出発
「いやぁあああ!!!!!」
悲鳴と言うよりも駄々をこねてると言うべきその声にフェイが呆れた声を出す。
「いい加減にしろよ」
木に掴まって離れずに嫌だ嫌だと子供のようにベソベソ泣くのをフェイが必死に引き剥がそうとしているが、中々上手くいかない。
ヒロイン補正の成せる技か、その姿すらみ苦しくないのだからヒロイン様々である。
まあ、15にもなって泣いてる理由もヒロインであるからなので、実際なんとも言えないが。
「お父さぁん!私ずっとずっと一緒に居るぅ!!」
流石に腕が疲れてきて引き剥がれそうになったので叫ぶように応援を呼ぶ。
女子力が足りなかろうが、村一番に狩りが上手かろうが、中々嫁の行きてが見つからなかろうが父にとっては可愛い娘であり、上の娘が嫁に行き、下の娘が父を汚物扱いするようになった中、反抗期もなくずっと父を好きで居てくれる中の娘は可愛く、他の同年代の娘を持つ父親に羨望の目で見られる自慢の娘なのである。
「フェイ」
「ダメだから。父さん、ダメだから。国からの命令だから。却下」
少し強めの声をかけたが、名前を呼んだところで遮られた上に素気なく断られた。
「なら、せめて、せめて、御守りがわりに指輪を頂戴!」
「うちにそんな金の余裕はありません!せっかく王都行くならついでに嫁の貰い手探してこいよ」
この世界にオシャレで指輪という文化はなく、指輪=既婚or婚約者ありということになる。
「ふざけんな!私はどこにでも居る冴えない何かに秀でてる訳でもないパッとしない農民に嫁ぐんだ!」
「お前な…。我儘言うなよ。二つ先の村まで嫁の貰い手探して見つかんなかったんだぞ?お前を貰ってくれるなんて奇特な人が居たならにべもなく頷け」
「私にだって選択権はあるはずだ!!」
「ねーよ。せめて2人から良い返事貰ってから言え、愚妹が」
言い合う間も片や木にしがみつき、片やそれを引き剥がそうと粘るが、これ以上騎士達を待たせて、妹の印象が悪くなり、扱いが雑になることを恐れたフェイは最終手段に出る。
フェイは、木にしがみつくことでがら空きになった脇へと手をやると…。
ーこちょこちょこちょ
くすぐりだした。
「あはっ、アハハハハハハハ!!!!!」
笑い出したリサの力は弱まるが手加減はしない。
「はぁはぁはぁ…」
ついに笑いすぎて力尽きたリサは木にずり落ち、地べたへ座り込む。
「く、くそあにきぃ…」
「お前が大人しく行かないからだろ」
キッと睨むが、フェイはなんでもないように飄々と笑う。
「さぁ、どうぞ。連れてってください」
そして良い笑顔で、兄妹のやり取りに唖然としていた騎士達に必死に息を整えてる妹を差し出す。
「分かりました」
骨折し、馬車に乗り込んでいる高圧的な騎士に代わり、代表のギルゲインが返事をしてリサに近付く。
「ソッコノキミィー!!」
学園へ行く現実は変えられずともなるべく攻略キャラに近付きたくないリサは、焦りで裏返った声を恥ずかしがる様子もなく、一番近くに居た茶髪の騎士を指差す。
「ちょっと笑いすぎて立てないのでお手を借りても?」
「え、あ、はい!」
突然の指名にビックリしつつも茶髪の騎士は、手を伸ばしてくれる。
「ありがとう」
流石、騎士。
兄達が引っ張り上げる時の雑さや強引さはなく、引っ張り上げられたのにフワッと体が浮くような優しい力加減だった。
「あ、いえ!」
その感動からリサからもふわりと笑顔がもれる。
リサは特別美人でも華があるわけでもない素朴な顔立ちだが、だからこそその笑顔はとても純粋そうで引き込まれる。
茶髪の騎士は顔を赤めらせ、ぶっきらぼうに端的に答えた。
「騙されるなー」
「そいつは村一番の狩人だぞー」
「男に躊躇いなく蹴りかますじゃじゃ馬だぞー」
「いっつも凶悪(面)の狼と猪従えてる野生児だぞー」
「お前ら何がしたいの!!?」
そんな茶髪の騎士の様子に茶々をいれる兄や自分の同年代の男達の内、一番近くに居た兄の友人に飛び蹴りをかましつつ、文句を言う。
「なぜ、これから一緒に王都に行く連中に私の悪口を言う!?男の象徴蹴り上げるんぞ!!」
その台詞に顔を青くして男達がそこを手で隠す。
「ひぃ!」
「お前ホントにやるだろ!?」
「私は有言実行する女だからね!」
「コイツ、この前ケンカした時、マジで蹴りやがった」
「嘘だろ、フェイ!リサ、お前はなんて残酷なんだ!」
「イラッとしたんだから仕方がないでしょ!」
その言葉に同じ男として騎士達もどんどん顔色が悪くなる。
「お前は鬼か!」
「ただでさえ狼と猪が居るせいで攻撃力大なのに!」
「この前、山賊に襲われそうな所助けようとしたら、その前に狼に食い殺させたしな!」
「猪に吹っ飛ばされたこともあったな!」
「身を守るために手段は選ばない主義なんでね!」
狼と猪の攻撃を直に受けた騎士達の顔色は青を通り越して真白になった。
現に隊長の高圧的な騎士は脱臼に骨折。
それ以外にも落馬して大怪我を負ったものや狼に肉を食い破られた者、猪の突撃により骨折した者も多い。
ある意味でその攻撃力や躊躇のなさは村人達よりよく分かっていた。
「まあ、こんなじゃじゃ馬ですがよろしくお願いします」
そう丁寧に頭を下げるフェイに騎士達は顔を引き攣らせる。
「あ、ああ…」
「えーと、では行きましょうか…」
「はぁ、い。じゃあまたね!いってきます!」
リサのちょっと拗ねた明るい声に村人達も元気に返す。
「またな!」
「達者でね!」
「時間があったら顔を見せにおいでね」
「私達はいつでも味方だからな」
声をかけている間にもどんどんリサの姿は小さくなる。
そして茶髪の騎士と相乗りの馬はすっかり見えなくなってしまった。
「まぁ、あれだけ脅しておけば安心だろう」
「それにしてもいくら騎士様とはいえ、男ばかりで女を迎えに来るなんてね」
「ああ、ホントにな」
「不埒な輩が混じっていたらどうするつもりなんだ!」
「せめて2、3人女性を連れてくる配慮くらいしてほしいものね」
「リサに何かあったらどうしてくれるんだ」
「まあ、スヴェリもバテーラも着いていったようだし大丈夫でしょう」
各々に話しながら村人達は自分の仕事場へと戻っていった。