ヒミツのハナゾノ
もうこれ以上彼女に依存するのはやめよう。
もうこれ以上彼女を縛るのはやめよう。
もうこれ以上彼女の好意に甘えるのはやめよう。
去年の春から何度もそう思ってきた。
なのにずっと出来なかった事。
でも、今日、やっと彼女を手放した。
やっと彼に委ねることが出来た。
これからは、純粋に友人として彼女の側にいよう…。
12月の街で煌めくイルミネーション。
数時間前、この景色を一緒に眺めながら腕を組んで歩いていた彼女はもう隣にいない。
***
彼女との出会いはちょうど6年前。
自分が何者かわからず、思い悩み、身体と心のバランスが取れないストレスで14歳の誕生日を迎える頃不登校になった。
毎朝頭痛と吐き気に襲われ、とても学校に行ける状態ではなかった。
男かどうかさえ自身が持てない。
自分は普通じゃないかもしれないという恐怖。
そんな事話せる友人なんていなかった。
女手ひとつで育ててくれている母に心配かけたくなくて、母にも相談出来なかった。
学校に通えなくなって数ヶ月、中学2年生の12月のある日の夕方、母は珍しく早く帰宅した。
「雅樹、たまには外でゴハン食べよう。」
母が連れて行ってくれたのは、新しくはないビルというか、オートロック付きのマンションだった。
慣れた手つきでオートロックを解除すると、エレベーターで最上階の12階のボタンを押した。
11階は会計事務所が入っているらしく、11のボタンの脇にステッカーが貼ってあった。
しかし、12階には何も貼っていない。
外でゴハンというのは、勝手に外食だと解釈していたが、どうやら知り合いの家に行くようだ。
ついて来なければ良かった…。ついてきたことを酷く後悔した。
重い足取りでエレベーターを降りる。
少し進むと蝶や花が描かれた、やたら派手な扉があった。
『Secret Garden』
ラインストーンで煌めく、やたらデコラティブな表札。
その扉を開け、中に慣れた様子で入っていく母。
「ほら、つっ立ってないで入って。ママー、お邪魔しまーす!」
「あら、いらっしゃい、マチ子ちゃん。」
「マチ子…?」
「あたしの事よ。昔仕事で使ってた名前。」
母に促され、恐る恐る足を踏み入れる。
そこは知り合いの家ではなかった。どこからどう見ても飲食店。しかも今まで見たことのないタイプの飲食店。未知の世界だった。
暖色系の間接照明で照らされたほんのり暗い店内。
壁にペイントされた色とりどりの花やグリーン。
天井から吊り下げられた、蝶をモチーフにした煌めくモビール。
テラコッタのような赤茶色の床。
所々に観葉植物が置かれ、カウンターが15席、4人掛けのテーブル席が2つ、2人掛けのテーブル席が2つ。
31席の割には結構広々した店内。
「なにここ?」
「え?いわゆるゲイバーとかおかまバーってヤツ?あたしの昔馴染みのママの店。」
「ゲイバーって…中学生が来ていい訳?」
「うーん?褒められはしないだろうけど、時間も早いし良いんじゃない?純粋にちょっとしたゴハンも美味しいし。」
ちょっと変わった母だとは思っていたけれど、まさか自分の息子をこういう店に連れて来るとは思いもよらなかった。
ゲイバーって…。
黙っていても、自分の悩みはとっくに見透かされていたのだろうか…。すごく複雑だった。
しかし、それは自分の勘違いだったとすぐ分かり、ほっと胸を撫で下ろす。
「今日ここにあんたを連れてきたのは会わせたい子がいるんだよ。あたしの昔の相棒んとこの子。あんたと同じ引きこもりなのよ。…昔、舞台衣装仕立ててた話した事あるわよね?裁断する姿が印象的だったから相棒の名前はキリ子。あたしはマチ針のマチ子。キリ子とマチ子って名乗って一緒に仕立て屋みたいな事してたのよ。…あ、来た来た。」
母が手を振る先にいたのは、ショートカットで切れ長の目の綺麗な女性と、細身のデニムにダウンジャケットを羽織った線の細い中性的な少年だった。
「マチ子、お待たせ。これがうちの問題児。悠っていうの。」
無言で頭を下げた少年。顔を上げると自分と目が合った。
ドキリとした。切れ長で意思の強そうな目はとても綺麗だった。自分よりも小柄なその少年なら自分の悩みを分かってくれるんじゃないか、そんな気がした。
「これ、うちのバカ息子。藤谷 雅樹ね。引きこもり同士仲良くしてやって。じゃ、あたしらあっちで飲んでるから。そこにでも座って食べたいもん適当に頼んで良いわよ。」
そう言うと母親たちはカウンター席へ移動した。
自分と悠も、店の隅の2人掛けのテーブル席に向かい合って座った。
「いくつ?」
「14歳。中2。」
彼の口から発せられた声は、見た目にピッタリの中性的な声だった。
「えっと…君は?」
「悠で良いよ。同い年。」
無愛想な子かと思ったら、にっこり笑ってくれた。暖かくて優しい表情に胸が高鳴った。
ドキドキした。
触れたい、仲良くなりたい、そう思った。
とりあえず何か食べよう、という事になったが、メニューを見てもネーミングが変わりすぎててイマイチどんな料理かわからない。
悩む自分たちに、店員のゴツめのオネエさんが丁寧に解説してくれて、食べたいものを適当に頼んでシェアする事にした。
悠とは、食べ物の話から音楽の話、漫画や本の話などたくさん話した。話しても話しても会話に困ることはなかった。
「学校休んでる間、悠は勉強ってどうしてる?」
「一応通信教育の教材でしてる。うちの親は学校がどうしても嫌ならさ、せめてそういうとこ行けって言うんだけど…。」
「そういうとこって?」
「不登校の生徒が通うとこ。あるでしょ?フリースクールとか支援施設みたいなの。」
そんな話の流れから、時々一緒に勉強しようという事になり、母親たちに相談すると、あっさり許可が下りた。
次に会う約束をしてその日は別れた。
帰り道、母に何気なく言われた一言に衝撃を受けた。
「自分の息子信じてない訳じゃないんだけどさ…一応年頃だし…。うちに連れ込んで悠ちゃん襲ったりしちゃだめだからね?」
「は?…悠…ちゃん?…襲う?」
「…もしかして、雅樹…」
「…悠は男じゃないの?」
「……やっぱりそうきたか…。」
母は苦笑していた。
悠は男じゃなかく、女の子だったのだ。
悠は自分と同じ悩みを抱えているんじゃないか?そんな期待は崩れ去ってしまったが、新たな希望を持つことが出来た。
初めて女の子に対してドキドキ出来たんだから。
「…女の子として扱ってあげなよ?本人結構気にしてるらしいからさ?」
未だ苦笑いの母にそう言われたが、意識すれば意識する程悠を女の子として扱う事が出来なかった。
その後何度か会ったが、悠はいつも暗い色のメンズっぽい服を着ていたし、持ち物だってそうだった。
男っぽく見えるのを気にしているのに、なんでいつもそんな服装なのか、自分にはちっとも理解できなかった。
「悠ってさ…女の子なんだよね?何でいつも男みたいなカッコしてるの?」
しばらくの沈黙の後、悠は口を開いた。
「似合わないから。」
「そんな事ないと思うけど…。」
「私だってさ、可愛い服とか着たいよ…。でもさ、私がそういうの着たら気持ち悪いんだって。オカマみたいだって…。」
「そんな事誰が言ったわけ?」
「男友達。好きな奴にも言われた。」
悠は今にも泣きそうだった。目にいっぱい涙を溜めて、必死で泣くまいと歯を食いしばっていた。
「初めて会った時、雅樹はどっちだと思った?」
「…男。」
「…でしょ?」
「別に良いじゃん、男っぽくたって…たとえ男だとしたって、可愛い服着たいなら着るべき。オカマみたいでも良いじゃん。悠は女の子なんだから…。初めて会った時、男だと思ったけどさ…自分と同類なんじゃないかってちょっと期待したんだよ…。」
悠には随分気を許しているせいか、つい口が滑ってしまった。
「同類?」
悠は不思議そうに自分を見つめた。
迷いがなかった訳じゃない。でも、もう隠したままではいられないな気がした。
「自分が男かどうかわからない。恋愛対象が女の子じゃないかもしれない。女の子の服装に興味があるけれど、自分が着たいかって言うと微妙。着たいけど着たくない。自分が分からない。」
悠は黙り込んでしまった。
不安だった。
せっかく仲良くなったのに、気の合う友人が出来たと思ったのに…嫌われてしまったんだと思った。
「ごめん…。酷い事言って…。」
悠は泣いていた。
「雅樹が悩んでるの知らなかったとは言え、無神経だったと思う…。お願い…嫌いにならないで…。」
悠の言葉に本当に驚いた。
「嫌いにならないで」はむしろ自分のセリフだ。
「嫌いになんてならないよ。悠こそ、気持ち悪いって思わなかったの?」
「なんで気持ち悪いの?雅樹は雅樹じゃん?せっかく出来た気の合う友達だもん。」
悠は、当たり前のように受け入れてくれた。それがどんなに嬉しく、心強い事だっただろう。
「悠はもっと女の子らしくなりたいんだよね?だったらなろうよ!女の子らしくなってさ、すごく可愛くなってさ、馬鹿にした奴等見返そうよ?」
それ以来、悠とはほぼ毎日一緒に過ごすようになった。
自分の家、悠の家、フリースクール、初めて会ったあの店。
一緒に勉強したり、買い物に行ったり、楽しい毎日だった。
悠の勧めもあって、Secret Gardenのママに自分の悩みを相談した。
「すぐに答えを出す必要はない、生き方を決めるには早すぎる。もっともがきなさい。」
ママはそんなアドバイスをくれた。
Secret Gardenはすごく居心地が良くて、悠と2人でよく遊びに行った。
洗い物やお店の掃除を手伝う事を条件に、出入りを許可してもらったのだ。
ママやオネエさん達に色んなことを教えてもらった。
春になる頃、悠の髪は随分伸びて、オネエさん達に小言を言われ続けた甲斐もあって、仕草も表情もすっかり女の子らしくなっていた。
もう誰も、気持ち悪いとか、オカマみたいだなんて言えないくらい悠は可愛くなった。
どんどん悠が可愛くなっていくのは自分にとってもすごく嬉しいこと。まるで自分が変わっていくみたいで、一緒に服を選ぶのも、髪を巻いてあげるのも、メイクをするのも楽しかった。
4月になり、お互い頑張って学校に通った。
同じ高校の1クラスしかない同じ学科へ一緒に通う約束をして、その約束を励みにしたら難なく通えた。
学校が終わると毎日悠と一緒に過ごした。
悠の前では、ありのままの自分をさらけ出すことが出来た。それでバランスをとっていたのだろう。ストレス性の頭痛も吐き気もすっかり無くなった。
悠の家や自分の家で過ごす事も多かったけれど、Secret Gardenで過ごす事が特に多かった。
悠よりも自分の方がいつも早く行って、ママと話して悠を待つことが多かった。
「最近どうなのよ?」
「相変わらずよく分からない。」
「悠、可愛くなったわね。」
「うん…だからなんか心配。」
「他の男に奪われそうで?」
「……これって恋愛感情なの?」
「そんなん知らないわよ!自分で考えなさい。」
悠と過ごせば過ごすほど、自分の中で大きくなっていく彼女の存在。
彼女に対する感情は特別なものである事は間違いないけれど、その感情が何であるか分からなかった。
大好きで、大切で、彼女は支えだった。
友情なのか恋愛感情なのか分からない。
よく分からないまま、時間は過ぎてゆく。
ただ、時々悠の口から、幼馴染の話が出るたび胸がチクリと痛んだ。
悠は彼に傷付けられ、心が壊れてしまったのに、それが原因で引きこもっていたのに、それでも彼の事を好きな様だった。
彼は可愛らしくなった悠に対し、デリカシーに欠ける一言で更に傷付けた。
許せなかった。
秋のある日、家の前で悠が待っていた。
いつもなら1度帰宅して着替えてから会うのに、その日彼女は制服のままだった。
彼女は、告白されたのだと言う。相手はかつて彼女に嫌がらせをした元クラスメイトで、その嫌がらせが、悠の幼馴染と付き合っている女の嫉妬から始まったのだと明かしたらしい。
悠が幼馴染とその女の仲を取り持ったのだというのになんて酷い仕打ちだろう…。
「付き合って欲しいって言われて…嘘ついちゃった。他校に彼氏いるって。」
悠のその一言に、今まで抑えていた感情が溢れてしまった。
悠を誰にも渡したくない…。
男として彼女を守る自信も、愛する自信もないくせに自分の物にしたい、独り占めしたい、そんなエゴイスティックで、醜い感情。
我ながらズルいと思う。
「悠、あのさ…本当に付き合っちゃおうよ?お互いの為に。おれ、悠の事大好きだし、悠となら…大丈夫じゃないかって気もする…。悠はあいつを忘れるために、おれは自分と向き合う為に、動機は不純かもしれないけど…ダメかな?」
「私も、雅樹の事、大好きだよ…。でも、本当に雅樹はそれで良いの?無理してない?」
身勝手な提案なのに、気遣ってくれる悠。
無理をしていないわけじゃない。
でも、悠を1人の女の子として、自信はないけれど、守りたい、愛したいと思う自分がいるのも事実。
「女性に憧れる自分」と「男で在りたい自分」、藤谷 雅樹という1人の人間の中にある人格。
「無理は…多少してる。でも、1度無理する必要があるんだと思う。…悠なら…もしダメだった場合でも…また親友に戻れるんじゃないかなって…そう思うのは都合が良すぎるよね?」
「ううん…私にとってはすごく有難い。もしダメだった時、また親友に戻ってくれるなら良いよ?今の関係が壊れるのが1番嫌だ…。」
悠が提案を受け入れてくれたので、その日から男として彼女と付き合う事になった。
男として扱って欲しいと彼女にお願いして、彼女はそれを受け入れた。
初めは良かった。
全て上手くいっていた。
自分はやっぱり男だったんだって自信が持てた。
だけれど、彼女を抱く度に罪悪感と虚無感と、違和感に苛まれる様になった。
それは身体を重ねれば重ねる程大きくなっていく。
男である自分を肯定するために悠を利用した。
あたかも、両者にメリットがあるように彼女を言いくるめて。
実際は自分の独占欲じゃないか。
時々顔を出す男ではない自分。悠に対する罪悪感が大きくなればなるほど、それに比例してその存在はどんどん大きくなっていく。
自分は何をやっているんだろうか?
悠を独り占めしたい。でも、本当の自分は男じゃないかもしれない…。
1度、悠の幼馴染にバッタリ会った。
悠は彼の事を忘れずにいられないようだった。
彼もどこかで悠に対して特別な感情があるようだ。自分に対する敵意を感じたのだから。
その場では余裕があるように振る舞ったが、内心ではそうじゃなかった。
余計、悠を手放したくない、独占したいと思ってしまう自分がいた。
余計葛藤は強く大きくなってゆく。
すると迷いも大きくなってゆく。
そんな迷いに悠が気付かないはずもなく、高校入学直前、悠の方からこの関係を終わりにしよう、そう提案された。
彼女には分かっていたんだ。
自分がなりたいのは男じゃない事も。だけど、男である自分を捨てられないことも。
彼女はそんな自分の希望を汲み取ってくれて、約束通り同じクラスになれた高校では彼氏彼女のフリを続けよう、そう言ってくれた。
そしてそれだけじゃなくて、なりたい自分になる手助けをしてくれた。
今まで、自分でも受け入れられなかった自分を、悠はあっさり受け入れてくれて、ずっと隠してきたもう1人の自分に名前を与えてくれた。
「これが…あたし…?」
かつて、彼女と一緒に買い物へ行き、彼女の為に選んだ服は自分自身が着てみたいと願っていたもの。
かつての自分は、彼女が変わる姿に、自分を重ね合わせていたのだ。
それを身に纏い、悠に髪をセットしてもらい、メイクを施された自分の姿。
自分なのに自分じゃないみたい…。
心が満たされてゆく…。
「ねぇ、『みやび』…って呼んでもいい?」
「みやび…?」
「そう、雅樹の『雅』の字ってそう読めるでしょ?今日からこっちの時はみやび。どう?」
「みやび…うん、良いね!」
「前の関係に戻ろうって言ったけど、やっぱり訂正。新しい関係になろう。」
雅樹とみやび。
今までの自分と新しい自分。
これをきっかけに、母にも打ち明け、悠に付き添ってもらって医師の診察も受けた。
悠と出会って、悩みながらも楽しくすごせるようになっていた毎日が、更に楽しいものになった。
もちろん悩みがなくなったわけでも無いし、むしろ新しい悩みだって増えたけれど、それを差し引いても今までよりも楽しい、そう胸を張って言えた。
「ママ、ここでバイトさせて?」
「あんた達なんてまだまだダメよ。とてもお客様の前に出せないわよ。」
悠の何気ない一言からあたしと悠はほぼ毎日ママの店に通うようになった。
料理や洗濯、今までさせてもらえなかったところの掃除など、よく言えばママに『カマ嫁修業』の名の下に、女子力アップするため、色々指導してもらった。
「いやいや、これっていいようにこき使われてるだけでしょ?」
「ハルカ、文句があるなら出て行きな。全くそういうとこ母親にそっくりだよ。」
あたしが「みやび」という名前を悠からもらったように、悠はママから「ハルカ」という名前をもらい、ママの店ではその名を名乗った。
文句を言いつつも、悠は楽しんでいた。
器用な悠は、あっという間に、ママが認めざるを得ないくらい料理上手になっていた。
いつの間にか、開店前の掃除はあたしの担当で、仕込みが悠の担当になっていた。
店が忙しいと、悠は時々裏で料理を手伝うこともあった。
でも、あくまでそれはお手伝いでバイトではない。時々ママからお小遣いをもらってはいたけれど、ママのポケットマネー。
ただで飲み食いさせてもらって、時々店の奥の奥にあるママの住居スペースに泊まらせてもらって、ママはもちろんオネエさん達に可愛がってもらいながら、自分とは何者かを理解し始めていた。
雅樹もみやびも、どちらも本当の自分。
在りたい自分はみやびとしての自分だけれど、雅樹としての自分も必要な自分。
みやびにとっても雅樹にとっても、悠は恩人で、親友で、かけがえのない大切な存在。
だけど、雅樹にとっては、密かに思いを寄せる女の子。それは決して叶わない…叶えるわけにはいかない思い。
そんな雅樹としての自分の思いを断ち切るため、みやびとして、仲違いしていた幼馴染と彼女の仲も取り持ってみたもの、2人が付き合う事はなかった。
彼は明らかに悠の事を1人の女の子として意識しているのは明らかだ。
だけど、素直になれない悠と彼。
その原因が雅樹にあるのは分かっていた。
悠を彼に渡したくなくて、彼の前で雅樹としてのおれはそういう態度をしていたのだから…。
根底では変わっていない、エゴイスティックな自分。
せめて高校卒業まではこの関係を、偽りであるけれど彼氏彼女の関係を許して欲しい、そう願い、彼女に依存し続けるのはやめよう、
そう決めた。
高校卒業後、自分は専門学校へ、悠は大学へ進学を希望している。
高校卒業を機に、ただの親友に戻ろう、依存するのはやめよう、そう決意したはずだった。
決意したはずだったのに、高校卒業しても悠との関係はそのままだった。
学校が違うので、表面上は悠への依存度が低くなったように思えたが、実際は以前と変わらない、下手したら以前よりも悠に依存している自分がいた。
高校卒業後、ママの店で正式にバイトとして雇ってもらうようになった。
器用な悠はバーテン。時々料理も作る。
本当の女の子でもある彼女がカウンターから出なくていいようにとのママの配慮でもある。
あたしはウェイトレス。人生の先輩でもあるお客様と積極的に話して色々学べという事らしい。
「あんた、最近どうなのよ?」
「それってみやびの話?雅樹の話?」
開店前、悠がいない時、決まってママは自分にそう尋ねる。
「両方。雅樹はいつまで悠を縛るつもり?みやびはそれをどう思ってるわけ?」
質問の意図がそういうものだと分かっているのに、いつもすぐには答えられず、ママにわざわざ聞き返してしまう。ママは慣れた様子で、質問を変えて尋ねる。
「…いつまでも悠の厚意に甘えているわけにいかないのはわかってる。でも…なかなか踏ん切りがつかないっていうか…。男の部分を捨てきれないっていうか。悠以外の女の子は無理みたい。何度か努力してみたけれど…ダメだった。本当の自分はみやびなんだと思う。…みやびとしては悠とあいつが上手くいって欲しいと思ってる。絶対両思いなのにさ…。でもそのためには、本当の事、彼に言うべきなんだろうなって言うのはわかってるよ?でも言いたくない。」
毎度同じ答え。ママは毎度ため息をついて苦笑い。
「相変わらず雅樹は女々しいわね。悠の方がずっと男前じゃない?…みやびの方は恋してるわけ?」
「良いなぁっていう男性はいるけど…残念ながらノンケ。望みは薄いし…それに雅樹が悠を手放せない限り恋はしちゃいけないって思ってる…。」
「そうよねぇ…まぁ若いうちにたくさん悩みなさい。」
***
そしてついにその日はやってきた。
自分は雅樹として、悠の幼馴染の男に自分がみやびである事をカミングアウトした。
「今まで…悠を支えてくれてありがとう…。」
彼は驚いた様子だったが、しばらくの沈黙の後、そう自分に告げた。
素直になれた悠は、とても幸せそうで。
それは決して雅樹にも、みやびにも見せることはなかった彼女の本当の笑顔。
"Secret Garden"で膨らんだ蕾は、ついに大輪の花を咲かせ、そして自分はその花をやっと手放す事が出来たのだった。