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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
番外編
84/85

クゥセルのお仕事

※注意 またしてもわりとくだらないお話です。

クゥセルの現在のお仕事が分かるだけです。

 ノールディンとクゥセルの幼馴染みが久方ぶりの再会を遂げた日の夜、スウリの家を訪れたのは一人だけだった。


「ベルはどうしたの?」


 尋ねるスウリに、クゥセルは手を振る。


「あいつは酒場で飯食うってさ。意固地になっちまってるから、無理無理」


 彼は楽しそうに笑う。


 実際、酒場で声を掛けた時のベルガウイの反応は実に面白かった。


 むっつりとした不機嫌顔で座る彼の横を通り過ぎる際に、クゥセルはわざとらしく「飯食いに行かないのか?」と尋ねた。


 すると、ベルガウイは黙って拳をテーブルに叩き付けたのだ。その目ははっきりと「誰が行くか」と告げていた。


 だからクゥセルはにやりと笑って、彼に言ってやった。


「お・こ・さ・ま」と。


 立ち去るクゥセルの背中に飛びかかろうとするベルガウイを周囲の男達が押さえ込んで、酒場は一時騒然となった。


 そんな喧噪をバックミュージックに、クゥセルはスッキプしながらスウリの家へとやって来たのだ。


 うっすらと何があったか感じ取ったスウリは苦笑する。


「またあの子をからかったのでしょう? あんまり苛めるとひねくれちゃうじゃない」


「成人してんだし、今更ひねくれるような年じゃないって。いや〜、それにしても、若いって良いよね」


 養い子を案じるスウリに、クゥセルはそう返す。


 その会話を黙って聞いていたノールディンの胸に、ベルガウイに同情する心が湧いて来て、自然に眉間に皺が寄った。


 彼自身もよくこの幼馴染みにはからかわれていたが、それでも、立場の違いや同い年(つまり年下では無い)というごく僅かな『遠慮』があった為、ベルガウイ程酷い扱いを受けてはいなかった。と、思いたかった。





 夕食が終わると、スウリは暖炉の前で仕事という名の読書に勤しみ始め、ノールディンとクゥセルは久々の酒盛りを楽しんでいた。


 グラスに入れた琥珀色の酒を飲み干して、ノールディンはずっと疑問に思っていた事を目の前に座る幼馴染みに尋ねた。


「それで、お前は今何をやっているんだ?」


 クゥセルはその問いに、手酌で酒を注ぎながら「む〜ん?」と唇を尖らせる。


 彼の背後にある窓の外では、雪がちらちらと舞っていた。


「ん〜。まあ、あれだよ、ほら、えーと……」


 何とも歯切れ悪く話す彼の口からようやく出て来たのはこんな言葉だった。


「…………『盗賊っぽいこと』」


「……何だって?」


 訝しげに聞き返した幼馴染みに、クゥセルは少し視線を泳がせて、再度同じ台詞を口にした。


 因みに二人とも全く酔ってはいない。


「『盗賊っぽいこと』……」


「盗賊……」


 低い声で、唸る様にノールディンは繰り返した。


 そんな幼馴染みにクゥセルは一転、楽しそうに続ける。


「あとは、用心棒とか、ふらり出稼ぎの旅とか。独り身ってほんと良いぜ〜」


 好き放題出来るもんな、と今にも歌い出しそうだ。


 しかし対峙するノールディンの機嫌は急降下。クゥセルの胸ぐらを掴んで、低く唸った。


「盗賊とは何事だ」


 開き直ったのか、クゥセルはあっけらかんと答える。


「頭領はベルガウイで、ちょっと荒事をね。勿論、犯罪じゃないない」


 おまけの様に「バルス=セルマンドではね」と付け加えられたのがノールディンには甚だ怪しく聞こえた。


 酒の廻った頭を揺さぶってやろうかと思った所で、クゥセルにとっての救い主が読書を切り上げてテーブルに戻って来た。


 お茶の入ったカップを持ったスウリだ。


 彼女は二人の元に歩み寄って、ノールディンの隣に腰掛ける。


 そして、こう言った。


「国王陛下から頂いた秘密のお仕事を請け負っているのよ」


 それから、「この事は内密にね」と唇の前に指を立てる。


 幼馴染みの体を投げ出す様に手を離したノールディンは益々訝しげな顔をした。


「バルス=セルマンドの王に……?」


 確かに、スウリは研究者として認められ、国王から直々に『パラ=カルナラ』の称号を貰っている。なにしろこの村の周辺の土地は彼女の功績に対して国から贈られたものなのだから、彼女なら国王との面識もあるだろう。


 だが、クゥセルやベルガウイが秘密裏の仕事を貰うとはどう言う事か。


 そんな彼の表情に、スウリは「どう説明しようかな」という顔を、クゥセルはにやりと笑った。


 どう考えてもスウリに説明を求めた方が良さそうだ。


 ノールディンはクゥセルを完全に無視する形でスウリに向き直った。


「どういう事だ?」


 彼女はくるりと視線を回してから、ゆっくりと口を開いた。


「……元々は、私の先生が携わっていた事なの」


 スウリの先生とは、チルダ=セルマンド大陸における魔具研究の第一人者『パラ=カナム』に他ならない。


「先生は研究を進めると同時に、魔具の収集、というか、保護をしていたの。……普通の使われ方をしている分には構わないのだけれど、やっぱり物によっては悪用されてしまうから」


 フォール大陸の様に魔具自体の数が少なく、持ち主が王侯貴族に限定されていれば、『使おうにも使えない』という抑止力が働く。なにしろその超上の力は無造作に使えば、目立って仕方が無いのだ。


 ところが、チルダ=セルマンド大陸では多種多様な魔具が出回っている為、農家の蠟燭代わりから犯罪まで、様々に使われている。


 例えば、成形の容易な金属状の魔具は盗賊の金庫開けに利用されてしまうし、音を遮断する魔具は強盗の時間稼ぎに利用されてしまう。戦争で利用出来る様な大規模な力を行使出来る魔具が確認されていない事は幸いと言えるくらいに、悪事に使用される事が多いのだ。


 その事実を憂えた『パラ=カナム』は研究の傍らで、闇取引される魔具の回収を始めたのだ。


 当然、彼が所属する研究所が王立である故に、その行動は王の知る所となる。バルス=セルマンドの国王はその行為に賛同し、以降、その回収作業は国王からの依頼を受けるという形で進められる事になったのである。


 パラ=カナムが弟子であるスウリにそれを伝える事は自然な事だった。


 そして、武力を持たない彼女はクゥセルに相談した。


 ……この男、その話に乗りに乗った。


 はっきり言えば、クゥセルは小さな村での平和な生活に、剣の腕と暇を持て余していたのだ。


 彼一人だけならあまり無茶もしないだろうと、その程度での魔具回収はクゥセルの良い暇つぶしになるだろうと、スウリは思っていたのだが……。


「この村は他国から流れて来る人が多くてね。そういう人って、腕が立つの」


 彼女は諦めた様にそう呟いた。


 帝国の様な大勢を占める強国の無いチルダ=セルマンド大陸では、国境での諍いは少なく無い。


 この大陸を旅するという事は、身を守る術を備えていなくてはいけないのだ。


 更に、この村は『他国人の領主』を持つ事で、一時、故郷を離れた人々の口の端に上っていた。それはつまり、『他国人』を受け入れる可能性があるという事だからだ。


 やがて、種々の事情で流浪してきた単身者、或いは一家族が『他国人の領主』を頼ってこの村を訪れるようになった。困っている人間を無下には出来ないスウリにとって、彼らを受け入れる他に選択肢は無かった。


 すると、その中にいる武芸者がクゥセルの暇つぶしに同調して、一人、また一人と魔具回収の担い手になってしまったのだ。


 ここで幸いだったのは、この村を訪れた人々が決して多くは無かった事だ。そもそもバルス=セルマンドという国自体が大きい国では無いから、流浪人の受け入れが制限されている。おかげで村の人口増加は五年前を区切りに歯止めがかかった。


「まあ、程良い人数が集まったから、それで『盗賊っぽい事』をちょいちょいやってるって訳」


 悪い奴から取り上げる時の快感がたまんないんだよ〜、とクゥセルは能天気に笑う。


「……もうちょっとマシな言い方をすれば良いのに」


 スウリはさも楽しげなクゥセルに苦笑した。「一応、国王陛下からの依頼という大義名分があるのだから」と。


 しかし彼はにんまりと唇の端を引き上げる。


「悪人に対して大義名分だの正義だの、そんなもんは通用しないんだよ。だから、より悪人に見せればヤツらは恐怖する。そもそもあいつらは悪い事やってんだから、お上に訴え出る事もできないしね」


 けたけたと更に笑うクゥセルにノールディンは冷ややかな視線を送った。


 これで元騎士だと言うのだから、呆れる時間も惜しい気分だ。


 すると、その視線を受けたクゥセルが「お?」と眉を上げた。


「何? お前もやる?」


 ノールディンの視線は一層冷気を増し、拳が宙を走った。


「誰がやるか、馬鹿め!」


 その拳は的確にクゥセルの脳天を直撃した。









ノール ハ 全力デ拒否シタ。

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