第八話 百合の間、お一人様、ごあんな~い!
お昼休み。
私は、自分の席でお弁当箱を広げた。
自分でお弁当を作ることは、いつも自分の好きなおかずだけを詰め込むことができる訳で、お小遣いアップとで一石二鳥ということだ。
「か、河合さん!」
「うっ! …………ごほっ! ごほっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
突然、呼び掛けられて、口一杯に頬張った一口目のご飯が喉につかえてしまったけど、ご飯粒が気管に侵入することを何とか回避した私が顔を上げると、心配そうな表情をした倉下さんが立っていた。
「う、うん」
「ごめんなさい」
「だ、大丈夫だから。……何?」
「あ、あの、……お、お、お、お弁当を一緒に、た、食べても良いですか?」
「はい?」
よく見ると、倉下さんはハンカチで包んだお弁当箱を持っていた。
しかし、その表情には、これからライオンの檻に飛び込むかのような決死の覚悟が、隠しようもなく出ていた。
「どうして?」
素朴な疑問だ。
「どうしてって?」
「私と一緒にお弁当を食べたい理由は何?」
「理由……ですか?」
「そうよ」
「…………理由が無くっちゃ、駄目なんですか?」
――そ、そんなウルウル瞳の上目遣いで私を見るなぁ! 萌えてしまうやろ!
「あえて言えば、……河合さんのことに興味が湧いて、少しお話をさせていただきたいなって思ったんです」
「ホラー映画と同じように、怖いモノ見たさってこと?」
「えっと……、まあ……、そんな感じでしょうか?」
いや、そこは正直に返すところじゃないだろ!
――しかし、人差し指を唇に付けて、少し首を傾げながら、斜め上を眺めて思案する自然な仕草が、いちいち可愛い。……萌える!
これって、いわゆる百合ってやつ? 私もついに禁断の扉を開いてしまったのかあ?
私も倉下さんをもっと近くで眺めたくなった。
「良いよ。一緒に食べよう」
「ありがとうございます!」
「同級生にお礼なんて言わないでよ」
「す、すみません」
倉下さんは、私の前の席の椅子を反対向きにして、私と向き合うようにして座ると、お弁当箱を広げた。
私のお弁当は、自分で作って自分で食べるだけで、人に見せることは想定していないから、ウインナーのタコも、リンゴのうさぎもいなかった。
倉下さんのお弁当も、蕗の煮物とか、きんぴらゴボウが詰められていて、女子高生のお弁当としては、質素な感じがした。
「倉下さんは野菜系のおかずが好きなの?」
「はい?」
「お弁当のおかずが、何か、ヘルシーだなって思って」
「ああ、このお弁当はお婆ちゃんが作ってくれているので」
「そう言えば、お婆ちゃんと暮らしているって言ってたね」
「はい、今は、お婆ちゃんと二人暮らしです。河合さんのお弁当はお母さんが作られているんですか?」
「ううん。自分で作ってる」
「本当ですか? すごい!」
「何かな、その反応は?」
「あっ、すみません」
「別に責めてないから。……もう分かってると思うけど、私、こう言う口の利き方しかできないから気にしないで」
「いえ、……でも、お弁当を作られるなんて、正直、ちょっと意外でした」
「まあ、よく言われる」
「うふふふ。河合さんって、本当は面白い方なんですね」
「それは言われたことない」
「うふふふ」
倉下さんは、笑って少し気が楽になったようで、びくついていた表情が少し緩んだ。
「河合さん」
「何?」
「あ、あの、……一昨日は、ありがとうございました」
「お礼なら、その時に、もらった気がするけど」
「一昨日のお礼は、助けてもらったお礼で、今のお礼は、私に本音で意見をしてくれたことへのお礼です」
「えっ?」
「一昨日、河合さんが言ってくれた『八方美人でいたいのか』ってことです」
「まあ、確かに本音では言ったけど?」
「河合さんに、そんなことじゃあ、『結局、友達を無くす』って言われて気づいたんです。私、人から嫌われないようにしていただけで、人と仲良くなることをしてなかったんだって」
「……」
「一昨日だって、有名な芸能人の方のサインとかもらえる訳ないのに、嫌われるのが怖くて、はっきり断れなかったんです」
「自分で自分の首を絞めてどうするのよ」
「本当、そうですよね。中学の時なんかは、そのうちにとか、曖昧な返事でお茶を濁していたら、いつの間にか頼まれなくなったので、たぶん、今回もそんな感じで逃げ切れると思ってたんです」
「頼まれなくなったのは、みんながあなたを見限ったからでしょ。あなたに頼んでも無駄だって」
「そうですよね。それなのに、それをはっきり言われなかったことで、嫌われないで済んだって、安心してたんです」
「おめでたいのね」
「ふふふふ」
「何?」
「河合さんの真っ直ぐな言われ方が、何か気持ち良くって」
――美少女なのにM属性?
「河合さんみたいに、本音で意見してくれるような人は、今まで近くにいなかったので、一昨日は、ちょっとショックを受けましたけど、あれから、ずっと考えていたら、河合さんと仲良くなりたいって思い始めたんです」
「えっと、……その論理展開は理解できないんだけど。どうして、そうなるの?」
「河合さんって、きっと心が温かい人なんだろうなって思ったんです。本音で意見をしてくれるということは、その人のことを本気で思いやってないとしないですよね?」
「何か誤解してる。私は、あなたのことを思いやって言ったんじゃなくて、単純に、あなたの考え方に腹が立ったから怒っただけよ」
「でも、人のことに無関心なら怒ったりしませんよ」
「……」
「私、今まで、人と上辺だけの付き合いしかしてこなかったって気づいたんです。でも、河合さんとは、本音のお付き合いができるような気がしたんです」
「……」
「だから、河合さんと友達になりたくて」
「ちょっと待ったぁ! 私を友達にしても全然面白くないよ」
「どうしてですか? 少なくとも、私は面白いです」
「……」
「ご迷惑ですか?」
――だから、そのウルウル瞳は反則だ!
「め、迷惑なんかじゃないよ」
「本当ですか?」
「本当! 私が自分の気持ちと違うことを言わない人間だってことは、もう分かっているでしょう?」
「そうでした」
「倉下さん」
「はい」
「私は、自分がやりたいことを邪魔されることが一番、嫌なの。私の邪魔をしないって誓ってくれるのなら、そ、その……、友達になってあげても良いよ」
「はい! 河合さんの邪魔なんて、怖くてできません!」
「あんだって?」
「……か、河合さんの困るようなことはしません」
どうやら、倉下さんは、今が旬の天然モノらしい。




