第十三話 このイカ、焼きすぎですよ! 燃え尽きてるじゃない!
入学式から二週間近く経ったある日。
その日は、雷撃大賞の応募締め切り日だった。
その日の午前三時くらいまで掛かって、やっと仕上げた応募用のイラストをネットで送ってから、三時間ほどの睡眠時間の後、私は学校に向かった。
「かすみん! おはようございます!」
「おはよう。くらちゃん」
ツイッターでも絡むようになって、「いかすみ」と「くらげ」と呼び慣れてしまった私と倉下さんは、リアルでは「かすみん」と「くらちゃん」と呼び合うようになっていた。
池梟駅で待ち合わせをしていたくらちゃんと並んで学校に向かった。
「かすみん、何だか眠そうですよ」
「うん、昨日って言うか今日だけど、三時頃までイラスト描いてたから」
「応募用のですか?」
「うん」
「そっか~。でも、完成したんですね」
「何とか」
「合格すると良いですね」
「初めての応募だし、高校生の分際で受かるとは思ってはないけど」
と、一応、控え目なコメントを発表したけど、内心では、けっこう自信はあった。
「倉下さん!」
「ひっ!」
突然、同じ学校の制服を着た見知らぬ男子が飛び出して来て、私達の前に立ち塞がった。
「ちょっと、お話があるんですけど!」
くらちゃんは、加速装置がオンにされた速度で私の背中に回り込み密着した。
――はあ~、またか。
「ごめんなさい。くらちゃんには、今、男性とおつき合いするつもりは無いの! だから諦めてちょうだい」
「えっ! ……君には関係無いだろ!」
男子は、初めて私の存在に気づいたようだ。
「関係あるの! 私は、くらちゃんの気持ちの公式代弁者なのよ。ねっ、くらちゃん?」
くらちゃんは、顎で釘が打てるくらい高速で、何度もうなづいた。
「だそうよ」
くらちゃんの男性恐怖症は、まったく改善の兆しを見せなかった。
むしろ悪化しているように思えるのは、私という「くらちゃん専用対男性防御シールド」を手に入れたからかもしれない。
私は、そんなくらちゃんに代わって、言い寄ってきた男子に引導を渡す損な役回りを担当している訳なのだが、それによって、くらちゃん以外の人は、ますます、私に近づいて来なくなる訳で、ある意味、一石二鳥ではあった。
それに、私の背中で怯えるくらちゃんが可愛くて、愛おしくて……、ちょっと道を踏み外しそうな今日この頃だった。
教室に入ると、既に喜多君は席に着いていた。
「おはよう、河合さん!」
「おはよう」
喜多君とは、相変わらずアニメの話とかをしていたけど、私との約束を守ってくれて、入学当初みたいにベタベタとくっついてくることはしなくなった。
たぶん、喜多君も雷撃大賞用の応募作をずっと執筆していたはずで、明らかに寝不足だと分かる顔をしている時もあった。
「河合さん、もう応募した?」
「今朝一番で送った」
「僕も」
「できたんだね?」
「うん」
「どんな話?」
「やっぱり、ファンタジーだよ」
「へえ~、読んでみたいな」
「僕も河合さんが応募したイラストを見てみたい。……ねえ、お互いの応募作品を送って、感想を述べ合うって、どう?」
「良いよ。お世辞無しで」
「了解。今日、家に帰ったら、早速送るよ」
「分かった」
「そう言えばさ、最近、アニメックに行ってなかったから、今日の帰り,久しぶりに行ってみない?」
「ああ、そう言えばそうだね。……うん、行こうか」
「じゃあ、放課後に」
「うん」
くらちゃんも誘ってみようかな。でも、今日は俳優養成学校かな?
お昼休み。
今日も、くらちゃんと一緒に私の席でお弁当を食べた。
「くらちゃん、今日の放課後は俳優養成学校だったっけ?」
「はい」
「そっか」
「何ですか?」
「アニメックに行くんだけど、くらちゃんも一緒にどうかなって?」
「えっ、行きたいです! でも、学校があるし」
「いつなら行けるんだっけ?」
「平日はバイトと俳優養成学校がありますから無理です。土曜日の午後だと、夕方五時までは空いてるんですけど」
「じゃあ、今度の土曜日に行こうか?」
我が校は、土曜日も午前中授業があった。
「はい! ぜひ! お昼ご飯もどこかで食べましょうか?」
「うん、良いよ」
「わあ、今から楽しみです~。かすみんとデートできるなんて」
「デ、デート?」
「だって、放課後に寄り道して、一緒にご飯を食べるって、完全にデートですよね?」
――何で嬉しそうに頬染めてるの?
「今日は、アニメックに一人で行くんですか?」
「喜多君と一緒」
「あ、あの、……かすみんって、喜多君とつき合っているんですか?」
「えっ、どうして?」
「だって、時々、二人、仲が良いなって思う時があって」
――何でそこで悲しそうな顔をする?
「喜多君もアニメが好きで、アニメファン仲間ってことよ。喜多君とは、一緒にアニメックに行くくらいで、一緒にご飯を食べたことだって無いから」
自分のことは、全部、くらちゃんに話していたけど、喜多君が「タコ太郎」として小説を書いていることは、まだ話してなかった。
「そうなんですか? それじゃあ、私が一緒に外でご飯を食べる第一号なんですね?」
「そ、そうだね」
嬉しそうに笑うくらちゃんは、ガチで百合の匂いがする時がある。
その日の授業中、何となく目眩がする気がした。
いつもより、黒板の文字が霞んで見えにくい気もした。
だけど、気分が悪いということもなかったし、食欲もあったし、いつもと同じように睡魔も襲って来た。
きっと、応募用イラスト作製を済ませて、気が抜けたんだろう。
放課後。
くらちゃんと一緒に駅まで行った後、俳優養成学校に向かうくらちゃんと別れて、アニメックで喜多君と落ち合った。
喜多君と三人一緒に駅まで行くのは、男性恐怖症のくらちゃんが許してくれなかったからだ。
「河合さん、少し顔色が悪い気がするけど、大丈夫?」
「たぶん、応募用イラストの作製で、ここのところ、ずっと寝るのが三時とかだったから、ちょっと疲れが溜まっているんだと思う」
「体調が悪いんなら、今日は帰ろうか?」
「大丈夫だよ。帰ったら、今日は早く寝るから」
「そう? 辛くなったら、すぐに言ってよ。いつでも来られるんだからさ」
「……分かった」
――時々、喜多君の優しさが、胸に響くことがある。
アニメックに入った私達は、また、買いもしないのに、アニメのDVDコーナーの前で、それぞれがアニメの感想を述べ合う恒例の討論会を始めた。
今日の議題は、くらちゃんも好きだという「ベルベット・クラウン・オンライン」についてだった。
喜多君が、「小説家になりやがれ」にも数多くアップされているVRMMO物との違いについて熱弁を振るっている最中に、目眩がしてきた。
目の前の景色が大きく揺れているように感じ始めた私が、そのことを喜多君に伝えようと思った時、急に目の前が真っ暗になった。