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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
番外編
81/85

マイル・ブロッセンの不運と幸運

騎士団総長の雑用係マイルの物語です……。





 マイル・ブロッセンは、良くも悪くも、平均的な人物である。


 いや、……ぎりぎりな少年と言い換える方が適当かも知れない。


 彼は帝都の片端で、極めて平凡な一般家庭に生まれた。


 年頃の少年たちにありがちな夢も持っていて、だから十歳の年に騎士養成学校の入学試験を受けた。


 もちろん、受けるからにはと、人並み以上の努力をした。


 結果は、補欠合格。


 それも、合格者の一人が家庭の事情で入学を辞退した為に出た欠員一人分に引っかかったのだ。


 その連絡が来た時、ブロッセン家の誰もが、「嘘だろ……」と呟いたと言う。





 憧れの騎士養成学校。


 マイルは中の中という、良くも悪くも無い評価を受けながらも、それでも学校での生活を楽しんでいた。


 彼に不運が訪れたのは、一年目の秋の終わり頃だった。


 学校生活にもすっかり馴染み、昼休みの後、中庭を通る近道を使おうと思ったのだ。


 しかし今、マイルは壁に背中を貼付けて、近道した事を全力で後悔していた。


 どうして、どうしてこんな光景を見なくちゃならないんだ……!!


 魂の叫びを心の中だけで吐き出して、マイルはこっそり壁の向こう側を窺った。


 そこには上級生が八人くらいいる。


 正確に言うと、五人の最上級生が、二人の下級生を囲んでいるのだ。


 五人の方はちっとも知らないが、二人の背の高い少年のことはよーく知っていた。この学校でこの二人を知らない者など皆無だろう。


 何故なら、彼らは、この国の皇太子ノールディンとその護衛を務めるクゥセル・タクティカスだったからだ。


 二人とも『身分を気にしないように』という校風の中でも、容姿端麗な上に成績優秀とあって、どうしても人の目を惹く存在だった。


 憧れの眼差しで同級生と彼らを盗み見ていたことは遥か昔のことのようだ……。


 マイルは聞こえて来る八人の会話に、遠い目をした。


「特別待遇無しの筈のこの学校で、身分を笠に着てやりたい放題」


「こっちもいい加減、我慢の限界なんだけどなぁ」


 にやにやと笑いながら、五人の最上級生が代わる代わる言う。


 どこのちんぴらだろう、という雰囲気だ。


 それに対して、ノールディンは全くの無表情。


 クゥセルの方は何だか楽しそうな表情をしている。


「言い返すこともしないのか? 実際は、訓練以外じゃ腰抜けか?」


「大体、全寮制なのに、一々お城に帰るって、どういう了見だよ」


「乳母やがいないと寝れないんじゃね〜」


 品の無い笑いが周囲に谺する。


 すると、ここでようやくノールディンが口を開いた。


「城に戻るのは仕事があるからだ。学校に国の機密情報を持ち込む訳にはいかん」


 堅苦しい口調で淡々と話す彼に、クゥセルが茶々を入れる。


「おいおい、ノール。仮にも上級生様だぜ? 一応敬語を付けろよ」


 なんともノールディン以外を馬鹿にした言い方だ。


 ところが、それに気付いているのかいないのか、ノールディンはやはり淡々と対応する。


「そうか、それもそうだな……」


 思案するように視線を落とすノールディンのその仕草も、意識しているのかどうか分からないが、馬鹿にしているように見えた。


 逆上した上級生の一人が、拳を振り上げる。


「このっ、馬鹿にしやがって!」


 ノールディンに向かって繰り出された拳は、あっさりといなされた。


 あまり筋肉がついていない様に見えるノールディンの細い腕は、くるりと受けた拳を巻き込む様にして一回転させる。


 必然的に、拳の持ち主の体も空中でくるりと半回転した。


 地に背中を打って、「げほっ」と呻く。


 マイルは、手に持っていた教科書などなどを頭の上に乗せて、胸中で「ひえ〜っ、ひえ〜っ」と叫んでその場にしゃがみこんだ。


 仲間が返り討ちにあったことに気が付いた最上級生たちは、一斉に雰囲気を変えた。


「お前!」


「よくもやったな!」


 などと叫んで、ノールディンに襲いかかる。


 彼はやはり表情一つ変えずに、彼らの相手をする。


 足を出されれば、それを腕で受け止め、自らの足でハイキックを決める。


 横から来られると、持っていた教科書を相手の顔にぶつけて怯ませて腹に蹴りを食らわせる。


 飛んで来た一人を、クゥセルは嫌そうにステップを踏んで避けた。


「あ、すみませーん」


 とか言いながら、さりげなく顔を踏んでいる。


 そんな調子でノールディンはあっという間に四人を伸してしまった。


 恐ろしいことに、彼は一度たりとも敵に背後を許さなかった。


「あ〜あ〜。私闘は校則違反だぞ?」


 全く人事の様にクゥセルは言う。


 ノールディンは、少し瞳を細めて返した。


「誰も言わなければ良い」


 地面に転がっている五人は、口が裂けても誰にも言えないだろう。仕掛けたのが自分たちだなんて、教師にばれれば退学ものである。


 クゥセルはその台詞にけたけたと笑った。


「まあ、確かに」


 そんな幼馴染みに構うこと無く、ノールディンは中庭の奥へと足を進めて行った。次の授業に向かうのだろう。


 お、終わった……。


 腰が抜けそうになりながら、マイルは安堵の息を吐いた。


 すると、視界の奥で、クゥセルが振り向いた。


 彼は、はっきりとマイルを見たのだ。


 そこでマイルは完全に腰を抜かした。


 最初から見ている事に気が付かれていたのだ。


 すわどんな目に遭わされるのか、と硬直した瞬間、クゥセルはにやりと笑った。


 そして、人差し指を口の前に立てる。


 つまるところ、今の光景を『黙っていろ』という事だろう。


 ひらり、と手を振って、クゥセルはノールディンの向かった方向へと行ってしまった。


 誰もいないと言うのに、マイルはしばらくの間、首を縦に降り続けた。





 その全てを、校舎の屋上から見ていた者がいた。


「いや〜、面白れえガキだなあ!」


 豪放磊落とはこういう人物を言うのだろう。


 手すりに寄りかかりながら、男は笑った。


 そこに静かな声が響く。


「マイル・ブロッセン。一学年で、成績は中の中ですね」


「あ〜ん? マイル・ブロッセン? 聞き覚えがあるような……」


 首を捻る男、騎士団総長ゴールゼンに、副総長ノエル・レオンは頷いた。


「彼は、当校始まって以来、初の補欠入学者ですからね」


「ああ、あいつか!」


 喜色を浮かべて、ゴールゼンは手すりから身を乗り出す。


 彼の視線の先には、始業を告げる鐘の音に驚いて立ち上がり、走り出すマイルの姿があった。


「いや〜、あいつ、モノになると思うか?」


 実に面白そうに、ゴールゼンはノエル・レオンに尋ねた。


 それに対する返答は簡素なものだ。


「騎士としては無理でしょうね」


「騎士としては、ね……」


 少し迷う様に口を噤んだノエル・レオンは、やがて次の台詞を口にした。


「……騎士以外の道があります」


 そう。騎士養成学校に通っているからと言って、誰もが騎士になれる訳では無いのだ。


 自ら適正の無さに気付き学校を去る者、最終試験で落ちて別の道に進む者など様々だ。


 まだまだ小さい少年の背中を見下ろして、ゴールゼンはにたにたと笑う。


「あのまんま面白けりゃ、拾ってやってもいいかな〜」


 ノエル・レオンは冷徹に言ってのける。


「それが、彼にとっての幸運だとは思えませんがね」


「そう言うなって」


 豪快に笑いながら、ゴールゼンは言う。


 それから、少し表情を改めた。というより、面白く無さそうな顔をした。


「あのガキに対して、うちの弟子たちの可愛くねえこと!」


 ノールディンとクゥセルが立ち去った方向を横目で見やり、ゴールゼンはぼやく。


 ノエル・レオンは、小さく嘆息した。


「あれは完全にこちらにも気が付いていらっしゃいましたね」


「分かっててやってるんだぜ? 始末に負えねえよ」


「まあ、あんな事を話した所で、教師たちは誰も信じないでしょうね……」


 少し頭の痛そうな顔で、ノエル・レオンは言う。


 ノールディンもクゥセルも、視線こそ向けなかったが、マイルやゴールゼンたちの存在に気付いていてを黙認したのだ。


 教師への告げ口をしない事に対する信頼なんて高尚なものでは無く、開き直りの様なものを、ゴールゼンもノエル・レオンも感じていた。


「折角この学校に放り込んだのに、あいつら『協調性』の『き』の字も身につけやがらねえ!」


「……………………」


 二人の消えた方角に吠える上司を、ノエル・レオンは「それを貴方が言いますか?」と言いたげに見やった。





 その後、マイル・ブロッセンは極めて平均的な成績で騎士養成学校を卒業した。


 しかし騎士としての適正(主に武力面)に欠けるということで、彼は騎士になることは敵わなかった。


 実家に帰るか……。と、とぼとぼ歩く彼の肩を力強く叩いたのは、誰あろう、満面の笑みを携えた騎士団総長ゴールゼンであった。


 そして、今日もマイル・ブロッセンは逃亡を図る騎士団総長に向かって叫ぶ。


「総長! 逃げないでくださいっ!!」









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