プロローグ、そして消える命
兄さん
貴方は今、どこにいるの?
まあ、兄さんのことだから
まだ戦場にいるのでしょうね
兄さんは、私よりもずっと強いから
心配はしてないけど、不安なの
いつか消えてしまうのでは、と
だから私は
この道を選んだのかもしれない
貴方とともに、生きる道を
○○○
石で造られた柱が無数に立ち並んでいる空間。
そのうちの一つを背に、十代半ばだと思われる少女が息を殺して身を潜めていた。
少女は瞼を下し、微かな音も聞き漏らさないように耳をそばだてていた。
石のように固まっていると、しばらくして靴と地面が擦れる微かな音を捉えた。それが自分から遠ざかっていることを確認し、そこまでしてからようやく顔を覘かせた。
狩るべき対象を見据え、肩にかけていた得物を静かに下ろす。
「……、」
ここで気付かれてしまったら、元も子もない。
少女は、僅かな物音にも気を配りながら身を乗り出した。
薬室に弾丸を送り込み、なるべく音を発しないように注意しながら深呼吸、苦しくない程度に酸素を取込んで息を止める。そのまま手元の照準器を覗いて狙いを定めた。
向こうはまだ、こちらに気づいていない。
あとは、この引き金を引くだけ
ゆっくりと、右の指に力が込められていく。
そして。
ダアンッ!
「な、んで……?」
消音器を付けているはずなのに、鳴り響いた音。
そして、本来でるはずの火薬臭い煙がないことに疑問を覚える。
なにより。
「…あ……れ……?」
呆然と見下ろした少女の胸に、鮮やかな赤い花が咲いていた。
花は大きく力強く咲き誇り、比例するように自分の身体からは力が奪い取られていく。
なんか、寄生されてるみたい
そう軽口を叩こうとしたが、口から溢れたのは粘度の低い血と、微風のような息だけだった。
すぐに手に力が入らなくなり、持っていた得物が少女の手から滑り落ちた。
「ごめ、んね…わたし…が、弱かっ、から……!」
震える声で謝りながら、地面に投げ出されているそれに手を伸ばす。崩れ落ちそうになる身体に、もうろくに動かない腕に叱咤しながら慟哭した。
「わた…し、…貴方とい、つも一緒…だ、た……!」
最後まで、一緒に戦いたかった。
少女の身体は、言葉が紡がれる前に崩れ落ちた。
○○○
二十歳程の青年は、荒い息を洩らしながら銃を回転させた。
レバーアクション型のそれは、空薬莢を排出すると同時に、次弾を薬室に放り込んだ。
ぼやける意識の中、ばくばくと鼓動する心臓の音だけが大きく聞こえた。
「ぎりぎり、だった」
青年は思わず呟いて、安堵の溜息を洩らした。
ほんの僅かな物音に気づいて振り返り、とっさに発砲したのがよかったのだろう。だから、生き残ることができた。
青年は、自分を狙っていた人間の元に歩み寄った。
倒れていたのは十代半ばの少女。傍らに転がったライフルが鈍い光を放っていて、少女から溢れ出た紅に浸っていた。
それを見つめ、青年は口を開いた。
「僕は謝らないよ。油断したのは、君だ」
そう言って立ち去ろうとして、何かが引っかかって立ち止まった。
もう一度よく、少女を観察する。
何かおかしいところがあるのだろうか、と首を捻って、目を見開いた。
少女の胸には、大きな赤い花が一つ。けれど、花は円ではなく、楕円。
それが意味すること。それは。
少女に撃ち込まれた弾は、二発
僕が撃ったのは一発――!
「………!」
気づいた時にはもう遅かった。
大きな音を発てて精確に撃ち込まれた弾丸が、心臓を食い破る。一気に暗くなる視界の隅に、先程の少女より少し年上に見える少女が映った。
少女は綺麗に笑って、口を動かした。
油断したのは、貴方でしょう?
悔しさに歯を噛みしめる。そこで完全に、意識が途切れた。




