ!? 二機目だと!?」

 声を張り上げたものの、痛みに呻くリチャード。

「大きい声を出さないで。ほら、横になって」

 空になったパン粥の皿をベッド横の棚に置き、リチャードの体を支えながらそっと寝かせていく。

「あれが、まだ、存在するのかよ」

 相棒のゴスペルを代償にして、かつアンジェリーナの力を最大限に借りて、さらにマーガレットの持つ皇室専用の魔導器をも持ち出して、なおブレイダブリクの崩壊と引き換えに撃退した、最大の脅威。

「適合者は誰なの? あのセラフィーナって子? 動かすには天使アイオーン信仰礼装セント・グリームニルが必要なはずよね」

 セレーネが再び頷く。

大災害グレート・ディザスター級戦略戦闘兵器。

 名前は、機神・氷獄を往く銀狼(ヘイムダル)

 ただ……そいつが置いてある場所が問題でさ」

 一息おいて、彼女は首を横に振った。

「手出しはできない。誰も、何もね。大昔から封印されてるから」

 怪訝な顔をして、アンジェリーナが問う。

「どこに?」

「メガラニカは海洋都市なんだけど、そこからはいけない。たぶん海のほう」

「たぶんっていうのは?」

「誰も見たことがないから。私もアリアドネに選ばれた時しか聞かされてない」

 リチャードが顔を向けて。

「……破壊できるのか?」

「あんなのを壊せるのはお兄さんくらいだよ。人間の魔導器レベルでどうにかできるものじゃない。実際、ブレイダブリクでの活躍がメガラニカじゃ英雄扱いだからね。お兄さん、向こうについたらヤバイよ?」

 そこで提案、とばかりに顔を寄せてくる。

「ガイド、欲しくない? お兄さんには助けてもらったからね、これでも恩は感じてるんだよ?」

「いや、俺のほうこそ。君がいなかったら、殺されてた」

「まあまあそう言わずに。お兄さんちょっとカッコいいし、私としてはもう少し一緒にいたいんだけどなぁ」

 頬を紅潮させながらも、朗らかに笑う。どうやらこちらが素の性格のようだ。

 これに反応したのはアンジェリーナ。

「それならこの部屋使っていいわよ。ちょうどベッドもひとつ余っているし。暗殺者に狙われてるんでしょう? 都合がいいわ」

「おっ、やったぁ! ありがとう! でもお姉さん、そこはヤキモチやいてかわいい反応するところじゃないの? 独占欲とかないの?」

「アンジェリーナでいいわ。そうねぇ、結局はリッチ次第だから、特には」

「……浮気とか、許せるタイプ?」

「私が一番であることが条件ね」

「え、じゃあさ、お兄さんにしてほしいこと、なにかない?」

「そうねぇ……キス、はもうしたから……」

 跳ね起きるリチャード。

「えっ!? したの!? 俺した記憶ないんだけど!?」

「寝てる時に決まってるじゃない」

「やりやがった! チクショー! こいつやりやがった!」

「えっ!? 待って、私一瞬で失恋したんだけど!?」

 すると、珍しいことにアンジェリーナが他人のはずの彼女へむけて、笑いかけた。

「あなた、おもしろいわね」

「私はおもしろくない! けど、まあいいや。恋バナもっとする?」

 ふわりと笑って。

 ころころと表情の変わる、近しい友人のいなかったアンジェリーナには新鮮な感覚だったのだろう。

 戦乙女というヴェールを被らずに済む相手というのは、今の世の中にあっては貴重と言う他あるまい。

「もう遅いけれど、ハーブティーを淹れるわ。よければどう?」

「ありがたくー。でも、お兄さんは?」

「リッチは寝てていいわよ。おやすみなさい」

 扉の閉まる音。照明も消された。

 暗闇のなかにひとり。

「……まあ、いいか」

 部屋向こうから女性二人の笑い声。少し寂しい気もするが、彼としては少し考えたいこともあって、都合がよかった。


 あの刀使い。そして黒い天使。往く先に待つ新たな機神。

 今のままでは、勝てない。その現実を受けとめる。

「明日、アンサラーに新しい魔法組み込んでみるか」

 ようやく起動を果たしたらしい魔導器の全貌は、未だ未知。

 幸い、ノート型PCは持ってきている。

 起きたら色々試してみよう、と。そこまで考えて、ふと思い出す。

 今までの自分が、どれだけゴスペルと古代魔法エインシェントに助けられていたか。

 そして何よりも――ラヴィーネへの執念。それに尽きる、今までの研鑽の熱量。

 恨みや憎しみというよりは、死者への弔いという意味が強かった、ラヴィーネとの戦闘。

 あそこがリチャードの目指した決着だった。でも、現実は続いていく。彼の人生が終わることはない。

「俺、なんでまだ戦おうとしてるんだ」

 脳裏に過ぎる、セラフィーナと名乗った黒い天使。

 彼女はラヴィーネとは違う。まだ、人間としての部分が残っているように感じられた。

 あの子が敵として前に立ったら、自分はその手にかけるのか?

「……違うよな、そういうの」

 人造の天使だからといって、全員が全員虐殺者というわけではなかろう。

 もしも話せる機会があったら、話してみよう。

 そうした物思いに耽りながら、彼は眠りに落ちていった。

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