先にあるもの
「セラン……?」
呆然と、その名を呼ぶ。
「貴女、死んだんじゃ……?」
「死んだふり、だよ。わたし力弱いから、正面からの戦いじゃ勝てないの。死んだと思わせれば、襲撃しやすいから」
お姉ちゃんだって、捕まえられたしね。
セランは無邪気に笑って、皮の手袋をつけた右腕を強く引いた。
「あっ、う……!」
「痛いでしょ?」
セランの右手から伸びる糸が、他の糸を経由して私の右腕を締め付ける。コートに血が滲んで、腕の皮膚が裂けていることを悟った。
「お姉ちゃんの武器はリボルバー。でも、右手は拘束してるし、リボルバーは拾わせない。だから、わたしの勝ち。お姉ちゃんは、死ぬんだよ」
セランは、にこにことしたまま続けた。
「ここに来る前にね、死体を数えてきたの。あっちに一つ。その近くに二つ。向こうに四つ。ここに二つ。わたしが殺したのが一つ。これで、十。ここでお姉ちゃんを殺せば、わたしはお父さんに逢える」
「これが、最後……なら、もういい、でしょうか……」
嬉しそうなセランの言葉をきいて、これが最後の戦いなのだと知った。
それなら、隠す必要はない、ですね。
そう零した声にセランは眉根を寄せ、より強く右腕を引いた。
「い、っ……!」
「なに、言ってるの? お姉ちゃんはこの糸から、わたしの〝絡弦〟から抜け出せない。わたしに勝てない。どんなことしたって無駄。ここで死ぬしかないんだよ」
苛々とした声で言い放つセランに、それが貴女の武器の名前、と言った。
「らくげん、っていうのね」
「そうだよ。〝絡む弦〟で、〝絡弦〟。お姉ちゃんに名前を教えたらばれちゃうかもしれないから、言えなかったんだ。武器を知られたら、死んだふりをしても騙せない。そうしたら負けるしかないから」
「そう……ねえ、セラン。貴女に、この銃の名前を教えたわよね? 憶えてる?」
「……蒼紅、でしょ」
「そう、よ」
訝しげに答えたセランに、苦痛で歪んだ笑みを浮かべる。それを隠れ蓑に、動かしていた左手をコートのスリットの部分に滑り込ませ、足に括り付けていたホルダーから硬いものを引き抜いて、セランに突き付けた。
「あ、あああぁあぁああっ!」
撃ち出された弾丸は、張り巡らされた糸の隙間を通り抜け、セランの右手の指を粉砕した。
眼を見開いて絶叫するセランを横目に、緩んだ糸から抜け出す。地面に落ちていたリボルバーを拾うと左右のそれをセランに向け、残弾全てを連射した。
「……残念ね。襲撃まではよかったのだけれど」
詰めが甘いわ、と血塗れで倒れたセランに言うと、彼女は何が起きたのかわからない、という表情をしていた。
それに私は「『そうく』だって、言ったじゃない」と悪戯が成功した子どものように答えをあげた。
「貴女、フィゼルの鎌の名前をきいて何か納得した風でしたよね? だから、間違えると思ったの。このリボルバーの名前は、『蒼の紅』じゃない。本当の名前は」
蒼いボディに巻きつく、紅の蔦
紅いボディに巻きつく、蒼の蔦
腕を交差させるようにして左右の銃を見せ、嗤う。
「『双つの苦しみ』で、『双苦』」
「なに、それ……!?」
「嘘は、言ってないわ。貴女が勝手に勘違いしただけでしょう?」
私、二丁拳銃使いなのよ。
「あ、あは……あははははははっ!」
状況を理解した直後に笑い始めたセランは、次第に涙が混じった声で泣き叫んだ。
「いや、嫌だ! わたしはお父さんに逢いにいくんだから! お父さん! お父さん、お父さんお父さんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさん! いやだよ、いや、いやいやだ、いやだ嫌だいやだイヤダいやだいやだいやだイヤダいやだいやだ――!」
「私だって、死にたくない」
全弾を撃ち尽くしたリボルバーをしまった私は、コートの袖を捲って、腕の傷跡を眺める。そして、そういうこと、と納得した。
「リリアを殺したの、貴女だったのね」
コートの上から締め付けられた際に裂けてできた私の傷と、リリアにつけられた無数の細い傷跡。これらは一見しただけでは別物に見える。けれどよく考えれば、細剣であっても一回心臓に突き刺せば終わるのだから、あれほど執拗に切り刻む必要はない。
リリアの身体があれほど傷ついていたのは、そうしなければ殺すことができなかったから
そして私が初めて会った時のセランは、全身に切り裂かれたような傷跡を残していた。それはおそらく、今回と同様に自分を縛り上げて敵の目をごまかしていたから。そのときのセランの傷とリリアの傷は、今思い出してみれば酷似していた気がする。
「セランはリリアのこと、憶えていないと思うけれど」
貴女もフィゼルと同じで、殺した人間に興味なんてないのでしょう?
「あの女性は、死んでいたリリアから短剣を奪っただけでしたのね。悪いことをしました……ここで貴女を殺せば、本当に彼女の仇を討ったことになるのかしら?」
ルイスを殺し、フィゼルの隙を作ったリリアの形見。
それを手に取ると、ゆっくりとセランに歩み寄った。
「貴女のこと、嫌いじゃなかったわ。一途に追い求める姿は、私と同じだから。でも、貴女に叶えたい願いがあるように、私にも願いがあるのよ。だから、終わりにしましょう」
傍にしゃがみ込んだ私は、放心したように動きを止めたまま意味のない呻きを上げるセランに、もし、とありえないことを訊いた。
「私とセランが他の場所で出会えていたとしたら、私は貴女のお姉さんになれたかしら?」
少し待ってみたが、セランの声は聞こえない。
それを予想していた私は顔を伏せ、短剣を振り上げた。
「私は……貴女の姉に、なってあげたかった――!」
「ありがと、お姉ちゃん」
「っ!」
勢いよく振り下ろされる切っ先。
割り開く肉の感触。
生暖かな液体。
「……どうして、こんな直前に言うのかしらね」
もっと早く、言いなさいな。
瞳から生気が失われたセランの頬を撫でる。
試験終了のブザーが、鳴り響いた。
これで本編は終了です。
エピローグは二つあります。




