表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い彼女  作者: おのゆーき
第一章 知らない部屋で
4/53

第4話

 また彼女がやってきた。それまでは自分がどうなっているのかわからない。

「イサム」という呼び声で目を醒ます。目の前に彼女がいる。

 これで三度め。また上の方から声が聞こえると怒って帰るのだろうか。


 彼女の服装は相変わらず。白いワンピースで、裸足。おれは一日のうちに何回も寝たり起こされたりしているのか、彼女がいつも同じ服で来るのか。

「今日は何月何日なんだ?」

 そんなことがわからない自分に気がつき、尋ねてみた。

「知らない」

 相変わらず彼女はそっけない。

「何で知らないの? カレンダーとかないの?」

「イサムが知らないから知らない。カレンダーもない」

 また不可解なことを言う。でもさっきみたいにおれはイラつかなかった。


 今回の彼女は前回と違う。彼女の両手はジョン太郎を抱えている。彼女は少し微笑みながら、仔犬をおれに渡した。なんか和む。

「また来てくれたんだね」

 ジョン太郎の頭を撫でながら、ジョン太郎と彼女両方に話しかける。

「イサムが信じたから」

 答えたのは彼女だけ。そう言われるとちょっと自信がない。だが、目の前の仔犬を見ていると信じざるを得ないのかもしれない。



 ジョン太郎――

 おれが中学生の頃、母親の知人が飼っていた犬が子どもを五匹産み、困っているというので貰ってきた。おれの知る限り、母親に感謝したいと思った数少ない出来事のひとつだ。


 外見は柴犬に似ているが、雑種だ。真っ黒くて丸い瞳とくるくる巻いた尻尾がとても可愛く、おれはヒマさえあればジョン太郎と一緒にいた。性格はおとなしく、よくおれに懐いてくれた。


 が、「彼」は我が家に来てから一年も経たないうちに逝ってしまった。

 おれは小さな亡骸を抱えて泣いていた。誰も慰めてくれなかった。母親はそんなおれを見て呆れていた。父親はそんなことに無関心だった。おれも父親のことはずいぶん前から無視していたので何も感じなかった。

 だが母親がおれを蔑むように眺めていたのは、悔しかった。恨めしかった。



「イサム、イサム~」

 彼女がわめきたてている。ずっと呼び続けていたらしい。

「もうこれでいいの?」

 他に願いはないか、ということだろうか。この子は本当に何でも出せるのだろうか。もしそうなら、いろいろ出してもらいたいものや会いたい人もいる。だが、しばらくはジョン太郎と一緒にいるだけで満足できそうだった。

「今はまだいいや。あとでまたお願いするかもしれないけど。そうだ、ジョン太郎と外を散歩したいっていうのはどう?」

「だめ」

 あっけなく断られてしまった。

「どうして? ちょっとその辺歩いてくるだけだよ」

「できないから」

 何故できないのかが理解できなかったが、彼女をどう説得しようが一度「だめ」と言ったらだめなんだろう。しかし、よく考えてみれば部屋から出ることについて、いちいち彼女に許可を求める必要はない。おれが自分で出て行けばいいはずだ。


 おれは立ち上がって――この部屋に来て初めて立ったような気がする――二~三歩歩いた。何の違和感もなく、ごく普通に歩けた。ちらっと彼女を見たが、別におれを止める様子もなかった。ベッドの上からジョン太郎を抱き上げて、扉の方に向かう。


 扉が開かない。ノブが回らない。鍵がかかっているのか。鍵をかけるとすれば、彼女だろう。

「おい、なんで鍵なんかかけるんだ。開けてくれないか」

「鍵なんて知らない。開かないだけ」

 よく見ると、この扉には鍵らしいものがついていなかった。しかし力をこめて押したり引いたりしても、ビクともしない。蹴っ飛ばしてみても、結果は同じだった。

「どういうつもりだ」

「どういうつもりって?」

「おれを閉じ込めてどうする気だと訊いているんだ」

 今まで彼女は何度もこの扉を開けている。彼女が何か細工したに違いない。

「閉じ込めてないよ」

「だったらここを開けろよ。おれは外に出たいんだ」

「イサムには無理。出られないよ」

「それはお前が閉じ込めているからだろう。早く開けろ!」

「閉じ込めてないよ。イサムにはできないから、開かないだけ」

「ふざけるな!」

 こいつぶん殴ってやろうか。おれはその気になれば、何だってできるんだ。

 彼女に向かって歩き出そうとした時――


 ぐしゃっという音と、ぬるっという感触が手元の方から伝わってきた。

 息が詰まった。顔中から血の気が引いていくのがわかるのに、汗が吹き出している。

 やはりそうか。まさかとは思っていたが、もしやとも思っていた。おれはゆっくりと自分の手元に視線をやった。見なくてもわかっていた。


 真っ赤な肉塊。ついさっきまで、それはジョン太郎と呼んでいたものだ。頭部が完全に砕かれ、中から赤い液体と軟らかそうな固形物が飛び出し、床に滴り落ちていた。


 おれは跪いて床に散らばったジョン太郎の破片をかき集めた。目から涙が溢れ出した。


 そうだ、あの時と一緒だ。

「あ~あ、やっちゃった」

 楽しげな声がすぐ近くでした。気がつくと、彼女がしゃがんでおれの顔を覗き込んでいる。その微かに笑っている目を見ていると、どうしようもなく怒りが湧いてくる。だが、手足に力が入らず、彼女を殴ることも、突き飛ばすこともできない。

「……なぜだ」

 力を振り絞って、ようやく声が出た。

「な~に?」

 聞こえないわ、とばかりに彼女が返事をする。

 こんな光景を見ても平然としていられるのは、どう考えても普通じゃない。怒りとは別に敵意に似た感情がおれを覆い始めている。

「なぜ、こんなことをする」

「私がなにしたの?」

「どうしてジョン太郎をこんなにしたんだ!」

 両手に抱えた元ジョン太郎を、彼女に差し出した。

「私、なにもしてないよ」

「じゃあ、じゃあこれはいったいどういうことだ!」

「イサムはすぐ怒るし」

 と、彼女はふいにおれの両手から亡骸を取り上げた。それはとても滑らかで優しい手つきだった。おれ自身、正視するのには勇気がいるような状態なのに、彼女は怖がったり気持ち悪がったりする様子もなく、ジョン太郎を抱きかかえた。白い腕と服がみるみる染まっていく。

「イサムはすぐ怒るし、なんでも他人のせいにする」


 ジョン太郎をゆっくり撫でながら、呟くように彼女は言った。

「自分がやったくせに」


(第5話につづく)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ