第十六話 唐突に登場! 恋敵(?)は空気読めないヤンキー娘?
喜多君に池梟駅まで送ってもらった私は、そのまま電車に乗って、家まで帰った。
体調が悪くなることはなかったけど、今日はイラストを描かないで、その日のうちに寝ることにした。
夕食後、すぐにお風呂に入って、部屋で漫画とか見ながら、のんびりとしていると、次第に体が元気になってきているような気がした。
応募用イラストの製作をずっと続けていて、心も体も知らず知らずのうちに追い詰められていたのかもしれなかった。
少しくらいならと、ツイッターに入った。
タコ太郎さんは、どうやらインしていないようだ。
『いかすみさん、こんばんは!』
いきなりリプを返してきたのは、「タニシ」という人だった。よく見ると、新しくフォローされていた。
『こんばんは』
『ピクピクで、いかすみさんのイラストを見て、一目でファンになりました!』
『どうもありがとうございます』
『いかすみさんって、高校生なんですか?』
『そうですよ』
『俺もそうなんですよ』
『そうなんですか』
『いかすみさんって、どこに住んでいるんですか?』
――ちょっ! いきなり個人情報を聞き出すって、何て奴!
『墨袋の中です』
『上手い!』
――プロフィールくらい読んでから絡めよ!
『そろそろ、イラスト描く時間なので離脱しますね』
『了解っす! 頑張ってください!』
『ありがとうございます』
最近は、私の宣伝ツイートを、タコ太郎さんに加え、くらげちゃんがその五千人のフォロワーさんにリツイートしてくれて、新しいフォロワーさんも増えてきたけど、リプがどんどん飛んで来たりして、それはそれで結構大変だった。
次の日。
久しぶりに六時間以上の睡眠を確保して、体調も完全復活した私は、朝食時、母親から、「健全な肉体に宿る健全な精神とは」というタイムリーな説話を聞かされて、若干、精神を不健全にされながらも、無事に学校に行くことができた。
席に着いた私に、早速、喜多君が話し掛けてきた。
「河合さん、体調はどう?」
「うん。もう全然、平気。それで、その、……昨日は本当にありがとう」
「どういたしまして。やっぱり、河合さんは暴言を吐くくらい元気じゃないと、僕も面白くないからね」
「……さっきのお礼は撤回」
「ははははは。そう、こなくっちゃ!」
「…………あっ、そうだ! 喜多君、ごめん!」
「うん?」
「昨日、送ってもらった小説データ。まだ全然、開いてもないし、私の応募用イラストのデータも送ってなかったね」
「昨日は仕方無いよ」
「う、うん」
椅子に横向きに座って、後ろの席の喜多君と話していた私は、教室の後ろの入口から、こっちをじっと見ている女の子と目が合った。
自分達のクラスの女子ではなく、見知らぬ子だった。
その女の子は、身長では小学生と良い勝負の私と、モデル体型のくらちゃんの中間くらいのスタンダードな体型で、セミロングの髪を明るい茶色に染めて、少し化粧もしているみたいで、くらちゃんとは違ったタイプのメリハリの効いた顔立ちをしていた。
女の子は、つかつかと教室に入って来て、喜多君の近くで立ち止まった。
「喜多琥太郎か?」
「そ、そうだけど?」
いきなりの絡みに、喜多君も驚いているようで、椅子に座ったまま答えた。
「放課後、ちょっと、つき合え!」
「えっと、何か用事?」
「話がある」
「話なら、今、聞くよ」
「馬鹿野郎! こんなに人が大勢いるところでコクれるかよ!」
「はい?」
……既に告白したも同然なんだが。
しばらくして、その女の子も気づいたみたいで、顔を真っ赤にしながら、慌てて両手を振った。
「いや、あの、今のノーカン! 無し無し! 何も言ってないし、何も聞いてない! そうだろ?」
「あの、君は?」
「えっ、オレ? 気になるのか? そうかそうか。気になるかあ。オレは、一年E組の生田こずえって言うんだ。はははは……、それで!」
喜多君の問いに嬉しそうに答えた生田さんは、私をキッとにらみつけた。
「オレの琥太郎と仲良く話をするんじゃねえよ!」
――オレの琥太郎?
私の返事を待つこともなく、生田さんが視線を喜多君に戻すと、吊り上がっていた目がデレッと垂れた。
「じゃあ、放課後、よろしく!」
「あっ、いや、生田さん!」
生田さんは、喜多君の引き留める声も聞こえなかったようで、疾風のごとく去って行った。
「何あれ?」
「さあ」
「オレの琥太郎って言ってたけど、そういう間柄なの?」
――あれっ、ちょっと気持ちが荒ぶってる?
「知らないよ。そもそもE組の女子に知り合いもいないし、あの人の顔も初めて見たくらいなんだから」
「でも、コクられるそうよ」
「だから、僕には河合さんがいるんだから、つき合うことなんてできないよ」
「ちょっと! 私は、喜多君の彼女なんかじゃないでしょ!」
「それじゃあ、今から彼女になってもらおうかな」
「そ、そんなことを軽々しく言うな!」
「あっ、……そうだね。ごめん。冗談で言うようなことじゃなかったね」
「……」
「それに、生田さんがどんな人かも知らずに突き放すことも、考えてみれば酷いことだよね」
「そ、そうだよ」
「生田さんとは、今日の放課後、ちゃんと話をするよ」
「う、うん」
放課後。
くらちゃんと一緒に駅に向かった。
「あれ、喜多君じゃないですか?」
少し前を、喜多君が生田さんと並んで歩いていた。
「喜多君って、おつき合いしている女の子がいたんですね」
「何か嬉しそうだね、くらちゃん」
「だって、喜多君が、かすみんにちょっかいを出すことが無くなるじゃないですか」
――完璧に恋敵の台詞なんだが。
喜多君たちを何気なく眺めていると、生田さんが、一生懸命、何かを話していて、それを喜多君が相づちを打ちながら聞いていた。
長い話を中断させないのは、喜多君の優しさなのだろう。
「私には関係無いよ」
私はポツリと呟いた。
そうだよ。
私は、喜多君とこれ以上仲良くなることは望んでいなかったはずだ。だから、喜多君に彼女ができることは歓迎すべきことだったはずだ。
――でも、何だろう? この悶々とした気持ちは?
喜多君と出会ってから、今まで感じたことのない感覚に襲われることが度々あった。
「あれっ?」
くらちゃんの声で思考モードから呼び戻された私は、池梟駅の改札の前で、立ち止まっている生田さんと別れて、一人歩いて行く喜多君を見た。
「喜多君は電車通学じゃないんでしょうか?」
「喜多君は、家がこの近所なのよ」
「そうなんですか。……って、どうして、かすみんがそれを知ってるんですか?」
「き、喜多君に聞いたから」
「かすみん! まさか、もう喜多君の家に行ってるんですか?」
最近、くらちゃんはヤンデレモードも修得したみたいだ。
「行ってないよ」
行ったのは病院で家じゃないからと、心の中で言い訳をする。
少し後ろめたくなった私が、くらちゃんから生田さんに視線を戻すと、生田さんが私に向かって猛ダッシュして来ているのが見えた。
その余りの勢いに恐れを抱いたけど、既に遅く、突進して来た生田さんを回避することができなかった私は、両肩をがっしりと掴まれた。
「河合! オレをアニメックに連れて行け!」