第十七話 勇者よ! レアチーズケーキを倒すのはあなただ!
「河合! オレをアニメックに連れて行け!」
「はい?」
「さっき、琥太郎から聞いた! 河合がアニメックの場所を知っているって!」
「えっと、……話が見えないんだけど」
「だから、オレにアニメのことを教えろ!」
「……やっぱり、分からないんだけど」
「あー、もう! お前、馬鹿なの?」
「何で、私が馬鹿呼ばわりされなきゃいけないんだよ!」
「オレがこんなに言っているのに!」
「だから、何を言ってるんだよ?」
「琥太郎を取られないように、わざとしらばっくれているのか?」
「いや、だから、言ってる意味が全然分からないって!」
売り言葉に買い言葉でにらみ合っている私と生田さんの間に、オロオロしながら、くらちゃんが入って来た。
「あ、あの、ふ、二人とも落ち着きましょうよ」
「私は落ち着いているわよ、くらちゃん! こいつが一人で舞い上がってるのよ!」
「こいつとは何だ! 琥太郎の近くの席だからって、良い気になってるんじゃねえよ!」
「なってない! そんなに喜多君の近くの席が良いのなら、いくらでも替わってやるよ!」
「替われ! 今すぐ替われ!」
「あ、あの……」
「おう! 替わってやるよ! その代わり、あんたが先生に言え!」
「お前が言えよ!」
「何で私が言わなきゃいけないんだよ! あんたが替わりたいんだろ!」
「優しくないなあ、まったく!」
「あんたに優しくする理由はない!」
「なにいー!」
「喧嘩は止めてくださーい!」
くらちゃんの大声で、私と生田さんは、一瞬、フリーズしてしまった。
初めて聞いたけど、やっぱり演劇をしているだけあって、腹の底から響かせたような太い声だった。
「くらちゃん、私達は別に喧嘩していた訳じゃないから」
先にフリーズから回復した私は、断片的情報をかき集めて、生田さんの言いたいことを推測した。
「ねえ、アニメのこととか知りたいの?」
「そ、そうだよ」
「どうして?」
「琥太郎が好きって言ったから」
「えっ?」
「琥太郎の趣味を訊いたら、ラノベやアニメが好きって言ったけど、オレはよく知らないんだ」
確かに派手な外見からは、漫画やアニメは見ないで、ファッション雑誌を読み漁っている感じだ。
でも、よく見てみると、どこか垢抜けてない感じと言うか、無理してお洒落している気がした。
私自身はお洒落に疎いけど、流行に敏感で、メイクやファッションに詳しい姉を今年の三月まで毎日見ていた私の感覚は、そんなに違ってはいないはずだ。
「それで?」
「だから、恋人が好きなことを自分も好きになりたいだろ?」
「こ、恋人?」
「琥太郎のことさ」
「喜多君と恋仲になったの?」
「私の中ではもうなっている」
「い、いや、喜多君は承知したの?」
「するに決まってるだろ!」
この根拠の無い自信はどこから来るんだろう?
「それで、どうして私が?」
「琥太郎が、お前がアニメとかに詳しいって言ったからだよ。一緒にアニメックにも行ってるって言ったからだよ」
どうして私に振るかな?
それに、アニヲタの私からすると、そんな動機でアニメを好きになってほしくはない。
「ねえ、生田さん。アニメとかラノベを無理に好きになっても面白くないと思うけどな」
「無理にじゃない! 好きな人が好きなことは、絶対に好きになるに決まってる!」
「……まあ、自分でそう言うのであれば、せいぜい頑張って」
「河合! お前が教えろ! 友達だろ?」
「いつの間に友達になったぁ?」
「今」
「私は承諾した憶えはないぞ!」
「冷たい奴だな」
「誰がだ! そういうあんたは厚かましい奴だな! そもそも、人に教えを請う態度じゃないだろ!」
「そ、そうか。……それじゃあ、アニメのことを教えてくれるのなら、何でも願い事を一つ叶えてやる!」
「じゃあ、私の前から今すぐ消えて!」
「よし! って、それじゃあ、意味無いだろ! それ以外であれば、何でも言うこと聞くから」
「私が、そんなことで買収される軽い女だと思ってるのか?」
「例えば、河合の好きな食べ物をご馳走するとかどうだ?」
「…………詳しく話を聞こうじゃないか」
くらちゃんと別れて、私は、生田さんとアニメックにやって来た。
「おお、ここかあ! けっこう、人が来てるんだな」
「こっちよ」
「こんな所があったなんて……」
アニメグッズを見る生田さんの目はキラキラと輝いていた。
「生田さん、これまでアニメとか漫画とか見たことないって言ってたけど、まったくないの?」
「ない。ずっと教科書と参考書しか読んでなかった」
「えっ? ……それって、勉強しかしてこなかったってこと?」
「そうだ」
「……あっ!」
生田さんの名前にどこかしら記憶があったと思ったら、最初の実力テストで一番を取っていたのが、確か「生田こずえ」って名前だった気がする。
ちなみに同じテストで、喜多君は二番で、くらちゃんも二十番以内に入っていたはずだ。私は、……思い出せないくらいの順位だった。
でも、この金髪に近い髪の色にメイクまでばっちり決めている自己チューのKY娘が秀才?
「河合! 琥太郎はどのアニメが好きなんだ?」
「そうね。……この『馬物語』と続編の『鹿物語』とか好きって、言ってたかな」
「そ、そうか! よし! これを全部買おう!」
「ちょっと! そんなお金があるの?」
「えっ? ……こ、こんなに高いのか?」
「アニメって、多くの人が手間暇掛けて作製しているからね」
「……仕方ない。一巻だけ買っていこう」
「ねえ、生田さん。一巻だけでも高い買い物だから衝動的に買わない方が良いよ。今日は、これを買ったら?」
私は「馬物語」のポスターを指し示した。
「これをどうするんだ?」
「このポスターを部屋に飾って、ずっと眺めてみるの。このキャラ達が可愛いって思えてくるまでね」
「可愛いって?」
「そう。その可愛いキャラ達が、どんな物語を綴ってくれるんだろうって、わくわくしてきたら、もう、そのアニメを見ずにはいられなくなるよ」
「なるほど」
「あと、家でネットは使える?」
「もちろん! いつも『ネット真剣ゼミの赤点先生』で勉強をしているからな」
「……アニメの公式サイトを覗いてみると、このアニメのワンシーンとかキャラ紹介がアップされているから、それを見てみることもお勧めする」
「琥太郎もそれは見てるのかな?」
「たぶん」
「そうか! 河合、ありがとうな!」
「う、うん」
その夜。
私は、喜多君とスカイプで話した。
「生田さんとはどうなの?」
「どうなのって?」
「そ、その、おつき合いするの?」
「いきなり、そんな結論が出せる訳ないでしょ」
「でも、生田さんは、既におつき合いすることになったって考えているみたいよ」
「えっ、本当に? そんなこと言った憶えは無いけどなあ」
「確かに言ってないかもしれないけど、彼女の耳には、すべてが自分の都合の良いように聞こえるみたいね」
「困ったなあ」
「困ってるのは、こっちよ! どうして私のことを話したの?」
「えっ、どういう意味?」
「だから、私にアニメのことを教えてもらえ、みたいなこと」
「そんなこと、一言も言ってないよ」
「じゃあ、私の名前を出した台詞を一言一句違わず述べよ!」
「え~と、確か、趣味のことを訊かれて、アニメやラノベが好きだって答えて、……本やDVDはアニメックでよく買ってることを言って、それから、……誰かと一緒に行ってるのかって訊かれたから、最近は、河合さんと行ってるって言って」
「最後が余計だ! 私は、生田さんにアニメのことを教えることを約束させられたんだぞ!」
「河合さんが?」
「そうだよ」
「もし、河合さんが迷惑だって言うのなら、僕からもはっきりと言っておくよ」
「喜多君が?」
「そうだよ。だって、元は、僕と生田さんとのことだろ? 河合さんに迷惑掛けられないよ」
「……ちょっと、取引もしたから、そんなに迷惑でもないけど」
「えっ?」
「実は、レアチーズケーキを奢ってもらうことと交換条件で、明日までの二日間、アニメ教師を引き受けた」
「何だぁ! それじゃあ、困ってないんじゃない?」
「え~と……」
「僕は、河合さんから文句の言われ損ってことか」
「ご、ごめんなさい」
「ははははは、今日はいつもより素直だね」
「……いつもだよ」
「そうだっけ? でも、本当にレアチーズケーキが好きなんだね」
「イラストの次に好き」
「そうかあ。河合さんには、イラストの次に好きなのは、喜多琥太郎だって言われたいな」
「だから、イラストの次は、レアチーズケーキだ!」
「はははは。買収されたくらいだもんね。それじゃあ、その次に。三番目に好きなものは喜多琥太郎だって言われるように頑張るよ」
「……三番目で良いの?」
「じゃあ、順位を上げてくれる?」
「レ、レアチーズケーキの方が好きだから!」
「……今、僕のことも好きって言ってくれた?」
「えっ? ……好きなのは、レアチーズケーキって言ったでしょ!」
「でも、『両方とも好きだけど、どちらかというと』って言葉が省略されてなかった?」
「……気のせい」
「そう? でも、イラストには敵わないと思うし、僕も河合さんには、ずっとイラストを描いてほしいって思ってるから、一番は狙わない。だから、レアチーズケーキには勝てるように頑張るよ」
「……言っておくけど、レアチーズケーキは強敵だからな!」
「望むところだよ」
――レアチーズケーキに勝てるはずがない! ……たぶん。