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白い彼女  作者: おのゆーき
第一章 知らない部屋で
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第3話

 自分はやはりからかわれているのか、それとも好意で言っているのか――おれは判断しかねた。


 もし好意であれば、蔑ろにするのはちょっと可哀想な気がした。相手は子どもだし、からかっていたとしても可愛らしい悪戯のレベルだろう。

 こんなところで――ここがどこかわからないが――おれにちょっかいを出しているってことは、もしかしたら独りぼっちで寂しくて遊んでほしいのかもしれない。そう思えば腹も立たない。少しくらい相手をしてやってもいいさ。


 そう結論づけて、会話を続行することにした。

「欲しいものは何でも出してくれるのか?」

「本当に欲しいなら」

 少し考えた。いきなり無茶な注文をするのはしらけてしまうだろう。彼女が実際に持ってこられそうな物がいい。

「そうだな、少し喉が渇いたし、お茶かジュースが一杯欲しいな」

 彼女は嬉々として飲み物を取りに行く、と思ったらそうではなかった。

「そんなの自分で買えよ」

 かちん、ときた。せっかく一緒に遊んでやろうとしたのに、何なんだ、その態度は。

「っだよ! 何でも出してくれるんじゃないのかよ」

「くだらない。本当に欲しがってない。欲しければ買えばすぐ手に入る。私はそんなもの出さない」


 彼女は不機嫌そうだが、本気で言っているように見えた。こちらが真面目になっていないのが気に入らないらしい。では、少々馬鹿げているが、一応こちらも本気になって相手の実力を試してみることにした。


「すまなかったね。きみの言ってること、いまいち信じられないんだ。だから証明してみせてよ。ちゃんと買いたくても買えないものを言うからさ。本気で欲しいものではないけど、出してくれたら信じるよ」

 何の返事もしないが、彼女はこちらを向いたままじっとしている。それを次の言葉を待っていると勝手に解釈して、リクエストすることにした。

「タケコプター、持ってきてみて」


 うん、我ながらなかなかいい線いってるだろう。『ドラえもん』に登場する有名なアイテムだ。ドラえもんは有名なキャラだし、知らないってことはないだろう。ちなみにタケコプターとは、空を飛ぶための道具で、頭の上に付けるとヘリコプターのようにプロペラが回転して空を飛べる、というものだ。外見は竹とんぼに似ていて、頭に固定するための吸盤のようなものが付いているのが特徴だ。

 勿論タケコプターなんて実在しない。マンガの中の話だ。彼女に出せるわけがない。少々意地悪だが、これで彼女もおとなしくなってくれるだろう。

「くだらないけど、了解。ちょっと待ってて」

 そう言って彼女は部屋を出て行った。


 一分も待たないうちに彼女は戻ってきた。その間、部屋が暗くなったり寒くなったりはしなかった。おれの傍まで来ると、はい、と言いながら目の前に一枚の紙を差し出す。


 そこには大きなタケコプターの「絵」が描いてあった。どこかでコピーしてきたようだ。

 やっぱり無理でした、と言わないのは小憎らしいが、予想を越えてはいない。何か模型のようなものでも持ってきて、それを本物だ、と言い張るくらいはするだろうと思っていた。


「持ってきたよ」と彼女。

 あんまり責めると泣き出すかもしれないが、これが本物ではないことは認めさせなければならない。


「これが? ただの絵じゃないか」

「だから本物でしょ」

「タケコプターってどんなものか知ってる?」

「知ってるよ。頭に付けて空飛ぶやつ」

「こんな絵じゃ空は飛べないなあ」

「飛べないよ」

「だったら本物じゃないじゃないか」

「本物だよ」

「飛べないのにどこが本物なんだよ」

「どこって、全部本物」

 思わずため息が出てしまった。どうやらこの子は頑固で意地っ張りらしい。このまま続けても堂堂巡りになりそうだな。


「イサム、これは何に見える?」

 何か突破口を、と考えていたら、彼女の方から訊いてきた。

「……タケコプターの〝絵〟……」

 ことさら〝絵〟を強調して答える。

「でしょ! わかった?」

「だから、ただの〝絵〟でしょ! 本物じゃないってことだろう」

「本物だから〝絵〟なの」

「どうしてだよ」

 はーっと今度は彼女がため息をついた。そして面倒くさそうに言った。

「イサムはイサムの言う〝本物〟の、本当に空を飛べるタケコプターを見たことある?」

「ない」

「じゃあ、イサムの言う〝本物〟のタケコプターって実在する?」

「しない」

「そう。実在しない。空想の産物ってこと。それはマンガの中にだけ在るの。だから本当の〝本物〟は〝絵〟になるってこと」

 ……何だかとても悔しい。まさかそんな「とんち」で切り返されるとは。でも確かに本物と言えるものは絵でしか存在しないと言われればそうだ。なかなか手強いが、このまま負けを認めたくない。


「そうだね。きみの言うとおり、本物のタケコプターは絵だと認めるよ。でも、このタケコプターは本物じゃないと思うぞ」

 手元の絵を指差しながら反撃に出た。おれは彼女以上に意地っ張りかもしれない。

「だったら本物はタケコプターを考えた原作者の描いた、実際にマンガの中に出ているやつだけってことになるだろう? この〝絵〟は何かのコピーみたいだけど、それは写したものであって本物とは言えないんじゃないの?」

「イサムって面倒くさあい。本物だと思ってるくせに」

 彼女は投げやりに言った。どう思われようが、ここで踏ん張らねば。ガキに負けてたまるか。しつこいといわれようが、やな奴だと思われようが構うもんか。

「コピーしたんなら、あくまで複製ってことだ。細かいようだけど、厳密なところ、これは本物じゃないな」

 しかし彼女は躊躇することなしに切り返した。

「コピーじゃないよ」

「じゃあ一体何なんだ」

 まさか、そんなことはあるはずがない。A四ほどの大きさの紙に大きく描いてある、こんな大きなタケコプターは見たことがない。拡大コピーに決まってる。

「イサムの記憶」

 一瞬彼女が何を言っているのかわからなかった。

 記憶? 記憶って何だ?

「イサムが昔見た、本物のタケコプターの記憶。だからそれは本物」

「これは、おれの記憶から作ったものだっていうのか?」

「そう。でも記憶から作ったんじゃなくて、記憶そのもの。複製ではない。本物を見た時の記憶そのものだから、イサムは本物としか認識できない。だからそれは本物」

「そんな話が信じられるか!」

「タケコプター出したら信じるって言ったくせに」

 彼女はふてくされている。確かに信じるとは言ったが、おれの記憶から作ったなんて、信じられるわけがない。こいつの思考は飛躍し過ぎだ。妄想もほどほどにして欲しい。


「イサムは嘘つき~。私ちゃんと出したのに~」

 鼻歌混じりにイヤミ。本当にやな奴。

「それならちゃんと説明しろよ。おれの記憶ってどういうことだ」

「信じてないくせに」

 そう言って彼女は黙り込んでしまった。こいつはおれを不快にさせるエキスパートに違いない。もうこいつを子ども扱いするのはよそう。ついでに相手にするのもやめよう。

「そうだな、信じてないよ。じゃあばいばい」

「ばいばい?」

 彼女が真顔で聞き返す。もう謝っても知るもんか。

「イサムってすぐ怒る。忍耐なさ過ぎ」

 普段からよく耳にする言葉。なおさら機嫌が悪くなる。

「うるさいな、お前と話しているとむかつくんだよ。だからどっか行けよ。もう二度と来なくていいから」

 そう言っておれはベッドに横になった。寝返りをうって彼女に背を向ける。


 沈黙がしばらく続いた後、彼女は小さく言った。

「二度と来なくていいんだ」

 おれは無視する。

「……私しかいないけど」

 何かとても気になることを言っているが、我慢して無視し続ける。

「じゃあ、行くね」

 彼女がゆっくりと歩き出す。足音でそれがわかる。

 妙な気分だ。

 こんな場面を以前にも経験したような感じがする。いつだったか、思い出そうとしても上手くいかない。とても重要なことのような気がするのに。そしてそのときは行かせて後悔したような気もする。



 それどころではなくなった。すっかり忘れていた。彼女が去ってしまうとこの部屋は真っ暗で寒くなって、何もわからなくなってしまうかもしれないということを。


 慌てて起き上がり、彼女を探す。彼女はもう扉の目の前だ。たちまち辺りが暗くなって彼女の姿もぼんやりとしていく。

「ま、待った。待ってくれ!」

 必死に叫んだが、彼女の反応はない、というより、暗くてよく見えない。

「ごめん、やっぱり信じるよ。だからもう少しここに居てくれ!」

「信じてないくせに」

 彼女はそう返事したが、どうやら立ち止まってくれたようだ。

「私と話すとむかつくって」

「むかつかないよ。あれは、つい、だって、何と言ったらいいのか、ちょっと悔しかったり、つまり、勢いで……」

 今度は彼女がおれを信じてない様子だ。実際おれ自身彼女を信じていないのだからしょうがない。でもいなくなるのは困る。どうせ失敗する言い訳はやめて、一か八かで勝負しよう。

「あの、正直言えばまだ全部信じきれてないよ。おれの記憶から作ったとか、訳わかんないことも言うし。でもきみはちゃんとタケコプターを出してくれたことは事実だよ。それは認めるよ」

 彼女がこちらを振り返った。まだ機嫌は直っていないようだが。

「で?」

 突き放したような短い問い。

「もう一回お願いしたいんだけど、いいかな?」

「何がいいの?」

 意外なことにすんなりOKしてくれた。

「ジョン太郎」

 無意識のうちにその名前がおれの口から出てきた。

「ジョン太郎に会いたい」


 彼女は黙ってその場にしゃがんだ。おれは何も言わずにベッドの上で眺めている。暗がりに白い服を着た少女がしゃがんで何やらしている光景は、少しホラーっ気を感じさせる。


 しばらくして彼女は立ち上がり、おれの方に向かって歩いてきた。

 その腕の中には茶色い塊がある。辺りが明るくなってきた。彼女は腕の中に抱えているものをおれに渡した。柔らかくて暖かくて毛むくじゃらの塊、それは仔犬だった。真ん丸い瞳、体は茶色いが背中と尻尾だけが白い。


 本物だ。本物のジョン太郎。十三年も前に死んだはずの、おれの大好きなジョン太郎だった。

「ジョン太郎!」

 思いっきり抱きしめようとした時――


 また、あの音が聞こえた。さっきも聞いた、遠いような、近いような所から。上の方からの低くこもった音。

 これはやはり人の声だ。だがくぐもっていて言っている内容は聞き取れない。どうして人の声が上の方から聞こえてくるのだろう。誰かいるのだろうか?


「何聞いてるの。うるさいだけだよ」

 彼女の声がおれの思考に割り込むように入ってくる。その表情は険しい。そして彼女はジョン太郎をおれからもぎ取って、部屋から出て行ってしまった。

 思ったとおり、寒さと暗さで何もわからなくなっていった。


(第4話に続く)


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