第三十五話 モテ期到来? 恋敵には宣戦布告を!
「おはよう! かすみ!」
「おはようございます! かすみん!」
「おはよう。あんたら、いつも、朝から元気なのな」
駅で落ち合ったくらちゃんとなまこの元気さが少し眩しい朝だった。
「何だよ? また寝不足か?」
「デフォだよ」
「また、遅くまで描いてたんですか?」
「うん。昨日は三時くらいかな。良い感じで進んだからさ」
「またかよ。体は大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。午前中、眠ると、ほぼ復活できるから」
「そうか。……って、おい! そろそろ、期末テストが始まるっていうのに」
「……忘れてた。どうしよう、くらちゃん?」
「どうしようって言われても……。でも、かすみんのイラストを描く時の集中力は相変わらずすごいですね」
「まったくだけど、その集中力を、ちったあ、勉強に向けたらどうなんだよ?」
「そうだね。自分でもそうしたいよ」
授業中。
一応、私も罪悪感を感じて、半目を開けていたが、先生の話し声が木霊のように頭の中を意味も無く反響しているだけで一時間目が終了した。
私は、トイレで顔を洗おうと、席を立った。
「河合」
教室を出たところで呼び止められ、振り向くと、谷君がいた。
「何?」
「ちょっと、話があるんだけど」
「誰に?」
「誰にって、お前しかいないじゃないかよ」
「ああ、で、何?」
「ちょっと」
谷君は手招きをして、廊下の窓際の方まで行った。
「何なの?」
「前にも訊いたけど、河合って、喜多とつき合っている訳じゃないんだよな?」
「えっ! な、何?」
「だから、そう言うことで良いんだろ?」
「えっと、まあ、今のところは……」
「だったら、俺とつき合わない?」
「はあ? 何、言ってるの?」
「何だよ、その反応は?」
「……谷君も寝不足?」
「違うよ! ちゃんと交際を申し込んでいるんだよ!」
「…………えっ? えーっ!」
「大きな声、出すなって!」
「だって、谷君は、くらちゃんのファンだったじゃない?」
「う~ん、まあ、倉下さんは綺麗だけど、まだ、男が苦手みたいだし、俺なんて、全然、釣り合わないよ」
「私なら釣り合うってこと?」
「まあ、そうだな」
「何それ?」
と一応不満を表明してみたが、私なんかが、くらちゃんと同じ土俵に立って勝負することすら、おこがましいと思い直した。
「それに、河合って、近くで見ると、けっこう可愛いなって思ってさ。特に眼鏡を掛けた時なんか良いなって」
「……」
「と言うことで、俺も河合の彼氏に立候補するから」
「えっと……」
谷君とは、今まで、そんなに、じっくりと話したことはなく、私の中では、喜多君の友達という認識でしかない。
いきなりすぎる!
――やっぱり、喜多君からも告白されていることを言った方が良いのかな?
「あの、あのね。私……」
「たぶん、俺のこと、何とも思ってないだろ?」
「うん」
「お前、本当に、気持ちいいくらい、はっきり物を言うよな」
「あっ、ごめん」
「良いって。そんなところが面白いなって思うからさ」
「……」
「だから、これから意識して考えてくれよ」
「……」
「じゃあな!」
何? その「あばよ!」的な去り方は?
眠気が一気に吹っ飛んだ。
放課後。
駅への帰り道を、くらちゃんとなまこと一緒に帰りながら、私は、谷君から告白されたことを二人に話した。
「マジか? モテ期到来だな」
「当然ですよ! だって、かすみん、可愛いですもん」
「私、どうすれば良いんだろう?」
「かすみは、琥太郎に告白された時には、オレ達には何も言わなかったのに、今回は言うんだな?」
「……」
「かすみが訊きたいのは、『どうしたら良いのか』じゃなくて、『どうやって断ろうか』じゃないのか?」
「……なまこは、空気は読めないくせに、人の心は読めるのか?」
「一言多い! でも、そうなんじゃね?」
「たぶん」
「そんなことで悩むのも、かすみが琥太郎への返事を早くしないからだぜ」
「そんなこと言われても」
「だって、そうじゃないかよ」
「……」
「河合さん!」
振り向くと、喜多君が走って来ていた。
「どうしたの?」
私達に追いついた喜多君は、息を整えてから、私の顔を見ながら話した。
「谷に告白されたんだって?」
「えっ!」
「谷から聞いたよ。河合さんの彼氏に立候補したって」
「う、うん」
「すごいね。河合さん、モテモテじゃない。僕の女性を見る目は間違ってなかったってことだね」
「余裕だな、琥太郎」
「えっ?」
なまこが、喜多君に厳しい目線を送っていた。
「だってさ、かすみが他の男から言い寄られているというのに取り乱さないってことは、かすみは俺のものだって自信があるんだろ?」
「そんなことはないよ! 河合さんが誰を好きになるかは、河合さんの自由でしょ?」
「へえ~、琥太郎も琥太郎だよな」
「えっ?」
「だってさ、琥太郎は、かすみのことが好きなんだろ? 自分が好きな女が他の男から言い寄られたら、それを全力で阻止すべきじゃないのか?」
「でも、僕は、まだ、河合さんの彼氏にしてもらっている訳じゃないし」
「そうだとしても、どうして、かすみを奪ってやるくらいのことができねえんだよ?」
「そ、そんな、無理矢理、女性を自分のものにすることの方が酷いことじゃない?」
「そうでしょうか?」
今まで黙って話を聞いていたくらちゃんが、珍しく凜とした顔で言った。
「喜多君には、かすみんを守ってあげるという気持ちはあるんですか?」
「も、もちろんだよ。でも、僕が、谷を河合さんから引き離そうとすることを、河合さんから頼まれてもいないのにすることはできないでしょ?」
「それって、責任をかすみんに押しつけてるだけじゃないんですか?」
「くらちゃん」
「そうだよな。自分は言うことだけ言っておいて、後は、かすみ次第だって、言ってるようなものだもんな」
まさか、くらちゃんとなまこに説教されるとは思ってもいなかった喜多君も戸惑っているようだった。
「琥太郎って、強引さに欠けるよな。それは、優しさと裏腹なんだろうけど」
「二人とも! 喜多君をそんなに責めないで! 二人が言っていることも分かるけど、やっぱり、私が煮え切らないから悪いんだよ」
「かすみん」
「くらちゃんには、あんなに怒っておきながら、自分だって、一人で何も決められないなんて、最低野郎だよ!」
「ううん。違いますよ! 私は、人と本気でつき合うことから逃げていたんです! でも、かすみんは、喜多君と本気でつき合うかどうかに正面から向き合って、悩んでいるだけなんです! だから、もっと、考えて、考えて、結論を出したって良いと思うんです!」
「くらちゃん。……ありがとう」
しばらく、うつむき加減だった喜多君も頭を上げて、私達を見た。
「倉下さんや生田さんの言うとおりだ。河合さんに告白しておきながら、そのことを、他の人に言わないのは、やっぱり卑怯だよね。倉下さんや生田さんに知らせたのも、雷撃の発表を河合さんと一緒に確かめたいと思ったから、やむにやまれずしたんじゃないかなって思う」
「……」
「谷の方が、ずっと男らしい。ちゃんと、僕にも知らせてくれたんだからね」
「谷からすれば、宣戦布告のつもりだったんじゃないか?」
「そうかもしれないね。それに対して、僕は、敵前逃亡したのと同じだ」
また、うつむいた喜多君が顔を上げた時、すっきりとした顔をしていることが分かった。
「河合さんに告白していることを、これから、谷に伝えてくる!」
「えっ?」
「バスケ部の練習が終わるのを待って、ちゃんと、僕も宣戦布告をしてくるよ」
「……喜多君。私も谷君にしらを切っちゃったから、明日、谷君に謝る」
「うん。僕からも謝っておく」
そう言うと、喜多君は、学校に向かって走って行った。
その後ろ姿が見えなくなるのを待って、私達は、駅に向かって歩き出した。
「かすみ。お前もそろそろ腹をくくる時期になってきたんじゃね?」
「う、うん」
「私は、喜多君を応援します。だって、喜多君は、かすみんを独占しないって約束してくれたけど、谷君は独り占めしそうですもの」
「はははは、谷の奴、今頃、くしゃみしているぜ」
「谷君とは、たぶん、ない」
私の正直な気持ちだ。
「いきなりの玉砕か! やっぱり、琥太郎だよな」
「……後は、私の問題。河合香澄が『いかすみ』でいることができるかどうかの」
「かすみにとっては、大問題なんだな?」
「うん」
「…………じゃあ、もう、オレ達が言えることは何もねえや! なっ、くらちん!」
「そうですね」
「それよりさ、この前、かすみから借りた『となりの妖怪くん』! めっちゃくちゃ面白いんだけど! 二巻も貸してくれよ」
「……ああ、良いぜ。レアチーズケーキ一個と引き替えだ」
「何だよ。一巻は、只で貸してくれたのに!」
「一巻は、無料お試し版なんだよ。二巻からは有料だ!」
「てめえ! 友達に向かって、レンタルビデオ屋商売をするたあ、どういうことだあ!」
「世間は、そんなに甘くないんだよ!」
「何だと! くらちん、この強欲女に何とか言ってやれよ!」
「かすみん! 大好き!」
「そんなことじゃねえ!」
「なまこさん! かすみんが毎日、お弁当作りをして貯めたお小遣いで買ったDVDを只で見ようとする方が強欲ですよ!」
「うっ! くらちんは、いつも、かすみの味方なんだな?」
「当然ですよ!」
「くそっ! ……うん、かすみ、どうした?」
「……ちょっと、目にゴミが入った」
――ちくしょー! なかなか取れねえ!
いつもの場所で、バイトに行くくらちゃんと別れて、私となまこは、池梟駅の改札口に向かった。
「河合さん」
飛び止められた私が振り向くと、そこには制服姿の里香さんが立っていた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「ちょっと良いかしら? あなたにお話があるの」




