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白い彼女  作者: おのゆーき
第三章 ユカ
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第10話

 悪戦苦闘の末に「彼女」が完全に隠れたのを確認し、大きなため息をひとつ。気持ちを立て直してユカを見る。もう随分と待たせてしまったような気がする。ユカは少し離れて、部屋の隅のほうで立ったままこちらを見ている。目が合うと、ユカは「あっ」と小さく声を出し、眉間に深い皺を刻んだ。


 ユカは近眼なのに、メガネもコンタクトも嫌いだからと、普段つけていなかった。一緒にいるとしょっちゅうこんな顔をしていた。周囲にガンを飛ばしているみたいだから止めろ、とよく言ったっけ。お互いに映画が好きで、よく見に行った。当時おれはアメリカ産のド派手なアクションものとかホラーを見に行きたかったが、ユカは洋画だと字幕が読めない、と言っていつも却下。日本の映画ばかり見せられた。しかも映画館での席は決まって最前列だった。いつも首が痛くて映画に集中できなかったのを覚えている。


 今のユカも思いっきりおれにガンを飛ばしている。おれの顔を確認しているんだ。

「あれ? イワイ……くん?」

 おれの苗字を呼んだ。おれ自身全く気づかなかったが、いつの間にかおれは十六歳当時の外見に戻っているらしい。そういえば少々気になっていたはずの腹部の弛みが引き締まっている。思考も逆行するかと不安だったが、どうやら変化したのは外見だけのようだ。

 てことは、今の意識を持ったまま赤ん坊にもなれるってことだ。今度試してみようかな。

「あーびっくりした。イワイくんでしょ? こんなところで何やってるの」

 ユカは安心したように歩み寄ってきた。ベッドに腰掛ける。



 ユキノユカ。

 一応、おれにとっては初めての彼女。だと自分では思っている。

「さっきまでね、そこに変な人が座ってたんだよ。妙に馴れ馴れしくって、声かけられたと思ったら、ずっとぶつぶつ独りでなんか言ってんの。怖いよね」

 ははは、それっておれだよ。


 多分、ユカの目の前で“変身”したはずだが、それには気づいてないみたいだ。「彼女」の能力だろうか、随分と都合よくできているもんだ。

「どんな感じの人だった?」

 ちょっとだけ興味があった。十年後のおれを見ての感想を聞いてみたい。

「なんかねえ、オジサンだった。『ユカ、久しぶり』って言われちゃったよ。全然見たこともない人なのに、もう鳥肌ものよ。なんで名前とか知ってんのって感じ」

「……顔とか覚えてる?」

「あんまり。なんかニヤニヤしてて気持ち悪かったし。性格悪そうっていうか、やらしい目つきで全身舐めまわされちゃった」

 ちょっと傷ついた。二十六でオジサンか。まあ、当時の感覚ではそうかも知れないけど。

「きっとああいうのが痴漢とか、ストーカーとかやったりするのね。イワイくんはああいう大人にならないでね」

「はいはい。気をつけまーす」

 もういい。誰がストーカーだっていうの。ちょっと大袈裟すぎないか?

「あ、でも、キミは大丈夫だよね」

「え?」

「ちゃんと覚えてるよ。あの時はありがとね」

 ユカは少し照れているのか、顔を背けながら言った。

「あの時って……」

「ええええっ、忘れちゃったの?」

「どの時?」

「ほら夏休みの――」

 ユカは少し言いづらそうだ。その様子を見て思い出した。

「ああ、そうか」

「ね。大丈夫だよね」ちょっと嬉しそうにユカが微笑んだ。


 ユカは痴漢に悩まされたことがある。そのせいで、周りからは少々自意識過剰ではないかと思われるほど、男の目線や仕草に敏感だ。

 そして、その「痴漢事件」がおれとユカが親しくなるきっかけでもあった。それまでは、同じ部活ということで名前くらいは知っていたが、話をしたこともなかった。


(第11話に続く)


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