65.手紙〜衝動
『エルディーザ・オルナド・バーリク様
お初にお手紙を差し上げます。
先日、バセフォルテット侯爵令嬢ルミア様に『皇妃様を陰ながら見守る会』のことをお聞き致しました。
皇妃フェリシエ様の為に何かしたいと思う方々を集っていらっしゃるとか……。
それを聞いて、私も是非参加させて頂きたいと思い、この手紙を書きました。
ご存知のことかと思いますが、私の父はフェリシエ様が皇妃様であることに反発を抱いている貴族の一人です。母も、あの御方を侮っています。物を知らぬ庶民よ、と蔑んでいます。
けれど、先日、母と共に皇妃様主催のお茶会に招待されて、初めて間近であの方を見ました。
小柄なお体でしたが、その凛とした姿勢は美しく、私はそのお姿に目を奪われてしまったのです。
フェリシエ様は、母のぶつける悪意に満ちた言葉を、柔らかな微笑みを崩されること無くあしらってしまうのです。
その日、フェリシエ様は淡い色のドレスを着て、髪には可憐な生花を飾ってらっしゃいました。慎ましやかで、けれど生気に満ちたと言うのでしょうか? きらきらしい宝石とはまた違う華やかさがありました。
その装いに、母は「宝石よりも生花を好まれるとは、庶民の小娘の心が良くおわかりになるのですね」などと嫌みを言うのです。
けれどフェリシエ様は「野に咲く花は、時折希少な宝石よりも人の目を奪うことがあります。私はその心を忘れずにいたいと思いますわ」と仰られて。
更には、「けれど、そうですね。宝石の持つ魅力はこれから知っていきたいと思います。ご助言有り難うございます」そのように続けられるのです!
あんなにも真っ直ぐに生きられる方を私は初めて見ました。
まるで目の前にご自身の進まれる道をはっきりと描かれているように、毅然としているのです。
父や母の言うがままに生きて来た私には眩しくてなりません。
憧れて、止みません。
……文章にしてしまうと、なんて稚拙で幼稚な感情でしょう。
けれど、何か、あんな素敵な方の為に何か、私にも出来はしないかと考えてしまいます。
こんな理由ではいけないのかも知れませんが、どうか『皇妃様を陰ながら見守る会』への参加をお許し下さい』
スウリと同じくらいの年頃なのだろう。手紙の文面に、どこか若々しい感性が滲み出ている。
自然、スウリの頬は緩んでいた。
そう言えば、侍女のルミアもこんな風に私を見ていたわ……。
そんなことを思い出すと、面映く、照れくさい心地になってくる。
ルミアほどでは無いにしろ、この手紙の女性も皇妃フェリシエに強い憧れを抱き、それを理由に手助けをしたいと考えてくれていたのだ。
手紙の上にそっと指を滑らせて、もう一度読み直していく。
そして、宛名のところでスウリの指はぴたりと止まった。
そこにはこう書いてあった。『ユーシャナ・オルバスティン』と……。