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熾天使たちの聖造物  作者: デン助
第二章 旅立ち
22/25

/ 侵入者 闇に嗤う影 後編

 瞬間、頭上からの殺意にキャリバーをすくいあげる形で迎え撃つ。

 刃同士の衝突で火雷が散る。焦げた匂いが混じり、その先に殺意を乗せた双眸が光る。

 先の魔法剣クラウ・ソラスを跳躍して避けたのだ。しかして宙に浮いたその体勢、近接戦闘インレンジにおいては致命的。

 だがどうした理屈か、灰色の男は地に足をつけられない体勢のまま、蹴りを含めて二撃、三撃と刀を繰り出す。驚異的な身体操作、慣性を利用した遠心力と重心移動の御業。

 さながら吹き荒ぶ竜巻。

 刹那、リチャードの首元が薄皮一枚切り裂かれた。死線の応酬、首の後ろがひりつく感覚。手強てごわい。

 距離を取ろうと後ろに一歩。だが詰められる。再びの刃の競り合い。

「まだ使い慣れてはおらぬようだな。その胡乱な剣」

「胡乱てなんだよ。れっきとした魔導器だぞ。それとも、第零世代を見たことがないか?」

 恐らく、灰色の男が見て取ったのはリチャードの剣が未だその重量と刃渡りに適応し切っていないという点。

 長年使い慣れたゴスペルならすぐさま切り返しのひとつも浴びせるところで、重く長いアンサラーではそうもいかない。

 スペックで見ればほんの少しの差異。だがそれが生死を分かつ境界線。

 戦い方を変えなければ、次の一合でこちらの首が飛びかねない。

 短く息を吐き、腰を落として膝の力を抜く。するとリチャードの体から余計な力みが消え、重心が抜けた状態になる。瞬間、相手の体勢が崩れる。

「――っ!」

 相手の戸惑いが見てとれた。

 合気道、膝抜き。よもや東方秘伝の技術を異国人のリチャードが用いるとは思うまい。通用するのは、恐らくこの一合のみ。

「もらうぜ」

 さりとて殺害などもっての他。そこは特命大使としての面目がある。

 ならばとリチャードが出した結論。

 どこまでも剽軽ひょうきんな調子の軽さで、自分らしく進もうという決意。

 相手の鳩尾みぞおちに、右足を踏み込む勢いのままに右肘を弾丸の如く打ち込む。

 体重と慣性、重心移動を乗せた当て身。これにより相手の体の軸にダメージを与え、力を無力化する。

 加えて、これには相手の力や勢いも利用される。その威力は倍増しだ。

「がっ……ぐっ」

 思わず漏れる苦悶。急所に一撃もらえば当然であるが、なおも食い下がる。

「……まだ!」

 だがその痛みに喘ぐ時間ですら、これだけの近接戦では命取り。

 過たず据えられた虚ろな銃口。とうにアンサラーから分離された機関部の銃身、大口径の四連装がその額にぴたりと照準。

 右手に握るキャリバーは背中に担ぐようにし、出どころを見せぬ構え。

「二回目だけど、逃げてもいいぜ。今度は女性のエスコートを勉強してきなよ」

 苦々しい表情を掘りの深い顔に浮かべて、灰色の男が口を開く。

「……見事だ、天使狩り。よもやこれほどとは」

 薄い笑み。悪い予感。なにか、ある。

「これならば、相応しい」

 氷の刃を背筋に当てられるような感覚に、背後へ気をやる。

 そこには既に、目前にいたはずの灰色の男の刀が迫っていた。

「うおっ――!?」

 なにがどうなっているのか解らないが、瞬間的に移動したように見えた。

隔絶的な瞬発力、まるで点から点へ動いたように感じるほど。

「なんだ、それ!?」

 繰り出される多方向からの幾多の斬撃に、とうとう押され始めるリチャード。

 手の内を隠していたのは、こちらだけではなかったらしい。

 あれこそは東方秘伝の体術の極み、縮地しゅくち

 まさしく、剣の嵐に踏み込んだかのように錯覚する状況。

 だがそれでも、この灰の男は油断なくリチャードを見据えていた。

「〈あの方〉に会わせるに相応か、お前を見定める必要があった。

 これを受けてなお命があるのなら、資格ありとしよう」

 嵐が止む。次に相対した灰の男は背中を見せるほどに体を捻り、鞘に納めた刀に手を置き、集中を始めた。


 ――空気が、変わった。

 ぞっとするほどの殺意。必ず殺す、という鋭い意志が肌を刺す。

 まずい。今まで全力を出していなかったのか。

 直感が訴える。これを躱せなければ、死ぬ。

「ちょっ……!」

 この男、一度勝ったからと心のどこかで侮っていた。

 魔法行使が間に合わない。いかに強大な力を持つ魔導器といえど、それを扱う人間には判断の時間がどうしても生じる。

 使い慣れていない魔導器、しかもようやく起動したばかり、効果範囲には人を巻き込まない配慮が絶対に必要。

 それらを含めたすべての判断をするのに、刹那の迷いが生じたのは必然であった。

 恐るべき秘剣・瞬撃雷光しゅんげきらいこうが迸ったのは、その瞬間。

「参る……!」

 刃鳴りと同時、否、それよりも速い速度でひた走る白刃の軌跡が、音をなお超える雷光に等しい速さでもって襲い掛かる。

 それを例えるならば、斬撃の暴風であろう。研ぎ澄まされた剣気と殺意の奔流が押し寄せるかのような張り詰めた疾風。

 夜の闇に火花が散る。最初の一太刀は防いだ。しかし。

 続けて左右、そして袈裟にかかる三方向から迫る複数の殺意はどうしたことか。

「やばっ――!」

 防ぎきれないと判断し、咄嗟に後ろに跳躍。通常の射撃で相手の出足をくじく。

 だがそれでも、灰色の男がさらに一歩踏み込んでの最後の一太刀。

 運命を分けたのは、その一瞬よりも短い刹那、寸毫の間であった。


 床の導力パネルに鮮血が滴る。

「……凌いだな、我が秘剣を」

 右肩から大きく裂かれ、リチャードの流血が服を赤く染めていく。

 片膝をつく。致命傷ではない。だが、右腕が上がらない。

 キャリバーを振るほどの力が込められない。否、持ち上げることすら。

「ぐっ……しくった……!」

 負ける。ここで。自分は終わるのか。

 しかし、灰色の男はそこで残心を結び、戦いは終わりとばかりに刀を納めた。

「見事だ、天使狩り。今宵はここまでとしよう」

「な、に……!」

「お前の力を見定めさせてもらった。一度見逃された手前、こちらも見逃すというだけだ」

「なんで、そんなことをする」

「……あの方がお見えだ。次は互いの全力を期待するぞ」

 言って、ふわりと幻惑魔法の揺らぎの中に消えていく。

「勝手なことを……っ」

 痛みに顔を歪めると、すぐに駆け寄ってくる少女の姿があった。

 顔が青い。昼間の朗らかな印象も、死の間際に近付いた人間がいればなりを潜めるのも当然か。

「お、お兄さん! 大丈夫!? すぐに止血しなきゃ!」

 黄色帽子の少女が、切迫した表情で自らの腰に提げていた魔導器を取り出す。

 剣型の魔導器、柄に引き金を備えている。

 見たところ汎用型の量産機。しかし、独特の改造チューンナップがされた跡が見えた。

「すまない、できるか? 俺の魔法は攻撃特化でな、そういうのないんだ」

 眦をつりあげて、少女が正面から顔を見据えて来た。

「できるけど、対人戦闘のエキスパートがそれじゃだめだよ!」

「そりゃ、すまん」

 少女に施される治癒魔法の痛みに呻きながら、はてと考える。

「……君、俺のこと知ってるのか?」

 少女が、あっと気がついたように眼を見開いた。

 事前にこちらの情報を掴んでいなければ、リチャードの戦闘経験についてなど知るはずがない。

 観念したように溜め息をついて。

「……本当はもっと引っ張るつもりだったんだけど」

 ちらりとこちらを見る。

「そんな場合でもないから、もう言っちゃうね。私がオーガスタ側からの大使だからだよ。お兄さんのこと、何があってこっちに来たのかとか、大体は知ってるんだ」

「人が悪いね、もっと早く言ってほしかった……あいててっ」

「あ、ごめん。止血は終わったけど、あとは服を脱いでもらわないとだね」

 アンサラーを杖がわりに立ちあがる。右腕は多少動くようになったが、まだ力を込めると痛みがあった。

「ありがとう。ひとまずここで起きたことを報告しないと――」


 それを許してくれるほど、暗殺者集団は甘くないということを、この時までリチャードは理解していなかった。

 夜空に浮かぶ、眩いばかりの双子の月。それを背後に佇む、黒い影があった。

 三対六枚の漆黒の装い。その姿が、孤児院を焼き尽くした絶望の天使と重なる。

「――ラヴィーネ……!?」

 背筋が凍りつく。あの状況で生きていた? 考えられない。

 否、違う。これは死者の名。死んだはずだ。間違いなく。

「一緒にしてくれるな。余をあの出来損ないと見間違えるとは、失望したぞ――アインファウスト」

 まだ幼い少女の声。確かに背丈が小さく小柄で、しかし退廃的で浮世離れした空気はまったく同じ。

 恰好はと見れば黒いブレザーと白のブラウスに、タータンチェックのスカート。年の頃は十二歳ほどか。

 背に闇色の翼を纏う天使。もしや模造天使エンジェル・フェイクの同類か。

「何者だい。俺を知ってるなら、そっちの自己紹介もして欲しいね」

「不遜な輩よ。おもしろい、答えてやろう」

 小柄な天使が上空より降りてくる。

 近づいてくると、解る。

 黄金の双眸に宿る静かな意志の強さを顕す光と、細身で小柄ながら、高貴なる者が纏う峻厳な空気を放っている。

 しかしてその口辺には、見る者を見下す傲慢な笑みが浮かぶ。

 眼にも鮮やかな金髪に、月の光が流れる。

「セラフィーナだ。二度は言わんぞ。忘れるなよ、アインファウスト」

 リチャードを本名で呼ぶところを見るに、かなり詳細に調べられたらしい。

 テラスに降り立った黒い天使に、リチャードが双眸を眇める。

熾天使セラフね。模造天使エンジェル・フェイクのように見えるけどな」

 瞬間、彼の体が背後に吹き飛んだ。

 天使のみが有する多重積層型魔法障壁ヘルメス・トリス・メギストスを、単純にぶつけられた。建造物の壁と全力衝突したかのような力ずくの強引な打撃。

 並の人間であればトマトのように押し潰されるそれを、アンサラーの防御フィールドでかろうじて防いだ。

 しかし怪我で動けないところにその衝撃は、体がバラバラになるかと思うほどの威力。肺腑から空気が絞り出される。

「がはっ」

「お兄さん!」

 重傷の人間に対しては些か以上に苛烈な仕打ちを見かねて、セレーネが声をあげる。

 超然と佇む闇の麗影が、嘯く。

「言葉に気をつけよ。余は、一緒にするなと言ったぞ」

 漆黒を塗り固めたような、闇色の三対六枚の翼。

 その威容を前に常人であれば立ちすくむ状況のなか、黄色帽子の少女、セレーネが震える膝で懸命に立ち上がる。

 リチャードを守るように、両手を広げて。

「怪我人だよ! ひどいことしないで!」

「ほお? メガラニカの歌姫ディーヴァ。貴公が出てきたとなると、あの話は本当らしいな」

 どこまでも傲岸に、漆黒の天使は双眸を厭な笑みに歪めた。

「プロジェクト・アルフェリア。九人の〈呪われた使徒(ブリュンヒルデ)〉を滅ぼすために、ユーフォリアの力を借りようとしているとか」

「……本来ならお互い、こんなところで会うべきじゃなかった。けど、この人を守ることがボク達の未来に繋がる! 〈アリアドネ〉はそう判断した!」

 言って、彼女の魔導器が展開される。

 諸刃の剣型、だがその印象をすぐに裏切る、分離機構の展開。

 中心に通されたワイヤーによって、剣が蛇腹に延伸された。その全体像は鞭に近い。

 蛇腹剣ガリアン・ソードだ。第二世代の特殊改造機コンプリートモデル

 対する黒のセラフィーナが、無造作に右手を横に伸ばす。

 空間に孔が開く。そこから取り出したのは、超巨大な戦斧。

 こちらも持ち手の柄に魔法式発動用の引き金を備えた、その名もガン・ハルバード。一撃の重さに全てを賭けた破壊力特化型。

 これを軽々と振り回して、最後に長柄の先で床を突く。

 一息遅れて吹きつける戦斧の切り裂いた風の群れ。

「行くよ、アンタレス」

 対するセレーネ、臆することなく武器を振り出せば連接の刃がなおも伸び、さらに射程距離が延長。距離にして都合、彼女の周囲五シャールが刃鞭アンタレスの間合いとなる。

「起きろ、ラス・アルゲティ」

 応じる黒の熾天使が、その背丈の三倍はあろう戦斧の引き金を弾く。

 砲弾の如き薬莢が機関部より吐き出される。床に衝突する重苦しい音。

 視線が交錯、闇色の天使から殺意が吹き付ける。

 恐れる体を必死に奮い立たせて、セレーネは背後のリチャードに気をやる。

 退けない。彼の命が失われれば、世界が滅ぶのだ。

 互いに戦闘態勢、一触即発。


 ――そこへ、導力エレベータの到着を告げる、どこか間の抜けた音が響いた。

 避難誘導の折に使用が停止されていたはずだが、どうして。

 すると、そこから姿を現したのは学生服の白いワンピースに着替えたアンジェリーナ。

 すぐにリチャードの姿を見つける。一瞬驚いたが、応急処置が施されたところを眼に留めて、安堵しつつ駆け寄った。

「リッチ! また無茶して!」

 途中、対峙するふたりの間を平気で素通りした際には、黒い天使が眦を怒りにつり上げた。

「――余を、無視だと!? 無礼であろうが!」

「アンジー! 来るな!」

 駆け寄るアンジェリーナ。背後から巨大な戦斧が襲い来る。

 いかな戦乙女といえど、あれだけの威容を誇る魔導器の一撃に無傷で済むとは思えない。不意打ちであればなおのこと。

「思い知れ! 戦乙女ヴァルキュリア!」

 ガン・ハルバードは第三世代に分類される複合型の魔導器。特筆すべきその性質は、障壁破壊フィールド・バンカー。魔法を用いた防御の一切を穿ち抜く、攻城兵器に等しい性能。

 しかし。とはいえ。だとしても。

「思い知る……? 誰が? 何を?」

 碧眼が背後の天使を一瞥。戦斧が多重積層型魔法障壁ヘルメス・トリス・メギストスに激突し、大規模なエーテル爆発と衝撃波が巻き起こる。

 破滅的な爆轟と闇を紅く塗り替える爆炎。その只中にあって、なお平然と。

 輝く碧眼が黒い天使を見据える。

「なっ……! 無傷だと!?」

 障壁破壊フィールド・バンカーの性質をもってしても、戦乙女の防御は貫けない。まさに城塞の如き難攻不落。

 さもありなん。彼女の戦乙女ヴァルキュリアとしての強さは、その性質を一定のものとしていないが故。

 半人半霊。であればその力に人としての〈成長し続ける〉という特性が宿っていることにまで、余人では想像が及ぶまい。

 彼女の多重積層型魔法障壁ヘルメス・トリス・メギストスが、天使アイオーンや機神、ましてや模造天使のものと同じ強度だなどと、誰も保証していない。

 それらを遥かに上回る、言うなれば世界のバグ。

「もう一度聞くわ、贋作。誰が、何を思い知るの?」

 睥睨するかのように。鬱陶しそうにエーテル爆発の爆風と爆炎を、片手で軽く払いのけるようにすると、潮が引くようにそれらが消え去る。

 対峙して解る。これは生命体が持っていい力の域を、超えている。

「――そもそも。同じ目線に立っていいと、誰が言ったのかしら」

 咄嗟、黒い天使が後ろに飛び退る。

 直後に陥没するテラスの床。途方もない硬度、そして枚数の防御フィールドが、頭上から降り注いだのだ。

 しかし、それで臆する黒い天使ではない。

「贋作などではない! 余は誇り高き〈呪われた使徒(ブリュンヒルデ)〉だ!」

「ユーフォリアに災厄を撒き散らした存在が、誇り高い? 冗談にしてはおもしろくないわね」

 続けざまにぶつけられる戦斧の衝撃と爆轟。そのいずれもが彼女の守りを突破できない。

「っ……! ここまで、差があるなど! 認められるか!」

 表情に浮かぶものが先ほどの傲慢さとうってかわった焦り。

 今まで自分より強いものと対峙したことがないのかもしれない。

 見かけの幼さが、その印象に拍車をかける。

 アンジェリーナには、それがいっそ哀れにすら見えた。

「諦めなさい。私を害することができるのはこの世でただひとり。それはあなたじゃない」

 眼前に君臨する戦乙女が、星の如き光臨を帯びる。頭上に天使の環、背に光翼を拡げて。

 セラフィーナが、さらにその背後、未だ立ち上がることのできないリチャードへと眼を留めた。

「……そうか。あの男が貴公の弱点というわけか」

 それに何故か、深く頷くアンジェリーナ。

「ええ。ええ、そうよ。私の唯一、たったひとつの愛しい弱点。

 これがあるから私でいられる。これだけが、私のすべて。

 意味、解るかしら?」

 後ずさるセラフィーナ。表情には怪訝なものが浮かんでいる。

 アンジェリーナは胸に手を当てて、謳うように言祝ぐように、告げる。

「この弱点が私を強くする。この弱さを抱えたまま、私は強くなるのよ」

 だからこそ、彼女はこの場でセラフィーナを見逃すことを決めた。

「下がりなさい。彼の手当てがあるから、今日は見逃してあげるわ」

「どういう、ことだ。弱さを抱えて強くなる、だと?」

 理解ができない様子に、アンジェリーナが溜め息。

「人としての経験が今ひとつね。恋のひとつでもしてから、出直しなさいな」

「――意味がわからない!」

 これは彼女なりの手心だ。人に造られた天使といえど、人の性質は宿る。

 その心まで手放してしまえば、ラヴィーネのような災厄になりこそすれ。

 人の心を抱いたままなら、自分だけの強さを持った人間になることができる。

 そこには本物も偽物もない。

 人間だけが、心の痛みを強さに変えることができるから。

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