第二十九話 (ドラムロール!)雷撃大賞結果発表! 二人の結果はイカに!
雷撃大賞一次選考通過作品発表の日がやって来た。
前の日の夜、寝付けなくて、いつも以上に寝不足状態だったけど、授業中も変な興奮状態にあって、眠ることができなかった。
そして、放課後。
私は、いつもどおり、くらちゃんとなまこの三人で池梟駅に向かった。
喜多君とは、駅で落ち合う約束にしていた。
なまこが、いつもどおり、突っ込んで来てくれて、くらちゃんが、いつもどおり、癒してくれた。
二人が、意識して、雷撃大賞のことに触れないようにしてくれていることが分かった。
改札口の前に、喜多君が立っていた。
「それでは、かすみん! なまこさん! また明日!」
くらちゃんが、笑顔で手を振りながら、去って行った。
「じゃあな!」
なまこも改札を入って行った。
それを見届けると、喜多君が私に近づいて来た。
「じゃあ、行こうか」
いつもは、アニメの話とかで盛り上がる私達だったけど、今日は、二人とも口数少なく、並んで歩いて行った。
喜多君の家に着いた。
きた小児科クリニックは、今日も診察をしているようだ。
――あれっ!
と言うことは、喜多君のお母さんは、家の方にはいないってこと?
喜多君は、クリニックに隣接して建っている自宅の玄関のドアを引いた。
「どうぞ」
「お、お邪魔します」
玄関には、靴は一足も置かれてなかった。
私は、家では滅多にしないけど、玄関に上がると、脱いだ靴を揃えた。
「これを履いて」
喜多君が、ピンク色のもふもふスリッパを揃えて置いてくれた。
「可愛いスリッパ」
「ははは、ママの好みなんだけどね」
「お母様は、今日も診察なんだね?」
「うん」
「私が来ることは知っているの?」
「もちろん! 診察の合間を縫って、見に来るって」
「じゃあ、安心だ」
「何だよ。やっぱり、信用されてなかったの?」
「だって、エッチ大魔王の檻の中に入ろうとしている我が身が守れるか、ちょっと不安だったから」
「誰がエッチ大魔王だよ! って、そのネタ、まだ、引っ張ってるの?」
「永遠に引っ張る」
「それって、永遠につき合ってくれるってことだよね?」
「……少なくとも、友達としては」
「はははは」
母親と二人暮らしの家としては、ほとんど、無駄と思えるほど、贅沢にスペースを取った玄関から、階段を上がり、短い廊下の先にあるドアの前までやって来た。
「ここが僕の部屋だよ」
喜多君が、ドアノブを押して、ドアを開けてくれた。
「どうぞ」
「う、うん」
喜多君の部屋は、私の部屋の倍の広さがあった。
勉強机の上には、閉じられたノートパソコンがあり、部屋の奥には、大きなベッドがあった。
壁には、私の部屋ほどではないけど、アニメのポスターがいくつか貼ってあって、大きな本棚には、ラノベがいっぱい並べられていた。
男の子の部屋に初めて入った私は、どうすれば良いのか分からず、立ち尽くしているしかなかった。
「どうぞ。好きなところに座って」
「好きなところって言われても」
「じゃあ、僕の膝の上にでも」
「帰る!」
「ごめん、ごめん! 帰らないで! 今、飲み物を持って来るから、ベッドにでも座ってて」
喜多君は、そう言うと、部屋を出て行ってしまった。
――ベッドにでもって、座れる訳ないでしょ!
私は、立ったまま、部屋の中を見渡してみた。
男の子の部屋というと、物が散らかっているイメージを勝手に持っていたけど、掃除も行き届いているようで、フィギアや小物類も綺麗に飾られていた。
大きな窓からは、雨上がりの淡い光がレースのカーテン越しに差し込んでいた。
喜多君が、ペットボトルのコーラと、氷を入れたコップを二つ、お盆に乗せて戻って来た。
「あれっ、座ってなかったの?」
「座る所が無かった」
「ベッドに座ってもらってたら良かったのに」
「エッチ大魔王が召還されるかもしれないから、ベッドには座らない!」
「やれやれ。じゃあ、この椅子に座りなよ」
喜多君は、勉強机の前の椅子を私に勧めた。
「喜多君は?」
「僕がベッドに座る」
私が椅子に座ると、喜多君は、机にコップを置いて、コーラを注いだ。
「コーラしか無かったけど飲める?」
「大丈夫」
「はい」
コップを一つ、私の近くに置き、もう一つを手に持って、喜多君はベッドに座った。
コーラを一口飲んだ喜多君は、嬉しそうに笑った。
「でもさ、すぐにでもしたいことがある時って、自分でわざとじらす快感ってあるよね」
「ああ、何となく分かる。新しい漫画とか買って帰った時、すぐに読み始めないで、読書を中断しないように、トイレにあらかじめ行ったり、途中でお腹がすいても大丈夫なように、おやつを手元に置いておいたり、そんな準備をしている時が、一番、楽しかったりする」
「そうでしょ。僕は、今、そんな気分だよ」
――私もそうかも。
「河合さん」
「何?」
「もし、落ちてても、また、チャレンジするよね?」
「もちろん! 一回応募しただけで諦めたくはない!」
「僕もだよ。小説家になることは、僕の夢だし、何回でもチャレンジするつもり! 将来、生活のために働き始めたとしても、時間を見つけては小説を書いて、チャレンジし続けたいって思ってる」
「そうだね。私もイラストを描く仕事に就きたいな」
「河合さんなら、絶対、プロの絵師さんになれるよ」
「どうして断言できるの?」
「お世辞無しで、河合さんのイラストはすごく可愛いし、ピクピクでも多くのファンが付いているでしょ。それに、のいず先生からも褒められるくらいなんだから、もっと自信を持って良いよ」
「……ありがとう。喜多君も、きっと、小説家になれるよ」
「その根拠は?」
「フェアリー・ブレードの挿絵を描いている私の勘」
「ありがとう。でも、僕の小説もそこそこはアクセス数はあるけど、ランキングの上位に入ることは滅多にないからなあ」
「『小説家になりやがれ』の読者さんが求めている小説と、雷撃文庫さんが欲しがっている小説が同じとは限らないよ」
「うん。それはそうだね」
喜多君は、コーラを一気に飲むと、立ち上がり、空のコップを机の上に置いた。
「じゃあ。そろそろ確認しようか?」
「う、うん。どうやって確認するの?」
「お互いのスマホで確認しよう!」
「お互いの?」
「うん。僕がイラスト部門を確認するから、河合さんが小説部門を確認するっていうのはどう?」
「え~! 何か責任重大な気がする」
「もし、僕が落ちてたとしても、それは河合さんのせいじゃないでしょ?」
「それはそうだけど」
「大丈夫! 覚悟はできてるよ」
「……分かった。私も」
喜多君は、鞄からスマホを取り出すと、椅子に座った私の側に立ち、画面を操作し始めた。
私も足下に置いていた自分の鞄からスマホを取り出し、喜多君と向かい合うようにして立った。
「じゃあ、行くよ」
「うん」
雷撃大賞の一次選考通過者の発表ページを開き、「タコ太郎」の四文字を捜した。
心臓が口から出て来そうなほど、胸の中で暴れていた。
名前を一つ一つ確認していく。
有ってほしい!
――お願いだから有って!
私は、祈りながら、画面をスクロールさせていった。
「全部確認できた?」
小説部門より応募者が少ないイラスト部門を確認し終えて、スマホの画面から顔を上げていた喜多君から少し遅れて、私も顔を上げた。
「……できた」
「じゃあ、一斉に言おう! 『有った』か『無かった』を」
「わ、分かった」
「せ~の」
「有った!」
………………えっ!
「有った?」
「有ったよ。そっちも?」
「あ、有った!」
「見せて!」
私達は、すぐにお互いのスマホを交換した。
喜多君のスマホに表示されていた画面には、「いかすみ」と確かに有った。
今、喜多君が見ている私のスマホには、「タコ太郎」と有った。
「やったあ!」
ガッツポーズをした喜多君がにじんで見えた。
「やったね! 河合さん!」
喜多君の顔を、私は、はっきりと見ることができなかった。
「か、河合さん?」
「……」
言葉が出ない。
その代わりに、目から汗が……止まらない。
目を開けていられない。
「おめでとう」
「……」
喜多君にも「おめでとう」を言わなくちゃ……。
言わなくちゃ……。
――えっ!
私は、喜多君の胸の中にいた。
「嬉しい時にだって、思いっ切り、泣いても良いんだよね」
そう言う喜多君の声も涙声だった。
喜多君に優しく抱きしめられて、その暖かな気持ちが溢れ出るように伝わってきた私の涙腺は、修理不能になってしまった。




