出会い
森の奥を一人の少女が奥へ奥へと向かっていた。
急いでいるわけではないので、狼や猪を連れ、ゆったり歩いている。
精霊姫の周りの空気はとても澄んでおり、動物に好かれやすいのだ。
原作でも精霊姫が動物の赤ちゃんや小動物とわちゃわちゃしてるスチルもある。
まあ、こんな凶悪な面の大柄な狼や猪を連れているスチルなんてなかったが、精霊が常人の目に触れない以上、山賊などを分かりやすく牽制する存在はあると便利なのである。
「スヴェリ、バテーラ?」
そんな中、風の精霊達がざわめきだし、狼のスヴェリ、猪のバテーラまで唸り出した。
森の奥の奥には村とは全く関係ない大きな道が通っているせいか、山賊と出会したことも何度かあるが、全てスヴェリとバテーラに倒されていたため、リサは今回も少し楽観視していた。
あえて何も知らない振りをして歩きつつ、スヴェリとバテーラには離れて、いつでも奇襲がかけられる位置についてもらう。
「おい、女」
いくつもの馬の足音。
ガチャガチャと金属器がなる音に違和感を感じつつも今更振り返られないリサは、男に肩を掴まれるその瞬間まで前を向いて歩いた。
「はぁぁあああ!!!!」
そして、肩を掴まれた瞬間に男の腕を逆に両手で掴み、馬から引きずり落とす。
これだけでも打ち所が悪ければ死ぬ可能性がある。
『グルルルル』
『ブフゥォオオン』
それを合図にスヴェリとバテーラが山賊(仮)達に飛び掛かる。
すでにリサに前世のコロシ、ダメ、ゼッタイ。なんて価値観はない。
動物を狩り、捌くことだってあるし、山賊に襲われたことだってある。
山賊を中途半端に怪我させても動物に食い殺されるか、完治して復讐に来るかなのだから、いっそ一思いに殺した方が安全かつ優しい選択肢だろうとこの10年で学んだのだ。
だからリサに躊躇はない。
「はっ!」
落馬させた男の顎を蹴ると狩った動物を捌くために持ってきたナイフを構え、近くの馬を刺す。
そうなれば、ただでさえ狼や猪に怯えていた馬は、勢いよく立ち上り乗っていた男を振り落とす。
他の馬達も狼に咬まれたり、猪に突撃されたりとすでに恐慌状態で次々と男達が振り落とされていく。
「っ!」
違和感はあった。
山賊が1人、2人ならまだしも十数人規模で馬に乗っているなどおかしい。
馬はお金が掛かるものである。
山賊風情が騎馬隊もどきをつくれるはずがない。
ーガキンッ
刃物と刃物がぶつかる音が響く。
その相手を確認してリサは目を見開く。
黒髪に黒目の野性的なイケメン。
彼は…。
(レイちゃん…!)
本名レイジェン・ギルゲイン。
攻略キャラの1人。
お邪魔虫キャラの異母弟で、無口なワンコ属性。
ワイルドな容姿とワンコなギャップ、そして一部のキャラから「レイ」と呼ばれていたことから、ファンからは「レイちゃん」の愛称で親しまれている。
「うわっ!?」
想定外の攻略キャラとの遭遇で同様したのを見逃すほど彼は甘く、リサのナイフを持つ手を剣の柄で強か打たれた為、リサの手からナイフが落ちる。
同年代トップクラスというか、国からひと目置かれるほどにレイジェンの実力は高く、精々山賊相手に戦ったことしかない彼女が太刀打ち出来る相手ではない。
(でも…!)
確かにただの村娘に過ぎなリサ1人で騎士のレイジェンを倒すことは不可能だろう。
だが彼女には強い味方が居る。
「ブヒィィイイイイ」
「グゥォォォォアアア」
スヴェリとバテーラが自分の大切なお姫様を追い詰めるレイジェンに襲いかかる。
ーズシャ
ーズシャ
切りつけられた音と悲鳴のような唸り声を上げたスヴェリとバテーラ、そして吹き出した赤。
「グリュリュ…」
「グフ…グフ…」
脚が切りつけられたことで立つことすらキツイだろうに、必死に立ち上り、リサを守らんとするスヴェリとバテーラ。
だが、痛みから立ち上がる前に崩れ落ちることを続けている。
そしてその度に血が傷口から吹き出る。
「スヴェリ!バテーラ!もういい!もういい!から!やめて!!」
その姿に涙をたっぷりためて駆け寄る。
何よりリサはもう違和感の正体に気付いていた。
統率の取れた騎馬隊は山賊などではなかった。
レイジェンを見て気付いたのだ。
彼らは山賊なんかではない、この国の騎士団なのだと。
すでに抵抗した後だが、それでもこれ以上暴れて村に被害が出ては困る。
「もう、私達は抵抗しない!だからもうこれ以上はやめて!」
そう言って静かに嘆く姿は儚げで、まるで物語の中の慈悲深い悲劇のヒロインのようであり、思わず見惚れてしまう。
そんな同僚達を尻目にレイジェンだけは警戒を解かなかった。
確かに美少女とは呼べないが愛嬌のある人好きされる可愛らしい顔立ちであるが、忘れてはいけない。
彼女は、騎士団の三分の二を倒したゴリラ女である事実を。
「…とりあえず村に戻ろう」
そうしなければ死にかねない重傷者すら居るのであるから。
高圧的な騎士、この隊の隊長は初っぱなにリサの肩を掴み馬から引きずり落とされ、気を失っている。
多分、骨折や脱臼はしているだろう。
村娘に声をかけるのに警戒など普通しないので、完全に油断したところへの不意討ちで死ななかっただけ御の字だろう。
そして、隊の中で一番強く、一番爵位の高いレイジェンの先導により、騎士達とリサは村へと戻った。