第二十八話 一次選考結果発表前の告白発表!
その日午後一番の体育の授業は、体育館でのバスケットボールだった。
体育の授業で、「はい! 二人一組になって!」と言われると、今までは、一番最後まで残っていた私だけど、今は、くらちゃんがものすごい勢いで私にダッシュして来て、速攻でペアになっていた。
今日は、男女四人がグループを組んで、パスの練習とかをすることになったけど、まだ、限られた男子としか話ができないくらちゃんのため、喜多君と谷君とでグループを組んだ。
谷君は、くらちゃんに格好良いところを見せようとしているのか、いつも以上に張り切っていた。
「両手でボールを掴んで押し出すように投げるんだ」
谷君が実際に目の前でやって見せてくれたパスの仕方を見本にして、喜多君とくらちゃんはすぐにできるようになったけど、私が投げると、お約束どおり、ボールは二メートル先にポトンと落ちて、相手に届かなかった。
「河合! 持ち方が違うって!」
谷君が私に近づいて来た。
「えっ、こうでしょ?」
私は、実際にボールを持って、投げるポーズをしてみた。
「手を前じゃなくて上に向けるんだよ」
「こ、こう?」
「違うよ! 貸してみなよ」
谷君が手を伸ばして、私からボールを取り上げようとした時、谷君の手が私の手に触れた。
谷君がびっくりしたように手を引っ込めると、その反動で、ボールが床に落ち、何回かバウンドした。
「ごめんなさい」
私が、咄嗟にボールを拾って、谷君に手渡そうと、谷君の真正面に寄って、ボールを差し出した。
「谷君?」
谷君は、すぐ近くで、私の顔を見つめていたけど、ハッと目をそらした。
「ご、ごめん。ちょっと、ボーとしてた」
谷君は、私と目を合わせないようにして、ボールを受け取った。
その後、選抜チームで試合をすることになり、男子選抜には、喜多君が選ばれた。
谷君は、バスケ部に所属しているということで、最初から除外されていた。
コートの横に、くらちゃんと並んで座り、試合を見ていると、私の横に、谷君がやって来て座った。
「河合って、本当に、スポーツが苦手なんだな?」
「うっさい!」
「絵が好きって言ってたけど、その眼鏡は、ずっと絵を描いてたからか?」
「たぶん、そう」
「ふ~ん。どうして、コンタクトにしたんだ?」
「親に言われたからだけど」
「コンタクトにしろって?」
「うん」
「そっか。……俺は、眼鏡の方が似合ってると思うぜ」
「えっと、……ありがとう」
どう反応すれば良いのか分からなかった私は、思わず、お礼を言ってしまった。
「谷君、試合に出られなくて、残念なんじゃない?」
バスケ部なのにプレーできずに、谷君が退屈しているのではないかと思い、バスケの話を谷君に振ってみた。
「まあ、毎日、部活でしてるからな」
「谷君は、中学の時からバスケしているの?」
「ああ」
「でも、谷君って、どちらかと言うと背が低いでしょ。なのに、どうしてバスケなの?」
「お前、言いづらいことも、はっきり言うのな?」
「良く言われる」
そんな私と同じく、言いづらいことなんて無いと思っていた谷君だけど、何か言いづらそうな顔をして、私の顔を見た。
「……なあ、河合」
「何?」
「河合って、喜多とつき合ってるの?」
「えっ! と、突然、何よ?」
「い、いや、教室でも、よく話しているし、一緒にアニメックにも行ってるからさ」
「だから、二人ともアニメが好きだから、そんな話をしてるだけ」
「つき合っている訳じゃないんだ?」
「……う、うん」
実は、喜多君から告白されていて、返事を保留しているなんて言えるはずもなかった。
「ふ~ん。でも、少なくとも、喜多は、河合に好意は持っていると思う。同じ趣味を持っていて、男の俺から見てもイケメンの喜多とつき合わないという選択肢は無いんじゃない?」
「私が喜多君のことをどう思ってるかは、谷君には関係ないでしょ!」
返答に困った時には、意味もなく切れて、お茶を濁すしかない。
「関係ないか。……そうだよな」
谷君は、なぜだか寂しそうな顔をして立ち上がり、私から離れて行った。
「谷君、どうしたんでしょうね?」
それまで黙って、私と谷君のやり取りを聞いていた、くらちゃんが訊いてきた。
「どうしたって?」
「何だか、今までの谷君と感じが違っていたような気がしました」
「どういう風に?」
「自惚れているようで嫌なんですけど、谷君からは、よく見られてるなって感じることがあったんです。でも、さっきは、ずっと、かすみんを見てて、私の方は見なかったんです」
「自惚れじゃなくて、本当のことだよ。まあ、今日は、私の眼鏡姿が珍しかったんじゃない?」
「そうかもしれませんね。私だって萌えますもの!」
ここにも「眼鏡萌え」がいた!
そう言えば、ツイッターでも「眼鏡萌え」な奴がいたな。
確か、「タニシ」って言ってた……。タニ……。
――まさかね。
その夜。
イラスト描きが一段落して、ちょっと休憩にと、ツイッターに入ると、タコ太郎さん、くらげちゃん、そして、なまこのオールスターキャストが勢揃いしていた。
私は、みんなに挨拶をする前に、何となく、ツイートを密かに眺めていた。
『雷撃一次の発表までカウントダウンが始まったな』と、なまこ。
『毎日、通過をお祈りしてます』と、くらげちゃん。
『二人ともありがとう』と、タコ太郎さん。
『結果は、どうやって、確認するんだ?』
『その件については、二人にお願いがあるんだけど?』
『何だ?』
『結果を確認する時には、二人きりにしてほしいんだ』
『何だ、そんなことか。オレは了承するぜ』
『その日は、お二人には特別な日ですものね。私も了承します』
『二人ともありがとう』
『それで、どこで確認するんだ?』
『通過してても、落ちてても、大声を上げちゃうような気がするんだ。だから、声を上げても迷惑にならない所ということで、僕の家にしようと考えているんだけど?』
――えっ! 何それ! 聞いてないぞ!
『ちょっと待て! 異議あり!』
『私も異議ありです!』
私がタコ太郎さんにリプを送ろうとしたけど、その前に、くらげちゃんとなまこから反対の意思表明がされた。
『どうして?』
『タコ太郎の家で二人きりなんだろ? 健全な青少年がそんなことするんじゃねえよ!』
『そうですよ!』
『ちょっと、誤解しないでよ! 別に、いかがわしいことをしようなんて考えてないから!』
『考えてないって言っても、その場の雰囲気で、一気に燃え上がるってこともあるだろ?』
『タコ太郎さんだって男性ですからね! 信用できないです!』
まさか、二人から猛反対を食らうとは思ってなかったみたいで、タコ太郎さんのリプが返るまで、少し時間が開いた。
『二人に伝えたいことがあるので、これから、すぐにダイレクトメールを送らせてもらうよ』
――何? 何なの? 当の本人を蚊帳の外にして、いったい何を話し合おうとしてるの?
私が三人にリプを返そうとすると、ドアの外から、母親が私を呼んだ。
「香澄!」
もう! こんな時に何なの?
居留守なんて使える訳ないので、私は、すぐに返事をした。
「は~い!」
「ちょっと、出て来て!」
はあぁ~、何なの、いったい?
私がドアを開けると、母親がニコニコと笑いながら立っていた。
「ちょっと、お使いに行ってくれない? お米を切らしちゃって」
「今、それどころじゃないのに!」
「何が?」
私は、私越しに私の部屋をのぞき込むようにした母親の体を押して、廊下に出ると、後ろ手でドアを閉めた。
「と、とにかく、今、忙しいの!」
「どうせ、また、絵を描いてるんでしょ? お母さん、これから深夜勤だから、お米が無いと、明日の朝、あんたが困るのよ」
それまでに、気がついてよ!
「はい! これ、お金。余ると思うから、後は、お駄賃よ」
くそう! 少々の駄賃で、私が釣られると思ってるのか?
母親が出したのは五千円札だった。
……いつも買ってる十キロの袋だと二千円近くは余る。
「ちょっと、行ってくる!」
いつまで経っても、母親の掌の上で踊らされているという屈辱感を覚えながらも、滅多に乗らない自転車で、近くのスーパーまで突っ走り、私は、二千円弱の臨時収入を得た。
そして、お米をといで、炊飯器にセットすると、部屋に戻り、ツイッターに入ってみたけど、既に、みんな、離脱しているようだった。
翌朝。
駅前の待ち合わせ場所に行くと、くらちゃんとなまこと一緒に、喜多君が待っていた。
「喜多君、どうしたの?」
何となく想像は付いたけど、私は、知らんぷりを決め込んだ。
「一次選考の結果を確認する時のことを決めておこうと思ってね」
「どんなこと?」
「琥太郎の家で、二人きりで確認するんだと」
「えっ! 喜多君の家で? 聞いてないぞ!」
――ここまでテンプレ。
「だって、河合さんには、今、初めて言うんだから。結果を知った瞬間、絶対、大声を出したくなると思うんだ。だから、思い切り、声が出せる場所ということで、僕の家にしたいんだ」
「で、でも、二人きりなんでしょ? 身の危険を感じる」
「そんなことしないよ! それは、倉下さんと生田さんとも約束したからね」
「えっ! どういうこと?」
「ああ、昨日、ツイッターで話しててな」
「二人きりになることは、最初は、私達も反対したんですけど、喜多君のメールを見て、納得しました」
「喜多君のメールって?」
「琥太郎は、かすみに告白したんだってな?」
――えっ!
「喜多君が、かすみんのことを好きそうだなって感じてはいたんですけど、昨日、本人が明かしてくれました」
「かすみからは、まだ返事をもらってないことも、返事を急かしてないことも聞いたぜ」
「……」
私は、この急展開に頭が追いつかなかった。
「二人と約束したんだ。僕は、河合さんが嫌がるようなことは、絶対にしないってことを。それと、もう一つ」
喜多君が、くらちゃんとなまこを見渡してから、私に視線を戻した。
「河合さんを独り占めにしないって! もし、河合さんが僕とつき合ってくれると言ってくれたとしても、学校にいる時の河合さんは、これまでと同じように、倉下さんと生田さんとで独占してもらって良いって」
「私、正直に言って、かすみんを喜多君に取られるんじゃないかって思って、喜多君が、かすみんの側に来るたび、心配してたんです。でも、喜多君は、自分の気持ちをちゃんと打ち明けてくれて、私がかすみんとイチャイチャしても良いって許してくれたんです」
いや、喜多君は、そこまで言ってないと思う。
「何か、心のもやもやが晴れて、すっきりした気持ちです」
「そうだな。オレも身を引いた甲斐があったというものだぜ」
「ちょっと、待って!」
やっと、私の思考回路にスイッチが入った。
「みんな、私が喜多君とつき合うことになるって前提で話をしてない?」
「河合さんは、今の僕との関係も無くしたいとか思ってる?」
「えっ?」
「今のアニメ好きの友達としての関係を?」
「そ、そんなことは思ってない!」
「だったら、あとは、もっと仲良くなるか、今の状態をキープするかの違いだけでしょ? 仮に、僕と河合さんが、もっと仲良くなっても、倉下さんと生田さんとの関係については、今の状態をキープするって、二人に約束しただけだよ」
「……」
「とりあえず、学校に行きませんか? これ以上、話し込んでたら、遅刻しちゃいますよ」
「そうだな。ほれっ、行くぞ! かすみ!」
私を挟んで、くらちゃんとなまこが歩き出した。
喜多君は、私達の後ろをついて来ていた。
振り向いて喜多君の顔を見ると、何だか嬉しそうに微笑んでいた。
外堀を埋められた感じではあるけど、いつも一緒にいるくらちゃんやなまこに隠し事をしないで済むようになったことで、私自身も、何となく、すっきりとした気分になっていた。




