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いかすみ  作者: 粟吹一夢
第三章 タコはイカに恋してる! イカはタコを……?
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第二十九話 (ドラムロール!)雷撃大賞結果発表! 二人の結果はイカに!

 雷撃らいげき大賞一次選考通過作品発表の日がやって来た。

 前の日の夜、寝付けなくて、いつも以上に寝不足状態だったけど、授業中も変な興奮状態にあって、眠ることができなかった。

 そして、放課後。

 私は、いつもどおり、くらちゃんとなまこの三人で池梟駅いけふくろうえきに向かった。

 喜多君とは、駅で落ち合う約束にしていた。

 なまこが、いつもどおり、突っ込んで来てくれて、くらちゃんが、いつもどおり、いやしてくれた。

 二人が、意識して、雷撃らいげき大賞のことに触れないようにしてくれていることが分かった。

 改札口の前に、喜多君が立っていた。

「それでは、かすみん! なまこさん! また明日!」

 くらちゃんが、笑顔で手を振りながら、去って行った。

「じゃあな!」

 なまこも改札を入って行った。

 それを見届けると、喜多君が私に近づいて来た。

「じゃあ、行こうか」

 いつもは、アニメの話とかで盛り上がる私達だったけど、今日は、二人とも口数少なく、並んで歩いて行った。



 喜多君の家に着いた。

 きた小児科クリニックは、今日も診察をしているようだ。

 ――あれっ!

 と言うことは、喜多君のお母さんは、家の方にはいないってこと?

 喜多君は、クリニックに隣接して建っている自宅の玄関のドアを引いた。

「どうぞ」

「お、お邪魔します」

 玄関には、靴は一足も置かれてなかった。

 私は、家では滅多にしないけど、玄関に上がると、脱いだ靴を揃えた。

「これを履いて」

 喜多君が、ピンク色のもふもふスリッパを揃えて置いてくれた。

「可愛いスリッパ」

「ははは、ママの好みなんだけどね」

「お母様は、今日も診察なんだね?」

「うん」

「私が来ることは知っているの?」

「もちろん! 診察の合間あいまって、見に来るって」

「じゃあ、安心だ」

「何だよ。やっぱり、信用されてなかったの?」

「だって、エッチ大魔王のおりの中に入ろうとしている我が身が守れるか、ちょっと不安だったから」

「誰がエッチ大魔王だよ! って、そのネタ、まだ、引っ張ってるの?」

「永遠に引っ張る」

「それって、永遠につき合ってくれるってことだよね?」

「……少なくとも、友達としては」

「はははは」

 母親と二人暮らしの家としては、ほとんど、無駄と思えるほど、贅沢ぜいたくにスペースを取った玄関から、階段を上がり、短い廊下の先にあるドアの前までやって来た。

「ここが僕の部屋だよ」

 喜多君が、ドアノブを押して、ドアを開けてくれた。

「どうぞ」

「う、うん」

 喜多君の部屋は、私の部屋の倍の広さがあった。

 勉強机の上には、閉じられたノートパソコンがあり、部屋の奥には、大きなベッドがあった。

 壁には、私の部屋ほどではないけど、アニメのポスターがいくつか貼ってあって、大きな本棚には、ラノベがいっぱい並べられていた。

 男の子の部屋に初めて入った私は、どうすれば良いのか分からず、立ち尽くしているしかなかった。

「どうぞ。好きなところに座って」

「好きなところって言われても」

「じゃあ、僕の膝の上にでも」

「帰る!」

「ごめん、ごめん! 帰らないで! 今、飲み物を持って来るから、ベッドにでも座ってて」

 喜多君は、そう言うと、部屋を出て行ってしまった。

 ――ベッドにでもって、座れる訳ないでしょ!

 私は、立ったまま、部屋の中を見渡してみた。

 男の子の部屋というと、物が散らかっているイメージを勝手に持っていたけど、掃除も行き届いているようで、フィギアや小物類も綺麗に飾られていた。

 大きな窓からは、雨上がりの淡い光がレースのカーテン越しに差し込んでいた。

 喜多君が、ペットボトルのコーラと、氷を入れたコップを二つ、お盆に乗せて戻って来た。

「あれっ、座ってなかったの?」

「座る所が無かった」

「ベッドに座ってもらってたら良かったのに」

「エッチ大魔王が召還されるかもしれないから、ベッドには座らない!」

「やれやれ。じゃあ、この椅子に座りなよ」

 喜多君は、勉強机の前の椅子を私に勧めた。

「喜多君は?」

「僕がベッドに座る」

 私が椅子に座ると、喜多君は、机にコップを置いて、コーラを注いだ。

「コーラしか無かったけど飲める?」

「大丈夫」

「はい」

 コップを一つ、私の近くに置き、もう一つを手に持って、喜多君はベッドに座った。

 コーラを一口飲んだ喜多君は、嬉しそうに笑った。

「でもさ、すぐにでもしたいことがある時って、自分でわざとじらす快感ってあるよね」

「ああ、何となく分かる。新しい漫画とか買って帰った時、すぐに読み始めないで、読書を中断しないように、トイレにあらかじめ行ったり、途中でお腹がすいても大丈夫なように、おやつを手元に置いておいたり、そんな準備をしている時が、一番、楽しかったりする」

「そうでしょ。僕は、今、そんな気分だよ」

 ――私もそうかも。

「河合さん」

「何?」

「もし、落ちてても、また、チャレンジするよね?」

「もちろん! 一回応募しただけであきらめたくはない!」

「僕もだよ。小説家になることは、僕の夢だし、何回でもチャレンジするつもり! 将来、生活のために働き始めたとしても、時間を見つけては小説を書いて、チャレンジし続けたいって思ってる」

「そうだね。私もイラストを描く仕事に就きたいな」

「河合さんなら、絶対、プロの絵師さんになれるよ」

「どうして断言できるの?」

「お世辞無しで、河合さんのイラストはすごく可愛いし、ピクピクでも多くのファンが付いているでしょ。それに、のいず先生からも褒められるくらいなんだから、もっと自信を持って良いよ」

「……ありがとう。喜多君も、きっと、小説家になれるよ」

「その根拠は?」

「フェアリー・ブレードの挿絵を描いている私の勘」

「ありがとう。でも、僕の小説もそこそこはアクセス数はあるけど、ランキングの上位に入ることは滅多にないからなあ」

「『小説家になりやがれ』の読者さんが求めている小説と、雷撃らいげき文庫さんが欲しがっている小説が同じとは限らないよ」

「うん。それはそうだね」

 喜多君は、コーラを一気に飲むと、立ち上がり、からのコップを机の上に置いた。

「じゃあ。そろそろ確認しようか?」

「う、うん。どうやって確認するの?」

「お互いのスマホで確認しよう!」

「お互いの?」

「うん。僕がイラスト部門を確認するから、河合さんが小説部門を確認するっていうのはどう?」

「え~! 何か責任重大な気がする」

「もし、僕が落ちてたとしても、それは河合さんのせいじゃないでしょ?」

「それはそうだけど」

「大丈夫! 覚悟はできてるよ」

「……分かった。私も」

 喜多君は、鞄からスマホを取り出すと、椅子に座った私のそばに立ち、画面を操作し始めた。

 私も足下に置いていた自分の鞄からスマホを取り出し、喜多君と向かい合うようにして立った。

「じゃあ、行くよ」

「うん」

 雷撃大賞の一次選考通過者の発表ページを開き、「タコ太郎」の四文字を捜した。

 心臓が口から出て来そうなほど、胸の中で暴れていた。

 名前を一つ一つ確認していく。

 有ってほしい!

 ――お願いだから有って!

 私は、祈りながら、画面をスクロールさせていった。



「全部確認できた?」

 小説部門より応募者が少ないイラスト部門を確認し終えて、スマホの画面から顔を上げていた喜多君から少し遅れて、私も顔を上げた。

「……できた」

「じゃあ、一斉に言おう! 『有った』か『無かった』を」

「わ、分かった」

「せ~の」

「有った!」

 ………………えっ!

「有った?」

「有ったよ。そっちも?」

「あ、有った!」

「見せて!」

 私達は、すぐにお互いのスマホを交換した。

 喜多君のスマホに表示されていた画面には、「いかすみ」と確かに有った。

 今、喜多君が見ている私のスマホには、「タコ太郎」と有った。

「やったあ!」

 ガッツポーズをした喜多君がにじんで見えた。

「やったね! 河合さん!」

 喜多君の顔を、私は、はっきりと見ることができなかった。

「か、河合さん?」

「……」

 言葉が出ない。

 その代わりに、目から汗が……止まらない。

 目を開けていられない。

「おめでとう」

「……」

 喜多君にも「おめでとう」を言わなくちゃ……。

 言わなくちゃ……。



 ――えっ!

 私は、喜多君の胸の中にいた。

「嬉しい時にだって、思いっ切り、泣いても良いんだよね」

 そう言う喜多君の声も涙声だった。

 喜多君に優しく抱きしめられて、その暖かな気持ちが溢れ出るように伝わってきた私の涙腺るいせんは、修理不能になってしまった。

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