第二十話 図書館のご利用はお静かに!
翌朝。
池梟駅のくらちゃんとの待ち合わせ場所に行くと、なぜか、くらちゃんと一緒に生田さんがいた。
「おはようございます、かすみん! 生田さんが、かすみんと一緒に登校する約束してるって言ってるんですけどぉ?」
「おはよう、河合!」
「何、にこやかに挨拶してるんだよ! そんな約束した憶えはないぞ!」
「良いじゃないかよ。一緒に登校するくらい」
「かすみんは、私の友達なんですよぉ!」
「友達かぁ。良い響きだな、河合!」
「あんたと友達の契りを交わした憶えはない!」
「まあ、そんなに照れるなよ」
「照れてねえよ!」
今朝も、自己チューKY全開だな。
まあ、駅前で言い争っていても埒があかないので、とりあえず、三人で学校に向かい歩き出した。
「かすみん! 明日は数学のテストですよね。今日の俳優養成学校はお休みをもらっているので、一緒に図書館で勉強しませんか?」
「残念だったな、倉下。河合はオレと一緒に勉強することになっているんだ」
「え~っ! そ、そんな! 本当ですか、かすみん?」
「う、うん」
「今日は放課後も、ずっと、かすみんと一緒にいられると思ったのに」
「くらちゃん、私達と一緒に来たら良いじゃない?」
「えっ、良いんですか?」
「河合! 今日はオレと一緒に勉強するって約束したじゃないかよ!」
「誰があんたと二人きりでするって言った? 三人でやれば良いだろ!」
「だ、騙したな!」
「あんたが勝手に決めたんだろ? くらちゃん、良いでしょ?」
「かすみんと二人きりじゃないのは、ちょっと残念ですけど、仕方がないです」
「じゃあ、放課後に区民図書館にでも行こうか?」
教室に入ると、喜多君は既に自分の席に座っていた。
「河合さん、おはよう!」
「おはよう」
私が席に座ると、早速、肩をとんとんと叩かれた。
「何?」
椅子に横向きに腰掛けるようにして喜多君の方に向いた。
「生田さんのアニメ教師役は昨日で終わったんだよね。生田さんは何か言ってた?」
――あれっ、そう言えば、今朝、生田さんの口からは、喜多君の話はまったく出なかったぞ。
「特に何も」
「そう。分かった」
喜多君は少し安心したような顔をすると、少し体を乗り出すようにして話し掛けてきた。
「それはそうと、明日は数学のテストじゃない。今日の放課後、図書館で一緒に勉強しない?」
「えっ! ……二人で?」
「二人が良かった?」
「良かったなんて言ってない!」
「そうだっけ? 今日は、谷と一緒に行く約束をしているんだけど、河合さんも一緒にどうかなって思って」
「私もくらちゃんと生田さんの三人で行くことにしてるから」
「あれっ、何だ。生田さんと、もうそんなに仲良しになってるんだ」
「って言うか、何だか知らないけど、生田さんがすり寄って来るんだよ」
「それは、河合さんの魅力に気がついたんだろうね」
「わ、私に魅力なんてある訳ないだろ!」
「少なくとも、僕の心を惑わせる魅力はあるよ」
「……たぶん、気のせい」
「ははははは、そんなことはないと思うけど。魅力の無い人には人は寄って来ないよ。倉下さんと生田さんが河合さんに寄って来ているということだけでも、河合さんには、その二人にとって、何かしらの魅力があるんだよ」
「生田さんはよく分からないけど、くらちゃんにとって、私は対男性防御シールドだからね」
「えっ、何それ?」
「あっ! ……ちょっと、その、……まあ、何でもないから!」
くらちゃんの男性恐怖症のことは、まだ、誰にも言ってないことだ。もちろん、喜多君にだって……。
でも、いつまでも隠し仰せるものではない。
女優を目指しているくらちゃんの将来的にも、克服しておいた方が絶対良いに決まってる。
今度、くらちゃんと、ちゃんと話をしてみよう。
放課後。
私は、くらちゃんと生田さんと三人で、池梟駅の近くにある区民図書館に行った。
閲覧室には、既に多くの人がいて、三人が並んで座れる場所をやっと見つけると、私を真ん中にして座った。
「河合は、数学とか得意なのか?」
「ふっ、数学なんてのは、コンビニで買い物するのに困らない程度にできれば良いんだよ」
「何だよ、その開き直りは! って、それ算数だから! それじゃあ、得意科目は何なんだよ?」
「う~ん。……………思い浮かばない」
「じゃあ、苦手なのは?」
「一番苦手なのが数学かな。理科も駄目。英語は論外だし、社会と国語は平均点以下」
「結局、全部じゃねえかよ!」
「まあ、絵を描くのに学問はいらないからさ」
「絵を描くって?」
「あっ! ……いや、絵を描くのが趣味だからさ。その趣味には勉強はあまり関係無いだろ?」
「勉強は趣味のためにするもんじゃないだろ! でも、河合は絵を描くことが好きなのか? やっぱり、アニメの絵か?」
「そ、そうだね」
「河合って、本当にアニメが好きなんだな」
「う、うん」
「……やっぱり、敵わねえかな?」
「えっ?」
「何でもねえよ! さあ、勉強するぜ!」
「うぃ~いす」
「何だよ、その気合いの抜けまくった返事は?」
「私の教科書には気合いを抜かれる魔法が掛かっているみたいなんだ」
「んな訳あるかあ!」
「かすみん」
くらちゃんが肩を軽く叩いた。
「何?」
「みんな、見てますけど」
周りの人達がジト目で私達を見つめていた。
「静かに勉強しましょうか?」
くらちゃんの言葉に、私と生田さんは無言でうなづいた。
しばらく、テスト範囲と指定された問題集を各自で解いていると、私達の前に同じ学校の男の子二人が座ったのが見えた。
目を上げると、喜多君がにこやかな笑顔を返してきた。
隣には谷君がいて、くらちゃんを嬉しそうに見ていた。
「琥太郎! オレを追い掛けて来たのか?」
「しーっ!」
みんなに突っ込まれる生田さんだった。
三十分後、喉が渇いたので、休憩を兼ねて、図書館のロビーに行き、背もたれのないキューブ型のソファに三人が並んで座り、自動販売機で買ったジュースを飲んだ。
「生田さんって、見た目と全然違って、本当に頭が良いんですね」
「『見た目と全然違って』ということは余計だからな、倉下。そんな河合が言いそうな台詞は、倉下には似合わないぜ」
「す、すみません」
「でもさ、倉下って、平日は俳優養成学校とバイトに行ってるんだろ? いつ勉強してるんだよ?」
「日曜日にまとめてしてますよ」
「へえ~、誰かさんに聞かしてやりたいな! ……って、何、そこで死んでるんだよ!」
「へっ?」
「全然、突っ込んで来ないと思ったら」
私は、頭を垂れて、真っ白に燃え尽きていた。
「そんな元気なんて無いし」
「まだ三十分しか勉強してねえぞ!」
「いや、私にとっては、未知の領域だったよ」
「普段、どんだけ勉強してねえんだよ!」
「とりあえず、トイレに行ってくるわ」
「ああ、オレも行くわ。『連れなんとか』しようぜ!」
「……突っ込むのもアホらしいわ。くらちゃんはどうする?」
「私は良いです。ここで待ってますね」
「うん。すぐ戻って来るから」
私と生田さんは、ロビーの隅にあるトイレに入った。
先に出た私が、眠気を取り払うため、洗面台で顔を洗おうとしたその時!
眠気は一瞬にして吹き飛ばされた。
「きゃー!」
くらちゃんの悲鳴だった。