第三十二話 初めてのデートでホテルへGO!
喜多君との出直しデートを明日に控えた土曜日。
毎週土曜日の午後に開催される、くらちゃんとなまことのおしゃべりタイムを終えて、家に帰ると、姉がいた。
「今日は、一人なの?」
リビングのソファに座って、ファッション雑誌を読んでいた姉に訊いた。
「則川さんは、今度の舞台の準備で忙しいんだって。来週の月曜日まで、稽古場に缶詰にされて稽古するらしいわ」
「ふ~ん。それで、他に遊んでくれる人もいなかったから、また帰って来たの?」
「うるさいわね! それより、香澄は、今まで、デートだったの?」
「違うよ! 女の友達と駄弁ってたの!」
「あっ、そう。デートかと思った」
「どうして?」
「最近、香澄、ちょっと、可愛くなってると思ってさ」
「な、何、言ってるのよ! 妹を褒めたって何も出ないよ!」
「そんなの期待してないって。でも、本当だよ。コンタクトにしたからかもしれないけどさ」
「わ、私だって、もう高校生なんだから、少しは、女らしくなってもおかしくないでしょ?」
「そっか。彼氏ができたのかと思った」
「彼氏なんて、……あっ、お姉ちゃん」
「何?」
「お姉ちゃんはさ、次から次に、彼氏を見つけてるじゃない?」
「人を尻軽女みたいに言うな!」
「そうじゃなくて、一度、つき合いだした彼氏と別れることって、簡単なこと?」
「はあ? どういうこと?」
「……何でもない!」
質問事項を、ちゃんと整理してから訊けば良かったと後悔しながら、私は姉に背中を向けて、自分の部屋に向かおうとした。
「香澄!」
私が振り向くと、姉は、何故だか優しい顔をしていた。
「香澄とは歳も離れているから、ずっと、子供って思っていたけど、いつの間にか大人になってたんだね」
「……身長は伸びてないけどね」
「香澄も、もう少し髪を伸ばして、ツインテールとかにすれば、世の中のロリコン野郎を一撃にできるんじゃない?」
「私には、そんな趣味は無いから!」
翌日、日曜日の朝。
母親の話し相手を姉が務めてくれたお陰で、平穏に朝食を食べた後、先週と同じ服に着替えると、出掛けることを母親に告げるため、リビングに行った。
でも、母親はおらず、テレビを見ている父親と、ソファでスマホをいじっている姉がいただけだった。
「お母さんは?」
「買い物」
姉がスマホから目を離さずに答えた。
「ちょっと出掛けてくるって伝えといて。晩ご飯までには帰るって」
姉が顔を上げて、私を見た。
「今日はデート?」
「えっ! ち、違うよ!」
姉が不思議そうな顔をした。
「そんな格好して出掛けてるのに?」
「だから、友達とアニメ映画を見に行くの!」
「あっ、そう」
姉は、またスマホに目線を戻した。
「じゃあ、お母さんに言っといてね」
「あっ、そうだ! 香澄!」
リビングを出ようとすると、また、姉に呼び止められた。
振り返ると、姉が、つばの狭い麦わら帽子を持って、私に近づいて来た。
「これ貸してあげる」
「えっ?」
姉が、自分が被って来たと思われる麦わら帽子を私に差し出した。
「今日、外はけっこう日差しがあるよ。この帽子を被って行きなよ」
「お姉ちゃんは使わないの?」
「今日は、ずっと家にいるから」
「そ、そうなの?」
私は、姉から受け取った帽子を被ってみた。
「そうじゃなくて、こうやって被るのよ」
姉は、帽子の前を少し上げて、髪を整えてくれた。
「うん。良いじゃない!」
「あ、ありがとう。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
前回と同じ、梟の石像がある所に、午前十一時に待ち合わせという約束だったけど、午前十時半には着いた。
でも、喜多君は、既に待っていた。
私が近づいて行くと、キョロキョロと周りを見ていた喜多君は、すぐに私に気がついて、笑顔を返してくれた。
「おはよう」
「おはよう、河合さん! やっぱり、その服、可愛いね」
「あ、ありがとう」
「帽子もすごく似合ってるよ」
「これ、お姉ちゃんが貸してくれた」
「お姉さんが?」
「うん」
「仲が良いんだね」
「五歳も離れているから、いつまで経っても、お姉ちゃんという感じ」
「あははは」
「……私、変なこと言った?」
「ううん。面白いこと言った」
「どこが?」
「河合さんの発言のどこが面白いかについて、いちいち説明していたら、それだけで三日くらい掛かっちゃうよ」
「何を言ってるんだ?」
「はははは、じゃあ、行こうか?」
「う、うん」
学校帰りに二人でアニメックに行く時には何も感じないけど、日曜日に、お互い私服で並んで歩いていると、やっぱり何か意識してしまって、普段より口数が少なくなってしまう。
「河合さん」
「な、何?」
「手を繋ぐ?」
「一人で歩ける」
「僕が一人で歩けないかも」
「じゃあ、置いていく」
「そ、そんなあ」
「何、子供みたいなこと言ってるのよ?」
「嬉しいからに決まってるでしょ」
「……どこで食べる?」
「前に、河合さんが言っていたラーメン屋に行こうか?」
いつになく、私の頭脳が瞬時に計算結果を弾き出した。
ラーメン屋さんに、高校生のカップルなんて、ほとんど、いないはず。
それだけ目立ってしまう気がする。
「えっと、今日は、サイダリアにしようよ」
「良いけど。あんなに行きたがっていたのに?」
「今日は、イタリアンな気分なの!」
「僕と一緒だから、胸が痛リアン?」
「……誰も止めないから、一回、死ぬと良いよ」
いつになく、喜多君がはしゃいでいるような気がした。
日曜日のお昼のサイダリアは満席だったけど、十分も待つと、席に案内された。
「河合さん、何にする?」
「……任せる」
「どうしたのさ、今日は? 借りてきた猫みたいに大人しいんだけど」
「……いつもどおりだよ」
「じゃあ、イカ墨パスタにしようか?」
「ネタ振ってくれてるの?」
「共食いだあって?」
「……タコ酢にしてやる!」
映画館にも多くの人がいたけど、スクリーンの真正面で、前から八列目というベストポジションを、喜多君が確保してくれていた。
映画は、テレビ版が好評を博したシリーズの劇場版で、ロボット物だけど、登場キャラクターがすごく可愛いくて、二人とも好きなアニメだった。
午後二時過ぎに上映が終わり、映画館から出た。
「河合さん。楽しんでいただけたみたいだね。ずっと、集中してたもんね」
「面白かった! 喜多君は面白くなかった?」
「もちろん、面白かったよ。エンディングテーマも大声で歌ってたね?」
「感動が口に溢れ出てきたんだよ! み、みんなも歌ってただろ?」
「一番前に座っていた小学生のグループとかね」
「……どうせ、私は色々と小学生並みだよ」
「でも、ある意味、河合さんはすごいなって思ったよ」
「えっ?」
「小学生と同じように、アニメを楽しむことができるなんて素敵なことだよ。それに、その集中力! 上映中に、少しは僕の方を見てくれるかと思っていたけど、ずっとスクリーンに集中してたでしょ?」
「だって、面白かったから……」
「別に責めている訳じゃないよ。僕も執筆している時には、河合さんみたいに集中しないと駄目だなって、ちょっと反省もしてたんだよ」
「……一応、褒め言葉だと理解しておく」
「良いよ。じゃあ、次に行こうか?」
「う、うん」
喜多君がリサーチした、レアチーズケーキの美味しいお店に向かって歩き出した。
「こっちだよ」
大通りを横切る横断歩道の前まで来て、青信号になるのを待った。
「でも、晴れて良かったね。昨日までは、梅雨らしい天気だったのに、朝、カーテンを開けると良い天気だったので、思わずガッツポーズをしちゃったよ」
「私、晴れ女かも?」
「本当に?」
「先週の日曜日も晴れてたでしょ? 最近は、休日に出掛けて、雨に降られたことない」
「そうなんだ。って、河合さんって、休日には家にこもって、イラストを描いているんじゃなかったっけ?」
「そ、そうだった。最近、くらちゃんやなまこと出掛けるようになったけど、考えてみれば、まだ、数えるくらいしか出掛けてなかった」
「晴れ女と言い切るにはデータ不足かもね。まあ、僕にとっては、明るい晴れ女に間違いないよ」
青信号に変わり、大勢の人が一斉に横断歩道を渡りだした。
反対側から来た人達とすれ違っていく。
――あれっ?
今、すれ違ったカップル……。記憶の断片をつなぎ合わせるのに、少し時間が掛かったけど、あの人は……。
振り返ると、カップルの後ろ姿は小さくなっていた。
「喜多君!」
「うん?」
「私について来て!」
「えっ?」
「良いから、早く!」
私は、そいつを見失わないように、喜多君の手を取って、小走りに、跡を追った。
五メートル先くらいまでに追いつくと、速度を緩めて、そのカップルの跡をついて行った。
「何なの? 河合さん」
「後で説明するから」
私は、そのカップルから視線を外さずに言った。
裏通りのような所まで来ると、カップルは、ピンク色の壁の建物の中に入って行ってしまった。
その入り口の前まで行き、中に入ろうか、どうしようかと迷っていると、喜多君が、小さな声で話し掛けてきた。
「河合さん、意外と大胆なんだね」
「へっ?」
「僕らは、まだ高校生だから、こんな場所にいるだけでもまずい気がするけど」
私は、追って来たカップルに集中していた意識を、やっと周りを見る方に振り向けることができた。
そのカップルが入った建物の看板には、「休憩」とか「宿泊」とか書かれていた。
よく見ると、周りには、同じような建物が並んで建っていた。
「僕も入ったことないんだけど、一度、入ってみる?」
「ば、馬鹿! 入る訳ないだろ! 何で、こんな所に連れて来たんだよ?」
「河合さんが連れて来たんだけど?」
私は、喜多君と手を繋いでいたことに気づいて、振り切るようにして、手を離した。
「うっ、ううう、……この、エッチ大魔王!」




