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白い彼女  作者: おのゆーき
第六章 ユカ、その二
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第19話・後編

「あのね、今度、四人で遊びに行こうって、ケイコに言われたんだけど……」

「四人?」

 コップの水が全ておれの中に入ってしまってもまだ水分が足りず、氷をバリバリと噛み砕きながら聞き返した。

「ケイコとコウイチくんと、私と……イワイくん……」

 おれの名前を出す前に少し間があった。ユカが緊張しているせいか、それとも何か別の理由があるのか。ケイコに言われたということは、おそらくコウイチも一枚噛んでいるだろう。どうもあの二人にはいいように利用されているフシがある。つい細かいことが気になってしまう。


「どう、かなあ」

「どうって言われてもねえ……」

 気のない返事をしたせいか、ユカは困ったような表情のまま小さく俯いてしまった。

 丁度そのとき、コーヒーが来たので話も中断してしまう。傍から見れば、おれがユカを叱っているか、別れ話でもしているように映っているんじゃないか。


「今度って、いつ?」

「聞いてない」

「遊びに行くって、どこ?」

「……わかんない」

 なんだか小さい子どもと話をしている気分だ。

 普段は落ち着いていて、大人っぽく見えるのに、今日は全く違っている。一体何がユカをこんなに萎縮させているのだろうか。


「ちょっと訊きたいんだけど、話っていうのは、それだけ?」

「うん、そうだけど……」

「それだけの話に、何でそんなに緊張してるの?」

「へ? 私? 緊張してる?」

「そう見えるけど」

 ユカは何かを言いかけてやめた。「そうかな」と、独り言のように呟いて、また俯いてしまう。

「……気が乗らないなら、別にいいんだけど……」

「うーん、いつ、どこに行くのかもわからないんじゃあな。そういえば、今日はコウイチと結構話す時間多かったけど、何も言ってなかったな」

「私から話すってことになったの」

 なんとなく想像はつく。ユカに誘わせて、おれとユカの距離を縮めようとか、くっつけようとか、そんなとこだろう。そういうことを思いつくのは、どちらかというとケイコの方だという気がする。


「“金さん”にそう言われたの? おれを誘えって」

 少なくともユカに直接指示したのは、というか、指示できるのはケイコだ。だが、ユカは首を横に振った。

「じゃあ、コウイチなのか」

 ユカは再び首を振った。

「実はね、初めはね、ケイコと私の二人で遊びに行こうって話してたの。最近あんまり会ったりしてなかったし、たまにはいいよねって。そしたらコウイチくんが話に割り込んできて、いつの間にか彼も一緒に行くってことになっちゃって――」

「で、なぜかおれの名前も出てきた、と」

 しかしユカはまたまた首を振る。

「あの二人は知らないよ。イワイくんに声かけること。言ってないから。でも、たぶん予想はしてると思うけど」

「どういうことよ?」


 初めは女二人で遊びに行く予定が、コウイチが加わって女二人+男一人の計三人になった。しかも男は女のうちの一人と付き合っている。余った女=ユカにしてみれば身の置き所がない。でも、いまさら「行かない」とは言えないらしい。なぜなら言いだしっぺはユカだからだそうだ。

 予想だにしなかった事の成り行きにユカが戸惑っているうちに、もう一人誰かを誘おうということになった。人選はユカに一任、ただし男に限る、だそうだ。

 そうなれば、候補がおれしかいないのは、おれ自身理解できる。ケイコも当然そうなることを知っているはずだ。そうなるようにわざと仕組んだ訳だ。


「おれが行かない場合は?」

「他に誘うアテもないし、三人で……行く」

 迂闊な質問だった。墓穴を掘る、というやつだ。自分で自分を追い込んでどうする。

「ユキノはどうなの?」

「……どうって?」

「あんまり楽しそうに見えないし、行きたくないんじゃないの?」

「行きたくないっていうか……なんて言うか……」

「あのさ、乗り気じゃないなら、やめりゃいいじゃん。別にたいしたことじゃないでしょ」

「うーん、そうなんだけど、なんかそういう訳にもいかなくて……」

 ユカはまた俯いてしまう。

「なら、三人で行ってらっしゃい。おれは正直なところ全然行きたくないです」と心の中では訴えたが、口からは別の言葉が流れ出てしまった。

「わかったわかった。いいよ、行っても」

 おれってお人好しなんだろうか。こんな面倒なことに付き合うなんて本当はありえないはずなのに。

「ほんと? 無理してない?」

 ユカはおれの返事を聞いた途端、身を乗り出し気味にこちらを覗きこんだ。その両瞳は微かに潤んで、キラキラして見えた。

「してるよ、無理。しかもかなり」と言いたかったが、言えなかった。

 ユカは驚きから安堵へ、そして喜びへとみるみる表情を変化させている。人の表情ってこんなに変わるんだ、などと感心してしまう。おれの一言で、おれの返事しだいで目の前の女の境遇を天国にも地獄にもできる。それは一種の快感に近い感覚であることを、おれは初めて知った。今、ユカはおれの支配下にあるのだ。


「よかったー。実はね、私コウイチくんのこと、ちょっと苦手なんだ。なんて言うか、ちょっと怖い。ほとんど話したこともないし、三人で行くことになったらどうしようって思ってたの」

 そりゃそうかもな。男が怖いお前にとって、女好きのイメージの強いコウイチは天敵みたいなもんだろう。

 急にユカは流暢に喋り始めた。現金な奴だと思うが、悪い気はしない。だが、気に入らないこともある。

「一緒に行ってもいいけど、一つ条件がある」

 その一言を聞いた瞬間、ユカが凍りついた。その顔は徐々に不安に覆われていく。

 面白い。これが支配の醍醐味というやつだ。


「四人で遊びに行く前に、おれとユキノの二人で一回、どっか遊びに行こうよ」

 今、この状況下ではユカはおれの思い通りだ。だが、この状況を作り出したのはケイコとコウイチだ。このままではおれとユカは、あの二人の手の上で踊っているのと同じことだ。しかもここまではあいつらの予想通りの展開に違いない。それがどうしても気に入らない。

 あいつらは四人で「デート」したのをきっかけに、おれとユカを付き合わせようとしている。だが、あいつらの「お陰」で、なんてのは御免だ。あいつらに利用されてなるものか。


 だから、おれは決めた。四人で会う前に、ユカとは付き合う。あいつらを驚かせてやる。

 特に、ケイコだ。何もかも知っているような顔で、おれにユカを押し付けて、自分は自由に遊んでいる。それだけならいい。そのまま放っておいてくれれば気にしないのに、裏から干渉し、おれをコントロールしようとしている。何でも自分の思うままに他人を、特にこのおれを操れると思ったら大違いだ。


 おれはおれで勝手に、自由にやらせてもらう。

 そのためには、先ずケイコの予想や期待から外れる行動をとること、次に、秘密を作ることだ。

 突然のデートの誘いにユカは驚いたようだが、すぐにOKした。どのみちこの状況では、ユカは断われない。


(第20話につづく)


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