第十五話 ご褒美はレアチーズケーキ食べ放題!
喜多君の後について、診察室を出るとすぐに、それほど広くはないけど、壁に可愛いイラストが描かれている待合室があって、小さな子供連れの女性が三人待っていた。
制服を着た私達に好奇の目が注がれたけど、それを無視して、玄関の靴箱に入れられていた自分の靴に履き替えると、外に出た。
振り返って玄関を見ると、「きた小児科クリニック」と看板が掛かっていた。
小児科…………、いや、喜多君は命の恩人でもある。突っ込むのは止めておこう。
辺りは大きな住宅が建ち並ぶ閑静な高級住宅街のようで、「きた小児科クリニック」も二階建ての住宅と平屋建てのクリニックが、広い敷地に余裕を持って建てられていた。
イケメンの上に、お金持ちの一人息子だなんて、喜多君は、世間の男性全員から嫉妬される運命に違いない。
「ここは池梟駅にも近いの?」
「歩いて十分くらいだよ」
池梟駅の周囲は、アニメックがある所のように繁華街というイメージしかなかったけど、こんなに静かな所もあったんだ。
「河合さん、気分はどう?」
「大丈夫。ありがとう」
「雷撃大賞応募用のイラスト描くのに、ちょっと無理したんじゃないの?」
「う、うん、そうかも」
「今日は早く寝なよ」
「うん。……喜多君は大丈夫なの?」
「中学時代は陸上で鍛えていたし、体力には自信はあるんだ」
「そうなんだ」
その後、これといった話題も思いつかず、二人とも無言で駅に向かって歩いた。
前から、同じ学校の制服を着た男子が自転車に乗って来ているのが見えた。そのまま通り過ぎると思っていたら、私達に近づいて来た。
「よう!」
片足を着いて自転車を停めたのは、谷君だった。
「今、帰りか?」
喜多君が話し掛けた。
「おう」
谷君の所属するバスケット部の練習が終わる時間まで、私は喜多君の病院にいたということだ。
「お前達、つき合ってたのか?」
谷君がニヤニヤ笑いながら訊いてきた。
「違う! 一緒に帰っているだけで、何でつき合っていることになるのよ!」
私は、自分でもびっくりするくらいの勢いで言い返した。
「でも、学校からの帰り道じゃないよな。喜多の家に行ってたのか?」
「帰りにちょっと気分が悪くなったから、喜多君のお母さんに診てもらってたの!」
「へえ~。……まあ、河合なら小児科でも診てもらえそうだしな」
「どう言う意味よ?」
「へへへ、別にぃ~。じゃあな!」
言いたいことを言うと、谷君は自転車をこいで走り去ってしまった。
「谷も相変わらずだな」
「喜多君は、谷君を以前から知っているの?」
「谷の家もこの辺りで、小学校の時は同級生だったんだよ」
「そうだったんだ」
「中学になって、僕は私立の貝塚に行って、谷は公立に入って、別れてしまったんだけどね」
「けっこう仲良しだったの?」
「僕も小学校の時は、まだ外で遊ぶことが好きだったから、よく一緒に遊んでいたよ。でも、中学になると、学校も別れてしまったし、僕もアニメやラノベにのめり込んでいったから、つきあいは無くなってしまっていたけど、高校でまた同級生になるとは思わなかったよ」
「運命の赤い糸がつながっているんじゃないの?」
「谷と? やめてよ。できれば、その糸は河合さんとつながっててほしいんだけどな」
――何で、そんな心をかき乱すようなことを、さらりと言うかな?
「私の小指には、何にもつながってない」
「光ファイバーがつながってるじゃない」
「……座布団一枚」
「どうも」
何だかんだ言って、喜多君とは、これまでネットでいっぱい絡んでいたから、ずっと自然に話ができている。
「ねえ、河合さん」
「何?」
「河合さんは、雷撃大賞一次通過の自信はある?」
「一次どころか最終選考まで残る自信がある!」
「すごい!」
「と言いたいところだけど、初めての応募だし、とりあえずは、一次通過は目指して描いたつもり」
「僕もだよ。自分ではすごく面白い物語が書けたと思っているけど、他の人がどう感じるかは分からないものね」
「そうだね」
「そこでさ、河合さんにお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「僕の作品が一次通過したなら、お祝いにデートしてくれない?」
「誰が?」
「河合さんが」
「誰と?」
「僕と」
「………………え~っ! どうして私が喜多君とデートしなきゃいけないの?」
「だって、それが僕にとっての一番のご褒美だから」
「だ、駄目!」
「どうして?」
「だって、私と喜多君は恋人同士じゃないんだよ!」
「恋人じゃなきゃ、デートしちゃいけないってことはないでしょ?」
「デートは恋人同士がするもんでしょ!」
「だったら、デートと言うのは止めて、一緒に遊びに行こう?」
「あ、遊びに?」
「僕達は同級生なんだから、一緒に遊びに行っても、全然、変じゃないでしょ?」
「そ、それはそうだけど、二人で行くんでしょ?」
「もちろん!」
「それって、やっぱり、デートって言うんじゃないの?」
「まあ、良いじゃない。一次なんて狭い門なんだから、言ってるだけで、実現しない可能性が高いんだからさ」
確かに、雷撃大賞は一次選考で十分の一くらいに選別されてしまう狭き門で、そこを通るだけでも、お祝いする価値はあるだろう。
「……分かった。もし、通過すればね」
「やった! これから毎日、一次通過をお祈りしなきゃ」
喜多君は本当に嬉しそうだった。
「ねえ、もし、河合さんが一次を通過したら、どんなお祝いをしてもらいたい?」
「えっ、お祝いしてくれるの?」
「だって、僕が通過した時には一緒に遊びに行ってくれるんだから、河合さんが通過した時もちゃんとお祝いしないと」
「……良いよ。お祝いの言葉だけで」
「そんな訳いかないよ! 例えば、河合さんの好きな物を食べに行くとか、どう?」
「ああ、まあ、それで良い」
「河合さん、何を食べたい?」
「デザートなら、レアチーズケーキかな」
「よし! じゃあ、レアチーズケーキの美味しいお店を探しておくよ」
「う、うん」
あれっ?
よく考えたら、喜多君が通過しても、私が通過しても、二人でお出掛けすることになってしまったんじゃない?
でも、もし、本当に一次を通過したら、それはそれで踊り出したいくらい嬉しいことだから、美味しいレアチーズケーキをお腹一杯食べるくらいの贅沢をしても良いよね。
喜多君と二人きりでも……。