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白い彼女  作者: おのゆーき
第一章 知らない部屋で
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第2話

第2話


「次は何て喋るの?」


 声がして、おれは跳び起きた。目の前に彼女がいる。いつの間に戻ってきたのか、あれからどのくらい時間が経ったのか、見当がつかない。少し眠ってしまったのだろうか。彼女の服装は同じだし、日付が変わったということではないみたいだ。

「イサム?」

 また何かを言わせようとする。あらためて彼女の顔を覗き込む。先ほど掻きむしった髪はきれいに直していた。良くも悪くも一度見たら忘れない顔というものがあるが、それとは対極にある、数日会わなければ忘れてしまいそうな顔に思えた。


 無論おれはこいつを忘れるなんてことはありえない。先ほどの大笑いはしっかりと記憶に焼きつき、最低な印象でいっぱいだ。だが、やはり美形は美形だ。普段目立たずあまり知られてはいないが、よく見てみると美人だ、というタイプだろう。そういうのは実は完全におれ好みのタイプである。ただし今、目の前にいる女はどう見ても年齢的に守備範囲外だし、しかも笑い方が下品だ。


 イサム、と彼女は微笑みながら話しかけてくる。すると何か話さなければ、という気持ちが何故か生えてくる。またひーひっひと笑われるわけにはいかない。慎重に慎重に。まず深呼吸をして、辺りを見回す。

 あれ、さっきとは何かが違う。


「何も喋らないの?」

 おれがキョロキョロしていると、彼女がぼそっと呟いた。前回のパターンだと、黙っていると部屋から出て行こうとする。そのあとの寒さと暗さを思い出して、おれは慌てて言葉を探した。

「どっかが違うんだよ」

 しまった。つい思っていることを声に出してしまった。完全に意味不明だ。

「どっかが違うんだよ?」

 彼女がおれの意味不明な言葉を繰り返した。さっきと似たような展開になってきた。また大笑いか――と覚悟して目を瞑り、大音響の到来を待っていたが、いつまでたっても何も聞こえない。恐る恐る目を開けて視線を移すと、不思議そうに首をかしげている少女の姿があった。

「……どっかって、何が違うの?」

 普通だ。普通に返ってきた。なんか拍子抜けした。

「今度は笑わないんだな」

「笑ってほしいの?」

「いや、別に」


 喋り方は相変わらずお姉さま調だが、聞いていてあまり違和感はない。よく考えてみると、いままで彼女はそれほど言葉を発していない。勝手におれが警戒したり腹を立てたりしただけかもしれない。この喋り方は単にちょっとマセているだけなのかもしれないな、そう思うと気分が楽になってきた。


「どうしたの?」

 彼女がじっとこちらを見ている。おれはいつのまにか自分がにやけているのに気づき、慌てて両手で口を隠して、あはは、とごまかした。と、その時はっとした。

 自分の手が動いている。さっきは首から下の感覚がなく、目と口以外は動かなかったはずなのに。それによく見ると上半身がベッドの上で起き上がっている。彼女の声に驚いて跳び起きたんだ。


 おれは恐る恐る両足に力を入れ、膝をたててみようと試みた。あっけないほどスムーズに足も動いた。不思議だが嬉しくなって彼女に言った。

「わかった。身体が動くんだよ。さっきは感覚もなかったのに」

「言ってることがわからないよ」

 彼女は興味なさそうに答えた。

「だから、どっかが違うって言ったのはね。さっききみが来たときは身体が動かなかったの。おれ、横になってたでしょ? あのままで指ひとつ動かなかったんだ。でも今は不思議だけど普通に動かせるんだ。そのことに自分で気づいていなかったから――」

 おれは必死になって彼女に説明した。一通り説明を終えた後、彼女はそっけなく言った。

「全然不思議じゃないじゃん。動けるのって珍しくないよ。イサムは生まれたときから動けたでしょう。普通のことだよ。何が嬉しいの?」

「いや、だからね。普段は動いていたのが、さっきは動けなかったわけ。わかる?」

「動けなかったんじゃなくて、イサムが動かさなかったの。わかる?」

 おれは黙ってしまった。ずいぶんと意地悪だという気もするが、それ以前に、不気味な奴だと思った。まったく子どもらしくない不自然な屁理屈だ。それに、おれについて何か知っているかのような口ぶりも気に入らない。


「……きみの名前は? 何でおれの名前知ってるの?」

 このままでは話が進みそうもないから話題を変えることにした。

「…………」

 何も答えない。笑顔のままおれを無視している。どうやら答える気がないらしい。

「じゃあ……。ここはどこ? おれはベッドに寝てたけど、何がどうなっているのか教えてくれないか」

 彼女は黙ったまま。ちょっとイライラしてきた。

「あのなあ、何か喋ろって言ったのきみでしょう。なんで何も答えないの?」

「どうでもいい質問ばっかりだから」

 なんて生意気な。イライラが大きくなって、語気を強めて言った。

「どれがどうでもいい質問なんだ。質問されたら困ることでもあるのか」

「自分で考えればわかるだろ」

 彼女の口も悪くなってきた。怒鳴りつけて追い出そうかと思ったが、今の「自分で考えればわかるだろ」という言葉が引っかかった。「わかる」というのは、おれの質問が「どうでもいい」理由のことだろうか、それとも質問されたら「困る」理由のことだろうか。


 考え込んでいると、彼女の方が話しかけてきた。

「私はね、イサムに話してほしいの」

「話すって何を?」

 また質問してしまったが、彼女は答えた。どうやら今のは彼女にとってどうでもいい質問ではなかったらしい。

「何を話すかはイサムが考えることだよ」

「……おれの話を聞いてどうするんだよ」

「イサムが話すと、イサムの欲しいものがわかる」

「欲しいものがわかったら何なの? プレゼントでもしてくれるの?」

「そんなところ」

 なんだかアホくさくなってきた。お前は魔法使いか、それともサンタクロースか。暇つぶしなら他でやってほしいものだ。

「本当だよ」

 彼女はにっこりと笑った。よく笑う奴だ。


(第3話につづく)


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