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いかすみ  作者: 粟吹一夢
第二章 イカ、タコ、クラゲ、そしてナマコ! みんな骨が無いから、するりと仲間に入り込める!
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第二十三話 イカの絵で繋がる絆

 生田さんのお陰なのか、私の努力のたまものなのか、単なる偶然なのか分からなかったけど、小指の先ほどではあるが、今まで感じたことのない手応てごたえを感じて、テストは終了した。

 そして、その週の土曜日の放課後。

 その日は、くらちゃんと喜多君と一緒にアニメックに行く約束をしていた日だった。

 ――あっ、生田さんもしっかりと一緒に来てた。

 お昼ご飯も一緒に食べようという話になって、どこに食べに行くかで、池梟駅いけふくろうえきに向かって、四人で歩きながら、活発な議論が交わされた。

「私はラーメン!」

 これは私の希望。

 池梟駅の周辺には有名なラーメン屋さんもたくさんあったから、一度は行ってみたいなって思っていたけど、やっぱり、女子高生だけじゃ入りにくかったから、今日は良いチャンスだった。

「女子高生なのに、おっさんみたいなことを言うな!」

「女子高生がラーメン食べちゃいけないのか?」

「オレのような優雅な女性はイタリアンだな」

 生田さんが髪を払いながら言った。

「どこに優雅さがある?」

「この全身から放射されるゴージャスなオーラが河合には見えないのか?」

「ああ、見えるぜ。あんたから放射されている読めない空気がな」

「何だと!」

「それに、イタリアンって言っても、サイダリヤだろ?」

「サイダリヤを馬鹿にしちゃいけないぜ。食べたインド人もびっくりしたくらいだからな!」

「言ってることが意味不明なんだが……」

「あ、あの~」

 今日の主役のはずなのに、いつもどおり控え目な態度で、くらちゃんが割り込んできた。

「普通のファミレスとか食堂で良いんじゃないですか? みんな、好きな物を食べられるから」

「それもそうだね。さすが、くらちゃんだよ。喜多君も良い?」

「良いよ」

 それまでニコニコと笑いながら、私達の議論を聞いていた喜多君も同意した。

「それじゃあ、安くて美味おいしい定食屋さんを知ってるけど、そこで良ければ案内するよ」



 喜多君が案内してくれたのは、たぶん、喜多君の家からそんなに遠くない場所にある一軒家の小さな食堂だった。

 名前は「アンコウ食堂」

 私達にもどこか懐かしい雰囲気を感じさせる店構みせがまえで、入口の横にある小さなガラスケースに入れられている料理の見本は、ちょっと変色していて、いかにも蝋細工ろうざいくだと分かるオムライスとカレーライス、海老フライ定食の三つが飾られていた。

「そんなにお洒落な所じゃないけど、味については保証するよ」

 喜多君が格子こうしの引き戸をガラガラと引いて中に入った。

 カウンター席と四人掛けのテーブルが三つだけの狭い店内だったけど、掃除が行き届いているようで、清潔感に溢れていた。

 既に午後一時を過ぎているからか、お客さんは、カウンター席にサラリーマンらしき男性が三人座っているだけだった。

「いらっしゃい! ……あれっ、琥太郎ちゃん! 久しぶり!」

 カウンターの中から喜多君に声を掛けてきたのは、割烹着かっぽうぎを着た女将おかみさんだった。いつも微笑んでいるかのようなふくよかな顔に、垂れた目が人の良さを表しているようだった。

「こんにちは! 今日は、学校の友達を連れて来たんだ」

「あら、そう! どうぞどうぞ! 好きな席に座ってちょうだい!」

 私達は四人掛けのテーブルに着いた。

 どこに座るかで、若干のバトルがあったけど、結局、喜多君の指名で、喜多君の前にくらちゃんが、喜多君の隣に私が、私の前に生田さんが座った。

「ここは、ママが仕事で忙しい時に、よく一人でご飯を食べに来ていた所なんだよ」

「琥太郎の家はこの近くなのか?」

 喜多君から一番遠い席に座らされ、少し不満げな生田さんが訊いた。

「そうだよ。『きた小児科クリニック』という病院をしているんだ」

「琥太郎は医者の息子なのか! そうか、そうか!」

「生田さん。今、頭の中で打算的な人生設計を組み立てなかったか?」

「す、する訳ないだろ!」

 そこに、女将さんがお茶を持ってやって来た。

「いらっしゃいませ。それにしても、琥太郎ちゃんは相変わらずモテモテだねえ。こんなに可愛い女の子を三人も連れて来て」

「ご、誤解だよ」

「はははは、何にする?」

「そうだなあ。みんな、何にする?」

「喜多君のお勧めは?」

 ここは常連客の意見を参考にするしかないだろう。

「日替わり定食かな」

「じゃあ、私はそれで良い」

「ずるいぞ、河合! 琥太郎と同じものにするなんて!」

「あんたもそうすれば良いじゃない!」

「もちろん、そうするさ! オレも日替わり!」

「それでは、私も日替わりにします」

「じゃあ、日替わりを四つ!」

「はい。毎度あり」

 女将さんが厨房に引っ込むと、喜多君が話し出した。

「ここの女将さんには小さい頃からお世話になっててさ」

「いつも食べてたの?」

「子供って急に熱を出したり、気分が悪くなったりで、うちの病院にも急患がよく飛び込んで来てたから、ママも食事どころじゃない日もあってさ。そんな日が最低でも週一しゅういちはあって、そんな時には、一人でここに来てたんだよ」

「そうなんだ」

「それと、……ほら、あそこに漫画雑誌を置いているでしょ」

 喜多君が指差した先にあるブックラックには、お客さん用の漫画週刊誌が入れられていた。

「それまで、家で漫画雑誌を買うことはほとんど無かったから、ここで漫画雑誌を読めることが嬉しくてさ。ここに食べに来た時は、全冊完読してたよ」

「じゃあ、喜多君のアニメ好きの原点は、この店なの?」

「そうかもしれないね。最近は、漫画よりラノベの方に興味が移ってしまったけど、たまに読むと、やっぱり面白いよね。河合さんは漫画雑誌とかは読んでるの?」

「もちろん! 『花と幻』と『マンガレット』と『リ・ボーン』は毎週欠かさずに読んでる!」

「あっ、私も『花と幻』は大好きです! かすみんとは、やっぱり気が合いますよね!」

「オ、オレだって、……立ち読みくらいならしたことはあるぞ」

「僕は、さすがに女性向けの漫画は読んだことはないなあ。河合さんは、やっぱり、絵の参考とかにもしてるの?」

「うん。小学生の時は、いつもトレースしてたなあ」

「河合って、昔から絵を描くことが好きだったんだな?」

「あっ、ま、まあ、そうだね」

 そう言えば、この中で、私が「いかすみ」だと知らない人が一人いたことを忘れていた。

「河合さん。生田さんには、いかすみさんのことを話した方が良いんじゃない? もう、一緒にアニメックに行く仲なんだからさ」

「…………まあ、良いけど」

 喜多君は、足元に置いていた自分の鞄からスマホを取り出すと、画面を生田さんに示した。

「これが、河合さんが描いてる絵だよ。僕が河合さんからもらって、壁紙にしてるんだ」

「私も、かすみんに描いてもらった絵を壁紙にしてます!」

 くらちゃんも自分のスマホを出して、画面を生田さんに見せた。

「こ、こんなに上手うまいのか!」

「可愛い絵ですよね! 私、かすみんの絵、大好きなんです!」

「僕もだよ」

「これって、紙に描いてるんじゃないのか?」

「これはパソコンで描いているんだよ。ペンタブと専用のソフトを使えば、誰だって描けるよ」

「誰でもは描けないと思う。河合さんの絵のキャラは微笑んでいることが多いんだけど、それを見てると、こっちまで微笑んでしまうんだ。そんな絵を描けるのは河合さんだけだと思う」

「分かります! 私もそう思います!」

「これくらいの絵を描く絵師さんはいっぱいいるよ」

「でも、僕は、ピクピクの中でも、河合さんのイラストはすぐに分かるよ」

「私もです!」

 何だか、私の絵のことを共通の話題にして、喜多君とくらちゃんの話が弾んでいた。くらちゃんの男性恐怖症も出番を忘れているみたいだった。

「これもアニメのキャラなのか?」

「僕のは、僕が書いてる小説に出て来る『イルダ』というキャラだよ」

「琥太郎が書いてる小説?」

「あっ! ……河合さんのことだけばらしちゃって、僕のことをしゃべらないのは不公平だよね」

「……喜多君」

 喜多君は、前の席に座っているくらちゃんと生田さんを交互に見ながら言った。

「実は、僕は、自分で小説を書いて、ネットで公開しているんだ」

「琥太郎が小説を?」

「うん、まあ、アニメやラノベ好きが高じて、自分でも書き出したんだけどね」

「今度、読んでみるよ! 何て言う小説なんだ?」

「『小説家になりやがれ』というサイトに『タコ太郎』っていうペンネームで連載している『フェアリー・ブレード』と言うファンタジー小説だよ。ちなみに、その小説の挿絵を河合さんに描いてもらっているんだ」

「かすみんが? いつからなんですか?」

 くらちゃんが少し厳しい口調で問い詰めてきた。

「さ、三か月くらい前かな」

「えっ! それじゃあ、かすみんは、高校に入る前から、喜多君と知り合いだったんですか?」

「ネットで小説を書いているタコ太郎さんとは知り合いだったけど、リアルで会ったことはなくて、喜多君がタコ太郎さんだって分かったのは、高校に入ってからだよ」

「それじゃあ、二人はもう三か月もつき合っている訳か?」

 今度は、生田さんが、なぜだか寂しそうに訊いてきた。

「つき合っていたって訳じゃないから! 喜多君とはアニメが好きな友達同士だから!」

「……それが河合さんの返事なの?」

 今度は、喜多君が悲しそうに訊いてきた。

「い、今の答えはそう! でも、十分後は分からないから!」

 喜多君がプッと吹き出した。

「ちょっと、安心した」

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