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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
76/85

76.悪戯

 その日は、皇帝付き近衛騎士団長ハインセル・イマジアにとって厄日だった。


 彼の右手は七歳になった皇太子シエルディーンに、左手はもうじき六歳になる皇女フェルディーナに握られている。


 二人は、父親である皇帝ノールディン譲りの麗しい容貌に笑みを浮かべ、ハインセルの手をぐいぐいと引っ張って行く。


 それも、かなりの危険地帯へと。


 城の中でも奥まったところにあるその場所は、すなわち、皇帝の私室である。


 衛兵が二人、真剣な表情で立つその扉の前までやって来ると、皇太子と皇女はハインセルを屈ませた。


「ハインセル」


 弾んだ声でシエルディーンが彼の名前を呼ぶ。


 普段は冷静で仕事一徹の近衛騎士団長も、眉間に皺を寄せて首を振った。


「いけません。陛下は私室に入られることを嫌っておいでです」


 先程から何度も繰り返している言葉を再度はっきり言うが、そんな事で二人の子どもは怯んだりはしない。


 皇女フェルディーナは「あら」と空いた手を頬に添えて瞳を瞬かせた。


 大きな瞳には悪戯めいた光が輝いている。一体誰に似たのだろうか。


 そうして彼女はにっこりと微笑んだ。その表情は、母親似のやんわりとしたものから、父親の浮かべるものに近い企みの笑顔へと変わっていく。


「じゃあ、わたくし、ハインセルにいじめられたって言おうかしら……」


「こ、皇女様っ?」


 事実無根であっても、それはハインセルにとって大変不名誉な事だ。


 焦る彼に、シエルディーンが追い打ちを掛ける。


「では、僕は、訓練と称して剣で酷く打たれたって言えばいいかな?」


 兄と妹は目配せをして笑い合う。


 とても良いコンビネーションだ。


 ぐったりと項垂れたハインセルは、「絶対に誰にも入室したことを言ってはいけませんよ」と念を押して、部屋の扉を開けるように衛兵を促した。


 その扉が閉じられると、シエルディーンとフェルディーナは駆け出した。


「殿下方?!」


 慌ててハインセルもその後を追う。


 彼らが真っ先に向かったのは、殆ど誰も立ち入れない皇帝の寝室だった。


 止める間も無く二人の子どもは協力しあって大きな扉を開いてしまう。


「くらーい」


 厚手のカーテンが閉じられて、寝室の中は昼間だというのに薄暗い。それに対してフェルディーナが文句を言う。


 そんな妹の手を引いて、シエルディーンは寝台の傍へと進んだ。


 最早その行動を止める気の失せたハインセルは、近くにあったランプに火を灯して彼らに近づいた。


「フェル、あったよ」


 寝台の足元に立って壁を向いたシエルディーンは妹の手を少し強く引いて、それを指差した。


 兄の隣に立って、フェルディーナはぽかん、と口を大きく開いた。


「わあっ……」


 みるみるうちに彼女の顔に喜色が浮ぶ。


 何を見つけたというのか、そう思いながらハインセルが灯りを掲げると、そこには一枚の大きな絵が掛かっていた。


 青く煌めく水が絵の三分の一程を覆い、その周囲には下草と野の花々が描かれ、更にその広場を囲う様に森が広がっている。


 だが、その絵の主役は水をたたえる泉でも森でも無い。


 一人の少女だ。


 彼女は倒木に腰掛けて幸せそうに微笑んでいる。


 白いワンピースを着て、膝には分厚い本がある。首から下がった赤い石のネックレスが光を反射し、控えめな輝きを放っていた。


「この方が、皇妃フェリシエさま……?」


 始めはその絵を見つけた事に喜んでいたフェルディーナだったが、城にある肖像画とは随分印象が違う事に、彼女は戸惑いを覚えていた。


 皇妃フェリシエがこの世界を去ったのは彼女達が生まれる前の事だったが、母親である側妃ユーシャナや侍女達に色々な話を聞かされて育った子ども達は、彼の人をどこか身近に感じていた。


「顔は、少し幼い感じだね」


 シエルディーンは、絵の中の少女が浮かべる微笑みをまじまじと見つめながら呟いた。


 ようやく皇太子と皇女の本当の目的がこの絵である事に気が付いたハインセルは、苦笑した。


「これは、皇妃様がアンジェロにいた頃のご様子だそうですよ」


 今も帝国中で語り継がれる『皇妃フェリシエの最後の微笑み』の後に、彼はノールディンに付き従って要塞都市アンジェロを訪れていた。


 その折に、曰くありげな笑みと共にアンジェロの領主から皇帝に手渡されたのがこの絵なのだ。


「じゃあ、まだ皇妃さまになられる前のおすがたなのねっ」


 宝物でも発見したように、フェルディーナの心は浮き上がって、声が弾んだ。


 はしゃぐ妹とは反対に、シエルディーンはただ黙って絵を見上げていた。


 ふと、ハインセルは扉を振り返る。


 どうせ気付かれてしまうだろうが、それでも皇帝の私室は長居するべきところでは無い。


「……殿下、もう宜しいでしょう?」


 退室を促すと、シエルディーンはにっこりと微笑んだ。


「そうだね、また来れば良いから。今日は帰ろう、フェル」


 ハインセルの台詞には不満げにしたフェルディーナも、兄の言葉には素直に頷いた。


 また忍び込ませる気か、とうんざりした気分になったハインセルだったが、それ以降皇太子が彼をこの悪戯に付き合わせる事は無かった。









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