本選、前夜
私が指定された部屋に入った時、すでに五人がいた。
一人を除いて、全員が男。
所々に傷を負っている彼等は、私を品定めするかのように見つめ、興味を失った順に視線を外した。
私は視線を巡らせると、見える範囲で彼等の武器を特定する。
両手剣と双剣……それ以外は隠せるくらい小さな武器、ということですね。
必要な情報を得た私は、彼等から最も離れている部屋の隅に蹲った。
「さて、全員集まったか?」
部屋の人数が二桁になった頃、最終試験を仕切っているカインスさんが入ってきた。
カインスさんは人数を数え、あれ、と首を捻った。
「一人足りない。予選終了した後に死んだか? ……まあ、いい。死んだのなら、その程度だったというだけの話だ。さて、明日から始まる――」
ドンッ
カインスさんの話は、扉に重いものを打ち付けたような音に遮られた。
彼は無言で扉に近づき、勢いよく開け放つ。そして、立て、と部屋の中に崩れ落ちた小さな体を見下ろした。
「何時まで転がっている。邪魔だ。失格になりたいか?」
「も、しわけ…ありま……せん……」
ずるり、と床を這う様に進んできたのは、二桁に満たないほど幼い少女だった。全身の至るところに鋭利な傷跡を残し、それでもしぶとく生きている。
じっと見つめていたからか、ゆるゆるとあげられた少女の瞳が私を映した。
その瞳には、強い光が宿っていた。
「……こっち」
「……?」
無意識に呟いていた。
それでも動かない少女に舌打ちを零し、立ち上がって近づく。抱き上げた身体は羽根のように、とまではいかないが軽かった。
現状が理解できていない少女を抱えたまま元の場所に戻り、すとん、と腰を下ろしてからカインスさんを見上げた。
「どうぞ」
「……はあ」
カインスさんは溜息を吐き、すぐに無表情に戻った。
「ようやく全員揃った。今回、本選の出場権を得たのはここにいる十二人。君達は明日の本選が始まるまで、この部屋でともに過ごしてほしい。その間に殺し合いを始めた場合は、両者を失格とする。それ以外なら何をしても構わない。以上だ」
必要事項だけを述べて部屋を出ていったカインスさんを見、周囲に視線を巡らせる。
これも試験の一部、ということですね。
カインスさんの言葉の意味を理解した私は、面倒です、と溜息を吐いた。
今は最終試験の本選が始まる前夜。目の前の少女のように予選で傷ついた者、武器を失った者、それ以外にも万全とはいいがたい状況に陥っている者がいるはず。それなのに同じ部屋で一夜を過ごさせるということは、こういうことだろう。
この時間内に、敵を探れ
何の情報もなかった予選とは違い、いかにして相手の情報を引き出すか、そして間違った情報を与えられるか。それが試される。
武器の手入れをしようならば、周囲の敵に公開していることになる。武器を見られるということは、戦場で相対したときに不意をつけなくなるということ。しかし、多少のずれが影響する銃などを使う場合は、整備を欠かすことができない。
どちらが重要か。
自身の武器によって、それは異なる。隠すことができないほど大きい武器を使用する者は、何の躊躇いもなく手入れできるが、問題なのは小さな武器を持つ者。
隠せることが利点である武器を使う彼等は、非力である場合が多い。正面からの対決では負けてしまうから、一瞬の隙に漬け込む。だから、武器を見せられない。
「どうしましょう……」
私は自分の武器を思い浮かべた。
私が使っているのはリボルバー。最大弾数は六発までで、撃ち尽くしてしまえば弾の装填に時間がかかる。私の武器がリボルバーだと知った敵は、間違いなく全弾を撃たせてから近づいてくるだろう。
とはいえ、整備していない銃に自分の命を預けたくない。
「あー……迷います」
私は悩みながらも、横で船を漕ぎ出した少女の頭を軽く叩き、私の方に引き寄せた。
「どーして……?」
「ん? 何が?」
困惑を浮かべている少女を見下ろし、大分回復しましたね、と思った私は首を傾げた。
少女は、だって、と私の服を強く握った。
「わたしは敵なんだよ? 明日、殺し合わなきゃいけないんだよ? それなのに、どうして……!」
「目が、似ていたから」
顔を上げた少女の瞳を見つめ、答えた。
「初めてみた貴女の目が、私と似ていたから。全てを投げ打って、たった一つを追い求めている。それを手にするまでは死ねない、という意志を込めた瞳。違いますか?」
「わか、るの?」
少女は目を見開き、私の腕に抱きついた。
「小さい頃から、お母さんしかいなかった。だから、訊いたの。お父さんはどこにいるの、って。そうしたら戦場にいるって、教えてくれた」
お父さんに、逢いたい。
少女は泣きそうな声で呟き、お姉ちゃんも、と問いかけた。
「お姉ちゃんも、誰かを探してるの?」
「そう。私の、兄さん」
「わたしと一緒だね」
「だから、卑怯な手で勝ち残りたくはないの。貴女を助けた理由はそれ。ちゃんと本選で、殺してあげる」
少女は目を瞬き、セランだよ、と笑った。
「セランっていうの。お姉ちゃんこそ、わたしを助けたこと、後悔しないでね」
「イリスよ。後悔なんて、しないわ」
ふふっ、と笑みを零し、すり寄るセランの頭を自分の腿に置いた。
「セランとは万全の状態で戦いたいから、今はゆっくりお休み」
「……ありがと、イリスおねーちゃん」
私はすぐに寝息をたて始めたセランを撫で、穏やかに笑った。