第三話 進学理由はアニメグッズショップに近いからです!
女を捨てていると思われそうな私だけど、恋に興味がない訳じゃない。素敵な男の子の前に出ると胸がときめくのは、普通の女の子の証しだ。
でも、何を差し置いても、恋人が欲しいとまでは思っていない。
優先順位から言うと、第一は、言うまでもなくイラスト!
第二は、美味しい食べ物! 特に、レアチーズケーキ!
第三あたりで、やっと、恋人という感じ。
できたら良いけど、それに向かって努力するのは面倒だ。空からイケメンが降って来たら、恋人にしてあげようかってくらいだ。
私の後ろの席の喜多君は、確かにイケメンだ。私の動悸を三割増しに速くしたくらいだから、それは認めざるを得ない。
でも、それだけだ。
向こうから言い寄ってくるのであればまだしも、自分から積極的に喜多君と友達になりたいとは思わない。
そして何より、喜多君に限らず、もし、男の子の友達ができたとしても、私からイラストを描く時間を奪うような奴はNGだ!
教室の席が埋まった頃、小太りで背が低く、髪の薄いおじさんが教室に入って来て、教壇に立った。
「皆さん、入学、おめでとうございます。私は、このC組の担任の浜田と言います。これから一年間、皆さんが楽しい高校生活を送れるように頑張りますので、よろしくお願いします」
話し方からいって、気の良さそうなおじさんみたいだ。
「それでは、これから体育館で入学式を行いますので、体育館に移動してください」
教室にいた生徒が全員立ち上がり、体育館に移動し始めた。他の教室からも一斉に出て来た一年生達で、廊下は渋滞していた。
人の後について、のろのろと体育館に向かっていた私の肩がトントンと叩かれた。
私が振り返ると、そこには、私より十センチ以上背が高くて、スタイルも良い女の子が立っていた。その子の顔を見上げるようにして見ると、絵に描いたような美少女だった。
少し茶色がかったロングヘアをツインテールにして、瞬きすると風が吹くくらいの長い睫に囲まれた目には、人形のような大きな瞳が輝いていた。
「襟が裏返ってますよ」
自分では見えなかったけど、美少女は、私のブレザーの襟を直してくれたみたいだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
微笑んだ顔は、アイドル顔負けの可愛さだった。一年生のマドンナは、もう、この子で決まりだろう。
新入生の群れは、ほぼ無言で体育館に移動すると、ずらりと並べられたパイプ椅子に座って、校長先生だの、来賓の方だのの催眠呪文を聞かされた。私も呪文に対抗できず、夢の中を彷徨っていた。
最後の校歌斉唱になり、周りが一斉に立ち上がった音で目覚めた私は、どこかのアイドルグループのように、口パクで熱唱した。
入学式が終わり、教室に戻ると、再び、浜田先生が教壇に立った。
「新しく仲間となったクラスメイトがどんな人なのかを、私も知りたいし、みなさんも知りたいと思います。これから、全員、自己紹介をお願いします。出身中学の他にも、特技とか趣味とかを言ってもらえると、友達も早くできると思いますよ。では、一番前の君からお願いします」
先生に指名された、廊下側の列の一番前に座っていた男子から順番に立って、自己紹介をし始めた。
少しでも気の利いたことや面白いことを言って、みんなの注目を浴びて、友達を増やそうという意図がみえみえの挨拶が続いた。
私の番になった。
「海山中学から来た河合香澄です。趣味は絵を描くことです。よろしくお願いします」
私は真っ直ぐ前を向いて、それだけを言うと、すぐに座った。拍子抜けしたような空気が教室に広がった。
――これで良い。
余計な人付き合いは疲れるだけだ。最初から、私は無愛想で面白味の無い人間だという刷り込みをクラスメイトにしておけば、そんなことに、いちいち気を遣うこともない。
私の後ろで、喜多君が立ち上がる音がした。
「貝塚中学から来た喜多琥太郎です。中学時代は陸上部に入っていましたが、今は、本を読むのが好きで、文学作品からラノベまで、幅広く読んでいます。これからも色んな本を読みたいと思っています。本が好きな人がいれば、色々と話をしましょう。よろしくお願いします」
私より前の席の人はみんな後ろを向いて、喜多君に注目していた。
私は、ずっと前を向いていたから、喜多君がどんな顔で話していたのかは分からなかったけど、後頭部に届く声は、いわゆるイケボで、きっと、喜多君の全身からは、爽やかなイケメンオーラが放射されていたのだろう。後ろを向いて、喜多君を見つめている何人かの女子達は、そのオーラを浴びて、ぽわ~んとした顔つきになっていた。
その後、何人かが自己紹介した後、窓際の列の一番前に座っている、さっき、私の襟を直してくれた美少女が姿勢良く立ち、後ろを向いて、良く通る声で話し出した。
「山梨県にある風林中学から来ました、倉下真奈佳と言います。東京の俳優養成学校に通うため、高校入学とともに上京して、今は、祖母と一緒に暮らしています。将来は、本当にまだ夢の夢ですけど、女優になれたら良いなって思っています。よろしくお願いします」
低い声でどよめきが起こった。既に、クラスでファンクラブが結成されそうな勢いだ。
次に、倉下さんの後ろの席の、少し背が低い男子が立ち上がった。
満面の笑みなのは、地の表情なのか、美少女の真後ろの席をゲットした喜びで溢れているためなのかは不明だ。
「浪が丘中学から来た谷志郎です! 中学ではバスケやってたんで、高校でもバスケを続けたいと思います! スポーツ全般が好きなので、遊びで何かやる時には、ぜひ誘ってちょーだい! よろしく!」
右手を大袈裟に振り上げて、挨拶を終えた谷君は、クラスの芸人担当確定のようだ。
全員の自己紹介が終わり、事務連絡的な先生の話が終わると、解散となった。
あちこちで早速、「一緒に帰ろう」コールが鳴り響いていた。
――まだ、相手がどんな人間か分からないのに、そんなに焦って、ババ引いたらどうするつもりなんだろう?
私は、スクールバックに今日もらった教材や資料を詰め込むと、早々と席を立ち、帰り道を急いだ。
そうなのだ!
私がお弁当作りを約束してでも、お小遣いアップを図った本来の目的がこれから達成されようとしていたのだ!
学校最寄りの駅である池梟駅の周りは大きな繁華街になっていて、海老原高校とは駅を挟んで反対側に、一週間前からネット地図で道順を確認していたアニメグッズショップ「アニメック」が鎮座ましているのだ。
中学時代は、お小遣いが少ない上に、電車代を払ってまで、わざわざ、アニメックに行くことは諦めていたけど、これからは毎週、月曜日から土曜日まで、学校の帰りに寄ることができるのだ。大きな声では言えないが、私がこの学校を進学先に選んだ理由の第一もこれだった。
私は、ネットから印刷した地図を片手に歩いて行った。
同じ店の前を何度も通った気もするくらいには時間が掛かったけど、何とかアニメックに到達することができた。
この周辺には、アニメックの他にも、同人誌ショップやコスプレショップなど、オタク御用達、それも女性向けの店が集中しており、「ヲタ女ストリート」と呼ばれているエリアだった。
同じような空気をまとった女性が闊歩している聖地に足を踏み入れた私は、えも言われぬ快感に浸されていた。ちょっと心拍数と血圧が上がっているような感覚を覚えながら、私は、アニメックに入った。
夢のような風景が広がっていた。自分が大好きなアニメ絵を見ると、それだけで幸せな気分になれる。
そして、それに触発されて、早く家に帰って、イラストを描きたいと思う気持ちと、もうちょっと、ここにいたいという気持ちが綱引きを始めた。
どっちも頑張れと、無責任な応援を心の中でしながら、せっかくだから、記念に何か買っていこうと、今日の手持ちのお小遣いでも買える小物類を物色していると、同じ棚の右手の方から、まだ記憶の片隅に残っていた女性の声が聞こえてきた。
「これで良いの? 琥太郎ちゃん」
「うん」
そこには、喜多君がお母さんと一緒にいて、萌えアニメのDVDを手に取っていた。
――そのアニメ、確か、エッチなシーン満載じゃなかったっけ?
ラノベも好きって言っていたから、アニメも好きだということも想定の範囲内だけど、母親と一緒に、萌えアニメを買いに来るという感覚はどうなの?
ふと横を向いた喜多君と目が合った。
私が軽くうなづくと、喜多君も笑顔で私にうなづき返した。
すぐに母親に視線を戻した喜多君は、DVDを持って、母親とともに、レジの方に消えて行った。