7.再会
「一体、どちらへ?」
聞き覚えのある声に、フェリシエが慌てて振り向くと、平服を着た近衛騎士団長クゥセル・タクティカスが立っていた。腰に剣を履いているが、腕組みをして、騎士らしくなくリラックスした姿勢だ。
「クゥセル!?」
どうしてここに、とフェリシエが言う前に、彼は馬車の方を指差す。
「もう一人が待ちくたびれていますよ」
「?」
訳がわからないが、とりあえず、馬車の入り口に掛かっている布を持ち上げてみた。
何人か既に座っているが、中でも大きな鞄を二つ抱えた女性が、入り口がよく見える位置に陣取って座っていた。
彼女はフェリシエの顔を見るや、荷物を傍らに置いて立ち上がり、突進してきた。
思わず馬車の入り口から退けたフェリシエを追って彼女も馬車を降りる。
「ウィシェル……」
呟けば、きっ、とフェリシエを睨み付けてきた。
「酷いじゃないですか!何にも言わないで出て行くなんて! それに、馬車にも全然乗ってこないから、私、間違えたのかと思って、……もうっ」
「だって、まだ乗れる時間じゃないでしょう?」
地団太を踏むウィシェルの勢いに押されながらも反論すれば、彼女は唇を尖らせた。
「こういう乗合馬車は乗り場についたら直ぐに乗っていいんですよ。席がなくなっちゃうから」
「そうなのね……」
知らなかった。と感心して言うフェリシエに、ウィシェルは「そうですよ、そんなこともしらないんですよ、あなたは!」とぷりぷり怒って言う。
「ところで、何をしているの? 貴方たちは。……仕事は?」
思い直して問い掛ければ、二人は顔を見合わせた後、きっぱりと言った。
「辞めました」
「……………………」
あまりの潔い返事にフェリシエは言葉が出ない。
「今更、貴女を一人にするわけがないでしょう?」
クゥセルが微笑んで言う。
「大体、親友だって言ってくれたのはあなたなんですよ! 親友の苦境に立ち上がらなくってどうするっていうんですか!」
口調は怒っている癖に、口元には堪えきれない笑みを漏らしながらウィシェルが言う。
「……いいの? ほんとうに?」
震える唇で聞けば、簡単な返事が、でも心を込めて告げられた。
「もちろん」
フェリシエは両手を伸ばして二人の腕を掴んだ。
されるがままの二人の肩が触れ合うくらい近づけると、背伸びをして抱きついた。
「二人とも、大好き」
ウィシェルの肩に顔を埋め、クゥセルの腕に頬を押し付けて、呟く。
「本当は、一人は不安だったの。だから、来てくれて、ありがとう」
硬くて大きなクゥセルの手の平が背中の高い位置に添えられて、ふっくらと暖かいウィシェルの手の平が腰の辺りに添えられた。
しばしその感触を味わっていると、背後から声が掛かった。
「おや、お嬢さん。お友達かい?」
先程待合い所で隣合った初老の男性だった。
振り向けばにこにこと笑って立っている。
二人から離れたフェリシエも今度は満面の笑みで彼に答える。
「ええ。故郷の従兄と親友がわざわざ迎えに来てくれたんです。だから、三人一緒に帰ることになりました」
「それは良かったねえ」
うんうんと頷きながら馬車に乗り込んでいった。
「あの、従兄と親友って、フェ……」
「しー。その名前で呼んじゃだめよ」
唇の前で人差し指を立ててうっかり皇妃の名前を口にしそうになったウィシェルを諫める。
「あっ」
慌てて彼女も自分の口を両手で塞ぐ。
馬車に乗り込んでいった男を目で追っていたクゥセルが、視線をフェリシエに戻した。
「では、なんと呼べば?」
答えはわかっていると言う顔で聞いてくる。
本当にわかっていてやっているわね、と思いながら、フェリシエは彼を見上げて言った。
「元の名前で呼んで。それとも、忘れちゃった?」
実は『フェリシエ』と言う名は彼女の生来の名前ではない。皇妃となる為養女になった貴族の家で、「異国の響きがある」と言う理由で改名を求められたのだ。
それを知った皇帝ノールディンが自ら考えたのが『フェリシエ』。古代の言葉で『鏡の娘』あるいは『泉の精霊』という意味らしい。
だから、改名前に知り合っているクゥセルとウィシェルも彼女の元の名前を知っている。
「忘れるわけがないでしょう? スウリ」
肩を竦めてクゥセルが言う。
「忘れたりしませんよ、スウリ!」
クゥセルに半拍遅れてウィシェルが名を口にする。
二人の言葉に、フェリシエ、いや、スウリは「敬語も禁止ね」と笑った。