第二十四話 ナマコはイカに会って骨なしに……って、最初から骨無いじゃん!
くらちゃんは、私と喜多君とのやり取りを、特に気に留めなかったみたいだ。
「喜多君と、かすみんはそう言う間柄だったんですね。何と言うか、クリエイター同士のつき合いというか……」
私の「つき合っていた訳じゃない」という一言で息を吹き返したくらちゃんがグッドフォローをしてくれた。
「そうそう! 物書きと絵師という間柄なのよ!」
「でも、それはネットの上での関係だからね」
喜多君が念を押すように言った。
「リ、リアルの関係は、さっき言ったとおりだから!」
「じゃあ、十分後に期待しておくよ」
「十分後に何があるんだ?」
生田さんが少し気になったみたいだ。
「ここの日替わり定食の感想を述べ合ってる!」
「何だ、それ?」
「とにかく、喜多君の小説も面白いから、二人とも読んでみて!」
「それは僕からもお願いするよ。今後の執筆の参考にしたいから、できれば、お世辞無しで感想も聞かせてもらえると嬉しいな」
「オレは、絶対、読むからな!」
「私も読んでみます」
「うん! よろしく!」
私と喜多君が、いかすみとタコ太郎だとカミングアウトしたことで、生田さんから質問攻めにされていると、救世主のごとく、女将さんが日替わり定食を持って来た。
今日のメインのおかずは、鰺フライだった。
「…………美味しい」
鰺フライを一口かじった私の口から思わずその言葉が出た。
くらちゃんも生田さんも同じ感想を持ったみたいで、私の呟きに無言でうなづいていた。
「でしょ?」
ここを紹介した喜多君も嬉しそうだった。
「素材も良いんだろうけど、やっぱり上手に揚げているみたい」
「料理が上手いかすみんが言うのなら、たぶん、そうなのですよね」
「えっ、河合さんって、料理できるの?」
喜多君が不思議そうな顔をして私を見た。
「何だよ? その偏見に満ちた発言は?」
「ご、ごめん。いや、ずっと絵を描いてて、料理する時間なんて無いんだろうなって、勝手に想像してたからさ」
「私も時々、かすみんのお弁当のおかずを味見させてもらうんですけど、どれも美味しいんですよ」
「へえ~、そうなんだ。僕も河合さんの手料理を食べてみたいな」
「残念ながら、その予定は無い」
「へへへ、かすみんの料理を食べたことあるのは私だけなんですよね~」
くらちゃん、それ、自慢になるようなことじゃないから!
「大体、喜多君は、お昼休みには席にいないじゃない」
「ああ、いつも谷と学食に行ってるんだ。でも、河合さんのお弁当が食べられるのなら、ずっと教室にいるよ」
「一個千円でなら売ってあげるわよ」
「その値段じゃあ、毎日はちょっと無理だけど、三日に一回くらいなら買えるかな」
「じょ、冗談に決まってるだろ!」
マジに反応した喜多君に慌てて言い返した。
「え~、そうなの」
本当に残念そうな喜多君の顔が眩しく感じられて、前に向き直ると、じっと私の顔を見ていた生田さんと視線が合った。
「どうしたの?」
「い、いや! 何でもねえ!」
生田さんは鰺フライを大口を開けてかじった。
アンコウ食堂で舌とお腹を幸福にした私達は、アニメックのDVDコーナーにやって来た。
くらちゃんの近くに喜多君がいて、アニメの紹介をしていた。
「倉下さんは、このアニメは知ってる?」
「いいえ」
「喜多君! それはエッチなシーンが多すぎる! くらちゃんに勧めるな!」
私が二人の後ろから文句を付けた。
「そうかな? でも、女の子同士のシーンが多いんだよね」
「本当ですか?」
――くらちゃん、そこに反応するかあ?
「それより、その横にある『グラナンド』ってアニメが感動ものだから!」
「ああ、これは確かにそうだね。……って、河合さん、口出ししすぎじゃない?」
「くらちゃんに相応しいアニメを選んであげているだけだよ」
「本来の目的を忘れてない?」
「そ、それはそうだけど」
「倉下さん、向こうに行ってみよう」
「はい」
本来の目的――それは、くらちゃんの男性恐怖症克服のために、喜多君が近くにいて話をするということだ。
くらちゃんの様子を見る限り、喜多君限定ではあるが、男性恐怖症は克服されつつあるみたいだ。
「か、河合!」
隣の棚に向かう喜多君とくらちゃんの背中を追いかけようとした私の後ろから、生田さんが呼び掛けてきた。
「何?」
「オ、オレは、この中にいて良いのか?」
「えっ? ……今さら、何、言ってるのよ?」
「いや、だからさ、みんな、アニメ好きで、オレ一人だけ話題についていけてないなって思ってさ」
「そりゃあ、そうさ! 昨日今日、アニメを見だした奴には、私達の濃い~話になんか、ついてこれないだろ!」
「そ、そうだよな」
生田さんは、別人のようにへこんでいた。
「ねえ、生田さん」
「うん?」
「馬物語のDVD第一巻は見た?」
「もちろん」
「何回見た?」
「……五・六回かな」
「ふふふふふ」
私は、思わず笑ってしまった。
「な、何だよ?」
「喜多君も好きだからって理由で、五・六回も見たの?」
「いや、見てたら、何か面白くなってきて、……第二巻も見たいなあって思った」
「あんたも立派なアニヲタだよ」
「えっ?」
「あんたもアニメ好きになっちゃったってこと」
「……」
「これからも私達と一緒にいれば、アニメの話にも詳しくなるはずだよ」
「一緒にいれば?」
「アニメのこと、色々と知りたいんだろ?」
「そうだけど」
「私が、また教えてやるよ」
「……今度は、レアチーズケーキ何個だよ?」
「一緒に勉強をしてくれたから、今度はサービスだ」
「か、河合」
「それにさ、あんたといると、いつも喧嘩腰になるけど、何て言うか、その後、けっこう、すっきりしてるんだよな」
「オ、オレはお前の欲望のはけ口なのかよ?」
「そうだよ! 私は、あんたにいつも小さな爆発を起こさせてもらって、ガス抜きをしてもらわないといけないんだよ!」
「えっ?」
「だから! ……あんたもこの中にいて良いんだよ! て言うか、私の顔を見たくないって訳じゃないのならいろよ!」
「オ、オレは、河合の顔を見ると罵詈雑言を大声で言いたくなるなんだ! だから、ずっと近くにいて騒いでやるぞ!」
「私は、十倍にして言い返すからな!」
「おう! 上等だ! オレだって百倍にして返してやる!」
「じゃあ、私は一万倍にしてやる!」
「オレは百万倍だ!」
私が生田さんとにらみあってると、笑い声が聞こえた。
喜多君とくらちゃんがくすくすと失笑していた。
「何だよ?」
「いや、河合さんと生田さんって、けっこう、お似合いだなって思ってさ」
「お似合い? どう言う意味だよ?」
「何か、二人とも素直じゃないというか、何と言うか。ねえ、倉下さん?」
「本当です」
私と生田さんは思わず顔を見合わせてしまったけど、すぐに、ぷいとお互いに顔を背けた。
「ふふふふ、良いコンビです。ちょっと妬けるくらいです」
くらちゃんの台詞にちょっと照れてしまった。
同じく照れていた生田さんは、勢いよく、喜多君の方に向いた。
「琥太郎!」
「な、何?」
生田さんの勢いに、喜多君も少し怯んだみたいだ。
「あ、あの、オレが琥太郎に言ったこと、琥太郎のことを好きだって言ったことは、嘘じゃないからな!」
「う、うん」
「でも、オレ、河合に、琥太郎のこと、本当に好きなのかって訊かれたんだ。中学の時に馬鹿にされていた同級生達に見せびらかしたいだけじゃないかって言われたんだ」
「そ、そうなの?」
「実は、その時、少しだけ自分で自分に問い掛けていた。本当はどうなんだって。すぐに答えが出た。オレは琥太郎のことが好きなんだって。でも、後から考えてみて、そもそも、自分に問い掛けなきゃいけないなんて、その結論は正しかったんだろうかって思ったんだよ」
「……」
「中学の同級生を見返すための道具として琥太郎を恋人にしたいと思ったんじゃないって、どうしてすぐに言い切れなかったんだろうって」
「……」
「だから、すぐにでもオレの恋人になってくれなんて、もう言わない。オレもアニメのこととか好きになりそうだから、これからいっぱいアニメを見て、琥太郎とアニメの話がいっぱいできるようになるまで待っててくれ!」
「い、生田さん! 僕はね」
「琥太郎!」
喜多君の言葉を遮るように生田さんが叫ぶと、喜多君もその後の言葉を飲み込んだ。
「オレが琥太郎といっぱいアニメの話ができるようになるまで、けっこう時間が掛かると思うんだ。それに、琥太郎には、もっと相応しい奴がいる気がする」
「……」
「悔しいことに、そいつのこと、オレも好きになっちまったんだよ」
「生田さん」
「だから、オレの告白に対する答えは、しばらく言わなくて良いから」
「……分かった。ありがとう。誰だって、好きな人の側にはいたいよね。その好きな人もきっと許してくれるよ。ねっ、河合さん!」
「……それ、誰だろうな? 生田さんに好かれている不幸な奴は?」
「ああ、本当だよ! その不幸な身の上を悔やむが良いぜ!」
翌週の月曜日の朝。
いつものように池梟駅の待ち合わせ場所に行くと、くらちゃんと生田さんが待っていた。
「おはー! かすみ!」
「何で、あんたに呼び捨てにされなきゃいかんのだ!」
「良いじゃねえかよ。オレも河合のこと、名前で呼ぼうと思ったんだけど、くらちんが呼んでるみたいに『かすみん』って可愛すぎるから、『かすみ』って呼び捨てにすることにしたから」
「くらちんって?」
「かすみと同じ呼び方だと何か悔しいから、ちょっと変えてみた」
「変なところで張り合うなよ! それじゃあ、私もあんたのことを呼び捨てにしても良いのか?」
「オレのことは、『なまこ』って呼んでくれて良いぜ」
「なまこ?」
「実はさ、オレもツイッター始めたんだ。そのハンドルが『なまこ』なんだよ」
「何で?」
「イカとクラゲの友達のナマコだよ。生田の『生』を『なま』と読んで、名前の『こずえ』の最初の一文字をくっつけただけなんだけどな」
「安易だな」
「人のことが言えるか! 『いかすみ』なんて、そのまんまじゃねえかよ!」
「プロフィールに書いているとおり、ちゃんとした理由があるんだからな!」
「どうせ、後から付けたんだろ?」
「うっ、うるさい!」
「二人とも! 早く行かないと遅刻しちゃいますよ!」
「おお! 本当だ!」
「なまこ! 後で決着を着けてやるからな!」
「へへっ! 望むところだ!」
女三人寄れば姦しいとは良く言ったものだ。
学校に向けて歩きながら、言い争いをする私となまことの間に、くらちゃんが冷や冷やしながらフォローを入れてくれていた。
でも、……これはこれで気持ちが良い。
こんなに居心地の良い場所があったなんて思わなかった。
――あっ、そう言えば、喜多君から告白されていたんだった。




