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白い彼女  作者: おのゆーき
第一章 知らない部屋で
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第0話/第1話

これは私が初めて書いた小説です。

話が時系列になっておらず、前後左右に飛びながら進んでいきます。もしかしたら連載形式にするとすごく解りにくくなってしまうかもしれません。


一部誤字や、改行の修正以外は、できるだけ当時の姿のままで掲載させていただきます。はっきり言って冗長ですが、暖かい目でなんとかお付き合いいただければ幸いです。


なお、何年も前に書いたものをそのまま載せているため、物語上表現される「現在」という時間軸は現実の「今」とはちょっとずれており、2005年になります。

第0話


 突然思い出した。

 今日は四月一日だ。エイプリルフールだ。嘘をついてもいい日なんだ。

 エイプリルフールなんて言葉、ずーっと忘れていたのに、どうして今思い出すんだろう。


 それにこの習慣は、ちょっと変だ。世間では四月から新しい年度が始まるのに、その第一日目が嘘の日なんて。要するに真面目に生きちゃだめ、懸命に働いちゃ損する、ということを再確認する日なのかな。人生みな冗談、人間みな嘘つき、きっとこれがエイプリルフールの教訓だ。


 だから今、自分の目の前で起こっていることもきっと嘘なのだ。その証拠にもの凄くスローだ。こんな動きはありえない。こちらに飛んでくるガラスの破片のひとつひとつがよく見える。痒みも痛みも感じないし、何も聞こえない。きっと時間にしたらほんの一瞬なのに、こんなにいろいろ考えられることからして変だ。

 そうだ、嘘だ。

 じゃなければ冗談だ。だって今日は嘘をついてもいい日なんだ。


 おれはそんな事を考えていたように思う。やがて目の前が真っ白になって、いや、もしかしたら真っ黒だったかもしれないが、とにかく何も見えなくなるまで。



第一章 知らない部屋で

第1話


 どこまでも寒く、果てしなく暗いところだ。

 いや、そんな気がしていただけで、正直なところは何もわからない。もっと正確には何も感じない、ということかもしれない。何も感じないのは何も存在しないのと同じだ。だからそこには自分もいない。自分がいないのだから何の意味もない。なのに今、こんな風に考えられるのは、突然どこからか声が聞こえてきて、その声が聞こえているという自分の意識に気づいたからだ。だからそれまでの自分がどこにいたのか、今もそこにいるのか、正直なところは何もわからない。どこまでも寒く、果てしなく暗いところにいたような気がしているだけだ。

 とにかく声が聞こえた。おかげで自分が現れた。


「ねえ、いいかげん何か喋んなよ」

 声はそのように聞こえた。どうやらおれに呼びかけているらしいので、なにか応えようと、目を開いた。

 映ったのは少しくすんだ白。あれ、やっぱり真っ白で何も見えないのか、と思っていると、目の前の少しくすんだ白がもぞもぞ動いているような気がする。


 何度か瞬きをしてみると、自分の瞼で視界が遮られるのがわかった。眉間に力をこめてみたら、眼球に血が集まってくるような感覚がして、しだいにピントが合ってきた。目の前のくすんだ白には、蛍光灯が自分に向かってぶら下がっているのが見えた。


 おそらくこれは天井だ。どこだったか、少し考えてみたが自分の記憶にはない天井だ。天井が見えるということは、おれは寝ているらしい。辺りを確認しようとしたが頭を動かすことができない。首から下の感覚がなく、どうやって力を入れたらいいかわからない。仕方ないので目だけ動かして、できるだけ自分の視野を広げようとしてみた。壁は天井と同じ色、広さはだいだい八畳か十畳くらいだろうか。右の方に扉があり、左の方には窓がある、ただそれだけのいたってシンプルな部屋だった。清潔ではあるが色彩に乏しく、人が生活している、という感じがしない。窓の外は曇っているのか、白い光が柔らかい。その部屋の中心あたりにおれは寝ている。自分の視線が床よりも高い位置にあるから、おそらくベッドの上にいるのだろう。


 目を下の方、つまり自分の足元の方に向けると女性が一人立っていた。さっき聞こえた声の主だろうか。

 女性といってもまだ「女の子」と言っていいくらいの年齢に見える。白いワンピースを着て、ここから息を吹きかけてもふわっと揺れそうな、重さを感じさせない黒い髪が肩に降りている。美人、というか、将来は美人確実の可愛らしい顔立ちをしているが、存在感がないというか影が薄いというか、白い服と白い肌のお陰で体の輪郭が部屋の色に溶け込んでしまって、いまにも消えてしまいそうだ。なるほどこの部屋の住人が彼女ならぴったりだ。


 おれの視線を受けとめて彼女は小さく微笑んだ。その笑顔は可愛らしい形をしているけど、感情のこもったものではない。少し俯いて、上目にこちらを向いている顔は幼いのに、表情の作り方が作為的で妙に大人っぽい印象を受ける。

「何見てんの?」

 彼女が言った。やはりさっきの声の主だった。子どもの声だが、笑顔と同様、何かを含んだような喋り方が外見とつりあっていない。身体は小学生、でも中身は三十歳くらいかもしれない。


 ところでこの子誰だっけ。いろいろ考えてみたが思いあたらない。どこかで見たような気がしないでもないが、いまひとつぴんとこない。そもそもおれには小学生の女の子に親戚も知り合いもいない。

「何も喋んないなら、それでもいいよ」

 そう言って彼女は全身から力を抜くように肩を落としながら大きなため息をつき、顔からも表情を消した。その目は虚ろになり、全てのことに興味をなくしたように空を泳いだ。やがてゆっくりと両手を持ち上げて、頭を激しく掻きむしりはじめた。


 初対面でいきなり不可解な行動にでられてしまい、わけがわからなくなった。これは、ちょっとあぶない子かもしれない。別に知り合いでもないし、あまり関わらない方がよさそうだ。そう思った途端、彼女がぴくっと震え、ぐちゃぐちゃになった髪の毛越しにおれを睨みつけた。

 一瞬、自分の心が読まれたような気がして、微かに寒気を感じた。


 いや、寒気だけではなく、本当に部屋の気温が下がってきたみたいだった。しかもだんだん暗くなってきた。彼女はくるりとその身体を回転させて、右側にある扉の方にゆっくりと歩き出した。部屋から出ていくつもりだろうか。彼女は裸足だった。


 彼女が一歩一歩扉に近づくにつれて、ますます寒く、暗くなっていく。陽が沈み、辺りが徐々に暗闇に包まれていく様を何倍速かにして見ているように、みるみる視界がフェイドアウトしていく。既にほとんどものが見えなくなり、冷気は形を成したようにはっきりと顔面を圧迫し始めた。

 

 もしかしたら彼女が去ってしまうと極寒で真っ暗な部屋の中におれは独りで取り残されてしまうのではないか。また何もわからない、何も感じないところで自分が消えてしまうかもしれない。湧いてきた予感に、焦りと恐怖が触発される。

 いったい何がどうなっているのか、とにかく彼女を去らせてはいけない。待ってくれ、と言いたいのに、うまく口が動かない。


「あ……あの」

 彼女の華奢な手がドアノブに触れたところで、ようやく声が出た。彼女は動きを止め、ゆっくりとこちらに向き直った。そしておれを見つめながら、再び微笑んだ。薄暗い中辛うじて見えるそれは、先ほどとは違い、にやりにやりと悪巧みをしているような負の感情のこもった笑顔だった。乱れた髪のお陰でよけいに迫力がある。首から下の感覚がないおれは、顔だけに鳥肌がたったような嫌悪感を覚えた。しかし、間もなく部屋の中は元通りに暖かく、明るくなってきたので、ひとまず安堵しかけた。だが、次の瞬間彼女が笑顔のままでこちらに猛ダッシュしてくるのを見て思わずひっ、と喉から音が漏れた。今自由に動けたら跳び上がっているか逃げ出しているかしたかもしれない。

 

 この状況も彼女も、何が何だか全く考えがまとまらず混乱する。そんなおれに構うことなく彼女は接近してきた。顔をぬっと突き出すように屈み、お互いの鼻が触れる寸前のところで止まった。おれの視界は全部彼女の顔になってしまった。彼女は微笑を崩さぬまま唇を動かす。生ぬるい息が頬を撫で、思わず顔をそむけようとしたが、どうやっても動かない。

「な~に?」

 優しいお姉さまのように水分を含んだ口調で、よく聞こえないわ、とばかりに囁き、それから小さな耳をおれの口元に近づけた。

 どうやら完全におれをからかっている。相手が本物の優しいお姉さまならこのまま素直に甘えてもいいが、眼前にあるのは自分の半分くらいしか人生経験を持たないであろう童顔だ。子どもがおれを子ども扱いしている。そう思うとあまりにも滑稽であり、情けなさと恥ずかしさで自分の顔面温度が上昇した。それを知ってか、彼女は再度口を開き、「なんていったのかな~」と尋ねた。


 その人を小バカにしたような態度のおかげで、少し勇気が湧いてきた。腹が立ってきたのである。まだよく状況は飲み込めていないが、このままこんなガキに舐められっぱなしでいいはずがない。


 よーし、何か喋ってやろうじゃないか。耳元でいきなりわーっと叫んで脅かすこともできるが、そんな子どもじみたことはしない。お前と違っておれは大人だからな。訊きたいことは山ほどあるさ、でも「ここはどこ?」「君は誰?」なんて訊かないぞ。そういう質問はお前も予測してるだろうからな。無論子どもにはわからないような難しい政治経済の話もしない。おれはそこまで意地悪じゃないし、子ども相手にむきになっても仕方ないしな。お前でもちゃんと答えられて、かつお前の予測を超えた、しかも大人の余裕を見せつけられる質問だ。それは――


 と、そこまで考えてみたものの、具体的には何も頭に浮かんでこなかった。迂闊にも質問の設定条件を難しくしすぎたようだ。


 しかし、すぐ前でにやりにやりしている彼女に、ここで何か言わないと敗北してしまうような気分になる。設定条件はとりあえず置いといて、とにかく、何でもいいから適当に言った。

「きみ、何歳?」

 小さな部屋が静寂に支配された。たしかに自分自身、あまりにも気の利かない質問に呆れてしまう。

 だが、彼女は予想外の反応を示した。

 目をまるくしてこちらを向いている。いかにも虚をつかれたという感じで、そのまま停止している。その意外そうな表情におれは満足することにした。ちょっとたなぼただが、結果オーライだ。


 どうだ、いきなりでこの質問は予測できなかっただろう。おれ自身、自分がこんな質問するなんて予想できなかったくらいだからな。経験豊かな大人を舐めるなよ。さあ早く答えてみな。「十歳です。子どもです」ってな。「ごめんなさい」でもいいぞ。

「何歳?」

 やがて、ゆっくりと彼女の唇が動いた。

「何歳……。なんさい?」

 おれの「大人の質問」を反復している。反復しながら考え込んでいるようだ。まさか答えられないのかと変な心配をしていたら、徐々に彼女の身体が震えてきた。嫌な予感がしてきた。そしてその予感通り、彼女は笑いだした。しかも大声で。


 甲高く、小刻みなひーひっひといういやらしい声が木霊し、部屋中を飛び交う。

「いや、あのね……」

 今度はこっちが予想外の反応に戸惑ってしまってうまく声がでない。そんなおれを見て彼女はさらにのけぞって笑う。無性に恥ずかしくなってきて、とうとう顔が沸騰した。動けないおれは隠れることも耳を塞ぐこともできない。大音響のため、鼓膜が歪みそうだった。

 そのまま一向に笑いが止む気配がない。状況に慣れ、少しずつ落ち着きを取り戻すと同時に、再び腹が立ってきた。


 いつまで笑ってるんだ。確かにいきなり「何歳」って尋ねるのはちょっと間抜けだったかもしれないけど、お前が子どものくせして大人みたいな喋り方するから訊いてみたんだ。だいたい何がそんなにおかしいんだ。よく考えてみると全然爆笑するようなネタじゃないぞ。しかもおれとお前は初対面じゃないか。なんて失礼な奴だ。なんだよそのひーひっひって下品なありえねー笑い方は。子どもならもっと子どもらしく笑えよ。そもそもお前は誰なんだ、何しに来たんだよ。おれは動けないんだから、用がないなら出て行けよ――と心の中で叫ぶ。


 ぴたっと彼女が笑うのをやめた。本当に「ぴたっ」と音がしたような気がしてびっくりした。間髪いれずに彼女がこちらを睨みつけたので、反射的にごめんなさい、と叫びかけたが、必死に堪えた。やがて彼女の顔がもとの微笑みに、ゆっくりと変化してきた。

「何歳、かあ」

 彼女が言った。なんだか楽しそうだ。まだ引っ張るのか。勝手にしてくれ。

「イサムが初めに喋ったのは、な・ん・さ・い~」

 ちょっと待て。

「あはは。変なの~」

 何でおれの名前を知っている?

 お前は一体誰だ?


 その時、音がした。遠いような、近いような所から。上の方から聞こえてくる低くこもった音。大きくなったり小さくなったりの抑揚がある。人の声、と思えば思えなくもない。理由はわからないが、耳を澄ましてよく聞かなければいけない気がした。


 彼女にもその音は聞こえているらしく、はしゃぐのをやめて天井を凝視している。少しだけ見える横顔は険しく、おれは「怒り」という言葉を連想した。彼女の唇が小さく動き、小さな声が漏れた。

「黙れ」

 彼女はいきなり扉の方へ歩き出した。するとまた寒くなり、暗くなってきた。待ってくれ、と叫んだが、彼女は立ち止まりも振り返りもせず、部屋を出て行ってしまった。やがて我慢できないほど寒くなってきたが、真っ暗になると何も感じなくなった。


(第2話へつづく)


まだ慣れておりませんので、後でちょこちょこと修正するかもしれません。ご了承ください。

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