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桃の花  作者: 空花
3/3

柳葵

「あ、梅岡さん」

 初めて会った日から一週間、彼女は勉強にここに通っていた。どうやら二学期の中間テストがかなり悪かったらしく、期末で少しでも挽回しようとここでの勉強を始めたようだ。

「今日は早いんだね」

「掃除がなかったの」

 ここ最近、彼女についてよく分かったことがある。

 

 それは、彼女がクラスで若干「嫌われている」という事だ。


 嫌われているというか、「浮いている」と言った方が正しいだろう。そうなった理由は彼女がオタクだから。

 友達がいないわけではない。しかし、友達は皆別のクラスで、休み時間とお昼以外、余り会わないから一人でいることが多いんだとか。俺もあまり親しい人はいないし、人のことは言えないが。

「毎日大変だね、これは選別」

「やった、ココアだ! 柳君こそやらなくていいのぉ~?」

「俺は平均をキープしてますから」

「むぅ~……」

 彼女は頬を膨らまし、ココアを飲む。風船みたいに膨らんだ顔が、ちょっと可愛らしい。だけど腰くらいまで伸びた、長く綺麗な黒髪は首元が暑そうだ。

 かなり涼しくなってきたが、日中少しだけ暑い十月は、キンキンに冷えたコーラを飲むより、やはりアイスココアがちょうどいい。

「ただ次のテストは、ちょっと範囲広いよなぁ……」

「うん、もう数学なんてやんないでゲームやりたい~」

「そんなこと言ってないで勉強しろ。章末不合格だったんだろ?」

「はぁ~い……」

 勉強を再開したようだし、俺も本を読むか。

 カバンを降ろし、入り口近くの本棚へ向かう。この辺りは辞典や図鑑がたくさん並ぶ。

 今日はこれにするか。

 本を手に取り、席に戻った。


「……ぁ~」

「……」

 飽きてきたなこりゃ。

 俺がここに来てから一時間、さすがに集中力が切れてきたようだ。シャーペンをころころして遊んでいる。まぁ普段から勉強はあまりしない方だし、結構頑張った方だと思う。

「今日は何の本読んでんの?」

「ん? ああ、花言葉辞典」

「? 花言葉?」

 子犬のように小さく首を傾げる。

「知らない?  象徴的な意味を持たせるため植物に与えられる言葉で、例えば薔薇の花言葉は『愛情』、桜だったら『精神の美』みたいな」

「じゃあ柳君は?」

「……え?」

 何を言っているのだろうか。

「ほら、柳も葵も植物なんでしょ? だったら花言葉あるんじゃないかなーって」

 興味津々な目で見つめる。その様子は構ってもらいたい飼い犬のようだ。

「柳……は、確か……」

 パラパラとページをめくる。「や」だからかなり後ろのはず。

「……あ、あった。『わが胸の悲しみ、愛の悲しみ、自由、従順、素直』だって」

「ふぅ~ん、イメージと違う」

 何か腑に落ちないような顔で呟いた。

「ほら、柳って言ったら昔は幽霊とか、怪談とかで出てきたじゃない。だから暗い言葉のイメージがあったの」


 ズキン。


 少々、胸に何か突き刺さったような感じがした。


 理由は至極単純。嫌な思い出を思い出したから。

 小学生の時って、どんなくだらないことでもネタにして、特定の子をからかったり、いじめたりするだろう? 俺もそんな哀れな被害者の一人。

 彼女が言った通り、「怪談話』のイメージが強いせいで、よく「幽霊」やら「キジムナー」やら言われてからかわれたものである。名前が女っぽいことも原因だが。因みに「キジムナー」とは沖縄のガジュマルの木に住む妖精、妖怪のこと。木の下で休んでいる人間を気に取り込む妖怪らしく、「柳葵に近づくと喰われるぞ」、なんて言われたこともあったっけ。

 だから俺は自分から他人に近づこうとしないし、警戒しているのが分かるのかそれとも興味を持たないのか、、必要以上に他人も俺に近づこうとしない。

 俺に友達があまりいないのは、そう言った経験からくる同級生への警戒心からである。

「だけど、自由とか素直って柳君に合ってるね」

「そう?」

「うん。言われたことは素直に受け止めるし、周りに流されないし。ねぇ、柳ってどんな植物?」

 そう言われ、俺はカバンから植物辞典を取り出し、「柳」のページを開いた。

「一般的に皆が『柳』っていってるのはこの枝垂れ柳。で、この黄色いのがその花」

「え! これ花なの!? トウモロコシみたい……これも? 柳に見えない」

「垂れているのはこの種類だけだったかな? これは猫柳」

 目をキラキラと輝かせ、楽しそうに写真を見ている。自分の好きなものに興味を持ってくれるというのは、とても嬉しいものだ。

「暗いイメージが強いけど、実際は薬になったり、鬼門封じのために植えたり、生命力の象徴だって言われてる」

「じゃあ葵は? どんな言葉で、どんな植物?」

「葵はアオイ科っていう植物の種類のことだ。花はないけど、家紋に使われている……えーと、フタバアオイだったら『細やかな愛情』、だね」

「へー……物知りだね。かっこいい!」

「――!」

 なんだ? 胸の鼓動が早い。すごい、ドキドキする。やばい絶対顔真っ赤だ。

「私バカだからなー、頭脳では柳君に敵いません」

 ぐてーっと横向きにして顔を伏せた。

「さ、さして頭良くないぞ? 平均だし、な?」

「でもさぁ~……あ、そうだ! ね、桃の花は? あるでしょ、マイナーじゃないし」

 そう言われて本をめくる。

 あったあっ――。

 パタン

「あー! なんで本閉じるのー!」

「やっぱやめた」

 冷静を装っているが、内心かなり動揺していた。

「じゃあ自分で見るから、本貸して」

「やーだね」

 手を上げて本を取られないようにする。

俺は175センチ、梅岡さんはパッと見145前後といったところか。ジャンプしても簡単には届かない。

その一生懸命ジャンプする様子が、猫がおもちゃを取ろうとしているみたいで、とても可愛らしかった。

「よぉーこぉーせぇえー!!」


 その後、すぐ図書室の先生が来て怒られてしまい、追い出されてしまった。

 今日はそのまま帰ることにした。


 帰り道。

 秋風が吹く季節。まだ暑いので半袖で登校しているが、日が落ちた五時頃は少し肌寒いので、さすがに上着を着た。

「冷えてきたね~」

「うん」

 梅岡さんとは途中まで帰り道が一緒。実は同じ商店街に店があることが分かった。お互い店兼家に住んでいて、俺の家は十字路の真ん中、大通りの方向にある花屋兼ケーキ屋、梅岡さんは端っこ、駅ビルより少し奥にあるゲーム店。

 彼女の家がゲーム店と聞いた時、彼女がオタクなことに妙に納得がいった。

 俺達はいつも駅で降り、そこからは徒歩で帰る。彼女の家より俺の家の方が近く、いつもそこで別れるのだが……、

「送ってくよ」

「え? いいよ、家目の前じゃん」

「もう暗いし、危ないよ」

 今日はついていくことにした。

 なぜだろう、今日は彼女から離れたくない。

 それに彼女の住む駅ビル近くは居酒屋とか夜のお店が並んでいる。暗くなり始めたばかりとはいえ、変な輩に絡まれたら大変だ。

「う~、寒い」

 ぷるるっ、と体を震わせた。

「はい」

 俺は彼女に上着を着せた。

「あ、ありがとう……寒くないの?」

「平気」

 嘘だ。本当は寒い。

「大丈夫だって……は、はくちゅ!」

「ほら寒いんじゃん! 着なよ!」

「平気だってば!」

 少しでも長く、長く彼女と居たくて、いつもより速度を緩めてゆっくり、歩いて行った。


 そんなやり取りをしているうちに、彼女の家の前に着いた。

「……ありがとう、上着」

「別に、寒かったんでしょ?」

 返してもらった上着を着る。さっきまで梅岡さんが着てたから、ぬくぬくと暖かい。

「じゃあまた明日」

「バイバイ……あ、そういえば――花言葉」

「あ~、何? 教えてくれるの?」

「うーん……いや、俺の悩みが無くなったら、教えてあげる」

 俺は家に向かって歩き出した。

 街灯以外はほとんど消えているので、田舎の商店街はかなり暗い。すぐに彼女の姿は陰になって、俺の姿も黒く染まった。

「ねぇ!」

 ピタ、と歩みを止める。

「悩みがあるなら、いつでも相談してね!!」

 大きな声でそう言った。

 夜空を見上げる。








「君に相談できるなら――、こんなに悩まないよ」



 そう呟いて、また歩き始めた。












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