チョコレート リスタート
今日、2月13日金曜日、私は朝起きた瞬間からふさぎこんでいた。
昨晩バレンタイン用のチョコレートを作って、失敗した。
今年の2月14日は土曜日で学校は無い。だから前日に持ってこようと思っていたのに。
なぜ生チョコなんてチャレンジをしたのだろう。
何時間冷やしても、溶かしたチョコと生クリームとバターの塊は柔らかすぎるままだった。
そんな訳でずっと落ち込んでいる。
という思いをこの自習の時間、私は親友の絢乃に吐き出している。
「…美由紀、それ昨日の夜からって引きずり過ぎだよ。」
「わかってる、でもどうしても今日がよかったんだよ…。過ぎてからじゃ嫌なの。」
私は絢乃が作ってきたブラウニーをかじりながらボヤくように答えた。
「来週の月曜に持ってくるっていう子も結構いたじゃん。なんでそんなに前日がいいのよ。」
「それは…、やっぱり今日渡す子のほうが多いからさ、自分もそれに乗っかって配りやすいでしょ。」
「女子同士のチョコ交換に配りやすいも何もないだろ。それとも?男子にもあげたいとか?」
相変わらず鋭い。声を潜めてくれた絢乃に感謝しながら、私もトーンを落とした声で返す。
「あーはい。その通り。ちょっとね、クラスの男子にも友チョコって感じて配ろうと思って。」
「美由紀は本命いないよね。本当に友達として?」
「本命なんていないよ。用件とか無いと男子とは関わらないからさ、きっかけとして、ね。」
本心だ。話す理由が作れればいいなと思って。
音楽の趣味が合いそうな雪田君とか、いつも優しそうな浅見君とか、顔がもろ好みの入野君とか、賑やかで人気者の三島君とかに。
「そういえば美由紀と同じ部の、竜也君だっけ?あの爽やかさん。あの子のことよく話すけど、好きな訳じゃないの?」
「竜也は違うかな。部活仲間はそういう感じしないんだよね。まあ仲良いからチョコは渡すつもりだけど。」
これだって本心。竜也は確かに話しやすいし顔もかっこいいけど、なんかイメージできない。
「そうなの。まあ男子にも友チョコってのはいいじゃん。きっかけになりそう。…でもそれじゃ今日軽いノリで配りたいね。その男子が告白でもされてたら、義理でもあげづらいな。」
「そうなんだよ…。だから今日友チョコと同じ風に渡したかったの!もうなんで失敗しちゃったのかな…クッキーとかにしておけば…。」
「ねえ、入野君すごい喜んでるよ!」
私がどうしようもないことを呟き始めていると、横から無理やりボリュームを抑えた明るい声が聞こえた。
隣の席の2人が話すクラスメイトの話題に、私達は会話に入る。
「えっ、入野どうしたの?」
「美由紀と絢乃も気になる?あのね、朋美が入野君に本命あげたんだって!さっき話してくれたの。」
「朋美ちゃんすごいね!バレンタイン当日は明日だし、一番乗りかな?」
「かもしれないよね!返事はまだって言ってたんだけど、ほら入野嬉しそうじゃない?」
本当だ。とりあえず入野君には渡せないかな。
キーンコーンカーンコーン
授業が終わり、休み時間が始まる合図だ。
「自習終わったか。」
「美由紀、今"入野君には渡せないや"とか考えてるのかもしれないけど、そろそろ気持ち切り替えなよ。」
だから何故わかるんだ。
「ちょっと隣のクラスに用あるから行ってくるわ。」
「行ってらっしゃい。向こうのクラスで他の友達にまで愚痴るなよ。」
気を付けるつもりだが無理かもしれない。
「おっ、美由紀!わざわざどうした?」
「部活の書類渡しに来たの。はいこれ見といて。」
用がある相手は、さっき絢乃と話した爽やかさん、もとい竜也だ。
「了解。そういえば、昨日友チョコ作るって言ってたよな。俺にもくれよ。」
「それがさ、聞いてよ!失敗して持ってこれなかったの。竜也にもあげようと思ってたんだよ?」
「残念だな。けど月曜に持ってくればいいだけじゃん。」
「どうしても今日がよかったの~!失敗するなんて思わないもん。意味わかんないよもう。」
やっぱり絢乃の忠告は無駄だったようだ。
「月曜なら遅くないだろ。」
「今日のほうが渡しやすいんだよ。あーあ、最悪。」
「渡しやすいか…。なんでそこまで今日にこだわってるのかはわからないけど、俺は美由紀から貰えればそれで嬉しいけどな。」
それを聞いた瞬間、落ち込んだいた私の気持ちは少しだけ上を向く。
「そっかー。竜也はそう思ってくれるのか。ちょっと嬉しいかも。」
私がそう答えると、竜也はニコっと笑って言う。
「美由紀がどう考えるとか関係なく、俺はチョコ食べたいから。月曜日、待ってるから絶対くれよな!」
笑顔に見惚れながら、なんとか返す言葉を紡ぎ出す。
「当たり前だよ!次こそおいしく作るからね。」
言い終わるとすぐに踵を返し自分のクラスまで急ぐ。
竜也の表情と言葉で明るい気分に戻っているどころか、竜也に対して新しい感覚を抱いている自分に気付いた。
もうあんなに悩んでいた雪田君たちへの友チョコなんていらない。
こんなに素敵な想いを宿すことができた分、チョコ作りを失敗してよかったという気分にさえなっている。
まずは、今日ずっと私の話を聞いてくれた親友に報告からだ。
「絢乃!月曜日、友チョコだけじゃなくなるかも!」