リリアの形見
「……お前さあ」
呆れた声が私の鼓膜を揺さぶり、はっと我に返った。
まるで手のかかる子どもを見るような視線を向けた男は、深い溜息を吐いた。
「残弾零って、馬鹿か? 自分が何発撃ったかくらい記憶しとけよ」
「否定、できないわね……」
私も呆れなのか、男を殺さなくてよかった安堵なのかよくわからない溜息を吐いて、ポケットに手を伸ばした。
弾を掴み、引き抜く。いつものようにリボルバーのシリンダーから空薬莢を出し、弾を込めようとして――できなかった。
「なにしてんだ? はやくし「無理、よ」
小刻みに震える手から弾丸が零れ、地面に落ちたそれは高い金属音を放って転がった。
ぶらり、と垂れ下がった右手から、リボルバーが滑り落ちた。
「おま、何してんだ!?」
「殺せない!」
男の声に匹敵するほどの声量で叫ぶと、男はいったん口を閉じようとし、強く首を打ち振るった。
「そんなこと言ってたらお前が死ぬんだよ! お前は何のためにこの訓練場に来たんだ!?」
「! ……そ、れは」
「お前の目的を忘れるな! いったい今まで何人殺してきた!? 憶えていないだろう!? その犠牲を、奪った願いを、此処まで来て無駄にするんじゃねえ!」
男の怒声が私を追い詰める。それに抵抗するように、私は零した。
「でも、……弾が、入れられないのよ……!」
「……別にそのリボルバーじゃなきゃいけないとは言っていない。殺せば、いいんだ」
男は頭を抱えてしゃがみ込んだ私に、無情にも言い放った。
「その短剣を、突き刺せばいい」
「っ!?」
勢いよく抑えたリリアの形見は、私の手から熱を奪っていった。
「どうしてわかったのか、っていう顔だな。俺がお前を見つけた時、初めに見えたのがそれだったんだよ。だから、お前の武器は短剣だと思っちまった……わざとかと思っていたが、その反応を見る限り違うみたいだな」
男の言葉は、私を通り過ぎていった。
どくん、と鼓動する心臓の音が煩い。
鎮まれ、と強く胸を抑えた。
「リリアの形見で、殺せっていうの……!?」
「形見だったのか。なら、なおさらだ。そいつで人を殺せば、お前の記憶に残る。リリアって奴のことも、俺のことも」
それで、俺を殺せ。
男は凪いだ表情で私を見ていた。
「お前の感情は、人の死を理解できない俺達にとって貴いものだ。こんなところで、失っていいものじゃない」
「……」
「初めは諦めないって、いったけどさ。もうどうしようもないってことくらい、理解してる。このままなら、俺は遠くないうちに死ぬだろう。出血多量か、他の誰かに殺されるのか。わかんねえけど、死ぬならお前に殺されたい。いったろ? 最後の頼みだって。俺を、殺してくれ」
懇願するような男の声音に、私は短剣を抜いた。両手で強く握っているはずなのに震えるそれを、持ち上げる。そして、同じように震える声で問いかけた。
「私、イリスって、いうの。貴方は……?」
男は目を瞬き、今までの中で一番綺麗に、笑った。
「俺は、ルイス、だ。……さあ、殺せ! お前の望みを叶えるために!」
「……っ、あ、ああぁああぁあああああっ!」
勢いよく振り下ろした短剣が、男の、ルイスの心臓に突き刺さる。
深く、深く。
刀身が全て見えないほどめり込んだそれは、ルイスの時を、止めた。




