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いかすみ  作者: 粟吹一夢
第一章 這い寄るタコとクラゲに対するアニヲタイカの生態が明らかに!
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第九話 私はエルフじゃないし手乗りショタでもない!

「河合さんが、邪魔されたくない、やりたいことって、どんなことですか?」

「えっと……」

 イラストを描く時間を潰されることだとは、まだ打ち明けることはできなかった。

「まあ、私は、邪魔だと思ったら、はっきりと言うから。私が何も言わない時は、そう思ってないと考えてもらえれば良い」

「分かりました! ……でも、そうやって、言いたいことが言える河合さんが羨ましいです」

「倉下さんは、言いたいことを言わないで、鬱憤うっぷんが溜まったりしないの?」

「……鬱憤が溜まってるなって感じたことはないです。そもそも、言いたいことが、あまり無いって言うか」

「主体性が無さ過ぎでしょ! それじゃあ、人に言われるままにしてるの?」

「……今までの私は、そうだったと思います」

「今までの?」

「はい。でも、これからは、河合さんのように、言いたいことが言えるようになりたいです!」

「私をお手本にはしない方が良いと思うけど」

「いえ、河合さんのその傲慢ごうまんさは見習いたいです!」

「あんだって?」

「あっ、いえ、……積極的なところを見習いたいです」

 しかし、私の前ではいつもオドオドをしている倉下さんが人前で演技をしている姿がさっぱり想像できないのだが……。

「倉下さん、そんなに消極的な性格してて、人前で演技とかできるの?」

「あ、あの、……それを治そうとして、演劇を始めたんです」

「えっ?」

「私、小さな頃から、とにかく人見知りが激しくて、親以外の人と話をすることができなかったんです。それで、幼稚園を途中で退園したくらいで」

「そんなに?」

「はい。小学校に入る前に、どうにかしたいと親が思ったらしくて、無理矢理、劇団へ入れられたんです」

「そうなんだ。でも、今、女優になりたいと思っているってことは、劇団に入って正解だったってことだね?」

「そうですね。最初は、嫌で嫌でたまらなかったんですけど、役を演じることで、自分じゃない自分に簡単に変われることに気がついてから、段々と面白くなってきたんです」

「その劇団には、まだ所属してるの?」

「中学生までの子供劇団だったので、もう退団しました。でも、もっと演技の勉強をしたいと思って、演劇の専門学校に行こうとも思ったんですけど、親から高校だけは出ておけって言われたので、俳優養成学校の夜間コースに入ったんです」

「夜間コース?」

「月曜、水曜、金曜、土曜の週四日、午後五時から九時まであるんです」

「……頑張ってるんだね」

「はい! わざわざ東京まで出て来て、親にもお婆ちゃんにも負担を掛けているんですから、頑張らないとばちが当たります」

 ――私には、倉下さんを怒る資格なんて無いのかもしれない。

「河合さん」

「うん?」

「あ、あの、明日からも一緒にお弁当食べてもらえますか?」

 倉下さんは、私と本音の付き合いをすることで、自分の性格を変えたいと思っているのかも知れない。そしてそれも、きっと演劇のためなんだろう。

 自分とは目指しているジャンルは違うけど、自分の目標に向かって一生懸命努力をしている倉下さんに、私はシンパシーを感じた。

「良いよ」

「本当ですか?」

「ええ」

「よろしくお願いします」

「倉下さん、同級生相手に、どうして敬語でしゃべるの?」

「あっ、これはくせで、……芸能界って、いくら年下でも芸歴とかランクが上の人には敬語で話さなくてはならなくて、それなら誰にでもって、……職業病みたいなものですね」

「ふ~ん」

「あの、話は全然変わりますけど、河合さんは池梟駅いけふくろうえきから通われているんですか?」

「そうよ」

「私もそうなんです。俳優養成学校は池梟駅の近くですし、お婆ちゃんの家も電車で三つ目の駅なんです」

 私の家は、池梟駅から五つ目の駅だから、住んでる所もそんなに遠くない。

「そうなんだ。今日は、木曜日だから、俳優養成学校は休みだね?」

「はい。でも、今日は駅前にあるトトールコーヒーに、バイトの面接に行く予定にしてます」

「バイト?」

「はい。俳優養成学校が無い日にバイトをしようかと思ってます。俳優養成学校の月謝も馬鹿にならないですし、自分でできることはしようかと思って」

 ――天然は天然でも天然記念物だ! 日本にもまだ棲息していたのか? こんな頑張り屋の生き物が! 

「それじゃあ、帰りも一緒に駅まで帰っていただけませんか?」

「帰りも?」

「できれば、朝も……」

「要は、毎日一緒に登下校したいってことじゃないの?」

「は、はい。……あっ、お邪魔ですか?」

「邪魔じゃないけど……、良いよ」

 倉下さんは、困難なミッションを達成したかのような安堵あんどした笑顔を浮かべた。

 考えてみれば、私にとっても好都合かもしれない。

 私に近寄って来ようとする物好きがいた時の遮蔽しゃへいシールドとして機能してくれるかもしれないのだから。



 お昼休み時間終了五分前になり、休み時間にも私の近くに這い寄って来ることを一方的に宣言してから、倉下さんは自分の席に戻った。

 入れ違いに、喜多君が自分の席に帰って来ると、早速、後ろから肩を叩かれた。

「あっ、何か忙しかった?」

 振り返った私の顔がかなり不機嫌そうに見えたようだ。

「忙しくはないけど、……何?」

「い、いや、帰り、一緒にアニメックに行ってみないかなって思って」

「どうして?」

「どうしてって?」

「いや、私と一緒に行きたい理由は?」

「一緒に行きたいから……じゃ、駄目かい?」

 ――何か、さっき聞いたような台詞せりふなんだけど。

「あえて理由を付けるとすれば、ネットで話していたことを、リアルでも話すのって、どんな感じなのかなって思ってさ」

 確かに、ネットでは、喜多君やアニメ好きのフォロワーさんと、好きなアニメについての話を延々としていたことがあるけど、リアルで、アニメ好きの人とガチで話し合ったことはないから、どんな感じになるのか、私も気になる。

 でも、喜多君と二人だけでアニメックに行くということは、喜多君との親密度パラメータをそれだけ上げてしまうおそれがある。

 私の心の中で迷いが生じたけど、すぐに結論が出た。

 アニメ絵を眺めているだけでも楽しいし、参考にもなるし、帰宅してからのイラスト描きのモチベーションも確実に上がる。イラスト描きという私の至上命題にとって、差し引きでプラスになるはずだ。

「良いよ。でも、帰りは倉下さんと駅まで一緒に帰る約束しているから、アニメックで落ち合おう」

「倉下さんと?」

「意外でしょ? 健全美少女とアニヲタブスの組み合わせ」

「えっ、……河合さん、自分のこと、ブスだと思ってるの?」

「当たり前じゃない! 自慢じゃないけど、今まで、献血と怪しげな宗教の勧誘以外には、男性から声を掛けられたことなんて無いから」

「へえ~、みんな、見る目が無いなあ。僕は、河合さんって、すごく可愛いって思うんだけどなあ」

「はあ?」

 ――寝てもいないのに、何、寝言を言ってるんだ? こいつは!

「喜多君! あなたには、眼科で精密検査を受けてくることをお勧めするわ!」

「目は良いんだよ。視力は両目とも二・〇なんだ」

「だったら、あんたの美的感覚がおかしい!」

「そうかな?」

「可愛いというのは、倉下さんみたいな女の子のことを言うの! 女の私だって萌えるくらいなんだから!」

「まあ、倉下さんが綺麗なのは認めるけど、僕の好みから言えば、河合さんの方がずっと可愛いと思う」

 喜多君は机に両肘りょうひじを着いて、前のめりになるように、上半身を私に近づけた。

「美人とか綺麗な人って、普遍的なイメージがあって、誰が見てもそう思うけど、可愛いって思う基準は、人それぞれなんじゃないかな。少なくとも、河合さんは、僕がずっと思い描いていたイメージどおりに、可愛い人だと思ったけどね」

「私のどこが可愛いと言うのよ?」

「小さくて手に乗りそうなところとか、ショートカットでちょっとショタっぽいところとか、性格的にも男勝りで湿っぽくないところとか」

「……それ、褒めてるのか?」

「もちろん! フェアリー・ブレードの登場人物に『ナーシャ』っていうキャラがいるんだけど」

「主人公の相棒のエルフでしょ? ツンデレで騒がしい」

「そうそう。ナーシャは、いかす……、河合さんをイメージして造った、お気に入りのキャラなんだよ」

「私をイメージして?」

「そう。ツイッターやイラストを見て、僕が勝手に想像したんだけどね」

「私も確か挿絵を描いた記憶があるけど」

「うん! すごく可愛いイラストだったけど、河合さんと初めて会った時、ナーシャに似てるって思ったんだよ」

 喜多君もファンタジーを書いているだけに、人間離れした容姿に惹かれるようになっているのだろうか?

 でも、私は、どう考えても、エルフとかではなく、ドワーフとかオークに分類されるはずなのだが……。

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