第13話
二学期が始まり、時々ユカの姿を校内で見かけるようになった。だがお互いに全く話もしなかった。たまに廊下ですれ違ったり、部活で顔を合わせたりすると、どうしたらいいかわからなくていつも困っていた。ユカの方はおれに気づくと、遠くからでも微かに会釈をしたり、微笑んだりしてくれた。そんな時はおれは慌てて頷いて見せたりした。
そんな状態だったので、二人についての噂もいつの間にか消えていた。それと同じように、おれのユカに対する意識も薄れていった。要するに噂に乗せられてその気になったようなものだった。きっとユカもそうなのだろうと決めつけ、これでこの件は終了となるだろうと思った。
登校する時、電車の中ではよくユカを見つけた。しかし夏休みの時とは違って、いつもユカは親友のケイコと一緒だった。一度ユカがおれに気づき、小さく手を振ってくれたので、おれも右手をちょっとだけ上げて「よっ」と挨拶したら、隣のケイコがユカを冷やかし始めたので、もう車内で挨拶するのは止めにした。ケイコが一緒にいない日もあったが、ユカはイヤホンで音楽を聴きながら本を読んでいたり、寝ているのか目を閉じていることが多く、おれには気づかないようだった。そのうち車内でユカを探すことも止めた。
いつも通りの日常。一学期と変わらない毎日が戻ってきた。だが、周りでは幾つかの変化もあった。
高一の夏休み、変わる奴は一気に変わる。急に付き合いの悪くなった奴もいたし、格好が派手になった奴もいる。そして彼女ができた奴、セックスを経験した奴。七月にはまだ圧倒的多数派だった童貞率が一気に低下した。クラス全体ではどうだか知らないが、おれがいつもつるんでる友達(おれを含めて八人)の中では、女と寝たことのない奴が七月には七人いたのに、九月には四人にまで減っていた。おれはその四人に含まれていて、内心驚きと焦りで一杯になった。「おれも早くやりてー」と騒ぐ奴もいて、おれも全く同感なのだが、人前では「別にどうでもいいや」と嘯いていた。
「ユキノとやっちまえばいいじゃん」
噂を覚えていた友達の一人があるときそう言った。九月下旬、文化祭が近づいている。毎年この時期はカップルが出来やすいらしい。自然と独り者はチャンスを掴もうと躍起になる。
学校の近くのファミレスで、男八人がたむろして女の話題で盛り上がっている。はっきり言ってカッコ悪い。
「べつに、ユキノのことなんてなんとも思ってねえよ」
おれは普通に答えた。だが皆の反応は予想外だった。皆驚いたように、マジ? マジ?と繰り返している。
「無理すんなよ。できてんじゃねえの? 実際」
コウイチが訊いてくる。この中では一番モテる奴だ。
「なわけないだろ」
「まじで?」
「いやまじで」
嘘はついてない。本当にできてない。むしろ最近忘れてた。ユカのこと。
「一回噂になっただろ、お前ら。でイワイもユキノもどっちかっつーと地味っていうか、おとなしいタイプじゃん。だから気ぃ遣って周りで騒がないようにしてたんよ。実際」
「なんだよ、それ」
「いや、だから、そっと見守ってやろうって」
噂は消えていなかった。むしろ事実ということになってしまっていた。
「だから、ただの噂だよ、それ。なんもないよ。たまたま夏休みの時、部活で一緒になることが多かったってだけ」
「でも、電車の中とかでいつも一緒だっただろ」
げげっ。何でそんなことまで知ってる?
「わざと同じ電車で、同じ車両で、帰りもできるだけ一緒に帰ってたんだろ、実際。それでなんとも思ってないって、ちょっと変じゃねー? 特にイワイの場合。普段あんまし女と話とかしねーじゃん。おれの知ってる限りではユキノだけだな。実際」
他の奴らも頷いている。白状させようという魂胆だ。
「それとも、一緒に学校通う特別な理由とか、事情とかでもあったわけ?」
理由はあった。痴漢対策だ。だがそれを皆に言っていいものか迷った。あのときのユカを思い出すと言うべきではないと思えた。それに言ったところで誤解が解けるような気もしない。結局おれは黙り込むしかできなかった。
黙っていると、周りの冷やかしが始まる。なんだ図星かよ、こくっちまえ、とっととやっちまえ。
イライラが積もってくる。
「っせーな! だから何でもねーんだよ!」
思わず怒鳴ってしまい、皆が静まる。
「まあまあ、そう怒んなって。みんなイワイを励ましてんじゃん。すぐ怒るのよくねーよ。直した方がいいな。実際」
コウイチがなだめる。おれが怒るときは必ずコウイチがなだめ役に回った。のんきで気が長く、友達思い。皆から信頼されている所以だ。そのコウイチがおれの肩に手を置き「ちょっと来な」と、トイレに連れて行く。
二人並んで用を足しながら、話かけてくる。
「あんまり言うとまた怒るからもうやめっけど、おれはいいと思うな。お前とユキノって似合うと思うよ、実際。ユキノってちょっと地味な感じだけど、よく見ると結構カワイイし。もとがいいから化粧とかしなくても全然いけてるし。おれは話したこととかないからよくわからんけど、性格もいいらしいし――実は、何人か知ってるんよ。ユキノのこと狙ってる奴。だから、お前にその気があるなら急いだほうがいいかもなって」
ユカがもてるっていうのは意外だった。そうか、あういうコがカワイイって言うんだ。思わずコウイチを見ると、コウイチもおれを観察していた。
「別に、嫌じゃねーんだろ? ユキノのこと」真顔で訊いてきた。
「でも正直なとこ、よくわかんないよ。最近は話もしなくなったし、向こうにもそんな気ないんじゃないの?」
「なるほど。お互いさまってか。実際」
「なんだよお互いさまって」
「知りたければ、明日ここに行きな」
コウイチは小さな紙切れをおれに手渡した。そこには明日の日付で午後四時、駅前の「CHEZ NOUS」と書いてある。知らない店だったが、コウイチが詳しく場所を教えてくれた。喫茶店らしい。
「おれって、いろいろ詳しくて驚いたっしょ。お前とユキノのこと。実はさ、“金さん”から聞いたんよ」
金さんとは、ユカの親友ケイコのことだ。本名はトオヤマケイコ。夏休み明け、いきなりピカピカの金髪に変身して登校してきた。以来、トオヤマの“金さん”と呼ばれるようになった。
コウイチはその“金さん”ことケイコから相談をうけた。脈がありそうなら話がしたいということだった。
「あ、ユキノはこのこと知らないみたい。金さんが勝手にやってるって言ってたよ。結構マジっぽかったな。だからお前に伝えたんだけど。お前らを無理矢理くっつけようとか、好きか嫌いかはっきりさせろとか、そういう雰囲気でもなかったしな。ま、とにかく行ってみなよ。皆には内緒にしとくし」
「お、おれは別に……」
「素直になれっての。さっきおれが『ユキノってカワイイ』って言ったとき、お前嬉しそうな顔してたぞ。実際」
(第14話につづく)




