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いかすみ  作者: 粟吹一夢
第三章 タコはイカに恋してる! イカはタコを……?
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第三十三話 役者の皮を被ったゲソ野郎!

 喜多君が連れて行ってくれたお店のレアチーズケーキは、確かに美味おいしかった。

 でも、喜多君には申し訳なかったけど、私は、さっきのカップルのことが頭から離れなかった。

「河合さん?」

「へっ?」

 喜多君が困ったような顔をして私を見ていた。

「僕の話、面白くない?」

「えっ、どうして?」

「何か、ぼーっとしているみたいだからさ」

「い、いや、違う! 面白いよ!」

「本当に?」

「う、うん。そ、その、……ちょっと疲れたかな」

「ああ、ごめん。あっちこっち、引っ張り回しちゃったもんね」

「ううん。喜多君に謝ってもらうことなんてないから」

「うん。じゃあ、そろそろ帰ろうか?」

 私達は、店を出て、池梟駅いけふくろうえきに向かった。

「河合さん、今日はありがとう。ずっと一緒にいれて、すごく楽しかった」

「えっと、……私も」

「次は、二次が通ったらかな?」

「さすがに、二次通過は厳しいかも」

「そうだね。でも、僕か、河合さんか、どちらかでも通過していたら、また、行こうよ」

「……分かった」

 あっという間に改札口に着いた。

「じゃあ、河合さん。気をつけて」

「うん、ありがとう。じゃあ、さよなら」

「さよなら。明日、また学校で」

「うん」

 改札に入り、振り返ると、喜多君が手を振ってくれた。

 私も小さく手を振ると、ホームへの階段を駆け上った。



 家に帰ると、すぐに、二階の自分の部屋の隣にある姉の部屋のドアをノックした。

 すぐに姉が顔を出した。

「あれっ、もう帰って来たの?」

「うん。帽子、ありがとう」

 私が帽子を差し出すと、姉は笑顔で受け取った。

「もっと、ゆっくりしてくれば良かったのに」

「何かな、その笑顔は?」

 やっぱり、私の顔には、電光掲示板が付いていて、「今日は男の子とお出掛け」と発色しまくっているのだろうか?

「別に~。で、どうしたの?」

「あ、あのさ、則川のりかわさんって、来週、月曜日まで、稽古場けいこば缶詰かんづめ状態って言ってたよね?」

「うん。それが、どうかしたの?」

「則川さんの劇団の稽古場けいこばって、どこにあるの?」

「知らない」

「知らないの? どうして?」

「聞いたところで行くことなんてできないじゃない! 面会謝絶状態で稽古けいこに没頭しているらしいから」

「そうなんだ。……じゃあ、お芝居の公演って、いつから、どこであるの?」

「何? ひょっとして、香澄も則川さんに惚れた?」

「んな訳ないでしょ!」

「それ、何気なにげに失礼ね」

 姉も、私の口のき方を知らない訳がなく、怒っているというより、あきれていた。

「水曜日から、吉祥寺にある『シアタージョージ』という劇場でするんだって」

「お姉ちゃんも見に行くの?」

「私が来ると、お芝居に集中できないから、見に来ないでほしいって言われてるの」

「それじゃあ、則川さんがお芝居しているところは見たことないの?」

「実際にはないけど、台本とかは見せてもらったわよ。今回の役は、準主役級なので、ぜひ認めてもらいたいって頑張っているから、私も邪魔をしたくないし」

「そうなんだ」

 則川さんのことを、根掘り葉掘り訊いて、既に機嫌が悪くなっている姉に向かって、それ以上、則川さんのことを話すことは、さすがの私でもはばかられた。



 翌月曜日の朝。

 いつものように、くらちゃんとなまこと一緒に学校に向かった。

「かすみ、昨日はどうだった?」

「どうだったって?」

「面白かったのかよ?」

「う、うん。まあ」

「何事も無かったんですよね?」

「くらちゃんの言う『何事』って、どんなこと?」

「私よりに先にされると、思わず、くらげパンチを喜多君にお見舞いしたくなるようなことです!」

 ――いや、更に分からないから。まあ、何となく想像はつくけど。

「それより、今日の放課後なんだけど、私、ちょっと、行く所があるから、二人で帰ってくれる?」

「かすみん、ひょっとして、喜多君と二人でどこかに行こうというのではないでしょうね?」

 ――くらちゃん、その目付き、怖いから!

「ち、違うよ。ちょっと、吉祥寺まで行く用事があって」

「吉祥寺? 吉祥寺にもアニメックってあったっけ?」

「私は、別に、都内のアニメックを巡礼している訳じゃないから。吉祥寺にある劇場に行こうと思ってさ」

「吉祥寺の劇場? 演劇のですか?」

「うん。シアタージョージという劇場で、明後日あさってから雲隠座くもがくれざって劇団が演劇するらしいんだ」

「かすみんも演劇に興味が湧いたんですか?」

「えっと、そう言う訳でもないけど」

「何だよ、歯切れが悪いな」

「その劇団の人に確認したいことがあってさ」

「どうせ暇だし、一緒に行っても良いのなら、オレも行くぜ」

「私もその劇団を見てみたいです。リハーサル風景とか見学させていただけないでしょうか?」

「どうだろ? 私は、あんまり、面白い話をしに行く訳じゃないけど、それでも良かったら来ても良いよ」

「その間だけ、オレ達は席を外すよ」



 と言うことで、放課後。

 三人で電車を乗り継いで、吉祥寺駅で降りた。

 駅から歩いて劇場に行くと、公演は明後日あさってからなので、当然のごとく、入り口は閉まっていた。

 劇場の横に回ると、楽屋口に付けた軽トラックから、大道具と思われる荷物を劇団員らしき男性三人がかついで、劇場の中に搬入していた。

「さぼるな、則川! これで最後だ!」

「は、はい!」

 首に巻いたタオルで汗を拭いていた則川さんが、先輩らしき男性からしかられていた。

 そして、荷物を運び終えると、地面に腰を下ろし、煙草に火をつけた。

「ちょっと、あの人と話してくるから、二人はここで待ってて」

 私が則川さんから、くらちゃんとなまこに視線を移すと、くらちゃんが目を見開いていた。

「くらちゃん?」

 くらちゃんは、突然、回れ右して、そこから走り去った。

「くらちゃん!」

 私となまこは、すぐに、くらちゃんの跡を追った。

 通りに出て、少し駅に向かった所で、くらちゃんが立ち尽くしていた。

「どうしたの?」

「……」

 くらちゃんは、震えているみたいだった。

「くらちん、顔が青いぞ。どうしたんだよ?」

「あの人……」

「あの人? ……座って、煙草を吸っていた男の人?」

 くらちゃんは、うなずいた。

「あの人がどうしたんだよ?」

「中学生の時に、私を……」

 くらちゃんのおびえた目を見て、それだけで分かった。

「あいつが? 則川って奴だよね?」

「かすみん、どうして名前を?」

「あいつぅ!」

 私は、劇場の方に向き直ると、こぶしを握りしめた。

「ちょっと、話してくる!」

「かすみん!」

 くらちゃんが、私の制服の背中をつまんで止めた。

「帰りましょう?」

「えっ?」

「私、……もう、あの人の顔は見たくないんです」

「だから、私一人で話をしてくる! くらちゃんのことだけじゃなくて、他にも話があるんだ!」

「でも、かすみんにも、あの人とはかかわってほしくないです!」

 くらちゃんの気持ちは、痛いほど分かった。

 私が則川さんと話をすることだけでも、忘れてしまいたいことを思い出してしまうのだろう。

 くらちゃんにとって、その出来事は無かったことにしたいのだ。

「分かった。でも、私は、どうしても、あいつと話をしなくちゃいけないんだ! 今日は、このまま帰るけど、また、別の日に、一人で来る」

「かすみ。あの男は、くらちんを襲おうとした奴なんだろ? 一人で会うのって危なくないか? オレが一緒に来てやるよ」

「私、どうしても、あいつに問い詰めたいことがあるんだ! それは、私のお姉ちゃんのことで、あんた達には関係の無いことなんだ。だから、私一人で来る!」

 くらちゃんの心配そうな顔が目に入った。 

「くらちゃん。大丈夫?」

「は、はい」

 くらちゃんのトラウマの元凶が、まさか、こんなに近くにいたなんて……。

「あいつも、くらちゃんが東京に出て来ていることは知らないんだよね?」

「たぶん」

「公演は明後日から始まるから、明日、私は一人で、あいつに会いに行く。でも、くらちゃんのことは絶対に言わないから!」

「かすみ! やっぱり、琥太郎とかと一緒に行ってもらった方が良いんじゃねえか?」

「だから、私の個人的なことで、喜多君に迷惑を掛けることなんてできないよ」

 なまことくらちゃんが心配そうな顔をして顔を見合わせた。

「心配しないで。あいつと二人きりになるような場所にも行かないようにする。酷い男だってことを劇団の人にも知ってもらいたいから、劇団の人がいる前で問い詰めてやるよ」

「でも、かすみも爆発すると、抑えが効かなくなるからな」

「そ、それはそうかも……。でも、本当に心配しないで。話をするだけ。それ以上、するとして、くらちゃんの名前も出さずに、グーパンチを一発食らわすくらいだから」

「それが、心配だってんだよ!」



 その日、家に帰ると、リビングのソファ座って、姉がスマホをいじっていた。

「お姉ちゃん、まだ、いたの?」

「何それ? 早く帰れみたいな言い方」

 姉は、不服そうな顔をして、私を見た。

「そう言う訳じゃないけど。……大学は?」

「今週は講義もないし、食費もピンチだからさ。明後日にはバイトがあるから、それまでは家にいるよ」

「そうなんだ。……ねえ、お姉ちゃん」

「何?」

「則川さんとは、どこで知り合ったの?」

「演劇部に仲の良い女の子がいて、その子の紹介でね」

「ふ~ん」

「最近、則川さんのことにこだわってるわね。本当に惚れたんじゃないの?」

「違う! ……と言うより、お姉ちゃん」

「何?」

「則川さんには、注意した方が良いよ」

「……どうして?」

「えっと、……私の勘」

「……前にも、香澄から、そんなこと言われたことがあったね?」

「う、うん」

「香澄の勘は、よく当たるからなあ。……分かったよ」

 姉は、どことなく寂しげな笑顔を見せると、視線をスマホに戻した。

 私も、言葉をつなげることもできずに、無言でリビングから出た。

 階段を上がっていると、無性に腹が立ってきた。

 稽古場けいこば缶詰かんづめにされていると姉に言っておきながら、別の女とホテルに行くことも許せないけど、くらちゃんを襲ったことは、絶対に許せない!

 くらちゃんに代わって、ぶん殴ってやる!

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