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熾天使たちの聖造物  作者: デン助
第二章 旅立ち
18/25

/ 冬の訪れ

 細く長く息を吐くと、白く煙った。

 曇天で、季節は冬。予報では例年よりさらに寒くなるそうだ。

 

 建国祭の激闘から一か月が過ぎた。

 ユーフォリア首都ブレイダブリクの復興が進むなか、ふと舞い降りて来た初雪に、人々は空を見上げる。

 多くの人が喪われた。機神デウス・エクス・マキナが現れたことによる途方もない被害と、犠牲の数。

 親を亡くした子供の泣き声。未だ亡骸の横たわる冷たい地面、下敷きになったであろうコンクリートの瓦礫。

 眼を背けたくなる惨状が、そこにあった。

 被害の規模は都市の中央部に集中していたため、物流の基幹部分となる空中環状線も崩落の憂き目にあって、行き交う人の姿にも活気がない。

 それでもどうにか物資を運び、人を集め、都市機能の復旧に急いでいる。

 おかげでどうにか都市の国営病院と隣国からの医療物資、そして食料の配給などの態勢が整いつつある。

 もちろんそれは、ユーフォリア政府首脳と聖天子の指示、加えて人々の協力あってこそ。

 だが政府への批判と不満、議会の対応の遅さ、そういった声はどうしても出てきてしまう。

 誰も彼もが、振り上げた拳の行き先を求めている。

 それでもどうか、人々の寄り添いあう心を忘れさせないため。

 厳しい状況のなか、犠牲者を弔う合同葬を行うはこびとなったようだ。

 

 国立墓地の慰霊碑を前にして、粛々と式が行われていく。

 黒いフォーマル姿で規則正しく並ぶ顔ぶれのなかに、リチャードとアンジェリーナも神妙な面持ちで参列していた。

 時折、噂話をする声も聞こえてくる。それらには二人に対して、いやさリチャードへの恨みが込められているものもあった。

「ほら、あの人……放送の時の」

「どうして戦おうなんて思ったのかしら」

「あの人のせいで……」

 言葉の棘が胸を刺す。

 リチャードは歯噛みする。どうして、なんて当たり前だ。

 戦わなければ守れなかった。今よりもっとひどい事になっていたんだぞ。

 だが、そんなことを言える立場ではないのも確か。

 自分が戦うことで出た犠牲がある以上、なにかを言う資格はない。

 だから、何も言い返すことはできない。

 今までに鍛えてきた戦闘技術も、魔導器も、格闘術も。

 こうなってしまえば形無しだ。なんの力にもなりはしない。

 ただの人より少し戦えるだけの人間では、大勢の人を救うことはできない。

 もっと大局を見るなら。先のことを考えるなら。もっと責任を取れるなら。

 

 その先にあるのが、あの白金に輝く髪をした女性。聖天子マーガレットの姿。

 厳粛に執り行われる儀式の最中も、身じろぎ一つすることがない。

「マギーは……すごいな」

 国を背負うというのがどういうことか、今の自分にはまるで想像の出来ない重さ。

 それを当然のように背負い、前に進むことを止めない姿には尊敬の念を禁じ得ない。

 あの細い肩に、いったいどれだけの重荷を背負っているのか。

 思わず口をついて出た言葉に、隣のアンジェリーナがこう返す。

「胸を張りなさい、リッチ。あなたは正しいことをしたのよ」

 なにかを答えようとして、ぐっと声を詰まらせる。

「あの子はあの子の戦いをしている。昔からそうよ。私たちはそれぞれに、違う戦いかたをしているの」

「俺は……これでよかったんだろうか」

 掠れた声に、アンジェリーナが顔をあげてこちらを見た。

 自身を支えていたものが、折れそうになっている。

 例え機神を退け、ユーフォリアを危機から救ったとしても、それが犠牲を生んでいてはどうしようもない。

 自分にできるのは、戦って眼の前の人々を助けることくらい。

 じゃあ、自分は何と戦えばよいのか?

 強さとは、なんなのか?

「良いのよ。あなたは、それでいいの」

 断言する声には力があった。心の支えが弱った時、そう言い切ってくれる人間がいるのがこれほど心強いのだと、リチャードは感じ入る。

「ありがとう、アンジー。少し、楽になった」

 彼の表情が柔らかくなったのを見て、アンジェリーナが静かに微笑む。

「まっすぐに進むのがあなたらしさよ。他のことは、できる人に任せてしまいなさい」

 言って、寒さに体を震わせる。リチャードはすぐに自分の上着を脱いで、羽織らせた。

「ありがとう。でも、あなたが凍えるわ」

「なに。もうすぐ終わるから平気だ」

 その言葉通り、合同葬は厳かな祝詞を謳い終わって終了となる。

 リチャードはかすかに雪の舞う空を見上げて、思う。


 自分の無力さ。魔法使いとしての使命。家族の仇を討って、機神を退けた。

 そのなにもかもが、この街の惨状の前では空疎に映る。

 自分はまだ、なにもできない子供のよう――


    *    *    *


 ひとつだけ、大きな問題があった。

 リチャードの持つ魔導器、ゴスペルの本格的な故障である。

 合同葬を終えて学生寮に戻ると、ゴスペルの修理にかかり、都合三時間。

「ぜんっぜん、動かねえ……」

 この一か月、街の復興の手伝いに魔導技工士は大勢駆り出された。リチャードもその一人である。

 しかし、今の状態ではろくな魔法を使うことができず、ずっと肉体労働ばかりを担当していた。

 当然であろう。魔法の使えない魔導技工士は、ただの一般人でしかない。

 とはいえこの故障、なにがどう壊れているか解らない状態でどうにも修理の見通しが立たない。

 デスクの上のPCに配線を繋げて、ゴスペルの法珠スフィアに保存されている魔法式をチェック。問題なし。

「ソフトは大丈夫。本体のほうか?」

 ベースとなるOS、問題なし。魔法の展開式、構成式、起動式、さらに深部、事象誘導式。

 全て問題なし。

「じゃあ動けよ!」

 その結果としての沈黙。お手上げである。

「たぶん、短期間のうちに古代魔法を使い過ぎたのではないかしら」

 背後のソファからアンジェリーナの声。なぜか優雅に足を組んでクッキーを食べている。

 リチャードサイズの服なのか、首回りが伸びたダルダルのベージュの部屋着スウェットに着替えてくつろぎ中の戦乙女。伸びた首回りは右肩のあたりまではだけ、ピンクの下着の紐すら見える。

 普段の凛とした空気も、超然とした佇まいもなりを潜め、こうしていれば単なる一般人。

 些か油断しすぎているが、実はリチャードの知る彼女本来の姿がこちらである。

過負荷オーバーフローか? アイゼンシュミットでメンテして調子よかったからって、使い過ぎたかな」

「そう言ってるじゃない」

「エリート様、なんとかして?」

 首だけで振り返ると、油断しまくりの戦乙女、足を組み替える。下履いてない。見えそう。

「ムリよ。そっちのが専門でしょうに」

 嘆願虚しく。

「一回、再起動かけるか……」

 法珠を強引に取り外し、もう一度組み込む。

「あ、エラー起きた」

「もう。仕方ないわね。フライア貸してあげるから」

 アンジェリーナが立ち上がると、部屋の隅に立てかけておいた自分の魔導器を差し出してくる。

 世界最強の魔導器が、まるで便利なほうきかなにかの扱いである。

「ストレージから全部コピーして、移してみて」

「よし。エラー起きた」

「よしじゃない。どういうことよ」

「どうなってんだこれ」

 ふたりでモニターを覗き込む。

 専門家とはいえ、やはり第零世代のワンオフ魔導器にはこうして手を焼くようだ。

 量産型の復旧とはわけが違うようで、ふたりで頭を悩ませながら、夜は更けていく。


 悪戦苦闘した結果、出した答えがひとつ。

 あの赤い男、リチャードに扮した銀翅蝶の男が持っていた、第三の第零世代。

 これが手元にあったので、しばらくの代機とする考えである。

「ええ……俺これ使うの?」

 嫌そうな顔を隠さないリチャードに、アンジェリーナがPCのキーボードを叩きつつ。

「仕方ないでしょう。たぶん、再設定すぐいけるかも?」

 確かに、道具は道具でしかなく、道具に罪はない。

 割り切って考えれば、これもまたウェンディの遺した最強の魔導器には違いないのだ。

「あら、これ。すっごく動作軽いわよ。OSはゴスペルと全く一緒。魔法式は、うーん」

 全く問題がない、というわけではないが、使えなくはないという判断にふたりは頷く。

 今までの魔法が全部使えなくなるが、これを眠らせておくというのももったいない。

「これ全然使ってないよな、ほぼ新品?」

「明日使ってみて、どうかよね」

 リチャードがアンサラーの機関部を開ける。大口径、四連装の回転弾倉リヴォルバー

「四発か。弾切れ怖すぎるんだが。ん、これ特注弾か? ちょっと見たことないな」

 異世界の法則をこの世に持ち込んだ、最悪の狂気とも言われる超越型魔導器アーティファクト・オルタナティブも、この二人にとっては単なる道具の延長。

 第零世代を使い慣れた人間にとって、そんな希少価値などあってないようなものらしい。

 

    *    *    *


 翌日。肌を刺すような朝の寒気に白く吐息を煙らせて、リチャードは街中を駆け抜ける。

 魔導器の都合がついたことで、まずはガンショップで弾薬の補充である。

 これがないと始まらない。が、リチャードの万年金欠アルバイトの原因も、またこれである。

 アンサラーの使用弾薬は五〇口径の強魔装弾シュラウド・ソーサラー

 そのお値段、弾丸ひとつにつき……

三七五〇さんぜんななひゃくごじゅう!? 魔装弾マグナム・ソーサラーの三倍!?」

 という、とんでもない金食い虫を抱えて。

 彼は、二日後に控えた隣国への調査任務に、顔を青くして臨むのだった。


 装備を揃えて、今度は海浜公園に足を向ける。

 道中、やはり復興のために走り回る導力車輌や人並みが絶えない。

 お祭り騒ぎだった建国祭がこんなことになって、人々の顔にはやるせなさが感じられる。

 赤い煉瓦の敷き詰められた道路の両脇に立ち並んでいた商店街も、今や買い物客もまばら。

 もちろん全くいないわけではないが、それでも普段の活気からすれば程遠い。

 リチャードは公園の中央に坐する噴水のベンチに座り、持ってきていたノート型のPCを開く。

 半透明のウィンドウが開き、相手の顔と会話ログが並ぶ。

 キーを何度か押して、相手に通話。数度のコールで出た。

「こんにちは。忙しいところすまない」

 ノートPCのスピーカーから返ってくるのは、聞きなれた声。

 彼の妹分とも呼べるマーガレットだ。

「こんにちは、兄さま。その後いかがでしょう?」

 聖天子陛下に対して直接の通話など、この国で許されるのは上級議員の緊急時以外にはありえない。

 そんな大それたことを気軽にしてしまうには失礼この上ないのだが、背に腹は代えられない。

「ああ、おかげさまでなんとかなったよ。経過報告、いいかい?」

「どうぞ」

 とはいえ、この連絡には速度が求められる。

 なにせ、タイムリミットが近い。

「ゴスペルの故障は直らない。かわりに赤帽子の男が使っていた、アンサラーを代機として運用することにしたよ。弾薬の調達は終わってる。二日後の渡航チケット、お願いしていいかい?」

 というのもあの戦乱の後、リチャードには正式な国家指定魔導技工士としての叙勲式が行われた。

 学生として授かるには過ぎた勲章だ。なにせ、学院を卒業した正魔導技工士のなかでも、さらに選りすぐりのベテランが推薦を受けて国から任命される資格である。

 だがその際に聖天子陛下より賜った指令、隣国に渡って事態の真相を突き止めよ、というもの。

 これがどうにも難物だ。

 まず、何の準備も知識もなしにこなせるものではない。

 隣国は今や完全な味方ではなく、最も憂慮すべき敵である。

 大陸間和平を謳ってはいるが、その実は腹の探り合い。

 ユーフォリアが動乱で弱っている今、一番されたくない事を考える。

 ――大陸間侵攻。奇襲作戦による本土上陸。つまり、国家間戦争。

 これを防ぐために必要なのは、外交。

 だが、なにをもって外交とするのか?

 そこにユーフォリアが功を奏したのが、リチャードの本名――アインファウスト。

 中央大陸に君臨する千年帝国、その第三王子としての肩書きである。

 資格、血統、万が一に備えた戦闘時の対応力。

 これら全てを備えた人物に、外交官としての立場を保証して、大使とする。

 こうすることで、国同士の駆け引きがこの少年の肩にそのまま乗っかってくるという寸法だ。

「わかりました。では、特命大使としての信任状をお送りしますので、忘れずに持っていて下さいね」

 旅の間はそれが身分を保証します、と。

 聖天子であるマギーは、大々的にこの少年を自分の名代として送るつもりなのだ。

「了解。そっちに顔を出す必要はあるかい? しばらく祭祀続きだから、寂しいかと思って」

 だがそんなものはどこ吹く風と、いつも通り剽軽ひょうきんに振る舞うのは、この男だからこそなせる技か。

「それには及びません。会いにきてくれる、ということであれば、とても嬉しいのですけどね」

 薄い笑み。それはどこか、小雨に濡れる淡い紫の花を思わせた。

「二日後には長いお別れだ。それまでには、会いにいくよ」

 頬を染める少女。立場上、義務的な作り笑いをすることも多い彼女だが、今回ばかりは瞳を潤ませて。

「……嬉しい。またね、兄さま」

 思わず、愛らしい笑みが零れたようだ。

 通話を切る。PCを閉じて立ち上がると、腰を伸ばした。

 二日後の渡航。

 特命大使としての任を帯びた、国家指定魔導技工士として初の仕事。

 不安はある。

 だが、戦うことしかできない自分にも、できることはあるのだと証明したい。

「走ってみるか。まっすぐに」

 アンジェリーナとは、しばらく会えなくなってしまうが。

 それでも、自分が決めたことに決して反対はしないだろう、という確信があった。


 その夜。学生寮では。

「旅行みたいなものでしょう? 楽しみね」

 いそいそと旅行用のトランクに着替えを用意していく、戦乙女の姿があった。

「お前、ついてくる気か!?」

 とんでもない話である。世界に定められた絶対的不干渉により、アンジェリーナを束縛するものは確かに存在しない。

 だがそれでも、今の微妙な国同士の均衡はユーフォリアから戦乙女が出ないということを大前提としたものだ。

 それが、旅行。

 大陸ひとつを優に滅ぼせる、生きた伝説が気軽に国境を越えてくるなど。

 聖天子、ひいては国家首脳が頭を抱える事態になる。

 それどころか、このユーフォリアが相手の国に攻め込むという形を取ってしまう話。

「だめだめ! アンジー、それはやばいって!」

 両腕で×を作るリチャードだが、何をどう勘違いしたか。

「え? セクシーすぎるかしら、この下着」

「違う違う、そうじゃない。お前がこの国から出たら、正直何が起きるかわからないんだ」

「どうして?」

「だって、お前がここから出たら、相手の国がどう思うか解ったものじゃない」

「でも、あなたは行くんでしょう? なら私も行くわ」

 さも当然のように。

 とはいえこれには彼女なりの理由がある。

「国家としての姿勢を示すために、帝国の血を引いたあなたに大使としての立場を与え、国の重要人物として重用していますっていう宣伝をする催しでしょう? そんなの誰が見たって明らかよ」

「それは……そうかもしれないが」

「私がそれについていけば、なおのこと箔がつくと思わない?」

 戦乙女を連れた大使。確かに、どうやっても無視はできなくなる。

 しかしそれには、戦乙女の政治的利用と見られる危険性も高い。

 加えて万が一、暗殺という手で大使をいなかったことにするなどという手も使えない。

「楽しみね」

 子供のような満面の笑み。余裕すら感じられる。

「お前、まさか解ってて……!?」

 自らが孕む危険性も、立場上のデメリットも含めて。

「それとも、惚れた女を置いていく気?」

 口元に人差し指を当てる様子が、どうにも様になる。

「惚れた男の言うことが聞けない、悪い子じゃダメだね」

 負けじと言い返す。この言葉に碧眼を眇めて。

「あら、そう。じゃあ、盛るわね」

「何を!?」

「大盛りよ」

 機嫌を損ねてしまったようだ。

 可憐な一条縛りが不機嫌に揺れる。

 その後、彼女お手製のサンドイッチの具が、彼の嫌いなグリンピースのみという過酷な夕食と化したのは、これから彼に訪れる災難の始まりだったのかもしれない。

「どうやって作ったんだ、これ……?」

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